あとは――俺の寵をやる
「何で!? もう大きくなったじゃない」
「まだだ。ようやく麗珠に身長が追い付いたばかりだ。俺は大人だと言っていただろう?」
ということは、まだ大きくなるつもりなのか。
「そんなの妃じゃないわ、ただの発光装置じゃない。大体、何故おしりが光るの? おしりが光ると大きくなるの?」
理解不能な事ばかりで混乱するが、尋ねられた龍蛍も困ったように視線を逸らした。
「それに関しては、俺にもよくわからない。だが結果が出ている以上、否定はできない」
確かに、龍蛍のおしりが光って成長したのは間違いないので、何らかの因果関係はあるのかもしれない。
「待ってよ。それじゃあ、後宮を出て狩人で自立する私の計画は?」
「それは認められない。諦めて俺のそばにいてもらう」
「まだ公にしていないのなら、間に合うんじゃない?」
龍蛍が子供だったことは影官という役職を置いてまで伏せられていたのだ。
つまり、おしり発光で成長することも、発光させる人間がいることも知られていないはず。
「その簪を受け取った時点で、無理だな。俺の瞳と名を模して、皇家の象徴を加えたもの。麗珠は俺のものだという宣言と同じだ」
「何それ。そんなわけが……」
いや、待て。
静芳は『あの簪をいただいておきながら』と言っていた。
龍蛍の名を出しても普通に聞いていたし、よくよく考えると相手が皇帝であることを理解しているような口ぶりだった。
だから『麗珠様は、この後宮に残ることになります』と言っていたのか。
皇帝だと知っていたのなら教えてほしいが……もしかすると、四家の姫としては当然知っておくべきことだったのかもしれない。
龍蛍は最初に名乗った時に『おまえは何も知らないんだな』と言っていた。
あの時点で、皇帝であると明かしたも同然だったわけか。
「簪を渡したらさすがに気付くと思ったが。麗珠はそういう教育が不足しているみたいだな」
「どうも、教育不足です! 後宮に相応しくないので、退出します!」
勢いよく立ち上がって逃げようとするが、龍蛍の動きの方が早い。
背後から伸びてきた手に絡めとられ、あっという間に麗珠は龍蛍の腕の中に収まっていた。
「だから、駄目だと言っただろう」
「放しなさいよ。ちょっと大きくなったからって!」
じたばたともがく麗珠の耳に、龍蛍が笑う声が届く。
その声の低さと近さに混乱して、どうしたらいいのかわからない。
「――俺を大人にしたのは、麗珠だ」
眩いという形容詞がぴったりの美少年は、そう言って麗珠を見つめた。
何度も見たはずの美しい顔と声が、今は混乱をもたらす元凶でしかない。
「その言い方、何だか嫌!」
「本当のことだ。それに、まだ途中だしな」
楽しそうに微笑む姿は眼福だが、言っている内容がおかしい。
「もっと大きくなる気?」
既に出会った時とは比べ物にならないほど成長して、麗珠と同じくらいの背丈になったというのに。
これで終わりではないのか。
すると、驚く麗珠を見ていた少年が笑う。
「おまえが一目で惚れるような男になる、と言っただろう?」
確かに言っていた気もするが、まさか本気だなんて思いもしない。
麗珠の考えは口に出さずとも伝わったらしく、少年の口元が綻ぶ。
「おまえの望みは、一石二鳥。鳥は仕留めたし、あとは――俺の寵をやる」
そう言うと、端正な顔立ちの少年は麗珠の頬を滑るように撫でた。
優しく触れる手は大きく、目の前に迫った翡翠の瞳は輝かんばかりの美しさで、思わず麗珠は息を呑む。
「い、いらない。私が狙ったのは鳥であって、寵じゃないわ。何なの――子供だったくせに!」
慌てて手を振り払うと、美しい翡翠の瞳が細められた。
その笑みに目を奪われ、視線を逸らすことができない。
「そんな破廉恥なことを言う子に育てた覚えはないわよ!」
咄嗟に出た言葉に龍蛍は目を丸くし、そして笑い出す。
「もう、帰る!」
「麗珠、待て」
隙をついて腕の中から抜け出して立ち上がるが、またしても龍蛍に手を掴まれてしまう。
だがその時、室内を眩い白光が包み込んだ。
わざわざ確認するまでもなく、今日も龍蛍のおしり付近が全力の光を放っている。
椅子に座った状態でこれだけ光るとは、かなりのものだ。
夜にこの調子で光ってくれたら何をするにも便利だなと現実逃避しそうになり、麗珠は慌てて意識を引き戻した。
何度も見た光だが、これは炭ではなくておしりの蒙古斑が変化した桃斑というものの光らしい。
浩俊も目を瞠っているところを見ると、本当に今まで光ったことがないのだろう。
色々混乱した後に白い光に照らされた麗珠の中に、むくむくと疑問が湧いてくる。
「……これ。本当に蒙古斑が光っているの?」
「は?」
麗珠の手を掴んでいたはずの龍蛍は、その声音の変化に気付いたのか手を放した。
「ちょっと、確認させて」
「まさか、おしりを見る気か⁉」
「直接はあれだけれど、本当に炭が入っていないのかだけ確認させて」
麗珠が両手のひらを上に向けてわしわしと指を動かすと、龍蛍が椅子に座ったまま後退った。
「おまえこそ、破廉恥だろうが!」
「何で隠すの」
形勢逆転とばかりに、今度は麗珠が迫り、龍蛍が距離を取ろうとする。
「おしりが光るのを見られて喜ぶ男がいるか!」
「その光で成長するんでしょう? 自信を持ちなさいよ。ちょっと服の上から撫でるだけだから」
ついに椅子の端まで追い詰められた龍蛍は、弾かれるように立ち上がる。
「嫌だ。おしりが光るなんて、嫌なんだ!」
「そんなに嫌なら、光らないように私を追い出してよ」
龍蛍はおしりを光らせたくない。
麗珠は後宮から出たい。
二人とも幸せで、万々歳ではないか。
すると、龍蛍の表情がさっと曇った。
「だから駄目だって。その……俺は麗珠じゃないと駄目だ!」
「それなら、おしりを撫でさせて」
「嫌だ! 大体、何でそんなに撫でたいんだよ」
もはや若干の怯えを見せる龍蛍が少しかわいそうになり、麗珠は肩をすくめた。
「光るおしりだなんて、浪漫じゃない」
「おしりに浪漫など存在しない!」
「龍蛍こそ、何でそんなに嫌なのよ」
おしりが光って嬉しいかと聞かれれば微妙だが、それにしたって酷い嫌がり方だ。
すると、言葉に詰まった龍蛍は気まずそうに目を伏せ、やがてゆっくりと口を開いた。
「『蛍』の字は、桃斑持ちに引き継がれていて、暁妃に出会った際の光を表しているらしい」
「つまり、おしりが光るのね」
「そうだ。小さい頃からずっとそう言われていて。おしりが光る、蛍なんだ、と。……それがもう、嫌で嫌で」
龍蛍は深いため息をつくと、未だ眩い光を放つおしりに手を当てた。
「そうなの?」
「だって、おしりが光るんだぞ!?」
「天より加護をいただいた、神聖な光です」
「……浩俊は黙っていろ」
間髪入れずに謎の賛辞が入ったが、龍蛍の鋭い声がそれを制した。
「とにかく、光るおしりが嫌なんだ」
「わかったわ。ひと撫でだけでいい」
「全然わかっていないじゃないか! 嫌だ!」
龍蛍の絶叫に反応するように、白い光がすっと消える。
眩い光を急に失ったことで、室内が一気に暗くなったような錯覚に陥るほどだ。
「……いいぞ。おしり、撫でても」
急に静かになった龍蛍が何か言っているが、意味がわからない。
「嫌よ。何でよ」
「あんなに撫でたがっていただろう」
「光っている時はね。今撫でたら、ただの変態じゃない」
「光っている時に撫でる方が変態だ」
自分でおしりを光らせておいて、何を言うのだろう。
何にしても光っていないおしりを撫でるつもりなどない。
「もう、戻る!」
「麗珠!」
ふわりと裳を翻して扉に向かうと、慌てたような声で名前を呼ばれる。
仕方がないので立ち止まって振り返ると、笑いを堪える浩俊と困ったような表情の龍蛍が目に入った。
「何よ」
「また……その、会おう」
皇帝ならば一言命じるだけで麗珠は従わざるを得ない。
それを、おずおずと訴えるのだから、何だか可愛いというか、あざといというか。
麗珠の中の龍蛍はまだ小さい子供なので、無下にもできない。
「……光ったら、撫でさせてくれる?」
「嫌だ」
「じゃあ、会わない」
半分当てつけでそう言って顔を背けると、龍蛍がつかつかと歩いてきて、麗珠の目の前に立つ。
同じ身長のおかげで本当に目と鼻の先に龍蛍の顔があり、あらためて整った顔立ちなのだと感嘆してしまう。
「それなら、俺が会いに行く。――逃がさないからな!」
頬を染めたまま叫ぶと、そのまま龍蛍は扉から出て行ってしまった。
もはや何ひとつ笑いを堪える様子のない浩俊が、それに続いて姿を消す。
ひとり室内に残された麗珠は、暫し瞬くと、息を吐いた。
「……一体、何なの」
光った!
久しぶりに蒙古斑が光りましたよ!!
中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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今日も2話更新予定です。
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
12/2書籍2巻発売、12/3コミカライズ連載開始!
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※現在1巻が品薄です。詳しくは活動報告をご覧ください。