何で、気付いちゃったのかな
入口に静芳を待たせて奥に進むと、予想通り玉英は本を読んでいる。
落ち着いた美女が静かな書庫で本を読む様は、それだけで美しい。
しかも声をかけると体調を心配してくれたので、嬉しくなった麗珠は微笑みながら椅子に腰かけた。
「それで、龍蛍とは何もないからね」
重要な説明を終えたのだが、玉英はあまり興味がなさそうに肩をすくめた。
「……何かあってもいいのですけれど」
「え?」
「何でもありません。それで、暁妃の記録のことを明鈴から聞いたのですね」
玉英は立ち上がると本棚の奥に消え、すぐに何冊かを抱えて戻ってきた。
「この記録です。虫食いが酷くて読みづらいですが」
「虫食いの前に、文字が読めないわ」
玉英が指し示した本に書いてあるのはこの国の言葉だと思うのだが、あまりにも達筆すぎて文字を判別できない。
「確かに、ちょっと時代が古いのと、字が汚いというのはあります」
「あ、達筆じゃなくて下手だったのね」
どちらにしても読めないが、上手下手すらわからない自分が少し恥ずかしい。
「ここに『暁妃は役目を終え、地寵を授かる皇后が迎えられた』と書いてあるのです」
「地寵?」
「地を統べる者の寵。要は、皇帝の寵愛です」
そういえば、そんな話を聞いたことがあるような気もする。
「つまり暁妃は皇后になれない、ということよね」
確認のために繰り返したのだが、何故か玉英の表情は曇っている。
「時代も古く、字も汚く、虫食いも酷いので、まだはっきりしません。ただ、暁妃の記録が皇后が現れると消えてしまうのは事実です。……もう少し調べてみますので、あまり気にしないでくださいね」
「うん? ありがとう」
玉英に礼を言うと、そのまま書庫を後にする。
残るは雪蘭なので、白宮に向かえばいい。
それにしても、先程の記録はどういう意味なのだろうか。
暁妃が役目を終え、皇后が迎えられる。
皇后が現れると、暁妃の記録は消える。
暁妃という存在は、皇后が現れるまでのつなぎのような役割なのかもしれない。
双子の浩俊と体格もほぼ同じになってきたし、そろそろ成長は終わる。
そして本来の姿に成長した龍蛍は、皇后を迎える。
つまり、麗珠はもう必要のない存在なのだ。
今までのように会いに行くことも、龍蛍が会いに来ることもなくなる。
龍蛍の傍らに立つのは正当な皇后であり――麗珠ではない。
思考がそこに行き着いた瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
何だろう、心がもやもやする。
龍蛍が待ち望んでいることで、とてもおめでたいのに。
その相手が麗珠ではないことが……寂しい。
「ああ。そうか」
龍蛍の隣にいたい。
それは――好き、だからだ。
ずっと子供だと思っていたのに、どんどん成長して大人になってしまった、あの翡翠の瞳の持ち主を。
その結論にもやもやが晴れ、すとんと腑に落ちた。
だが、龍蛍は皇帝だ。
皇后の他にも多くの妃を持つのが普通で、今が異端なだけ。
龍蛍が子供の姿だったからこその、特殊な状態だ。
後宮内の姫はすべて皇帝のものなので、暁妃としての役目を終えて用済みの麗珠でも、朱家の姫として一応はその範疇に入るのかもしれない。
だが、麗珠は朱家当主の妾として生きた母の存在があるからこそ、一人だけを見る人に愛されたいと思っている。
「……何で、気付いちゃったのかな」
龍蛍は多くの女性を抱えるのが仕事とも言える。
決して麗珠一人を見ることはないし、それではいけない。
『麗珠は、俺が星の川の向こうにいたら……会いに来るのを待ってくれるか?』
あれはもしかすると、後宮内で数多の妃の中でも待てるか、という問いだったのかもしれない。
龍蛍が麗珠のことを嫌っていないのはわかるが、皇帝である以上は今後皇后以下多くの妃を抱える。
そして、その妃達に等しくあの笑みを向けるのだ。
大勢の中の一人として龍蛍を待つことは麗珠にはできないのだから、後宮を出るのが正しいだろう。
今までも姫の入れ替わりがあったわけだし、暁妃の役目も終わり、花琳も来る。
退出するのに、ちょうどいい機会ではないか。
「……麗珠様、大丈夫ですか?」
「うん?」
「先程、青宮で失礼な言葉がありましたが。本当に玄家の姫が記録とやらを見つけていたのですか?」
静芳の表情は曇っているが、女官としては主が皇后になれないと断言されるのは不愉快なのかもしれない。
「うん。大体その通りみたいよ。でも、それが真実かどうかは置いておいても、私には無理かな」
「麗珠様?」
「花琳も来るのなら、問題なく退出できるよね」
「そんな。ですが、陛下は」
「――お姉様!」
回廊の向こうから可愛らしい声と共に雪蘭がやってくる。
恐らくは駆け寄ってくれているのだろうが、そこは四家の姫。
背後の女官が少し足を速めれば追いつく程度なのだから、生粋の姫君というものは恐ろしい。
笑顔でやってきた雪蘭は挨拶と共に麗珠の体調を心配し、大丈夫だとわかるや否やくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「どうしたの? またいい香り?」
確かに昨夜龍蛍のおしりの光を浴びているので、雪蘭の鼻が反応してもおかしくない。
「お姉様はいい香りですが。何でしょう、いつもとは違う臭いが。今からどちらに行くのですか?」
「雪蘭にも会えたし、龍蛍のところに行こうかと思って」
事情を聞いて許可を貰うのなら、早い方がいい。
ぐだぐだと思い悩むのは、麗珠の性に合わないのだ。
「今日はちゃんと女官を連れていますね」
ちらりと静芳を確認すると、雪蘭は小さく息をつく。
可愛らしい少女のため息は麗珠の心を満たすので、ありがたい限りである。
「お姉様。後宮内とはいえ、昨夜のこともあります。十分に、お気をつけて」
「うん。ありがとう」
少しばかり大袈裟だとは思うが、要は麗珠を心配してくれているのだから、それは嬉しかった。
あとは龍蛍と話をして、退出許可を貰うだけ。
……場合によっては、直接顔を合わせるのは今日で最後になるかもしれない。
麗珠は深呼吸をすると、桃宮に向かって歩き出した。
そんなことより、蒙古斑はいつ光るの⁉
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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