4-4 好きと嫌いはコインの表裏
「今日もありがとね。二人とも上がっていいよ」
「「お先に失礼します」」
二回目のバイトも何とか大きなトラブルなく終わる。時刻は二十一時。俺と三木は十三時から休憩一時間を挟んで、七時間の労働に勤しんだ。
早番のみつきは、雨村さんが帰ったくらいのタイミングで先に上がっていた。
「あーそういえば、遥さんと私どっちが可愛いのか答えもらってないですー」なんて最後にわめていたが、今度という今度は完全に無視を決め込んだ。
みつきといい、雨村さんといい、今日はいろんな意味で疲れる一日だったな。
「あ、もう遅いから、公園でイチャついたりするのはやめなよ?」
「「イチャつきませんから!」」
最後の締めを飾ったのは店長の一言。
店長をはじめマイプレイス内での、何かと俺と三木のカップリングを作ろうとするノリを何とかしてほしかった。
ドッと疲れを感じながら、三木と一緒に事務所へと向かう。
「いやーほんと、三木の指導はスパルタだったわ」
冗談半分にそんなことを口にする。いや、半分ではなくて七割くらいは本気だが。
「……その、悪かったよ」
「—————————大丈夫か、体調でも悪いのか?」
「ボクが素直に謝ったらおかしいか!」
どうやら冗談でも何でもなく本気らしい。いつもの三木のキャラを考えると、その口から謝罪の言葉が出てくるとはとてもじゃないが信じられなかった。
「まぁ、別にこっちも冗談みたいなものでそんな謝らなくても……って感じ」
「う、うん。いや、なんていうか。ボクもちょっと調子に乗りすぎていたな、と」
「そうだったか……?」
そんな風には全然見えなかったが。
いつものちょっと不機嫌な三木との違いがわからなかった。
「……初めてだったんだ」
「なにが?」
全然話が見えてこない。そこまで察しが悪い方ではないと思うが、三木の発言が要領を得ないので真意を読み取るのが難しいのだ。
「同級生と一緒に働くのがだ! それが思ったより楽しくて、ちょっと強く当たりすぎたかもしれないから…………だからそのごめん!」
「……あはははははははは!!」
「な、なにがおかしい!」
三木の赤裸々な発言を聞いて笑いが止まらなくなってしまった。
いきなり笑い出した俺に対して、三木は顔を真っ赤にしているがそれがまた面白い。
「だってさ、こんな素直な三木を見るの初めてだし」
「うるさい!」
「————————それに、俺も同じ気持ちだったから。初日、凌さんと同じシフトだった時も楽しかったけど、今日はそれ以上に楽しかった」
少し前までは相手に素直な気持ちをぶつけるのが怖かった。本音を拒絶された時に立ち直れないから。だから、本音を常にひた隠しにしてきた。
けど、椋梨との和解を経て、その考えを改めることにしたのだ。相手が心を開いてくれるように自分も心を開こうと。相手に対して誠実でありたいと。
「……じゃあ、おあいこだな。そ、その、お互い様ってことで!」
「そ、そうだな!」
互いに照れくさくなって、相手の事をしっかりと見ることができなかった。
想いを口にするのは怖いしこんな風に恥ずかしかったりもする。拒絶されたらと思うと吐き気を催しそうにもなる。
でも、言葉にしたことで、三木の満更でも無さそうな表情を拝むことが出来た。
素直な気持ちを伝える。まだ慣れそうにもないが存外悪くはない、そんな風に思った。
「おい、水上。早く着替えろ、遅いと置いていくからな」
「ちょ! あんま急かすなって!」
あれこれ考えているうちに、三木は先に専用の更衣室に入ってしまった。
置いていかれるのも嫌なので慌てて男子更衣室へと向かう。
———————遅いと置いていく、ってことはさ。
裏を返せば、ある程度なら待ってくれるってことだよな? そう考えると、何だかとても喜ばし気持ちになった。
「三木の方が遅いじゃないかよ!」
「うるさい、男の着替えは何かと大変なんだよ!」
「いやいや、俺も男なんだけど!?」
それにだ。男の着替えとか言っているが、そもそも三木は男の格好をしていない。私服でも当然のように女装をしていた。
白のゆったりとしたブラウスに、ひざ丈の青いフレアスカート、足元はバイト用の革靴からベージュのパンプスに履き替えている。
随分と女の子らしい可愛いファッションだ、……男なのに。
「べ、別に水上が出勤だから気合入れてきたとかじゃないからな!?」
「急にどうした! そんなのわかってるわ!」
まじまじと三木の服装を見ていたら、なぜか三木が情緒不安定になってしまった。
「と に か く ! とっとと帰るぞ」
「お、おう」
三木の圧に対抗する手立てもなく、ただ黙って指示に従うことにする。
俺は三木に促されるまま裏口から店の外に出た。
「水上は川越駅方面か?」
「いや、一番街の方だけど」
店から真っ直ぐに歩き続け、いよいよ商店街・クレアモールに合流するといったところで、三木が自宅の方面を訪ねてきた。
クレアモールは川越駅から真っ直ぐ北に約一km続く商店街で、この商店街を駅側に進むのか、一番街側に進むのかで、進行方向が異なってくるのだ。
俺は一番街方面に進む必要があるので、三木が川越駅方面ならここでお別れだ。
「……なら途中までボクと一緒だな」
ここにくるまでも他愛もない話をしていたが、まだ喋り足りないと思っていた。そのため、三木の自宅が同じ方面というのは、まさに渡りに船といった感じだ。
「三木って家どのへんなの?」
「本川越駅付近だな」
「あーそっちか。じゃあ意外と遠くないね、お互い」
川越の中心街には、ややこしいことに三つの駅が存在する。
JRと東武東上線が合流する川越駅。川越駅から東武東上線で一駅の場所に位置する川越市駅。そして西武新宿線の終点である本川越駅。
どれも似たような名前なのでわりと初見殺しだったりする。
そんな三駅の中で、俺の最寄りは本川越駅なのだ(とはいっても意外と距離があるし、実際に使っているのは川越駅だったりする)。
「こんな近くに変態がいるとはな」
「女装している三木に言われたくないわ!」
そんな冗談を交わしながら活気ある商店街を二人で歩く。
日曜日の夜だというのに、クレアモールは若者たちで溢れかえっていた。やれ、二軒目三軒目はどこに行こうだの大騒ぎをしている。
「水上もよくクレモで遊んだりしてたのか?」
「まぁ、健全な川越市民くらいには」
「そうか、じゃあ中学時代も案外そのへんですれ違っていたかもな」
「……たしかにな」
中学時代か。本来であればみんなでカラオケをしたり、ゲーセンに行ったり、ファミレスでご飯食べたりなんて経験をしているのだろう。
だが、俺にはそういった経験はない。休日は同級生に会わないように、あまり外に出ないようにしていた。だから、三木には嘘を言ってしまったことになる。
もし三木と中学時代に出会っていたら、俺の運命は変わっていただろうか。もしかしたら、こんな道化に成り下がることもなかったのかもしれない。
「でさ、水上」
「ん?」
それからも雑談をしながら歩いて、右手に丸広百貨店(川越に本店を構える百貨店)が見え始めたあたりで、なぜか三木がもじもじと何か言いにくそうにしていた。
「その、えーと、だな」
「あ、もしかしてトイレか? でも、このへんに公衆トイレなんてないぞ。地元民ならわかるだろ。マイプレイスでちゃんとしておけばよかったのに」
「違う! トイレじゃない!」
「じゃあ、何だっていうんだよ」
もじもじ + 言いにくそう、……となったらもうトイレしか思いつかなかったが、どうやら違うみたいだ。
他に何か言いにくいことってあるか?
もしかして、鼻から鼻毛が出ているとか……いや、それは違うな。
三木なら容赦無く「鼻毛出てるぞ、相変わらずきもいな」くらいは言ってきそうだし。
「その、ら、ら」
「ら?」
三木の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
何を言うのか想像もつかないが、とにかく只事ではないと理解した。
動じないように、心の準備だけはしっかり済ませておく。
「ラーメンを食べたいんだ! 一緒に!」
「————————うん、別にいいけどさ」
もっと重大な告白かと思ったので拍子抜けしてしまう。そんな俺の心中はつゆ知らず、返事を聞いた三木は、小さくガッツポーズを作って喜んでいた。
そのいちいち可愛いらしい仕草をやめてほしいな。男相手に萌えそうになる。
「助かる! 一人じゃ入りづらいんだよな、ラーメン屋って」
「そうか? むしろ一人の方が入りやすい場所だと思うけど……」
ラーメン屋は逆に大人数で入れないことが多い印象だ。
複数人で行っても別々に座ることもよくある。
「この格好だといろいろと目立つんだよ」
「じゃあ、普通に男の格好でいけばいいじゃないか」
たしかに女の人で一人ラーメン屋ってのは珍しい。行きたくてもなかなか入りづらいという人も少なくないのではないだろうか。
しかし、三木は男なので、格好さえ変えれば何とかなると思うのだが……。
「女装してラーメンを食べることに意味がある!」
「どういうこと!?」
さっぱりわからなかった。
「よし、そうと決まれば早く行くぞ」
三木は上機嫌だった。ラーメンを食べられるのがよっぽど嬉しいらしい。
こんな反応をされてしまうと文句も言えなくなってしまう。俺はやれやれとため息をつくと、三木のことを駆け足で追いかけた。




