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3-1 初バイトと初恋

 緊張する。

 俺、水上蓮という人間は「はじめて」が苦手だ。

 どうすればうまくできるかを考え過ぎて、ぎこちない言動をしてしまいがちだ。そんな俺がまた一つ「はじめて」に挑戦しようとしていた。

 言うなれば大人の階段を登ろうとしている。いつかは自分にもそんな日がくるとおぼろげには思っていたのだが、いざ直面すると尻込みしてしまうものだ。

『三木、俺うまくできるかな』

『落ち着けよ。水上なら大丈夫だから』

『……でも、やっぱり緊張する』

『深呼吸だ、深呼吸』

 三木に言われるがままに深呼吸を繰り返す。

『ふぅ……ちょっと落ち着いた』

『じゃあ、もう大丈夫だよな?』

『あ、あぁ』

 三木の言葉で勇気が出た。

 今の俺なら、きっと最後までやり遂げることができると思う。

『あのな——————初出勤だからっていちいちボクに電話をかけてくるな!』

 そう、今日はマイプレイスへの初出勤日だった。

 一七時から二二時までの五時間勤務。

 しかも、今日は三木もみつきもいないらしい。情けないことだが、そんな状況が不安で不安でしかたなかった。だから、つい三木に電話をかけてしまったのだ。

『ごめんって。けど、何だかんだ電話にも出てくれてさ、ちゃんと話も聞いてくれて、それに励ましてもくれてありがとうな?』

『うっさい、たまたま暇だっただけだよ! じゃあもう切るからな?』

『うん、重ね重ねありがとう』

 三木のおかげで、頭の中のモヤモヤが少しだけ晴れたような気がした。

『……がんばれよ』

「え? ……ってもう切れてるし」

 三木は前置きも何もなく通話を切ってしまった。なんだよ、最後の言葉が聞き間違いじゃないか確認しようと思っていたのに。

 けど、聞き間違いじゃないのであれば、とても嬉しいことを言ってもらえた。

 そうだな、ウジウジしていても仕方ない。よし、がんばるぞ!

「おはようございまーす!」

 元気よく挨拶をしながら店の裏口から事務所に入る。

「あ、おはよう。水上クン。今日よろしくね」

 扉を開くとそこには店長がいた。————なぜか生まれたての姿で。

「ちょ!? は!? え!? いやいや何爽やかに挨拶してるんですか! ご自分が今どういう状態かわかっています!?」

「ねぇ、どうこの上腕二頭筋?」

「いや、たしかにムキムキですけど! そんなことはどうでもよくて!」

 かなりいい体なのは認めるが、それがこうも堂々と見えてしまっていることが問題なのだ。パンイチならまだしも全裸の状態。否応無く目線は股間に惹きつけられる。

「水上クン、あんまり見つめないでくれるかな……。スタンドアップしそうだから」

「それだけはマジで勘弁してください!!」

 さっきまでの緊張はどこかに消えて、今はとにかく店長の暴走を止めることだけに意識を集中していた。店長の大きくなった股間を直視した暁には失神する自信がある。

「ちょ、なんか騒がしいんすけどなにかあったんすか?」

 俺があたふたとしているところに颯爽と現れた人物。白シャツ、蝶ネクタイ、腰に前掛けを巻いた長身男性。パーマがかった黒髪にフレームのない丸メガネが印象的で、同性からみてもセクシーというかエロい雰囲気を感じとれる。

 俺は一瞬にして察した。この人はここのバイトであり、かつ常識人であると。

「凌、ちょうどよかった! 彼が新人バイトの水上クン。遥ちゃんの同級生だってさ。今日が初出勤だから色々と教えてあげて」

「おー久しぶりの男子バイト、仲良くしよーぜー。俺は今井凌。大学二年生でここのバイトもかれこれ二年くらいになるかな? わかんないことがあったらなんでも聞いてよ」

「水上蓮、高校二年生です! 今井さん、早速なんですが質問いいですか?」

 挨拶を済ませたばかりで急ではあるが、どうしても一つだけ聞いておきたいことがあった。この疑問を解消しないことには働こうにも働けない。

「お、高校生若いね! ちなみに俺のことは苗字じゃなくて名前で呼んでくれよ。堅苦しいのはなしにしよう。あ、で早速質問だっけ? なに?」

「その、今……凌さん。なんで店長が裸なのに普通でいられるんですか?」

 さっきからそれが疑問だった。今この事務所にはどうやっても無視できない全裸の男がいる。それなのに凌さんは何事もないように平然と話をしていた。

「あぁ、そっか。いきなりこれだと驚くよね。よくあることなんだよ。さすがに遥ちゃんとか女の子が出勤の日はないけどさ。なんか発作で全裸になりたくなるみたいで」

 三木は女の子じゃないですよ、なんてツッコミをしている余裕はなかった。

「どうして受け入れちゃってるんですか! 明らかに異常ですよね!?」

「そうだなぁ……たしかに異常っちゃ異常か。でもほら、よく見ると店長いいち○こしてるんだよな。あんな綺麗なのはなかなかお目にかかれないぞ」

「おいおい、凌。そんなに褒めないでくれ。なんならこれ使ってみるか?」

「あー自分ノンケなんで大丈夫っす」

「お前は女と遊びすぎだぞ。今日も今日とて不問にしているが、首筋のキスマークをなんとかしろ、この色男め!」

 よく見ると、凌さんの首筋には無数のキスマークが。やっぱりイケメンだし、普通に彼女がいるんだろうな——————

「これは俺も困ってるんっすよ。いつもはつけないようにお願いしてるんですけど、昨日はやけに情熱的で。もしかしたら、複数彼女がいることがバレたかもしれないっす」

 ……複数人彼女がいる?

「お前も女遊びはほどほどにしろよ、男遊びなら大歓迎だけどな?」

「ははは、今はそれぞれの彼女で手一杯っす」

 狂っている。会話内容におかしくない箇所がない。赤〇ン先生が添削したらすべてにバツがつくだろう。俺が間違っているのか、一瞬そんな風に錯覚してしまう。

「さて無駄話はこれくらいにしよう。水上クンも制服に着替えてもらえるかな」

「まずは店長が服を着てくれますかね!?」

 言いたいことは山程あるけど、まずどうしても言いたいのはこれだった。

 もはやツッコミというよりは心からの叫びだ。

「ははは、これは一本取られたな」

「いいっすね、店長。なかなかいいツッコミ要員じゃないですか。この店、ボケ担当のほうが多いから助かりますね」

 改めて思えば、この店長と一緒に働いて三木の女装を受け入れているような人たちだ。まともなわけがない。まともな人ならここでのバイトは続かないだろう。

 マイプレイスで働くということの過酷さをようやく理解した。

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