四家の姫と翡翠の簪
その日、麗珠は朝から朱宮を抜け出して森で狩りをしていた。
小さいとはいえ鳩を一羽仕留め、どうやって食べようかとうきうきして戻った麗珠を出迎えたのは、笑顔の静芳だった。
その笑みには寸分の隙もなく、危険を感じた麗珠はそのまま森に戻ろうとするが、あっさりと捕まる。
「何故、朝から鳥を仕留めてくるのですか」
「食事は十分だけど、自分で仕留めた鳥は別腹なのよ」
「今からでは湯浴みも間に合いません。とりあえず体を拭いて着替えますよ!」
非難されつつも、あれよあれよという間に着替えと化粧を終えると、鏡の前に立つ麗珠はまたしてもお姫様という装いだった。
目を引くのは裳の鮮やかな赤い色。
それも胸元から段々と色が変化して、裾では白になるという美しい生地だ。
上衣もまた赤で、袖には白と桃色の花が咲き誇ってさながら花畑のような華やかさ。
袖の部分には淡い緑色の生地が使われ、衣の白い襟と同じ赤い花の刺繍が施されている。
帯は白地に赤が映え、幾筋もの布を垂らしているので、動くたびに揺れる様が美しい。
髪は結い上げて赤と白の花の髪飾りで彩られており、その中にひとつだけある翡翠の簪の緑色がより引き立っていた。
「ねえ、これ以前と違う服よね。まさか……」
「陛下からの贈り物です」
やはりか、と麗珠は肩を落とす。
「また無駄遣いをして!」
「無駄ではありませんよ。今日という日に相応しい、美しい装いです」
「……今日、何があるの?」
この口ぶりだと、着飾るようなことがあるのだろうが、よくわからない。
すると静芳の眉がぴくりと動き、鋭い視線に自然と麗珠は背筋を正した。
「即位してから十年。一度たりとも後宮で姫をお召しになることも、妃を定めることもなかった陛下が、四家の姫を集めるのですよ。麗珠様のご紹介のため……何と晴れがましいことでしょう」
うっとりと目を細める静芳は楽しそうだが、結局よくわからない。
「紹介って何?」
「麗珠様は、妃にと望まれたのでしょう?」
何故それを知っているのだ。
麗珠は何も言っていないのだから、龍蛍の方からお達しがあったのか。
何にしても、静芳の想像と現実はだいぶ剥離している気がする。
「妃というよりも、発光装置とか点灯装置と言った方が……」
そこまで言って、慌てて口に手を当てる。
桃斑のことは公にしていないのだから、龍蛍のおしりが光ることも、その原因が麗珠らしいということも言わない方がいいのだろう。
「ええと。四家の姫って、もともと全員妃候補なのよね?」
「慣例で四家は姫を後宮入りさせますが、要はそういうことです。本来でしたら全員すぐに陛下に召されますし、妃の位を賜ります。ただ陛下は誰一人お召しになっていないので、妃の位に就いている者はおりません」
なるほど。
本来ならば四家の姫は後宮入りとほぼ同時に妃になるわけだ。
「皇后は妃の中から選ばれることがほとんどですから。麗珠様は他の姫よりも一歩先に進んでいるのです」
勝ち誇ったように言われたが、麗珠としては身に覚えがなく、濡れ衣を着せられているような気持ちだ。
「待って。四家の姫が皇后の座を狙っているとしたら、私はただの邪魔ものじゃない。一歩死地に近付いただけじゃない。……よし、欠席しよう」
麗珠はただおしりを光らせるだけなので、そういった争いに参加するつもりはない。
どうせもうじき異母妹と交代するのだから、他の姫との揉め事も極力避けたかった。
「――欠席は、無理ですよ」
朗らかな美声に驚いて扉の方を見れば、浩俊が笑顔でこちらを見ていた。
麗しい男性の登場に、控えていた女官達が頬を染めながら頭を下げる。
「何で浩俊がここにいるの」
「陛下直々の命です。朱麗珠を逃がすな、と。……さあ、参りましょうか」
これが権力の横暴か。
満面の笑みの女官に見送られ、麗珠は渋々朱宮を後にした。
浩俊に連れられて到着したのは、黄宮だ。
後宮と外との境であり、謁見のための広間もあるのだが、どうやら今日はそこに集まるらしい。
開かれた扉の先には、広い空間。
少し高くなった壇上に、やたらと輝く銀の椅子があるが、あれは玉座だろうか。
そしてその手前には、華やかな衣装に身を包んだ三人の女性の姿がある。
人数からして、恐らくは彼女達が四家の姫なのだろう。
三人はこちらに視線を向けたかと思うと、一斉に頭を垂れた。
「陛下。まさかこちらからお越しになるとは思わず、失礼いたしました」
何事かと驚くが、そういえば浩俊は小さい龍蛍の代わりに表舞台では皇帝を演じているのだ。
ということは、麗珠は皇帝と二人で連れ立ってここに来たことになるわけで……最悪の第一印象ではないか。
「急なことで驚くと思いますが、私は皇帝ではなく代理です。本日からは、そのように扱ってください」
困惑した様子の三人のそばまで行くと、浩俊はちらりと麗珠に視線を向ける。
「四家の姫君をご紹介します。こちらが、玄玉英様」
浩俊の紹介に合わせて小さく礼をしたのは知的な雰囲気の美女だ。
「隣が白雪蘭様、そして青明鈴様です」
華やかな美少女と淑やかそうな美少女も連続で紹介され、麗珠の中の美がすっかりと満たされる。
「……この面子なら、私はいらないわよね」
思わず本音がこぼれるのも無理はない。
どちらを向いても勝るとも劣らぬ美姫とは、さすが天下の後宮、恐れ入る。
これだけの姫君を集めているのなら、おしりを光らせる麗珠などお役御免で問題ないだろう。
納得してそのまま帰ろうとする麗珠の腕を、浩俊がしっかりと掴んで離さない。
「逃がさない、と言いましたよね? さあ、ご挨拶を」
麗しい青年ににこりと微笑まれ、三人の美姫の視線を一身に浴びれば、無視するわけにもいかない。
「朱麗珠、です。短期間ですが、よろしくお願い……」
短期間という言葉に三人が表情を変えるのと、浩俊が腕を引くのはほぼ同時だった。
痛いわけではないが、これは『それ以上言うな』ということなのだろう。
隠す必要もないと思うのだが、退出する時期が確定していないのに公の場で言うのは良くないということなのかもしれない。
一応は麗珠が名乗ったわけだが、玉英は表情を変えずに無反応。
雪蘭はツンツンとした不機嫌な様子で、明鈴はそんな二人を見て困ったように目を伏せた。
「その翡翠の簪……どこで手に入れたのです?」
「これは、貰い物で……」
麗珠の答えを聞いた途端に、三人が驚きの表情に変わる。
「なるほど。そういうことですか」
「簪一本でいい気にならないことね」
「皆様、仲良くいたしましょうよ」
玉英は何かに納得したようにうなずき、雪蘭は思い切り顔を背け、明鈴は気まずそうに笑みを浮かべている。
これは見事な、女の園。
義母や異母姉妹の嫌がらせを思えば、何とも可愛らしいことだ。
しかも実際に見目麗しいのだから、素晴らしい。
「何という、目の保養……!」
龍蛍もこれだけの美姫がいれば、早々に妃や皇后を選ぶことだろう。
光るおしりのことは内緒にするので、安心して幸せになってほしいものだ。
満足して口元を綻ばせる麗珠に三人の姫が胡散臭いものを見る目を向けていると、扉が開いて誰かが入ってくる。
黒を基調にした艶のある生地は美しく、袖や襟の部分には赤い植物の模様が映える。
金色の龍が舞うその衣は、一目で高貴な人物だと理解させるだけの迫力があった。
その衣をまとう人物の姿に三人は感嘆の息を漏らし、麗珠だけは眉を顰めた。
翡翠の瞳の少年は龍蛍で間違いないのだが。
問題はそこではない。
「……また、大きくなっているじゃないの」
今夜は光らない。
つれない蒙古斑。
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中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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