神の国の派遣社員
都留神楽比瑪と名乗るこの女性に対し、俺はここに来て初めて相手の姿を認識した
。黒い腰まであるロングヘアには金の簪、整った顔立ちにある大きな瞳は優しさと意志の強さが同居し、ありきたりだが大和撫子という言葉がよく似合う美人だ。服はこれまた特徴的で、一言でいえば巫女さんのようだった。後から知ったが緋袴というのが正式名称らしく、上半身の白い衣装と対照的な赤いスカートがよく似合っていた。
「あら、今更見惚れてるんですか?私、容姿だけで人を振り向かせられる自信位はありましたのに」
(み、見惚れてなんていねえよ!てか、『自信位』ってどんだけ自惚れてるんだよ。自信過剰にも程があんだろ)
「そうは言っても事実、振り向かなかった殿方はこれまで居ませんでしたし、神という以上人より優れた相貌をしていて可笑しいとは思わないですが」
(また出たな『神』って単語。いい加減あんたの正体と目的を聞かせてもらおうか。こちとら忙しい身なんでな)
「貴方のせいで話が進まないんですけどね。まあいいです、簡単に要点をまとめて話しますからしっかり聞いてくださいね。繰り返しますが私は神です。神は人々から信仰、崇拝、畏れ、教えを請われる存在です。ですが現代人は神々への信仰を忘れ、都合のいい時ばかり神頼みするようになりました」
(言いたいことは分かる。だがそれが俺に何の関係があるんだ?)
「今説明しているんだから一々突っかからないでください。神は生命を司ったり、天候を操ったり様々な力を持っていますが、それらの力の行使にはエネルギーを消費します。簡単に言うと人々の信仰心が神にとっての食事なわけです。しかし先ほど説明したように、信仰心は薄くなりお賽銭も僅かになって神の世界も貧窮しているのです」
(どこの世も世知辛いんだな。神ですらそれなら俺ら人間が日々苦労してるのも納得だわ)
「そう、苦労してるのです!」
突如カッと目を見開いてアップで迫りくる神楽に思わずうおっと仰け反……ろうとして体が動かないことを再確認させられる。お陰で顔の距離が近くて凄く怖い。美人が怒ると怖いってマジなんだな。
「そこで!この現状を打破すべくお偉い様方が協議を繰り返し導き出された案がこちら!」
ババン!という効果音と共に突如現れるホワイトボードとそこに書かれた文字。
『あなたは神を信じますか作戦!!』
(ごめんちょっと何言ってるか分からない。てか神頭悪すぎるだろネーミングセンスどうなのよ。こんな奴らが世界率いてたらそりゃ争い絶えないわ。そもそも何を行うかの指標がねえじゃん)
「そんなボロクソに言わなくてもいいじゃないですか、頭悪いのは認めますけど……とりあえず肝心の内容説明しますとね」
数分に渡る説明を要約すると、神を信じないなら信じるように仕向ければええやんという思想の元、選ばれた人間に対して神が直接力を行使し神の偉大さを示しつつ、世界全体を是正していこうという物らしい。より良い世界を運営できるようになるし信者も増えるだろうし一石二鳥との事。ちなみに選ばれる人間は幸が薄い者の中からランダムらしい余計なお世話だクソッタレ。
(じゃあ俺はあんたの力で今後末永く幸せに生きられるようになった訳?)
「残念ながらそこまで甘くはありません。私どもが全てを与えてしまうと、人間たちは図に乗ってもっとあれもこれもと言い出します。そして自分では何もせず、勝手に与えられるもので自堕落に過ごすでしょう。これでは世界の是正とはいきません。そもそも神の力は昔に比べて衰退しているので、そんなことを繰り返すと直ぐにエネルギーを使い果たしてこちらが滅びます」
(割とガチで追い込まれてんだな神様)
「ガチですね。現状をぶっちゃけて言えばあと千年ほどで神は全て餓死するレベルです」
『千年』人間からすると途方もない単位だが、神の感性からするとそんな先の事でもないのだろう。その証拠に表情に愁いが浮かび、放つオーラもどことなくしゅんとしている。
「だからこそ、少ない力で大きな成果を上げる必要があるのです。我々の援助出来るエネルギーには制限があり、且つ自分の携わる方面でしか使用を禁止されています。これは他の神と同じことをしてもその分野しか成長が見込めないのと、お互いに邪魔し合わないようにという側面もあります」
(大体わかった。それじゃ具体的にアンタは俺に何をしてくれるんだ?)
「改めて言いますが私の名前は都留神楽比瑪商売繁盛を司る神です」
(商売繁盛って恵比寿様とか大黒天じゃないの?俺そんな名前の神様とか初めて聞いたんだけど)
そう答えると、神楽は突然地面にしゃがみ込んでのの字を書き始める。
「ええ、どうせ私なんてマイナーで誰も分からない窓際神ですよーだ。そもそも有名な筈のお婆様の神大市比売ですら一般的ではないとか知りませんよそっちが勝手に伝承やら信仰を打ち切っただけの癖にこういう時だけ文句言ってんじゃねーですよ……」
なんか地雷踏んだらしい。周囲の空気まで物理的に澱んできて暗い色彩へと移ろっていく。重い空気という表現があるが、これ実際に圧し掛かるような感覚があるぞ。俺自身の体は未だ硬直しているのに、そのまま沈んでいく気がしてしまう。
(と、とにかくその商売の神様が俺に祝福を与えてくれるんだなっ!いやーうれしいな!)
「そ。そうです!商売の神が祝福を与えるんです!光栄に思うのですよ!」
かなり棒読みだったにも関わらず、煽てられて気を持ち直した様子。コイツちょろいんじゃ?
「私は商売の神なので貴方のお仕事の補佐をします。補佐と言っても事務作業とか人手を期待されても困りますよ?今後の仕事運が上昇した程度に捉えていてください。たまに転機が来たら教えたりはしますが当てにはしないでください」
(じゃあデイトレードとかは?)
「流れを読むことは出来ますが人に教えることはありません。そういうので楽して儲けても世界が良い方向に進むことは無いでしょうからね。あくまでもあなた自身の手によって事態が好転することしかアドバイスしないと思います」
(大体は理解した。その上で聞くけど担当に着くのを拒否って出来るの?)
「拒否の意味が理解しかねますがいったい何を拒否すると?」
(クーリングオフ的な?)
「か、神をクーリングオフするとかどんな罰当たりですか!賽銭箱に石を入れられたり御神体に唾を吐かれた事ならありましたけど、追い返すとか貧乏神扱いでしょう!それともチェンジとか言うつもりですか!?」
(チェンジとか神って結構俗世に詳しいんだな。いや、だってずっと付きまとわれたら色々困るし、神と人間じゃ価値観の違いとかで上手くいかなそうじゃん?良かれと思ってされたことが原因で取引パーになるかもしれんし)
「神の娯楽なんて下界を覗く位しかないから無駄な知識ばかり蒐集されるんですよ。だから基本的な人間の価値観は理解していますし、良い方向へ導きこそすれ悪い方向へはまず行きません。仮にその場限りでは悪く見えても、長い目で見れば必ずいい方へと導いて見せますよ。ドンと任せてください」
ドン!と胸を叩くとぽよんという擬音が聞こえてきそうだった。今更だが結構デカいんだなコイツ。
(まあ何か面倒だけど納得することにするわ。で、もう一度聞くが具体的にはそっちはどうすんの?俺はどうせればいいの?)
「今日はとりあえずこのまま営業を続けましょう。新しくアポを取ってそのまま責任者に会って契約をもぎ取るんです」
そういえば俺は今仕事中で営業をしているんだった。そんな事すら忘れてしまう程度には衝撃的な事件が起きたし仕方が無いだろう。が、それで上手くいくと思うほど世間は甘くないのも知っている。
(これから新規のアポって取れたとしても先方と会えるのは後日だろ)
「だからこそ突発的に取れたら周囲の貴方に対する評価と、貴方の私への信仰心が上がるんじゃないですか。商売の神に任せておきなさい!」
ドン!ぽよん、という音を残しつつ自信に溢れた神楽を胡散臭そうに眺める俺だった。