骨を埋める覚悟と饅頭
朱宮に戻ると、麗珠の住む物置小屋の前に女官が立っていた。
話があると言われて朱宮の建物に案内されると静芳が待っていて、麗珠の目の前にお茶とお菓子が用意されている。
木の実が練り込まれた生地のそれは饅頭のようだが、麗珠が後宮入り以降ひたすら食べ続けたものとは違う。
「何? ついに正面から毒殺する気になったの?」
「何故そうなるのですか。違います」
ため息をついた静芳はふと麗珠の頭に視線を向けて、はっとしたように目を見開く。
「その、簪は」
「うん? 貰ったの。似合わないでしょう」
麗珠は自嘲の笑みを浮かべる。
高価で優美な簪に対して、色あせた服を身に纏い、石を投げて鳥を仕留めるような女だ。
別に嫌ではないが、この簪に見合う女性でないことは確か。
だが、てっきり同意してくれるとばかり思った静芳が何故かため息をついた。
「話があるって聞いたけれど、何? やっと後宮を追い出されるのかしら」
改まって麗珠に話をするとなれば、それくらいだろう。
待ちに待った吉報かと思うと、心が浮き立つ。
「話は二つあります。ひとつ目は、謝罪を。……今まで朱家の姫であるあなたに失礼な振る舞いをいたしました」
深々と頭を下げる静芳に、麗珠は目を瞬いた。
「どうしたの? 変なキノコでも食べた?」
静芳は先代の朱宮の主である異母姉に忠を捧げていて、麗珠のことは厄介者扱いしていた。
恐らく後宮としては用意しているであろう食事も饅頭だけ届け、物置に住まわせ、色あせた質素な服を寄越した。
結果で言えば饅頭に飽きた以外は特に問題ないのだが、それにしても急に態度を変えるのはおかしい。
何かがあるとすれば、キノコ中毒くらいしか思い当たらなかった。
「私はあなたの姉姫様にお仕えし、妾に旦那様を奪われた奥様と姉姫様の嘆きをずっと聞いていました。その子が後宮に入ると知って、ここに残ることを希望したのです。身の程知らずの傲慢な姫に、姉姫様と奥様の苦しみを少しでもぶつけて晴らしてやりたい、と」
思ったよりも真剣な話の雰囲気に、とりあえず麗珠は饅頭を頬張る。
「ですが。使用人のお古を渡しても気にせずに着て。食事がろくに出なくてもキノコやら木の実を採取し。物置で暮らしても不平ひとつなく。しまいには鳥を仕留めて料理し、女官達に振る舞う……。私の努力は、すべて無駄でした」
木の実の歯ごたえが新鮮で夢中で饅頭を食べていると、静芳は控えていた女官に目配せをする。
ほどなくしていくつもの饅頭が追加された。
「このひと月あなたを見ていたので、さすがに気付きます。あなたは旦那様の権威を笠に着て横暴な振る舞いをしたり、女官を虐げたりしない。……包丁を奪って鳥は絞めていましたが」
「それはごめん。だって、刃物を持っていなくて」
慌ててお茶で饅頭を流し込んで謝罪すると、静芳は困ったように微笑みながら首を振った。
「あなたの母親がどんな人だったのか、私は知りません。奥様や姉姫様が苦痛を感じていたのは事実でしょう。ですが麗珠様、あなたにその咎はない。今になって、ようやくそれがわかりました」
新しく盛られた桃色の饅頭を手にした麗珠は、頭を下げる静芳を見て慌てて皿に戻す。
「気にしなくていいわよ。どうせ異母姉に吹き込まれたのよね。それに、私もやられっぱなしじゃなかったから、大丈夫」
拳を掲げて見せると、静芳は力なく笑った。
「もうひとつのお話ですが。私は後宮を出て、朱家もお暇しようと思います」
「何故? 私に悪いと思って?」
桃色の饅頭に手を伸ばしながら尋ねると、静芳はゆっくりとうなずく。
「それもありますが。……最近、麗珠様の食事の改善をするようお達しが来ました。その簪を贈った方の御指示でしょう」
何と、龍蛍は麗珠の食事の改善を指示してくれていたらしい。
ということは、隠された皇子ではないのだろうか。
「麗珠様は、この後宮に残ることになります。そのおそばに、私は相応しくありません」
出て行きたいと言っているのを知っていて『残る』とは、なかなか嫌な予言だ。
だが、それよりも言いたいことがある。
桃色の饅頭を食べ終えた麗珠は、お茶を飲み干すと一息ついた。
「なるほどね。……それなら、残って」
「はい?」
麗珠の言葉に、静芳は間の抜けた声を出して目を丸くした。
「後宮に連れてくるほど優秀で、更に十年間そつなくここでの仕事をこなしたんでしょう? その腕を、私に使って」
「ですが」
納得していないらしい静芳に構わず、麗珠は緑色の饅頭に手を伸ばす。
「私はね、市井で暮らすのならともかく、姫っぽいことにはおよそ縁がなくて苦手なの。ここを出るまでのあと少しの間、朱家に恥をかかせないために手伝ってちょうだい」
一口頬張ると、餡がほろ苦い。
どうやら、お茶を練りこんであるらしい。
後宮の饅頭は美味しいというのは知っていたが、こんなに種類があったとは驚きだ。
「私が退出するときに一緒に辞めてもいいし、異母妹にそのまま仕えてもいいわ。正直後宮仕えのお給料は悪くないでしょう?」
「それは、まあ」
すぐに結婚するというのならともかく、働くのならば後宮の方が圧倒的に金銭面で有利のはずだ。
「私は気にしていないから、残って。……でも、食事だけはもう少し普通がいいわ。せめて、塩味の効いた饅頭にしてくれると助かるけれど」
「麗珠様は、それでよろしいのですか?」
緑色の饅頭を食べきった麗珠は、いつの間にか用意されていたお代わりのお茶に口をつけた。
「あのね。私、朱家で義母と異母姉にそりゃあ嫌われて、色々されたの。嫌うのは自由だし、気持ちはわからないでもない。でも、だからって私を攻撃していい理由にはならない」
麗珠はお茶を飲み終えると、茶杯を机に置いた。
「だから、ある日投げつけられた石を投げ返したの。そうしたら石が木にめり込んでね。……寵があるとわかった瞬間よ。だから、残って」
次に手に取った饅頭は、黄色だ。
香りからして恐らく柑橘類を使っているのだろう。
「一体、どういう関係が?」
「残ってくれないと、石をぶん投げるわよ」
「木に、ですか?」
麗珠が大きくうなずくと、静芳は数回瞬き、そしてゆっくりと息を吐いた。
「……それは、迷惑ですね。朱家の姫として、大変にはしたないことです」
「でしょう」
饅頭を頬張りながら微笑むと、静芳も笑みを返す。
「私がお仕えするからには、朱家の姫に相応しい方にしてみせます」
「短期間だから、取り繕えればいいわ。よろしく」
どうせ異母妹が後宮入りするまでの穴埋めなので、本当に姫らしくする必要もない。
「いいえ。先程も申し上げましたが、恐らく麗珠様は後宮に長く残ることになります」
「だから、縁起でもないことを言わないでよ」
ちらりと麗珠の頭……いや、簪を見たかと思うと、静芳は深く頭を下げた。
「この周静芳、後宮に骨を埋める覚悟で麗珠様にお仕えいたします」
「いや。ちょっと重いわよ、それ」
半年にも満たない期間なのだから、骨を埋めるというのは言い過ぎである。
どれだけ生き急いでいるのだ。
「私を残すと言ったのは麗珠様です。諦めて仕えられてください。……それから、いくら何でも一気に食べ過ぎです」
お手本のような笑みをと共に、麗珠の前の饅頭が下げられた。
光らなくてすみません。
モウコ(ง -᷄ω-᷅ )ว ٩( -᷄ω-᷅ )۶(ง-᷄ω-᷅ )ว ( -᷄ω-᷅ و(و ハァーン☆
中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
12/2書籍2巻発売、12/3コミカライズ連載開始に感謝を込めて肉祭り開催中!




