手放しはしない
龍蛍は運動していたせいでうっすらと汗をかいており、細身でありながらも筋肉がついているのがわかる。
身長もとっくに抜かされていたが、本当にすっかり大人の男性になってしまったのだ。
その事実に、麗珠の心が追い付かない。
「どうした、何かあったのか? 浩俊と何を話していた?」
「ええと」
何と言ったらいいのかわからなくて視線を向けると、浩俊はゆっくりとうなずいて微笑んだ。
「私と麗珠様の秘密です」
「……おまえ達、ちょっと近いぞ」
わかりやすく口を尖らせたかと思うと、龍蛍が浩俊を手で押しのける。
「はいはい。失礼いたしました」
浩俊は楽しそうに笑うと、そのまま数歩下がった。
「龍蛍はいつから弓の練習をしているの?」
「昔からだな。子供の姿でも有事には対応できるように。最低限動けないと困る」
「皇帝なのに?」
「だから、だ。どう頑張っても子供の体では限界があるからな」
護衛は皇帝の身を守ることこそが仕事だ。
だが、相手が無力な子供と武術を心得た子供では、いざという時に動きが変わるはず。
それは皇帝である龍蛍の身を守ることになり、同時に護衛達の負担を減らすことにもなるのだ。
「そっか。龍蛍は偉いね」
龍蛍は一瞬頬を染めるが、すぐに頭を振る。
「でも、まだまだだ。筋力がついたのはいいが、手足の長さが変化して狙いがずれる。……ところで、せっかく桃宮に来たんだ。お茶でも飲んでいくか?」
「いいよ、邪魔をしたくないし。ちょっとお話したかっただけ」
「そうか!」
翡翠の瞳を輝かせて微笑む龍蛍は、控えめに言っても麗しい。
本当によくここまで美しく大きく育ったものだと感心するし、もうすぐお別れだと思うと少し寂しかった。
「私、そろそろ後宮を出るから」
「――は⁉」
龍蛍は低い声と共に、目がこぼれ落ちるのではないかというほど見開く。
そしてすぐに困惑の表情で麗珠を見つめた。
「どういう意味だ?」
「私はもともと異母妹が後宮入りするまでのつなぎだし。でも、一応は妃でしょう? だから、龍蛍に退出許可を貰おうと思って」
名ばかりとはいえ妃の名を持つ者が勝手に出て行くとなると、龍蛍にも迷惑がかかるはず。
ここはきちんと手続きをして爽やかに去っていきたいところだ。
「――駄目だ」
その声の低さに驚いて龍蛍を見ると、先程までとは打って変わって険しい表情を浮かべている。
「麗珠は暁妃だぞ。後宮から出ることは許さない」
「でも。朱家から退出準備をするように、って手紙が」
「こちらで返答する。麗珠は気にしなくていい」
取り付く島もないとは、恐らくこういうことだろう。
急な頑なな態度への変化にどうしたらいいのかわからず、麗珠は困り果てる。
すると龍蛍はその手を伸ばし、麗珠の髪に挿してある簪に触れた。
「麗珠は俺のものだ、と言っただろう。――手放しはしない」
その鋭い視線に麗珠の肩が震える。
翡翠の瞳を美しいと思ったことは何度もあるが、怖いと感じたのは初めてのことだ。
表情からそれを察したらしい龍蛍は、すぐに目を伏せた。
「……悪い。怖がらせたいわけじゃないんだ」
そう言うとため息をつき、くるりと背を向ける。
「俺は汗を流す。浩俊は、麗珠を送ってやれ」
そのまま振り向かずに立ち去る龍蛍を、麗珠はただ見送ることしかできなかった。
「それでは参りましょうか、麗珠様」
浩俊と共に桃宮の建物に向かうが、その足取りは重い。
「うん。……ねえ、浩俊。私、何か龍蛍を怒らせることを言った?」
あの鋭い視線と低い声は、怒りによるものだろう。
今まで色々と迷惑をかけたこともあるが、あんな目と声は初めてだ。
それはつまり麗珠が怒らせたということなのだろうが、その理由が思い当たらない。
「これは、ちょっと龍蛍に同情しますね。」
「言った、ということね」
浩俊の言葉と困ったような表情から、原因は麗珠なのだろうということはわかった。
だが、肝心の内容がわからないのだからどうしようもない。
「先程言ったように、龍蛍にとって麗珠様は特別なのです。その人に実家に帰ると言われたら、衝撃ですよね」
「実家って。別に帰りたくて帰るわけじゃないわよ」
それに、帰ったところですぐに麗珠は朱家を出る。
実家に帰るというよりも自立すると言った方が正しいだろう。
「どちらにしても、朱家には麗珠様を後宮に残すように伝えられます」
「そう、なの?」
皇帝の命となれば父は当然従うだろうが、果たして義母や異母妹はそれで納得するのかどうか。
正直もめる未来しか見えないし、全部麗珠が悪いことにされるのかと思うと、気が重い。
「麗珠様は後宮を出たいのですか? 以前に狩人とか言っていたのですよね」
「変なところに嫁がされるくらいなら、自立しようと思っていたの。大抵のことは投げれば解決するし」
「しませんよ。……それなら、龍蛍に嫁げばいいのではありませんか?」
「へ?」
情けない声が麗珠の口からこぼれたが、浩俊は気にする様子もなくにこりと微笑んだ。
「既に後宮入りしているので嫁いでいる状態ですが」
「まあ、そうね。一応は妃だし」
慣例とはいえ、四家の姫が後宮に入るというのは、皇帝のものになるということ。
つまりは、巷で言う嫁入りと同義。
たまたま龍蛍は事情があってこの十年妃がいない状態だったが、本来ならば後宮入りした姫は皇帝のものになるのだ。
「良かった、そこの自覚はあるのですね。先程の件も、麗珠様の判断で朱家に連絡しなかったのは正解です。龍蛍が暴走しかねませんから」
庭を抜けると建物と共に静芳の姿が見える。
こちらに気付いたらしく、すぐに頭を下げるのが見えた。
「迎えが来ているようなので、私はここで失礼しますね。あちらの方が心配ですし」
あちらというのは龍蛍のことなのだろうが、汗を流す手伝いでもするのだろうか。
何にしても静芳がいるので、わざわざ送ってもらう必要はない。
うなずく麗珠を見て、浩俊は困ったように微笑んだ。
「乞巧節では、めいっぱい着飾ってあげてくださいね。龍蛍が喜びます」
「う、うん」
後宮の行事である以上、確実に飾り立てられるのだろう。
よくはわからないが、それで龍蛍が喜んでくれるのなら麗珠も嬉しい。
「本当に……龍蛍に同情しますよ」
浩俊は小さな声で何か言ったかと思うと一礼し、そのまま立ち去った。
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