約束だぞ
翌日、朱宮の前には蝶が大量にばら撒かれていた。
色とりどりの蝶が敷物のように地面を埋め尽くす様は、意外と豪華で悪くない。
せっかくなのでじっくりと観賞していたら、静芳に怒られた。
次の日は、バッタと蛙だった。
バッタは飛んでいくし蛙が食べてしまうので、絵面は微妙だし、蝶に比べて密度が低い。
食べられる種類のバッタもいたので捕獲しようかと思ったが、また静芳に怒られた。
その次はミミズだった。
うねうねとくねる大量のミミズを見た麗珠は、ありがたく庭の花壇に移動させる。
せっかくなので畑を作るのもいいなと思ったが、やはり静芳に怒られた。
「次は何かしら!」
日替わりで朱宮の前を埋め尽くす物体に、麗珠はわくわくが止まらない。
「何故楽しそうなのですか。それから、虫やら蛙やらを素手で触るのはおやめください」
「だって、捕まえないと逃げちゃうし」
「まず、捕まえようとなさらないでください!」
朱宮を抜けて桃宮への回廊を歩いていると、静芳の足が止まる
何だろうと思って見てみると、床が濡れていた。
それも桶の水をひっくり返したのかというほどの濡れ具合で、水たまりだらけだ。
「この回廊を迂回するとなると、かなりの遠回りですし遅れてしまいます。とりあえず布を敷いて、何とか……」
「別に、このままで行けるわ」
麗珠は素早く沓を脱いで手に持つと、裳をたくし上げ、そのまま濡れた床に足を踏み入れる。
静芳と女官は小さな悲鳴を上げるが、迂回したり布を敷くよりもこの方がずっと早い。
「皆は濡れるから、戻っていいわよ」
「ですが」
「遅れるといけないんでしょう? 皆で濡れる必要もないしね」
「それでしたら、私が麗珠様を背負いますので」
「私の足はもう濡れているし、無駄な時間だわ」
さすがに皇帝を待たせるのはいけないと判断したのか、静芳が渋々といった顔で布を手渡してくる。
「すぐに足を拭いて沓を履いてくださいね。すぐにですよ。足を出す時間は、最小限で」
「はいはい」
麗珠は手を振ると、ぱしゃぱしゃと水音を立てながら回廊を進む。
暫く歩くと水たまりを抜け、ようやく乾いた床になった。
「さてと。このまま桃宮に入るのもアレだし、足を拭かないと」
とはいえ、さすがに回廊に座り込むのもどうかと思う。
辺りを見回すと、欄干に腰かけた。
今日の衣は柔らかな生成り色で、袖に向けて段々と色が濃くなって朱鷺色に変化する。
裳も同じ色合いで、共に白と黄色の糸で華やかな花の刺繍が施されている。
胸元に深緑色の生地が使われ、辛子色の帯が印象的だ。
ふわふわと翻る裾といい、色合いといい、とても可愛らしい。
龍蛍が贈ってくれた服なので濡らしてはいけないと、麗珠は膝上まで裳を捲り上げた。
「――麗珠!」
声と共に、回廊の奥から龍蛍が姿を現す。
黒い衣を優雅に翻らせながら足早に近づくが、急に慌てた様子で頬を染めている。
「おまえ、何なんだその格好は。破廉恥なのは知っていたが、いくら何でもどうかと思うぞ」
指摘されて視線を下げて見れば、麗珠は裸足な上に裳を膝上まで捲り上げている。
これは妃云々の前に、女性としてさすがによくない。
だが、裳をおろすと濡れた足のせいで服まで濡れてしまう。
仕方がないので、とりあえず膝が隠れる程度にずらした。
「私にも、色々都合があるのよ。それで、龍蛍はここで何をしているの?」
この回廊は桃宮と他の宮を繋ぐものだ。
龍蛍が今からどこかに行く予定ならば、麗珠が桃宮に向かう意味もないのだが。
「いや、麗珠が遅いから……」
「まさか、迎えに来たの?」
最近は毎日桃宮を訪れているとはいえ、厳密に時間を設定しているわけではないし、別にそこまで遅れてもいない。
それなのにわざわざ様子を見に来るとは……もしかして、皇帝というのは暇なのだろうか。
「何故、遅れた上にそんな破廉恥なことになっているんだ?」
「回廊が濡れていたから沓を脱いで、濡れないように裳をたくし上げただけよ。それで、足を拭こうとしていたところ」
当然の流れだと思うのだが、龍蛍は何故かため息をついた。
「とにかく、その格好は駄目だ」
「駄目と言われても、まずは足を拭かないと」
すると、龍蛍はあっという間に麗珠を抱き上げる。
一気に視界が高くなって驚くが、これは何だかおかしい。
「何するのよ。足を拭くんだってば」
「だから、部屋に入ってからな。こんなところで拭いたら、足が丸出しだろうが」
そのままどんどん歩いていくが、麗珠が重いからと落としそうな様子はない。
本当に大きくなったんだなと感心してしまうが、今はそれどころではなかった。
「言い方の問題でしょう。それに、誰もいないし。いても龍蛍か浩俊くらいじゃない」
「だからだ」
部屋に到着すると、麗珠を椅子に下ろす。
その動きにも余裕があって、体の大きさだけではなく筋肉もついたのだなと察することができた。
「ねえ、また大きくなっていない?」
十七歳くらいの印象だったのが、更に成長している気がする。
そろそろ二十歳ぐらいだし、美少年というよりは美青年という言葉に相応しくなってきた。
成長速度が恐ろしいし、それを促すおしりの光が恐ろしい。
「いいことじゃないか。それ、貸せ」
麗珠の持っていた布を手にすると、足元にひざまずく。
何だろうと思って見ていると、麗珠の足をすくい取って布で拭き始めた。
「ちょっと、いいわよ。自分で拭くから」
「いいから、じっとしていろ」
龍蛍は麗珠の足を優しく撫でるように拭く。
生まれながらの皇帝の割には、手際がいいのが不思議だ。
それにしても美青年皇帝をひざまずかせて足を拭いてもらっているこの状況が、大変に申し訳ない。
子供姿の龍蛍を思い出すと、更にいたたまれなくなってくる。
「おまえ、浩俊に足を見せていないだろうな」
「龍蛍の中で私はどれだけ破廉恥なのよ。わざわざ足を出して見せたりしないわ。こんなものを見せられても、相手も迷惑でしょう」
浩俊はこの十年、皇帝の代理として美姫に会っているのだ。
麗珠の足など見せられても、ただの嫌がらせでしかないだろう。
「そうじゃなくて……まあ、見せていないならいい」
足を拭き終わった龍蛍は、そのまま沓まで履かせてくれる。
一連の動作があまりにも優しくて、何だか落ち着かない。
「他の男に足を見せるな。頼むから、気を付けてくれよ」
ひざまずいたまま見上げられ、その翡翠の瞳の美しさに少しばかり鼓動が跳ねた。
すっかり美青年になってしまった龍蛍だが、最近は色気も出てきている。
このままどこまで行くのだろうと考えると、楽しみのような怖いような、複雑な気持ちだ。
「……約束だぞ」
にこりと微笑んだかと思うと、龍蛍はそのまま麗珠の足をすくい取り、その甲に唇を落とした。
「ち、ちょっと、何をするのよ!」
「約束の証だ」
顔を上げて少し意地悪な笑みを浮かべる様は見事に麗しく、麗珠はどきどきしながらも呆れてしまう。
「体が大きくなったからって、変なことをしないの。そんな子に育てた覚えはないわよ」
「育てられた覚えは……まあ、あるが。それよりも」
龍蛍の手が麗珠の頬に触れそうになった瞬間、室内を眩い白光が包み込んだ。
「本当に、どこまで光って成長するのかしらね」
気になって龍蛍のおしりに視線を移すと、慌てて隠される。
「あんまり見るな! 毎回、何なんだよ、このしりは!」
「何、恥ずかしいの? 今まで散々光っているのに?」
「いいから、あっち向いていろ!」
必死な様子からして、相当光るおしりが嫌らしい。
正直に言えば光る様子を確認したいが、嫌がる美青年皇帝のおしりを執拗に追いかけるというのも何だかアレだ。
「それじゃあ、今日は帰るわね。女官達が心配しているだろうし」
回廊が濡れていても無事に到着したと伝えてあげたいし、何なら今後の対策を練った方がいいかもしれない。
毎度裸足では面倒くさいのと、いちいち龍蛍に文句を言われるのも癪だ。
立ち上がって扉に向かうと、龍蛍が何やら慌てている。
「ちょっと待て、今来たばかり――くそ、何なんだよ。本当にこのしりは!」
どうやらおしりが光ったまま部屋から出たくないらしく、何やら文句を言っている。
おしりの消灯を待つ理由もない麗珠は、軽く挨拶をして手を振ると、そのまま部屋を後にした。
「残念令嬢」2巻の電子書籍配信開始してます。
1巻のセールもあるので、活動報告をどうぞ。
挿絵一枚目で目が合うけど……読んでほしい……!
最後の挿絵は、マヨが効いている☆
モウコ(ง -᷄ω-᷅ )ว ٩( -᷄ω-᷅ )۶(ง-᷄ω-᷅ )ว ( -᷄ω-᷅ و(و ハァーン☆
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
光った夜は、少し嬉しい!
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
書籍2巻、紙&電子書籍発売中!
ゼロサムオンラインでコミカライズ連載開始!
こちらもよろしくお願いいたします。
※現在1巻の紙書籍が品薄です。(Amazonは復活!)
アニメイトの2巻の在庫は復活!
詳しくは活動報告をご覧ください。






