自国以外は異国でした
結局、麗珠は丸一日寝込んだ。
本当ならばそれで終わりでいいのだが、静芳が見張っているので更に二日、大人しくする。
だが熱が下がってしまえば、じっとしているのもつまらない。
「もう、飽きたわ。せめてお散歩したい」
静芳に訴えると、じろりと視線を向けられ、そして饅頭を手渡される。
美味しいので嬉しいが、何だか饅頭で餌付けされている生き物のようで、若干切ない。
「陛下より、暫くは休ませるようにと仰せつかっています。屋外で運動は控えてください」
別に運動というほどのものではないと思うのだが、皇帝の命令となれば恐らくは覆らない。
それでもいい加減に朱宮から出たかった麗珠は、名案を閃いた。
「それなら、書庫に行くわ。色々お勉強できるし、玉英が案内してくれるって言っていたの」
「玉英。玄家の姫ですか。まあ、いいでしょう。その代わり、私もご一緒します」
そうして支度を始めたのだが、麗珠に用意されたのは例によって龍蛍から贈られた衣装だった。
白い衣には赤と桃色の糸で草花が華やかに刺繍されている。
裳は赤と白の生地を縦縞状に交互に使っていて、白い部分には銀糸で星が、赤い部分には龍が描かれていた。
沓も赤で、銀糸で作られた小さな花がいくつも咲き誇る。
帯も濃い赤と白が使われ、髪飾りも赤い花と白い花を模したものが散りばめられており、当然とばかりに翡翠の簪も挿された。
「ちょっと書庫に行くだけなのに、着飾らないと駄目なの?」
「書庫に行くには回廊を通りますし、他家の姫と会うのでしたら、相応の装いが必要です。何と言っても、麗珠様は暁妃なのですから」
誇らしげに言う静芳は少し可愛いが、いちいち飾り立てられるのは正直疲れる。
世の姫君はこれを普通にこなしているのだろうから、本当に凄い。
「あ、お姉様!」
静芳と共に回廊を移動していると、可愛らしい声と共に雪蘭がやってきた。
「体調を崩されたと伺ったので、お見舞いに行こうかと思っていました」
「ありがとう。もう平気よ。そうだ、これ」
麗珠は念のために懐に忍ばせていた手巾を差し出す。
すると、雪蘭の瞳が得物を見つけた肉食獣のように輝きを増した。
「はあ、いい香り。そう、甘くて。とろける、この香りっ! お姉様、ありがとうございます!」
手巾に頬ずりする雪蘭に静芳が引いているが、さすがに四家の姫相手には何も言えないらしい。
あの手巾は、先日森で花を集める時に持っていたものだ。
つまり、その後龍蛍のおしりの白光にかち合ったわけだが。どうやら予想通り、いい香りだったらしい。
これだけ好きだというのなら、おしりが光る龍蛍本人の方がいい気がしてきた。
もともと雪蘭は皇后になるつもりだったわけだし、美青年と美少女でお似合いである。
……そうは思うのだが、何だかすっきりしない。
どちらにしてもおしりが光ることは内密なので、雪蘭に事情を伝えることはできないし、焦ることもないだろう。
「それで、お姉様はどちらに? 陛下のところですか?」
「ううん。書庫に行くところ」
「それなら、私もご一緒させてください!」
雪蘭は楽しそうに麗珠に並んで歩く。
結果的に白家の女官も引き連れて歩くことになり、そこそこの大所帯になってしまった。
白宮の女官は衣も裳もすべて真っ白なので、日の光を反射して結構眩しい。
麗珠としては何だか落ち着かないのだが、雪蘭に気にする様子はない。
さすが生粋のお姫様育ちは違う、と感心するばかりだ。
「玉英がね、書庫を案内してくれるって」
「あの人、いつもそっけないんですよね」
雪蘭はそう言うと麗珠のそばに寄ってきて、少し声を潜めた。
「お姉様、気を付けてくださいね」
何やら不穏な言動に視線を向けると、雪蘭は少し難しい顔でこちらを見ている。
「私はお姉様に蛙を届けました。ですが、バッタに関しては知りませんし、確認しても白宮の女官は関わっていません。ということは、やはり他にも嫌がらせをした者がいるのです」
さらっと『蛙を届ける』と言っているが、あれは放置とかばら撒くと言った方がいい気がする。
「玄家の姫は現在後宮にいる四家の姫で最年長ですし、滞在期間も長い。早々に暁妃となったお姉様に嫉妬してもおかしくありません。私のように!」
最後の一言にやたらと力がこもっているし、聞いていてどうかとは思うが、確かにそういう考えの人がいる可能性もあるだろう。
「でも、書庫を案内できるほど本を読んでいる人が、蛙とバッタを一緒に置くとも思えないのよね」
「……どういう基準の信頼ですか」
雪蘭は呆れた様子だが、やはり玉英がそういうことをするようには思えない。
まあ、していたからといって気にもならないというのが正しいか。
どうせ後宮から去るのだと思えば、この中で起こることは一時の事象でしかない。
気にするだけ無駄だという気持ちが強いし、どうせならば楽しく過ごしたかった。
書庫に到着すると、女官達は入り口で待機をするという。
確かに大勢に囲まれて読書というのも落ち着かない。
窓から逃走するような姫でもない以上は出入りも把握できるし、くっついて回る必要もないのだろう。
「それにしても、凄い本の数ね」
玉英に蔵書が凄いという話は聞いたが、想像以上だ。
整然と並んだ木の棚に、何らかの法則に従って並べられたらしい本がずらり。
棚もただの木の板ではなく、そこかしこに装飾が施されているあたりは、さすが後宮というべきか。
棚の合間を進んでいくと、その先には少し広い空間があり、机と椅子がある。
そこに腰かけて本を開く美女の姿を見つけた麗珠は、嬉しくなって駆け寄った。
「玉英、おはよう」
「……本当に来たのですね。寝込んでいると聞きましたが」
「もう元気よ!」
拳を掲げて見せると、本を閉じた玉英が眉を下げる。
美女の微笑みというのも、たまらない。
麗珠は更に割増しで元気になったような気がした。
「案内してくれる約束よね」
「それは構いませんが、何の本が読みたいのですか?」
「異国の言葉とか、模様がわかる本がいいの」
すると、玉英と雪蘭が同時に首を傾げる。
「異国と言っても、沢山あります。一体どの国のことでしょうか」
確かに、自国以外は異国なわけだから、世の中は異国だらけだ。
だが、麗珠にはそのあたりの情報がまったくない。
「お姉様。何故急に異国のことを?」
「異国の模様とか言葉をね、明鈴に見せてあげたくて」
明鈴自身もよく知らないといっていたから、もしかすると国の名前もわからないのかもしれない。
そうなればお手上げだ。
「ああ……確か、青明鈴の母親は異国の出でしたね。西の、大きな湖で有名な国です」
「そうなの? 玉英、物知りね」
「栗色の髪も、異国の血が入っているからですよね」
玉英だけでなく、雪蘭も知っていたようだ。
これはもしかすると、麗珠だけがわかっていなかったのかもしれない。
『お前はそういう教育が不足している』という龍蛍の言葉が脳裏によみがえるが、後宮に長居するわけではないので、まあいいだろう。
「こちらです」
沢山の本棚の間をすり抜けると、玉英は迷うことなくいくつかの本を取り出した。
「言葉の基本はこちら。伝統的な模様や衣装はこちらの本に載っていますね」
ぱらぱらとめくって見せてくれた本の中には、美しい挿絵が描かれている。
「こんなに沢山あるのに、よく目当ての本と場所がわかるわね」
「一度見たものは、憶えますから」
さらっと告げられたが、それは結構なことではないだろうか。
「もしかして。それって寵、なの?」
うなずく玉英を見て、麗珠は感嘆の息を漏らした。
「凄いわ、とても便利そう!」
「そうでもありません。それに、ただ憶えているだけですし」
少しつまらなそうに答えられたが、かなり有用だし、相当に優秀ではないか。
「十分凄いわよ。あ。それなら、暁妃のことはわかる?」
麗珠は現在、成り行きで暁妃になっているのだが、妃の位のことなどはほとんどわからないままだ。
「いいえ。調べたことが……というよりも、その名前を聞いたことがありませんでしたので。直接、陛下に尋ねた方が早いのでは?」
「一応説明された気もするけど、難しくて」
要はおしりを光らせる役割なのだが、妃として名が存在する以上は前例もあったのだろう。
どうやら妃の中でも位は高いらしいが、そもそも妃の序列すらよくわかっていなかった。
「それでは、調べてみます。後宮に住んでいるのに知らなかった妃の位には、興味がありますから」
「――麗珠様!」
可愛らしい声に顔を向ければ、本棚の向こうから栗色の髪の美少女がやってくるところだった。
昨夜は光りましたね。
瞼を閉じれば思い出す……。
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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