2-8 雨のち晴れ、地固まる
「ハルちゃん、めっちゃ可愛いよー!」
「そ、そうかな?」
「うん! ……女のモモヨの立場がなくなるくらい可愛い」
「……なんかすまん」
椋梨に三木が着替え終わったことを伝えると、我先にと教室の中に飛び込み、セーラー服を着た三木に抱きついた。
生物学上は男女が抱き合っているという状態。人によっては嫉妬の対象になりそうだが、視覚情報的には、仲睦まじく女子二人がじゃれているようにしか見えない。
「ねーねー! レンくんもそう思うでしょ!」
「ま、まぁな」
チラリと三木の方を盗み見る……が、三木もこちらを見ていたので思いっきり、目が合ってしまう。慌ててお互い目をそらす。
そして、もう一度三木の方を見るとまた目が合う。その顔はトマトみたいに真っ赤で、きっと俺も同じくらい赤いんだろうなと思った。……また慌てて目をそらす。
青春か、と思わずツッコミをいれたくなる光景。
先程、正直な感想を吐露してしまったことで、互いに気まずくなってしまった。
「レンくんなにそのガチ反応! モモヨという正妻がいながら!」
「椋梨を正妻にした覚えはない! それに何度も言うが三木は男だからな!」
その言葉は誰に向かって言い聞かせた言葉なのか、椋梨か、自分か。
「しくしく、所詮モモヨとは遊びの関係なんだね」
「なんとしてくれ……三木」
「水上が自分で蒔いた種だろ、ボクを巻き込むな」
いつまでも気まずい状態ではいられないので三木に話を振った。
三木はそんな意図に気づいてくれたのか、茶番に付き合ってくれる。しばらくは三木のことを直視できなさそうだが、なんとか立て直すことが出来そうだ。
「正妻問題については置いといてー。それにしてもハルちゃんのセーラー姿には驚いたよねー。こんな可愛いなんてもう反則! これなら制服を貸した甲斐があったよ! でも、まだまだ色々と試してみたいことがあるんだよね!」
「試してみたいこと?」
正妻問題は置いておかれても困る。そもそもそんな問題は存在しない。だけど今はそこにツッコむより、椋梨の言う「試してみたいこと」の方が気になった。
「それはレンくん、色々だよ! 髪型のアレンジとか、黒タイツ、ニーハイをカスタマイズするとか、夏服セーラーVerもみたいし! 他にはスクール水着とか、チャイナ服、ナース服、メイド服とか! あとバニーガールとかもいいね!」
「……後半ほぼコスプレだろ。というか、バニーガールじゃなくて、この場合はバニーボーイなんじゃないか?」
「そんな杓子定規なツッコミをしない! レンくんはハルちゃんのコスプレ姿を見たくないっていうの!?」
「椋梨先生……!! バニーが見たいです……」
俺は両膝を床につけ、自分の飾らない本音を吐露した。
いや、もう本当に名シーンを汚してしまい申し訳ございません。恥ずかしながら性欲に勝つことができませんでした。
「うむ、正直でよろしい!」
「百々代! ボクの意見は!?」
「ハルちゃん、日本は民主主義国家なんだよ? 二対一で議案は可決されました!」
「そんなの数の暴力だ!」
よくわからないが、社会風刺みたいなやり取りになっていた。
「ハルちゃんだって、もっと可愛い自分になりたいでしょ?」
「うっ、それはたしかに」
「レンくんだってそれを望んでいるみたいだし」
椋梨がこちらにウィンクをしてくる。いつもの癖で「違う」と言いそうになってしまったが、今回は正直に欲望のままに自分を曝け出そうと思った。
あえて空気を読まないという空気を読んでみる。
「そうだな。色々な三木の姿が見れたら……嬉しいよ」
「み、水上まで! ……わかったよ、やればいいんだろ!」
「ふふふ、嫌そうなふりをしても身体は正直だねぇ。口元がニヤけているぞよ」
「椋梨。そのピンクすぎる発言をちょっと控えることができないか……」
そんなセリフはエロ漫画やA○でしか見たことも聞いたことない。
「モモヨだけにー!? なんつって☆」
「その返しも含めて、想定通りというか期待を裏切らないというか……ブレないな」
「えへへへ、褒められたー」
決して褒めてはない。呆れるというほどドライな感情でもないけど。
チラリと三木の方を見ると、いつもは仏頂面の三木が微かに笑っていた。
「————————なんか、いいな。こういう時間も」
だから素直に思ったことを口にした。道化には珍しい自己主張。でも決定的なことは口にしない。
誰かが言ってくれないか、という受け身な姿勢は変わらなかった。
「それね! ハルちゃんのコーディネートもしたいし、また定期的に集まろうよ!」
「いいな、それ。三木はどう思う?」
ありがとう、椋梨。お前ならそう提案してくれると思った。自分から意見を口にできない情けない道化でごめん。
でも最後に決めるのは三木だ。三木が承諾しないことには何も始まらない。
「よ、予定がなければ付き合うのも吝かではない」
「ハルちゃん、そこは素直にOKっていいなよー! このこの!」
「やめ! やめろ、百々代!」
椋梨は三木の頭をくしゃくしゃと撫で回す。三木は嫌そうにしながらも本格的に拒絶することはしない。
これもまた青春という舞台の一幕なのだろうか。……いや、どっちでもいい。
少なくとも、目の前の二人は心から笑っているような気がしたから。
「なになにー、なんでレンくんニヤニヤしてるのー?」
「うわ、キモいな」
「べ、べつにニヤニヤしてないから!」
このあと散々、椋梨と三木に揶揄われたのは言うまでもない。
——————こうして、俺、椋梨、三木の三人の奇妙な関係が始まったのであった。




