龍蛍と翡翠の簪
銀色の簪には緑色の石が使われ、龍が巻き付いたような意匠が凝っている。
更に先端の石の部分に付けられた繊細な鎖には、桃の飾りと小さな石に銀の絹糸が優美に垂れ下がっていた。
装飾品には縁遠い麗珠にも一目でわかる、立派な品だ。
「何これ、どうしたの。お母様のもの? 勝手に持ってきちゃ駄目よ」
「違う! これは、おまえのために……そ、その。す、好き、だから」
口ごもりながら告げられた言葉に麗珠は数回瞬くと、思わず笑みをこぼした。
「ありがとう」
その一言で、龍蛍の表情がぱっと明るくなる。
翡翠の瞳が宝石のように輝いて、可愛らしい限りだ。
それにしても、さすがは皇家。
簪ひとつにもお金と手間暇がかかっているものだ、と感心してしまう。
「でもね。こういう贈り物は大きくなってから、大切な人にするものなのよ」
木から落ちた龍蛍を助けたので恩義を感じてくれているのかもしれないが、あれはただの事故で、麗珠が原因だ。
それに、ちょっとしたお礼にしてはこの簪は高価すぎると思う。
そのあたりの金銭感覚はさすがに後宮育ちのお坊ちゃんにはわからないのだろうが、ホイホイと受け取る気にはなれなかった。
「だから、俺は大人だ!」
「気持ちは、ね。確かに、だいぶ大きくなってきたけれど」
手を伸ばして龍蛍の頭を撫でると、艶やかな黒髪が気持ちいい。
「……成長期って、こんなに一気にくるかしら。男の子って、こういうものなの?」
「ああ、もう、うるさい! いいから、受け取れ!」
龍蛍はそう叫ぶと麗珠の手から簪を奪い取り、そのまま髪に挿した。
頬を染めながら荒い息をつく姿を見て呆れてしまい、麗珠は肩をすくめる。
「贈り物の渡し方としては、どうかと思うわよ。本番ではもう少し頑張った方がいいわ。……まあ、私は経験ないから。あまり助言できないけれど」
すると、龍蛍が驚いたように何度か瞬いた。
「ない、のか?」
「男性から贈り物、でしょう? ……あ。お兄様に短槍なら貰ったことがあるわ。でも、後宮に入る時に取り上げられちゃって」
投擲の寵を持つ麗珠ならば、投げたら凄いだろうと言ってくれた物で、実用的で簡素な意匠が気に入っていた。
「そりゃあ、後宮に武器を持ち込んだら駄目だろう。それで、宝飾品はどうなんだ?」
「後宮入りの日に一応身に着けたけれど、あれは借りものだし。父と兄以外ならないわよ」
その数少ない贈り物も、結局は義母に取り上げられた。
宝飾品自体に未練はないが、ああして麗珠のものを奪おうとする義母を見るたびに思うのだ。
妾の子というのは、それほどに疎まれるものなのだと。
「本当に、妻以外の女性に手を出す気持ちが理解できない。もしも将来結婚するようなことがあったら、絶対に一人だけを――私だけを愛してくれる人がいいわ」
「……そうか。わかった」
真剣にうなずく龍蛍を見て、麗珠は慌てて首を振る。
「あ、ごめんね。子供に言ってもどうしようもないのに」
「俺は子供じゃない!」
そう言って怒る姿も可愛らしくて、麗珠は龍蛍の頭を撫でた。
「龍蛍は可愛いし、大きくなったら美男子になりそうよね。でも、妻になる人を大切にしてあげてね」
皇弟ならば、恐らくは相応の身分の姫と結婚するのだろう。
そこに愛情がなくても、蔑ろにするようなことだけは避けてあげてほしい。
「将来のために贈り物の練習をするのはいいけれど……それにしても高価すぎない? そこらのキノコで十分よ。この格好には似合わないし」
麗珠が身に纏っているのは、淡い黄緑色の衣と裳だ。
淡い……というか、薄いと言った方がいいかもしれない。
どう見ても着古して色が褪せたこの服は、女官のものとはまったく異なる。
麗珠個人の感想としては動きやすいからいいのだが、一体どこから用意したのかは少し気になった。
「もしかして、服もないのか?」
「あるにはあるわよ。後宮入りの時には、さすがにこの格好というわけにはいかなかったみたい。でも、あの服を着たら狩りがしづらいから、別に着なくていいわ」
心配そうな龍蛍を安心させようと説明したのだが、可愛らしい顔が不満そうに曇っている。
「何故、狩りすることが前提なんだよ。……わかった。いずれ、麗珠を着飾らせる」
「え? いやよ。無駄なお金を使ったら駄目よ。宦官に言いつけるわよ」
既に高価な簪を用意したのだから、止めないと本当に服を用意しかねない。
慌てて釘を刺すが、龍蛍はにやりと笑う。
「浩俊なら喜ぶぞ、きっと」
「子供に甘いんだから」
「子供じゃない!」
むきになって頬を膨らませる龍蛍の頭を撫でると、あたりを白い光が包み込んだ。
一応視線を向ければ、当然とばかりに龍蛍のおしり付近が眩い輝きを放っている。
「また、おしりに炭を入れたわね」
こうなるとその執念に呆れるばかりだが、よくよく考えれば今まで話をしていたのに突然着火するというのは困難な気がする。
では、もともと火が点いていたとして……何故急に光るのだろう。
それに炭の光はこんなに白くないし強くない。
後宮の特別製の炭だというのならば、一度どんなものか見たくなってきた。
麗珠は龍蛍のおしりに手を伸ばすが、素早く距離を取られる。
「入れていないから、見ようとするな!」
「だって危ないじゃない。少しだけだから、見せなさい」
「おまえの行動の方が危ないだろう!」
必死におしりを隠す龍蛍を見た麗珠は、ある可能性に気が付いた。
「何? もしかして恥じらいを覚えちゃったの? 大人だというのなら、まずはおしりに炭を入れるのをやめることね。……あと、見せて」
「誰が見せるか! 入れていないって言っているだろう!」
龍蛍の服を引っ張り合っているうちに光は消え、暫くしてため息が耳に届いた。
二人同時に顔を向ければ、浩俊が麗しい顔を曇らせてこちらを見ている。
「そういうのは、もう少し大人になってから。二人だけでお願いしますよ」
「浩俊!」
叫ぶ龍蛍の頬が少し赤いが、一体何なのだろう。
当初は麗珠を破廉恥女扱いして龍蛍から遠ざけようとしていた浩俊だが、今日は特に何もしてこない。
「あなたもきちんと龍蛍のおしりを守りなさいよ」
「嫌な言い方をするな!」
龍蛍は怒っているが、皇弟にしても隠し子な皇子にしても、おしりに火傷を負ったら一大事だろうに。
だが、浩俊は気にする様子もない。
「麗珠様になら、いいですよ」
「人を破廉恥女呼ばわりしていたのに、急に何」
一応は四家の姫とはいえ名前を丁寧に呼ばれるのも違和感があるし、龍蛍のおしりにも妙に寛大になっている気がする。
「事情が変わりましたので、龍蛍のおしりは好きにしてください」
「浩俊、おまえの言い方もおかしいぞ!」
龍蛍は睨みつけているが、浩俊の方はどこ吹く風だ。
「人には色々な趣味があると思うけれど、龍蛍のは年齢の割に重めよね」
「違う。俺は至って普通だ!」
「はいはい」
あれだけおしりを光らせておいて普通とは、恐れ入る。
何も言わずとも麗珠の心は伝わったらしく、龍蛍が可愛らしい顔に似合わぬ舌打ちをした。
「くそっ! 浩俊、何か言え!」
「おや、麗珠様。素敵な簪ですね。龍蛍の瞳の色と同じ翡翠が実に美しい」
「……棒読みね」
お世辞にしてももう少し心を込めたらどうかと思うが、それはそれで許されそうなのが整った容姿の恐ろしいところである。
「受け取ってもらえて良かったですね、龍蛍。あれこれと苦心して注文していましたからね」
「無駄遣いを止めなさいよ」
「無駄ではありませんよ。少なくとも、龍蛍にとっては」
浩俊の優しい笑みに少し驚いた麗珠は、小さく肩をすくめる。
「財政に余裕のある人達は、違うわね。私、これに見合うお返しなんてできないわ。あ、鳥肉!? でも皇弟なら、もっといいものを食べているわよね」
「皇弟?」
それまで何故か嬉しそうに龍蛍を眺めていた浩俊が、その一言に視線を麗珠に向けた。
「違うの? ……あ、言わなくていいわ。下手に聞いたら面倒なことになりそう。それじゃあ、私は戻るわね」
どうせもうすぐ去るのだから、下手に後宮の内部事情を知らない方が平和というものだ。
「龍蛍」
「何だよ」
冬ごもり前の栗鼠かというほど頬を膨らませた龍蛍が、ちらりとこちらを見る。
そんなに子供扱いされるのが嫌ならおしりに炭を入れなければいいのに、困った子だ。
「簪、ありがとう。炭は控えめにね」
「だから違う! ……またな」
頬を膨らませながらもきちんと挨拶を返すのは、生まれと育ちがいいからか。
何にしても、可愛らしい弟分ができたようで麗珠も楽しい。
手を振って走り出すと、揺れる簪が小さな音を立てた。
あ、光った。
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中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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