成長期にもほどがある
「ねえ。皇帝陛下との面会は、まだ?」
朱宮の建物の窓にいつものように腕を乗せて、室内の静芳に話しかける。
当初は品がないとうるさかった静芳だが、面倒なのでこの形を貫いた結果、今ではとりあえず会話ができるようになっていた。
「本当に図々しいですね。あなたが陛下の目に留まるとでも?」
「違う違う。さっさと挨拶をして、さっさと出て行きたいのよ」
「なるほど。失礼な振る舞いで気を引くおつもりですか。ろくでもない策ですね。陛下は多忙ですから、無理です」
麗珠としては挨拶なしで出て行けるのならばその方がありがたいが、何にしても動かなければ事態は変わらないのだ。
「早く出たいのにな」
「その手には騙されませんよ。卑しい妾の子が」
吐き捨てるようにそう言った静芳が、ハッとした顔でこちらを見る。
麗珠はできるだけ優しく、にこりと微笑んだ。
「母のことを悪く言うのは、やめてね。……やり返したくなるから」
びくりと肩を震わせる静芳を見た麗珠は、そのまま朱宮を離れて森に入っていく。
麗珠は母のことが好きだが、ひとつだけ擁護できないものがある。
それが麗珠を産んだことだ。
妻がいる男性の子供……誰にも望まれない子をわざわざ産むなんて、不幸なだけではないか。
「そう考えると、後宮は魔窟ね」
ひとりの皇帝に対して多くの美姫が侍るのだ。
妾一人でもあれだけゴタゴタするのだから、愛憎渦巻く世界になるのは目に見えている。
「まあ、一国の皇帝と比べるのもおかしいけれど」
四家の姫は慣例で後宮入りする以上、それが好みであろうとなかろうと妻にするということだ。
しかも、ひとつの家を優遇すれば当然反発もあるだろうし、そのあたりの均衡も考えなければいけないはず。
それはそれで、気を遣って面倒くさそうである。
「……だから、即位から十年経っているのに、未だに一人の妃もいないのかしら」
あるいは、単純に女性に興味がないという可能性もある。
宦官の浩俊があれだけの美青年だし、心が揺れてもおかしくはない。
「あれ? それじゃあ、龍蛍は何?」
妃がいない状態で王子がいるというのも変だ。
そうなると考えられるのは、年齢の離れた弟だろうか。
何にしても、おしりに炭を入れて光らせて遊ぶのは危ないので、止めた方がいいと思う。
森の中に到着すると、麗珠は思い切り伸びをする。
空を見上げても鳥の姿はないので、今日もキノコや木の実を採取するとしよう。
すぐ退出はできなくても、どうせ異母妹が成人すれば交代する。
後宮での生活は残り半年もないのだ。
あとは狩人として一人で生きていくのだから、強くあらねばならない。
「……おい、麗珠」
気合いを入れて腕を回していると、恐る恐るといった様子で龍蛍が声をかけてきた。
何か違和感があるなと思っていると、近くまでやってきた龍蛍を見てそれは確信に変わった。
「ねえ。やっぱり、大きくなっていない?」
つい先日麗珠の肩よりも低い身長だったのに、肩を超えて顎近くまで伸びているではないか。
「成長期だからな」
「いくら何でも、急すぎるでしょう」
驚きと呆れが半々でじっと見つめていると、何故か龍蛍は視線を逸らした。
「それよりも、何をしていたんだ?」
「鳥がいないから、キノコでも採ろうかと思って」
「見分けがつくのか? 麗珠は物知りだな」
翡翠の瞳をきらきらさせて感心する様は可愛らしく、ちょっと大きくなったとはいえまだまだ子供なのだと実感する。
「食べるにしても売るにしても、見分けられなければ話にならないから。生活のためよ」
ちょっと自慢気に言ってみたのだが、何故か龍蛍の表情は少し曇った。
「……朱家では、虐げられていたのか?」
どうやら心配してくれたらしい
恵まれた高貴な育ちだろうに、そういうところに気を配れるのはとても偉いと思う。
「まあ、一応。でも、それなりにやり返していたのよ。父は無関心とはいえ、私に傷をつけるのは許さなかったし。兄は優しくて、使用人達にも味方はいたから」
あまり深刻にならないように大丈夫だと伝えたつもりだが、龍蛍の眉間の皺は消えない。
不満そうに頬を膨らませる龍蛍の頭を、麗珠はゆっくりと撫でた。
「ありがとう。龍蛍は優しいわね」
「いや、俺は……後宮での食事はどうなった? 改善するように伝えたはずだが」
「ああ、それで。最近、饅頭に桃がつくようになったのよ!」
瑞々しい桃が毎食つくとなると、気分は一気に盛り上がる。
饅頭で乾いたのどを潤す面でも、気分的にも、果物の持つ力は偉大だと感心するばかりだ。
だが麗珠は喜びの報告をしているのに、龍蛍の表情はどんどん曇っていく。
「何、羨ましいの? 今度、桃を持ってきてあげようか?」
「いや。俺はいい」
「そうか。皇弟だもんね」
後宮の中でも身分がかなり高いだろうから、望めばいつでも桃を食べることができるのだろう。
「皇弟?」
「だって、皇帝陛下は即位十年で未だに妃はいないんでしょう? 皇子がいたらおかしいから……え、もしかして隠し子!?」
龍蛍の年齢的にはそちらの方がしっくりくるが、だとしたら何故公に妃の存在を認めていないのだろう。
四家の姫なら何ら問題ないはずなので、相当身分が低い女性の可能性が考えられるが、どちらにしても皇帝が妃と認めればいいだけのような気がする。
「それは違う!」
龍蛍が慌てているが、自分や母親が公にされていないというのは気分が良くないのもわかる。
「ままならないこともあるかもしれないけれど、おしりに炭を入れるのは良くないわ」
「だから、入れていない! ……それより、これ」
少し恥ずかしそうに小さな包みを取り出した龍蛍は、それを麗珠の前に差し出す。
受け取って包んでいた布を広げると、中には干した果実が入っていた。
「ああ。おやつを持参してきたのね」
「違う。その、これは、麗珠に」
「私?」
驚いて見つめれば、頬を少し染めた龍蛍がうなずく。
これはきっと、饅頭ばかり食べているといっていた麗珠のために持ってきてくれたのだろう。
子供に心配されるのは少し情けないが、それよりも龍蛍の優しさが嬉しい。
「ありがとう。それじゃあ、一緒に食べようよ。これは棗、こっちは葡萄よね。これ何かしら」
「それは、桃だ」
干した果実は身近な食べ物だが、桃は初めて見た。
摘まんで口に放り込むと、程よい甘みと香りが堪らなくて思わず笑みを浮かべる。
「美味しいわね」
「そうか。良かった」
龍蛍はそう言うと、満足そうに微笑んでいる。
「はい、龍蛍のぶん」
麗珠は食べやすいように小さくちぎった桃を、龍蛍の口に指で押し込む。
すると、龍蛍は翡翠の瞳がこぼれ落ちるのではないかというほど見開き、その頬があっという間に朱に染まった。
「お、おまえは本当に破廉恥だな」
「何が?」
「男の口に、指を入れるなんて」
「子供が変な言い方しないの。一緒におやつを食べているだけでしょう。給餌と一緒よ」
龍蛍は生まれのせいか育ちのせいなのか妙に大人ぶっていることが多いが、それにしたって表現がおかしい。
すると、ムッとした様子で頬を膨らませた龍蛍が、葡萄を一粒摘まんで麗珠の目の前に差し出した。
「どうしたの?」
「給餌なんだろう。俺もやる」
「うん? いいわよ」
何でも真似をしたい年頃というやつか。
麗珠が口を開けると、龍蛍は一瞬驚いたようだが、そのまま葡萄を口に放り込んだ。
「ああ、葡萄も美味しいわね。さすがは後宮。干し果実ひとつとっても、質がいいわ」
満足しながら食べる麗珠に対して、何故か龍蛍の頬はさらに膨らんでいる。
「くそ! 今に見ていろよ」
「何? まだあるわよ、食べる?」
「そうじゃない。それよりも……あ、蛇」
龍蛍の言葉に弾かれるように足元を見ると、少し離れたところに麗珠の指ほどの太さの蛇がくねくねと動いていた。
「きゃあああ!」
ぞわりと背筋を撫で上げる悪寒と同時に悲鳴を上げた麗珠は、そのまま目の前の龍蛍に抱きついた。
「……も、もう蛇はいないぞ」
どれだけ時間が経ったのだろう。
龍蛍の震える声に恐る恐る確認すると、既に視界から蛇の姿は消えている。
深いため息をつくと、そこでようやく麗珠の胸に龍蛍の顔が埋もれ、潰さんばかりの勢いで抱きしめていることに気が付いた。
「ご、ごめんね龍蛍。苦しかった?」
咄嗟に手近なものを抱きしめていたようだが、さぞびっくりしただろう。
申し訳なくなって謝るが、龍蛍は顔を手で覆いながら首を振るばかりだ。
ということは、鼻が潰されて痛いのかもしれない。
「鼻、大丈夫? ちょっと見せて」
可愛らしい子供の鼻を負傷させるとは、酷い話だ。
龍蛍の手を掴んで顔を覗き込むと、鼻どころか顔全体が赤く染まっている上に、何だか翡翠の瞳が潤んで見える。
「そんなに痛かったのね。ごめんね、龍蛍」
「いや、いい。いいんだ。……おまえ、鳥を落として絞めるとか言っているくせに、蛇は駄目なのか」
麗珠の暴力的な行為に怯えたのか、龍蛍が少し距離を取る。
再び鼻のあたりを押さえているのだから、まだ痛みがあるのだろう。
「うん。虫なら平気だし、トカゲくらいならいけるんだけど。蛇はちょっとね……」
脳裏に先程の蛇の姿がよみがえり、麗珠は小さく身震いをした。
「麗珠にも、少しは女らしいところが残っているんだな」
「そういうことじゃないの。くねるのも、鱗も別に平気よ。そうじゃなくて。……ううん、いいの。それで何だっけ?」
確か龍蛍は何かを言いかけていたので尋ねてみると、赤い顔のまま、懐から布にくるまれた何かを取り出した。
「これを……やる」
艶やかな白い絹を解くと、中に入っていたのは一本の簪だった。
え? 光らないの?
そう思ったあなたは、蒙古斑の虜♪
……大丈夫。
今夜、光るよ……☆
中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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今日も2話更新予定です。
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
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