絶望
あのドラゴン・・・
ヴァイスは困惑した頭で必死に考える。
―――間違いない。
伝承でしか聞いたことはないが、直感で分かる。あの黒い翼と、濡れたように光る黒い鱗は――
「――『ダークドラゴン』。」
数多の国家を滅ぼしてきた・・・S級の魔物。
「どうしてS級の魔物がここに!?」
ヴァイスの頭の中が真っ白になる。S級と言えば、10国の、魔法が使える者たちを含めた軍隊を以てしても倒すことができない相手だ。
その怪物が――私たちの『ロザリオ』の上にいる――。
「シスター!!町に逃げて下さい!!」
やっとのことで叫ぶ。そうだ。皆を助けるんだ。
「で、でも・・・子供たちが・・・。」
「大丈夫です!!リテアが・・・リテアが助けています!!」
根拠はない。でも――
――そうよね・・・?リテア・・・。だってあなたは――私の命をいとも簡単に助けてくれたのだから――。
「だから早く逃げて下さい!!子供たちを――。子供たちを、絶対に死なせたりはしません!!」
「わ、わかったわ。」
シスターが急いで丘を下る。ダークドラゴンは何かに気を取られているのか、微動だにしない。
「よしっ!」
気合を入れようと、震える手で頬を打つ。
「リテアと――子供たちを探さなくちゃ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・。ヴァイスの魔力量は凄まじいな。こんな奴まで呼ぶのか。」
目の前にはダークドラゴンがいる。そして背後には子供たちが。
咄嗟に『物理障壁』を展開したので、リテアと子供たちには怪我一つない。
皆が不安そうにリテアを見つめる。
「そんなに不安そうな顔をするなよ。・・・大丈夫だ。僕が追い払ってあげるから。」
子供たちの中で、一番年上に見える男の子が口を開いた。
「手伝います。」
こいつは確か――
リテアは記憶を探る。ヴァイスに抱きしめられていた少年――名前は確か・・・
「なあアンスリウム、気持ちは嬉しいが、一人で大丈夫だ。姉さんの傍にいてやれ。」
アンスリウムは不服そうな面持ちだ。少し考えた後、アンスリウムは再び口を開いた。
「しかし・・」
「言いたいことは分かる。」
アンスリウムの話が終わらないうちに、言葉を被せる。
「だがな、姉さんは今、一人だろう?誰が守るんだ?こいつらが守れるのか?」
アンスリウム以外の子供たちを指さす。
「・・・おまえが、守らなくちゃいけないんだ。――後悔してからじゃ・・・・・遅いんだ。」
――そう。後悔してからじゃ遅い。
「わかりました。」
はっきりとした返答。アンスリウムの顔からは決意の表情のみが読み取れる。
「さあ、行くんだ。」
リテアは子供たちを送り出す。姿が見えなくなったところで、ダークドラゴンと対峙する。
魔石を喰らう魔人とは違い、他の魔物は魔石を吸収する。吸収して強くなっていくのだが、もちろん上限がある。スライムがいい例だ。ほとんど吸収できないので、たいして強くもならない。 ―――吸収しなくとも生きていけるので、戦わず逃げることに特化した魔物もいる。
ドラゴン種は吸収できる容量が大きいからな。手っ取り早く強くなろうと、ヴァイスを襲いに来たのか。
ダークドラゴンはこちらを凝視している。
「あぁ。お前ほどの強さだと分かるのか。僕のほうがヴァイスよりも魔力量が多いって。」
腰の剣を抜く。
「硬そうな鱗だな。」
キイィンッ
話終わらないうちに、ダークドラゴンの足へと剣を叩きつける。予想通り弾き返される。
「にしても・・・。」
ダークドラゴンの足に視線を送る。
「音速を超えた、僕の斬撃に無傷だなんて。」
はあ。と深い深いため息。
「この場所から極力動きたくなかったのに。・・・仕方ないね。」
ダークドラゴンの身体を見回す。
「おっ!首の――」
ダークドラゴンが炎を吐く。鋼鉄をも溶かす熱風と、海のような炎が辺りを包む。手加減というものを知らないのか、炎は町にまで及ぼうとしている。
「おいおい、人の話は最後まで聞けって。」
リテアは軽く手を上げる。
「『氷結』」
辺りを覆いつくしていた炎が、一瞬にして凍り、四散する。熱風は今では冷風へと変わり、熱によって噴き出た汗に心地よい。
「まあ、どうせ聞いても答えてくれないだろうが・・・。」
リテアは笑う。
「お前の首元、軟そうだな?」
―――――――――――――――――――――――――――――
「お姉ちゃん!!」
呼ばれた方向に振り返ると、子供たちがこちらに向かって来ているのが見えた。
――よかった。無事だった。リテアにはお礼を言わないと。
キイィンッ
けたたましい、金属がぶつかる音がした。
――リテアが戦ってるんだ!!
「皆!こっちまできて!町に避難するわよ!」
町を指差して言う。
ヴァイスが指示を出した瞬間だった。
「熱っ!?」
急に高温の熱風が襲い掛かってきた。汗が噴き出す。
ヴァイスはダークドラゴンの方へと顔を向ける。
・・・頭に浮かぶのは 絶望 の二文字。 ――今にもマグマのような炎が到達しようとしていた。
「皆逃げてェェェ!!!」
叫ぶと同時に、炎は氷となって四散した。
「・・・へ?」
そしてさらに信じられないことが。
「うそ・・・・。」
ずるり
ダークドラゴンの首が、静かに落ちた音だった。