4-2 好きと嫌いはコインの表裏
「違う、水上。そんなこともできないのか」
「あそこのお客様、グラスが空だぞ。ぼーっとするな」
「ひとつひとつの動作が遅すぎる。もっときびきび動け」
…………。
……………………。
「ちょっとは予想を裏切ってくれよ! 毒舌オブ毒舌! メンタル死ぬわ!」
「これでも四割にくらいには抑えているんだが」
「三木は言葉で人を殺せると思うよ!?」
今までのが四割だとしたら、一〇割の場合は冗談なく死んでると思う。
そりゃ、俺がダメなところも多分にあると思うけどさ。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ優しくてもいいと思うんだ!
現在の時刻は十六時。慌ただしかった店内もようやく落ち着きを見せ始めていた。店長もさっきまではキッチンにいたが、今は事務所で作業をしている。
「あははは、レンさん。遥さんにコテンパンにやられてましたね」
そんな店内状況もあって、みつきもここぞとばかりに、俺と三木の会話に混ざろうとこちらまでやってきた。
「そういうみつきも所々ミスあったぞ」
「ひゃー、飛び火! レンさん助けて~」
そう言ってみつきは俺の背中に隠れる。
……地味にシャツの袖をつまむのはやめてほしかった。私のような免疫がない男子はドキドキで死んでしまいそうになります。
「鼻の下伸びているぞ、水上」
「し、仕方ないだろ!」
女性用の制服を身に纏っているが、三木だって中身は男だ。俺の気持ちを少しくらいわかってくれてもいいと思う。
しかし、三木はなぜかムスっとして機嫌が悪そうだった。
「みつき、あんまり童貞をいじめないでやってくれ」
「はーーい! レンさんっていちいち反応が可愛いから、ついついイジめたくなっちゃうんですよね!」
年下から良いように弄ばれる俺。つらい、つらすぎる。
まだ出会って二回目なのに、すでにナメられている現状に涙が出そうだ。
「三木! 後輩から舐められない方法を教えてくれ!」
「スキンヘッドにして眉毛を全剃りしてみろ」
「極端すぎる!」
その見た目は完全にカタギじゃないやんけ。
「殴る、グーで」
「俺をやばいやつにしようとしてる!?」
男女平等パンチは俺には荷が重い。
「ちょっと、ちょっと、二人とも物騒なこと言わないでくださいよー。私、レンさんのこと全然ナメてないですから! マジリスペクトです、まんじ」
みつきはぺろっと舌を出しながらダブルピースをしている。
いやもう完全にナメられています。
「よし、水上。右ストレートをお見舞いしてやれ」
「…………あぶないあぶない! ちょっと頭の中で検討しちゃったよ!」
暴力はダメです、絶対。
水上蓮は人畜無害な平和キャラで売り出しておりますので。
「もお、女の子を殴るなんて絶対にダメですからね! 遥さんもレンさんをうまく誘導しないでください!」
「……みつきはちょっとくらい痛い目にあってもいいと思っている」
「しくしく、やっぱり女の敵は女ってことなんですね」
「ぼ、ボクは男だ!」
たしかに男なんだけど……どうしてこんなにも説得力がないのだろうか。
はい、それは三木が女装しているからです。
「もしかして、遥さん。私とレンさんが仲良くしてるのに嫉妬してますー?」
「ば、バカなこと言うな! べ、べ、別に水上なんてどうでもいい!」
みつきの反撃に三木がうろたえていた。
そこは「嫉妬も何もボクと水上は男同士だ」とか冷静にツッコめばいいのに、なぜか三木は変わった反応をしている。目は泳ぎ、早口になって、明らかに焦っていた。
そんな好機をみつきが見逃すはずもなく……。
「えーじゃあ、私がレンさんとこんな風にくっついても問題ないんですよね!」
「「なっ!?」」
俺も三木も驚きを隠せなかった。
……いや、三木がなんでそこまで驚いているのかわからない。
一番驚いているのは間違いなく俺だった。いきなりみつきが腕に抱きついてきたのだから。これはカップルの男女がよくやる、いわゆる腕を組むという状態だ。
やばい、女の子の匂いとか柔らかさとかで頭がおかしくなりそう。俺は必死に自分のリトル水上が元気にならないように心を無にする。
「水上、何やってる! 早く離れろ!」
「ひゃい!」
三木がすごい剣幕で怒るので慌ててみつきを引き離す。しかし、なんで俺が怒られるのか意味がわからない。
「やーっぱり、嫉妬してるじゃないですか~」
「違うぞ! 水上がニヤニヤしているのが気に食わなかっただけだ!」
「もー可愛くないですねー。……あ、そういえばレンさん」
「な、なに?」
すごく嫌な予感がする。みつきは嗜虐的な笑みを浮かべこちらを見ていた。
どこからどう見ても悪いことを企んでいる人間の表情だ。
「遥さんと私、どっちが可愛いと思います?」
「「なっ!?」」
この子はどこまで俺と三木を揶揄うつもりなのだろうか。
「レンさーん、おしえてくださいよ~」
「どっちって急に言われても……」
「……ふん、ボクは水上にどう思われようともどうでもいい」
答えたくない。どちらを選んでも自分にとって得がない気がするぞ。
だけどあえて、ビジュアルだけで言うなら————————
いやいや、今はそんな個人的な感想はどうでもいいだろう。
まぁ、三木はどうでもよさそうだし、ここはみつきを選ぶのが正解なのかな。
道化というのは二者択一が苦手だ。あちらを立てればこちらが立たず。このようなおふざけの場ならなんとか切り抜けられるが、シリアスになればなるほど選べない。
「えーと、みつ————」
「…………」
明らかに不満そうにしている三木の姿が目に入る。
いや、どうでもいいって言ったのは三木の方じゃないか!
こうなると絶対に選べない、ピエロには荷が重すぎて誇張なく吐きそうだ。
「どっちも可愛いと思うよー、なんつって!」
「レンさん、ダメですよ、ちゃんと質問に答えないとー。私は『どっちが』と訊いているんですから、答えは遥さんか私のどちらかしかありませんよ?」
鬼だ。鬼がいる。俺のはぐらかしなどは一切認めない心算のようだ。どちらかを選ばない限りは逃がしませんよと釘を刺されてしまう。
チラリと三木の方を見るが、依然として「自分は興味ありませんよ」というスタンスを保っており、助けを求めるのも難しそうだ。
どうする。選ぶ、のか。……めまいがする。
こんなのはただの余興じゃないか。どちらを選んだって問題ない。あの時のようなことには絶対にはならないはずだ。なのに震えが、吐き気が止まらなかった。
やはり、自分の意見を口にするというのは恐ろしい。
「水上……?」
いきなり様子がおかしくなった俺のことを三木が怪訝そうに見る。
ダメだ。空気を壊したら……空気を読んで周囲に迎合しないと———————
「どもども! 今日もいつものやつもらっていいかな!」
カランコロンとドアベルが甲高い音を鳴らし、来客の存在を告げる。
入り口に立っていたのは綺麗な年上お姉さんだった。




