欲しいものがあるんだ
「乞巧節の習わしを知らないのもどうかと思いますが。それにしても、まさかこれほどとは!」
朱宮に戻って事情を説明すると、静芳はすぐに針と糸を持ってきた。
花を刺繍しろと言われて布も渡されたが、花といわれても大雑把すぎてどうしたらいいのかわからない。
とりあえず赤い糸で花弁を刺してはみたものの、形はガタガタで美しくない上に、一体何なのか判別できない有様だ。
「仮にも四家の姫で、後宮内で唯一の妃が! 嘆かわしい!」
「裁縫なら、いけるわよ。雑巾でも衣でも作れるわ」
「――陛下に献上するのは、刺繍の手巾です!」
ぴしゃりと言い切られ、その迫力と言葉の威力に麗珠の頭ががっくりと下がる。
「装飾は苦手なのよ。だって、いらないじゃない。刺繍がなくても服として着られるもの」
実際、麗珠はずっと装飾の類がない服装だったが、困ったことはないのだ。
言い訳だとわかってはいるが、突然刺繍をしろというのは酷いと思う。
どうやら麗珠が知らないだけで、もともとそういう行事だったようだが。
静芳は大きなため息をつくと、麗珠をじっと見つめる。
その瞳に宿る何かが、少しばかり怖い。
「わかりました。この静芳、だてに後宮仕えをしておりません。麗珠様にみっちりと刺繍を仕込んで差し上げます。幸い裁縫の腕自体は問題ないようなので、何とかなるでしょう」
静芳は麗珠が持っていた謎の赤い物体の刺繍を取り上げると、新たな布を手渡す。
「まずは基本の図案の練習から。――よろしいですね?」
にこりと微笑む静芳に、麗珠が抗う術はなかった。
それからは毎日刺繍の特訓だった。
朱家では朝から晩まで休みなく働かされることもよくあったが、気力で言えば今の刺繍の方がつらい。
集中力を欠いて指に針を刺すことも多く、なかなか上達しない自分にも腹が立った。
「麗珠様、そろそろ陛下のもとを訪れてはいかがですか?」
何日目かに静芳に提案されたが、正直疲れてしまって桃宮まで行きたくないというのが本音だ。
発熱した時に『暫く休ませるように』という命が下っており、それを撤回する指示は出ていない。
つまり、未だ休む期間と言っても問題はないはずだ。
「呼ばれているわけじゃないし、今は刺繍が優先でしょう?」
「それはまあ、そうなのですが。……陛下が不憫です」
「不憫なのは、したくもない刺繍で苦労している私の方よ」
それでも一応は妃である麗珠があまりにも酷い刺繍では、龍蛍にも迷惑がかかる。
ある意味でこれは龍蛍のためなのだから、今はそれ以外を免除してもらっても罰は当たらないはずだ。
そもそも龍蛍が麗珠を呼ぶ理由は、おしりを光らせて成長するためだろう。
既に浩俊と体つきは同じくらいだし、慌てなくてもいいはずである。
静芳はため息をつくと、麗珠に次の布を手渡した。
更に数日経つといよいよ疲労が溜まったらしく、ついに夢の中で針と糸が踊り出すようになった。
体は休んでいるはずなのに、徹夜続きのようなだるさに苛まれているのだから、苦手なものに取り組む苦労と負担は計り知れない。
「とりあえず、最低限刺繍と言っても問題ない程度にはなりましたね。ですが、四家の姫は恐らく相当な腕前。まだまだ気は抜けません」
静芳に褒められたのは嬉しいが、疲労のせいで喜ぶ気力もない。
大人しくうなずくだけの麗珠に苦笑すると、静芳は刺繍道具を片付け始めた。
「ここまでかなりの無理をして叩き込みましたからね。今日は少しお休みにいたしましょう。お茶のご用意をしますので、お待ちください」
「うん」
静芳が部屋を出ると、麗珠は長椅子に腰かけて深いため息をついた。
「きつい。鳥を十羽仕留める方がまし」
そのままずるずると上半身が傾き、長椅子に倒れ込んだ状態で暫し目を閉じる。
睡眠時間は取っているが、寝ても針と糸が迫ってくるので、まったく休んだ気がしない。
しかもまだ練習段階なので、実際の手巾に刺繍をするのはこれからなのだ。
「……麗珠、大丈夫か?」
うとうとと意識を飛ばし始めたその時、麗珠の耳に心地良い声が届く。
驚いて飛び起きると、そこには黒髪に翡翠の瞳の美青年の姿があった。
「龍蛍? どうしたの?」
ここは朱宮なのだから、龍蛍はわざわざ訪ねてきたことになる。
一体何の用だろうと不思議に思いつつも長椅子に座り直すと、その隣に龍蛍が腰を下ろした。
相も変わらず美しい容姿だが、表情が曇っているのは気のせいだろうか。
「おまえが忙しいとか何とか言って、全然会いに来ないから」
「ああ、うん。凄く忙しいわ」
何せ朝から晩まで刺繍し続けているので、忙しくて仕方がない。
「だが、四家の姫とは会っていると報告があったぞ」
何故知っているのかは謎だが、確かにたまに息抜きで書庫に顔を出している。
「目の保養よ。最高でしょう? 早くまた会いたい。というか、眺めたい」
美少女というものは、眺めているだけで何となく元気が出てくる。
それに四家の姫である彼女達の衣装はそれぞれに個性が出た美しさで、刺繍の図案を考えるのにもかなり参考になるのだ。
「その前に俺に会えよ! それで、忙しいというのは大丈夫なのか」
「うん。乞巧節がね」
「ああ」
納得した様子でうなずくところを見ると、龍蛍も刺繍の手巾のことは知っているのだろう。
本当に麗珠だけが知らずにいたのかと思うと、何だか切ない。
「私、刺繍が苦手なの。刺繍で牡丹の花を咲かせるくらいなら、衣を十着縫った方が早いわ。いえ、それよりも鳥を二十羽落とす方がいい」
「それもどうかと思うが。……この怪我は、刺繍のせいか?」
麗珠の指先は何度も針を刺したせいで傷だらけだ。
それでも包帯をしっかりと巻くと感覚が鈍るので、出血が止まればそのまま刺繍を続行していた。
朱家で下働きをさせられていた時よりはましとはいえ、とても後宮の姫の手とは思えないだろう。
龍蛍は麗珠の手をすくい取ると指先を見て、そっと撫でる。
「痛いよな。……すまない、後宮のしきたりのせいで」
「知らなかった私も悪いし、本来なら姫の基本的な手習いだもの。仕方ないから頑張るわ。私のせいで龍蛍に迷惑もかけたくないし」
麗珠一人が恥をかくというのなら、そこまで気にはならない。
だが、皇帝が唯一妃の位を授けた相手が刺繍のしの字も当てはまらないような酷い有様では、さすがによろしくないはずだ。
「俺のため、か?」
「そうね。皇帝にはそれなりに威厳がないと駄目でしょう? それとも、免除してくれる?」
「それは無理だな。まあ、暁妃である麗珠には避けて通れない道だ」
ほんの少しだけ皇帝の権限で麗珠を不参加にしてくれないかなと思ったりもしたが、やはり無理か。
明日からまた刺繍三昧なのだと思うと、自然とため息がこぼれる。
「ということで、忙しいの。暫く桃宮には行けないから」
「それなら、俺が朱宮に来るよ」
何を言っているのだろうと顔を横に向ければ、龍蛍は麗しい笑みを浮かべている。
「ねえ、また大きくなった?」
「まあな」
身長はそれほど変わらないようだが、体つきが少ししっかりしたというか、何というか。
出会った頃の可愛らしい子供の姿が嘘のような、見事なまでの美青年になっている。
「龍蛍って、暇なの?」
「まさか。俺は皇帝だぞ」
「それなら、何故私と一緒にここにいるのよ」
皇帝のお仕事がどんなものかは知らないが、やはり暇ということはないらしい。
それならば、朱宮に来る時間がもったいないと思うのだが……そんなに急いでおしりを光らせたいのだろうか。
不思議になってじっと見つめていると、翡翠の瞳が優しく細められた。
「……欲しいものがあるんだ」
「欲しいもの?」
皇帝の龍蛍が望めば大抵のものは手に入るだろうに、一体何だろう。
「もしかして。おしりが光るのが好きになってきた、とか?」
恐る恐る懸念を口にすると、すかさず龍蛍の指が麗珠の額を突いた。
「違う。まあ、そのうちわかるさ」
にこりと微笑む龍蛍はやはり美しくて。
未だに見慣れないその姿に、少しばかり居心地が悪かった。
我々が欲しいのは、聖なる蒙古斑の光……!
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
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