神って田舎者みたい
神楽からの説明を受けてやっと停止した世界から解放された裕二は、現在街をうろついてる最中であった。
「いきなりアポ取れって言われても、何処に売り込めばいいんだ?」
「その前に今更なんですが、改めて貴方の自己紹介をしてください。実を言うと、書面で人となり等の大まかな事は知っているのですが、職業などについては情報が記載されてなかったんですよね」
人となりなんかより職歴の方がよっぽど調べやすいのではと疑問に思うが、そこに突っ込みを入れても先に進まないのでさっさと説明することにした。さっきまでとは違って、今は時間が進んでいるのだから。
「境裕二、25歳。職業は広告会社の営業、代理店じゃなくてうちでプロデュースするからお客さんと直に接するタイプだな。広告の種類は紙媒体でもネットでもシールなんかの印刷でも幅広くやってる」
「成程、一見華やかな職種ですが華があるのはデザイナー達であり、裏方に徹する感じの奴ですか。顧客との板挟みでストレスが溜まりそうですね」
流石覗きが趣味と豪語するだけあって理解が早いこと。実際はデザイナーも大手以外は低賃金で馬車馬のように働かせられたり、時刻表なんかの面白みのないものを作らされたりで結構キツイ仕事だったりもするが、凡その筋は掴んでいるようだ。
「じゃあ近々広告を打ちそうな所を探してみますか。えーと確か」
そういって胸元から分厚い本を取り出しパラパラと捲る神楽。いや今絶対物理法則無視したろ。未来のネコ型ロボットのような出方したぞ。
「あったあった。このボーダーヴィレッジ社なんてどうです?アニメとのコラボTシャツとかその辺で動きそうですよ?」
ズイッと本をこちらに押し出してきたので内容を確認するが……
「なあ?会社名と住所と電話番号しか書いてないように見えるんだが」
「そうですね。それしか書いてませんし」
パタンと本を閉じてこちらに表紙を見せる、ってこれタウンページやないかーい!
「ふざけてんのか?それで適当に選んでるだけとか言うなよ?」
「失敬な。神なんですからその辺は自分で探ろうとすれば今後の株価から窓際族候補まで予測出来ます!これはあくまで名前を知ってデータベースにアクセスするためのきっかけなんです。極端に言えば学校の連絡網から個人の成績表をぶっこ抜く感じです」
ぶっこ抜くって、神ってハッカーの別名だったりしないか?少なくともそんな表現をする一般人はいないと思う。
「とにかく、この会社に電凸してみるんです。そうすればいい感じに上手くいくはずです!……多分」
「ボソッと本音漏れたろ」
「現世に降りたの初めてなんだから仕方が無いでしょう!貴方はハウツー本読んですぐプロ野球選手なれるんですか?え?」
「わかった俺が悪かったから顔面アップで迫ってくんな」
コイツ感情表現豊かだな等と思う一方、距離感が掴めなくて苦労する。具体的に何がというと、美人とこんな至近距離になったことがこれまでなかったので、ドキドキしてしまうのだ。うるせー彼女いない歴=年齢嘗めんな。
「ひとまず喫茶店かどっかで休憩させてくれ。話しっぱなしで喉乾いた」
実際には停止していたので体調に変化などないし、発声していないのだから乾く事は無かったのだが、精神的に一息つきたくなったのである。時が止まっていようと精神は疲れるのね。あー、そういえば体感時間を引き延ばして現実との誤差による拷問とか漫画で見た気がする。あれってガチなんだな。
その後少し歩いた先にあったスタバに入り、注文をすることに。
「ダークモカチップフラペチーノベンティアドエスプレッソショットメニーメニーホイップ」
「邪神の降臨儀式でも始めたんですか!?」
「ぶはっ」
神から見ても呪文詠唱に聞こえたらしく、思わず吹き出してしまった。
「普通に注文しただけなんだけどな」
「私にもその奇怪な祝詞を読めと言うんですか?」
「奇怪言うな、れっきとした注文なんだから。一般的なブレンドコーヒーやカフェオレ、ココアなんかもあるぞ。まあおすすめはフラペチーノだけど」
神楽は最初胡乱げな眼を向けてきたが、結局勧められるがままキャラメルフラペチーノを注文した。そして一口飲んだ瞬間……
「な、なんですかこれは!甘くてシャリシャリした触感なのにそのまま飲めて尚且つ口の中に残るまったりとした後味!」
「黙って飲め!みんなこっち見て恥ずかしいだろ!」
周囲を見渡すと、クスクスと押し殺した笑いを浮かべる人が殆どで、店員さんに至っては生暖かい眼で見守っていた。それに気付いた神楽はカァーッと頬を赤らめ、小さくなる。上京したての田舎モンかこいつは。
「お、お騒がせしました。長いこと生きてきた中で初めて口にする代物でしたのでつい……」
「そんな珍しい代物でもないと思うんだが?割とポピュラーだろ」
フラペチーノはともかく、シェイクくらいなら昔からあるだろうにという素朴な疑問に対するは、キリっと表情を引き締め圧すら感じる姿であった。
「そんな筈はありません。これはつい最近開発されたか、職人が秘匿してきた秘伝に違いないです!何故ならこんなに美味しいものなのに、お供えされたことありませんでした」
そりゃアイスを神棚に供える人はいないだろう……
「ちなみに貴方が頼んだ呪文のような物も美味しいのですか?」
「勿論、そっちが選んだようなベースとなる物に追加トッピングした。多量に」
「つまり美味しさの上乗せをしたと……」
ゴクリ、という音がハッキリと聞こえたぞ今。神様がそんなに意地汚くていいのだろうか。次回来る時までに覚えておかなくてはとか小声でつぶやくな。
「それはそうと、新しくアポ取るって普通に取れば良いのか?」
「う~ん、あと10分程待ってから窓口に電話をしてみてください。それで上手く行く筈です」
「待つ意味は?」
「物事には時期という物があります。春に種を蒔くべき作物を冬に蒔いても実らないように、同じ行動でもタイミング次第で決まることは多々あります。あと10分程でその時勢が良い方に傾きそうなんです」
一々時勢なんか読まなくとも、神の力とやらで直接良い方にし向けることは出来ないのかとも聞いてみたが、それをやってしまうとやり過ぎてしまったり、洗脳じみた展開になりかねんとの事。元々は直接人間の世界に干渉してこなかったという事もこれらを押しとどめる要因ともなっているそうだ。
「まあぶっちゃけると力を使っちゃうと疲れるっていうのが一番なんですけどね」
「おい今までの説明何の意味があった」
「だって考えてもみてください。力が衰えてるから外部からの供給量を増やそうという狙いなのに、それに力を使ってしまうと本末転倒じゃないですか。負の永久機関でも作るつもりですか」
そういわれてしまうと反論することは出来なかった。
「とにかくもうしばらくしたら電話してみてください。きっとご利益ありますよ」
悪意のない笑顔でにっこりと言われてしまうと、それでいい気がしてしまった。