とある令嬢が自由に外に出るまで
「ああ、我がかわいい娘! パパが帰ったよ!」
突然扉が切り裂かれたことにより、部屋で静かに本を読んでいた少女であり娘、わたしマリアンヌ・アストンはメイド二人に守られながらもなんとも言えない様子で鳶色の瞳を入り口にて剣を振り抜いたままの姿勢でいた男性へと向けた。
「触ったら折れてしまいそうなほどに細く太陽に当たったことがないような白さの肌。
そして眩い太陽のような白金の髪、さらに世界に憂いているような鳶色の瞳。
まさに深淵の令嬢!
我が娘かわいすぎ……」
「いきなり部屋に入ってきてなにを言ってるのお父様……」
いきなり訳のわからないことを一人で呟き、突然鼻血を流して、手にしていた剣を取り落とし、跪き震えるお父様、アデリック・アストンに声をかけた。
「アデリックさま、剣で扉を……」
わたしのお付きのメイドがバラバラにされた扉を見ながら呆れた声を出していたけど、わたしも被せるように自分の言い分を言っておきます。
「お父様、いい加減に娘の部屋にはいる時はノックをしてください!」
なにせ扉を切り裂かれるのは今年で七度目。
お母様に相談して普通ならば剣なんかでは切れないような分厚さにしてある扉にしたはずなのに、テンションが上がっている時のお父様にはまるで関係がないようで、まるでバターを切るかのような容易さで斬られていました。
「我が家のノックは剣というだろう?」
鼻を手で押さえているにも関わらず、溢れんばかりに血を流しながらお父様はキョトンとした瞳でわたしを見てきます。
「お父様……」
そんなお父様を見てわたしはまだ幼いはずなのに頭痛を覚えた。
しかし、それは意味のないことなのかもしれない。何せお母様から聞いたことのあるアストン家の男は人の話を聞いていると完全なる脳筋一族。
普通なら笑い話で済むような話がアストン家が絡むとあら不思議、あっという間に流血沙汰になるという噂まで立っているのだ。
父親の残念な行動は今更ではないため私は深いため息をついた。
「お父様、マリアももう12歳です。社交界にも行かずに屋敷にいるのは退屈なのです!」
そう、わたしは飢えているのだ。自由に!
両親に溺愛(主に父であるアデリック)されて12年。わたしは未だ屋敷の外に出た事がないのだ。
出かけられてもお庭まで。
いい加減に外が見たいのです!
「まだお前には早い! この俺から1本も取れぬのだからな。どうしてもというのなら…… この俺を倒してからいくのだなマリア!」
鼻血を垂れ流しながらという情けない姿でありながらもお父様は落としていた剣、とは別に木で作り上げられた木剣を何処からか取り出し、わたしの部屋の入り口を塞ぐように立ちはだかり構えを取った。
「いいでしょう」
静かに、読んでいた本に栞を挟み込み、わたしはゆっくりと椅子から立ち上がる。
わたしの全身からは湯気のように魔力が立ち上がり、長い白金色の髪もそれにつられるように逆立っていた。
それを見たお付きのメイド二人はこれから何が起こるかを察し、駆け足で部屋から退出していった。
よし、これで全力でいけるぞ。
メイド達が部屋の外へと出て行ったことを確認したわたしはゆっくりと壁に立てかけられている剣、お父様が誕生日プレゼントでくれた剣へと手を伸ばし、鞘から一気に剣を引き抜いた。
「今日こそわたしが勝って外に出るんです!」
わたしは全身に魔力を漲らせ、爆発させるように足元へと噴射し、床を踏み抜きながら肉親であるはずのお父様へと距離を詰めると容赦のない斬撃をお父様の首目掛けて繰り出すのであった。
「うう、また負けたよぉ」
わたしは新たに用意された自室のベッドに飛び込み、枕に顔を埋めると悔しがった。
今、わたしがいる部屋はわたしの自室と全く同じ物、同じ配置が施された別の部屋らしい。
らしいというのは、外に出たがるわたしと娘可愛さから外に出したくないお父様との決闘もどきは月に一度は行われており、我が家の使用人達も慣れたものであったらしく、決闘はおおよそ、わたしの部屋にお父様がやって来た時に行われ、わたしの部屋が大体は使い物にならなくなるため全く同じ作りで同じものが置かれている部屋がアストン家には常に三つ存在するようになっているらしい。
しかし、そんなことはどうでもいい。
今は部屋の事よりもお父様との自由を勝ち取るための決闘である。
お父様とわたしの決闘もどきはお父様の勝利で終わった。
いかにわたしの事を溺愛しているお父様と言えども剣の鬼で鮮血侯爵の二つ名があるのですからわたしが勝てる可能性など今のところ微塵もありませんし。
でも負け続けるのは嫌なの!
なんかプライドが許せないの!
「お嬢様、失礼します」
部屋の扉から軽いノックの音が聞こえると共に宣言すると主人であるわたしが返事をするよりも早く部屋に入ってきたのはメイド。
わたしよりは女性らしい体つきをしたメイドです。いわゆるボンッキュッボン!
わたしは一度顔を埋めていた枕から顔を上げたのだが入ってきたのは見た顔のメイドであるのを確認すると再び枕へと顔を埋めます。
「お嬢様、また旦那様と喧嘩されたんですか?」
「喧嘩じゃないわ、ルージュ、自由をもぎとるための決闘よ」
「いえ、側から見ていれば完全に微笑ましいだけの親子喧嘩です」
まあ、ハイレベルでありましたけどお嬢様が一方的にやられていましたが、とメイド、ルージュは無表情に告げてくる。
そんなルージュの言葉にわたしは思わず頰を膨らませる。
武人の家系であるアストン家の娘であるわたしは別に天才と言われるほどの技量を持っているわけではない。むしろお父様の評価はというと「マリアは可愛いからな! 剣なんて使えなくていいんだよ? 邪魔な奴がいたらパパが叩き斬るからね!」などと見当違いなことを言われましたし、わたしには才能がないらしい。
「やっぱりまだ世間に出るにはまだ早い技量なのかしら?」
「あの技量でどこからそんな考えが湧いてくるのかが私は不思議です」
やはりまだまだらしいですわね。
「で、でも! わたしには魔力があるのよ! 魔力込めて殴ったら木くらいへし折れるんだから!」
「おかけで日常生活にも支障がでてますよね」
メイドの言葉に思わずわたしは呻いた。
わたしの魔力は一般よりも高いらしい。
らしいというのはわたしがいまいち基準を理解していないのもあるのだけど、普通に扉を開けようとしているつもりなのに無意識に溢れている魔力で強化されているわたしは扉をまともに開けることも出来ずに破壊してしまう。
今や普通に物を掴むのもビクビクしてしまうので扉などはルージュに開けてもらうようにしている。
「そ、そんなことないもん!」
「お嬢様、はしたないです」
ベッドの上で足をバタつかせるわたしをルージュが呆れたような目で見てきた。
「そんなことよりルージュ!」
しかし、わたしは不意にあることを思い出し、突然ベッドの上に立ちがるとルージュを指差した。
「あなたが伝授してくれた接近戦における一撃必殺が通じなかったわ!」
「え、本当にしたんですか? 冗談だったのに……」
なぜだかルージュはドン引きだった。
「ええ、全魔力を足に込めて蹴り上げたわ! お父様の股間を」
ルージュがわたしに教えてくれた一撃必殺。それは男性ならば食らえば悶絶して動けなるらしいですよ、という攻撃方法。
「当たったのにピンピンしてたわ」
「旦那様は男ではないのかもしれませんね」
「お母様だったの⁉︎」
「いえ、冗談です。本気にしないでください」
なぜかルージュに視線を逸らされたのだけど何故かしら?
「わたしはお外に出たいの!」
「以前外出されていた気がしますが?」
「あんな護衛の人間に囲まれまくってのじゃないわ! だって見えたのは護衛の背中だけよ!」
「あー、そういえば護衛の騎士がグルっと囲んでましたね」
そう、たしかにわたしは以前外出が許可されたから街へとでた訳だけど、周りを囲むようにしてお父様専属の重装備の騎士がわたしを取りか囲んで移動するものだから全く外が見えなかったわ!
「わたしは自由に出かけたいのです!」
とりあえずは外に出たい。自由に動き回りたいです。
確かに屋敷の中でも不自由はないのですが、屋敷の中では物を壊しそうでルージュに頼った生活になってしまいますし。
「それは置いといてですね。お嬢様、奥様がお呼びです」
「置いとかないで! お母様が⁉︎」
ルージュの言葉にさっきまでのイラつきは嘘のように消えて、わたしは表情を緩ませます。
もし、わたしに犬のように尻尾がついていたのであれば振り切れんばかりに振っていたことでしょう。
しかし、お母様が呼んでいるとなればこうはしていられません。
「さ、早く行きましょう!」
ベッドから飛び降り、駆け足で部屋の入り口の扉に手をかけていたわたしはまだ部屋の中にいるルージュへと振り返り急かしたのでした。
「ふんふーん」
鼻歌を歌いながらわたしは廊下をスキップするようにして歩いています。そんなわたしの歩みに合わせるようして自分の長い白金の長い髪も揺れているのが視界にちらほらと入ります。
そんなわたしの後ろに付いて歩くルージュもなぜか機嫌がよさそうにいつもは無表情な顔に薄く笑みを浮かべています。
ルージュはわたしの専属のメイドであり護衛です。
孤児であったルージュをお父様がわたしの年に近い子を雇いたいという理由から出向いた孤児院にて、才能をたまたま見出され、鍛えてわたしの側に置くために引き取ったと聞いています。実際、その剣の腕前はあまり見たことがありませんがお父様に天才と言わしめたほどのものであったとお母様からは聞いています。
「んー」
高い位置にある扉のノブに向かって背伸びをしながらトビラを開けようとするのですがうまく届きません。後ろを振り返ってルージュに助けを求めようとしますが、ルージュは何故かわたしを見て顔を片手で覆いながら顔を見て背け、体を震わせていました。
「背伸びしてるお嬢様、かわいい!」
なにかちっちゃい声で言ってますが全く聞こえない!
大きい声で言って! もしくは扉開けるの手伝って!
「お母様!」
本来ならメイドが開けるべき扉であるのだがわたしはようやく一人で扉を開けると滑り込むようにして中に入り込みます。
「あら、マリア」
部屋の中で椅子に腰掛け、カップに口をつけていた女性、わたしのお母様がゆっくりと翡翠の瞳をこちらへと向けて微笑みかけてきました。
雪のように白い肌、それにわたしと同じ白金の髪、まるでお人形さんのようです!
わたしは部屋に入ると駆け出し、お母様の足元へとしがみつきます。
「相変わらず甘えん坊ねマリアは」
しがみついていたわたしを軽々とお母様は持ち上げると自分の膝の上へと乗せてくれます。
そして横にて控えているメイドへと視線を送ると、そのメイドは一礼をした後に部屋から出ると僅かな時間の間にお菓子やお茶が載せられたカートを持ってきました。
「マリアは甘い物が好きよね?」
「好き!」
わたしは満面の笑みを浮かべ、お母様に渡されたお菓子を手に取ると頬張り、美味しさに思わずにやけてしまいます。
ふと視線を感じて横を見るとお母様に付いているメイドとルージュが何故かわたしを興奮したように頰を赤らめながら見てきていました。なんでしょう? 心なしか体も震えているようですけど……
しばらくの間、わたしはお菓子を食べながらお母様と会話をします。具体的にはお父様がどれだけ酷いかを……
「お父様ったらまだわたしを外に出してくれないの!」
「あらあら、あの人は過保護過ぎよねぇ…… むしろ過剰防衛で我が家が訴えられそうすですのに」
お母様が最後に言った言葉はよく聞き取れませんでした。
身振り手振りでお父様への抗議をお母様に伝えているのですが、なぜかそんなわたしを見たメイド二人は突然鼻血を流し始め、自分で流した鼻血の泉に倒れこんで行きました。
疲れてたのかな?
お母様はわたしの頭を優しく撫でながらしばらく思案するような表情を浮かべていましたが、途中からなぜか呆れたように溜息をつき始めていました。
「ルージュ、マリアの魔力はどれくらいだったかしら?」
なにか考え込んでいたお母様が不意にルージュへと尋ねました。
ルージュは血の泉に倒れていましたがお母様の言葉で意識を取り戻したのかメイド服から血を滴らせながらも起き上がります。
「え、はい。たしか正確にではありませんが簡易判断では王級クラスはあると診断されていましたが」
血塗でありながら無表情というなんとも言えない容姿のまま微塵も動揺を晒すことなくルージュは答えます。
魔力の多さにはクラスが存在するらしい。
下から、下級、中級、上級、王級とおおよそに分けられているらしく、わたしはその中で王級に分類されると執事のじいじにきいたことがある。
「ならば問題はないでしょう」
お母様は何処からか取り出した扇をパッと開き口元を隠しながらも悪戯を思いついたかのように笑います。
お母様が楽しそうなのでわたしも笑っておきます。
「うふふ、ならば母様にいい考えがあるわ」
「ほんと⁉︎」
お母様の物言いにわたしは食べていたお菓子を落としながらも瞳を輝かせながら食いつきます。
「ええ、要はマリアがアデリックに勝てばいいわけでしょ? なら私が勝たしてあげるわ。 ……あの方もいい加減に子離れを覚えさせないといけませんし」
「お母様! 好き!」
笑顔で協力を約束してくれたお母様にわたしは笑みを浮かべて再度抱きます。
……お母様が最後の方に不敵な笑みと共に言った声は聞こえませんでした。
待ってなさいよ自由!
昔こんな事があった。
当時、マリアンヌ8歳。
6歳で社交界デビューを果たす皇国である。
しかし、8歳になるマリアンヌは未だ社交界デビューを果たしていなかった。
というのも、
「俺の可愛い娘、マリアを狼の群れに放り込むだと……」
社交界、貴族内での子供の顔見せのためのパーティの知らせの手紙が王家から来た時のアデリックの形相は凄まじいものであった。
当時8歳のマリアンヌが泣き出すほどに恐ろしかったのだ。
その形相のまま一人、馬に乗り王城に突撃をかけ、二時間ほどで爽やかな笑顔で帰宅した。
「王さまとは話し合いで解決した。まだ俺の娘には社交界は早いとの判断だ」
柔かにアデリックが渡してきたのは社交界には、まだでなくても良いという皇国の王直筆のサインであった。
マリアンヌは忘れない。
父が渡してきた羊皮紙の文字がまるで震えている状態で書かされたようなものであったことや所々に赤い何かが飛び散っていた事を。
そしてこの後に身勝手な行動をとったアデリックに対して妻であるフランが怒り、アデリックを一週間は動けなくなるほどの重体に容易く陥れた事を。
閑話休題
「お父様! 勝負ですわ!」
お父様が書斎で仕事をしているとメイドから聞いた私は意気揚々と扉を開けて宣言します。
力一杯扉を叩いたため、扉が思ったより大きな音を出しながら開いたので体をビクつかせおずおずと扉をゆっくりと閉めた。
「おお、私の天使! ちょうど休憩をとろうと思っていたんだ。セバス、お菓子をもってこい」
「はい、旦那様」
キビキビとした動きで執事のじいじが一礼した後に部屋を出て行きました。
「マリアよ、今日のお菓子は隣国で最近発売されたものだよ」
「ほんと⁉︎」
「ああ」
隣国で最近発売されたもの!
お菓子が大好きなわたしはお父様へと飛びつき、胸元へと頬ずりします。
「お父様好き!」
それだけでお父様は涙を流しながら感動してくれます。
お父様、ちょろい。
この調子でわたしを外出させてくれたらいいのに。
「お父様、わたし外に出たいなぁ」
「そうかそうか、では庭でお菓子を食べるとしよう」
ちがう! そうじゃない!
わたしは庭は外とは認めません。
しかし、お父様はわたしの無言の抗議に気付きもしないで片手でわたしを抱え上げると手早く部屋を後にします。
途中、お菓子とお茶を乗せたプレートを持ったじいじとすれ違い、僅かの間にわたしを抱えていない反対の手でプレートを受け取り、歩みを止めることはありません。
庭にはいつの間にか設置されたのかテーブルと椅子が置かれておりお世話をするためかメイドも待機していました。
「さあ、マリア座るがいい」
お父様がわたしを腕から降ろすと、それを見計らったようにメイドが椅子を引いてくれました。
「ありがとう!」
笑顔でお礼を述べるとメイドはなぜか頰を赤らめて一礼をしてきました。
風邪でしょうか? ルージュも最近は顔を赤くしていることも多いですし働き過ぎかもしれません。
そんな事を考えながら椅子へと座るとカップにお茶が注がれます。
湯気の上がるカップを手にして口にします。そしてテーブルに置かれているお菓子へと手を伸ばし頬張ります。
そして思わず頰が緩みます。
お父様もお母様もそうですがどうしてわたしの好きそうなお菓子を準備できるのでしょう?
「それでマリア、なんの話しかな?」
「はっ⁉︎」
危ない危ない。思わずお菓子を食べるのに夢中になってしまいました。
わたしはメイドから受け取った紙で口元を拭い、居住まいを正します。
「お父様、今日こそわたしが勝ちますわ!」
「フフ、ならばお菓子を食べた後に運動としようかな」
「絶対に一撃を入れてみせますからね!」
そう、お母様から頂いた秘密兵器でね。
日差しが降り注ぐアストン邸の庭でわたしとお父様は距離を開けて対峙します。
お父様は服を着替える事もなく木剣を手にしてわたしを微笑ましげに見てきています。
お父様との決闘の内容、それはわたしは一撃を入れることができたのであればわたしの勝ち。お父様の方はわたしが諦めるまで凌ぎきれば勝ちとなります。
今までの決闘は体力のないわたしが魔力に物を言わせて攻撃を仕掛け、魔力切れで動けなくなっていることが大半でした。
「マリア、今回はどんな手で来るつもりだい?」
お父様、余裕ですね。
たしかに今まで全く歯がたたなかったのですから当然かもしれません。
対してわたしの方はというとワンピースと動きやすい靴に履き替えただけです。
手にしているのはお父様と同様の木剣です。それを軽く振るいながらわたしは笑みを浮かべます。
「いつものようにはいきませんからね!」
視線をお父様から外し横に向けると、そこには先ほどまでわたしとお父様が過ごしていた場所に腰掛けるお母様とルージュの姿が目に入りました。
お母様はわたしの視線に気づいたのか笑みを浮かべて手を振りながら頷きます。
そんなお母様に頷き返しながらわたしは右手首に嵌めたお母様から頂いた黒いリングが見えるように手を天に掲げます。
「ほう、マジックアイテムか」
それを見たお父様は興味深げに眺めていますが、そんな余裕はすぐに無くしてやります!
「あーまーおん!」
掲げたリングへとわたしは何時もならば垂れ流しにしている魔力を意識して流し込んでいきます。
同時にリングが輝き、わたしの体を光が覆っていきます。
「ん、マリアはどこいった⁉︎ セバス、今すぐ軍を動かしてマリアを即座に探せ!」
光が収まった後にお父様がわたしが目の前にいるにも関わらず、わたしを見失ってます。
いや。、お父様、わたしの姿が消えただけで軍を動かそうとするのはどうかと思うのですが……
「それで、娘の代わりに現れたおまえはだれだ?」
ついで手にしていた木剣を先程とは違い、腰に差していた剣、刃すら潰していない剣を抜きこちらに構えてきていました。
「ふっふっふ、お父様。わたしはここにいますわ」
「なに、お前マリアか?」
お父様がようやくわたしへと焦点を合わせてきました。
いえ、お父様がわたしをわたしと認識しないのも無理がない話というものです。
なにせ、今のわたしは全身が白く輝く全身鎧に包まれ、わたしの姿は一切外からは見えなくなっているのですから。
背後から見れば兜の隙間からわたしの白金の長髪が鎧の外へと流れているのがよくわかるのですが、わたしと対峙しているお父様から見えませんしね。
お母様から渡された腕輪はこの鎧を身に纏うためのマジックアイテムだったのです。
「マリアよ、いくらお前が街に出たいためにいくらそんな伝説の鎧みたいな物を着込んだとしてもまだ子供のお前では重くて動く事もできまい」
お父様は呆れたかのように首を振りながらも抜いていた真剣を鞘へと戻し、木剣へを構えます。
た、確かに今のわたしが着込んでいる鎧はパーツの一つ一つが芸術の域に達しているような造形の深さで作られていますが……
「ふふふ、お父様」
わたしは体から自然に流していた魔力を意識して多めに流していきます。
お母様曰く、わたしの装着している鎧の素材は魔力を吸うことで硬度が増し、さらには一部ならばわたしのイメージ通りに形を変えることが出来るそうです。
そして魔力を流しながらわたしは足裏から魔力を放出するイメージをしながらお父様に向かい駆けて、爆ぜます。
「あぁぁぁぁ!」
足元の魔力が何故か暴発してわたしはお父様が全く反応できない速度で横を通過して壁へとめり込みました。
「な、なんだ⁉︎」
通り過ぎた際に生じた風圧により髪を乱されたお父様がわたしへと振り返ります。
思ったより凄い加速で制御できませんでしたが、お父様、どうやら全く反応できなかったようですね。
崩れて瓦礫となった壁をどけて頭を降ります。
「やっぱり傷一つついてない。さすがはお母様です!」
わたしの魔力を吸った鎧は壁にぶつかっても壊れるどころかヒビも入っていませんし、中にいるわたしにも一切怪我はありません。
目元にあるスリットからお母様の方へと視線を向けるとお母様もわたしの視線に気づいたのか笑みを浮かべてこちらに向かって親指を立ててきます。
わたしも親指を立てて返事を返します。
「さて」
ゆらりと立ち上がり、なぜか冷や汗を流しているお父様へと向き直ります。そして手にしている木剣ではなく、腰に備え付けられている剣へと手を伸ばします。
「お父様、今日こそ一撃を入れさせていただきます」
鎧に備え付けられていた刃を潰してすらいない剣を構えてわたしはお父様に向かって踏み込むのでした
地面を踏み砕くようにしてお父様へと瞬きをする間に肉薄し手にしていた剣を振り抜く。
魔力を吸い、わたしの体を強化している鎧が繰り出した一撃をお父様は木剣で受け止めますが後ろへと飛ぶように下がりました。
「っ! フラン! なんだこの鎧は!」
お父様が油断なくわたしへと木剣を構えながらお母様に叫ぶように尋ねます。
しかし、わたしが使った真剣とお父様の木剣がぶつかったというのにお父様の木剣はヒビ一つ入りません。
「あなたがいい加減に子離れ出来ないようなので以前発掘されたマジックアイテムを改良した物よ。魔力を吸えば硬くなる鉱石、魔硬石を使われた鎧ね。普通の人が使えば只の鎧だけど王級の魔力を持つマリアが着込めば歩く要塞よ」
お母様は悪戯が成功した子供のように笑います。対してお父様は顔を青くしていました。
「お前は娘になんて物を!」
「ですので、あなたが全力を出してもマリアに傷一つ付きません。それどころかわたしの心配は、」
「すきありぃぃぃ!」
お父様がお母様との会話に夢中になっている隙をついてわたしは再び剣を振り上げ、お父様へと詰め寄り、全力で振り下ろします。
それをすんでのところで躱したお父様。さすがです!
「あなたがマリアに吹き飛ばされないかが心配よ」
わたしの振り下ろした剣はお父様ではく、地面を叩き割り、爆発を起こしたかのように大きな穴を作りあげ砂煙を巻き上げています。
それを躱したお父様が砂煙の中から姿を見せると手にしている木剣が青白く輝き、その剣が振り下ろしたままのわたしの腕へと叩きつけるように振り下ろされます。
あ、きられる!
振り下ろされたのは切れるはずのない木剣であるにも関わらず、わたしは直感でそう感じ、鎧の中であるにも関らずわたしは見ないように目を閉じて体を硬ばらせしました。
しかし、次いできたのは軽い衝撃、そして、
「ば、ばかな……」
お父様の呆然とした声でした。
恐る恐る眼を開け、兜のスリットから剣を叩きつけられたであろう腕へと瞳を向けます。
そこにあるのは傷一つない白いガントレット。そこから僅かに視線をズラせばお父様が剣を振り下ろしたままの姿勢で固まっていました。
ですが、お父様の手にしていた剣は半ばから消えていましたが。
さらにそこから視線を動かすと地面に突き刺さった刀身らしき物が目に入りました。
「あら、予想以上ね」
「俺の魔力を込めた斬撃で傷一つつかないだと……」
お母様は楽しそうに、お父様は眼を見開き驚愕していました。
これは、もしかしてチャンスなのでは?
「すきありぃぃぃ!」
呆然としているお父様へと掴むべく手を広げて振るいます。
「ち!」
しかし、お父様は即座に腰から剣を引き抜き、再び青く輝かせるとそれでわたしの手を受け止めます。ですがわたしの魔力によって強化された手の勢いの方が勝ったのか足が地面を削るようにして後退していきます。
それを見たわたしは反対の手に持つ剣をくるりと回し逆手に持つとお父様に向かい突き刺すようにしてみます。
「おおぉ!」
お父様が雄叫びを上げてわたしを突き飛ばすようにしたことで突き下げた剣は地面へと突き刺さる羽目となり、有効打にはなりませんでした。
さすがはお父様。魔力だけしか取り柄がないわたしとは違います。
お父様の技量に感嘆としていると瞬きをした僅かな間にわたしを突き飛ばしたはずのお父様がすでに目の前に迫り、先程よりも遥かに強く、眩く輝く剣を頭上高くに振りかぶっていました。
わたしは剣を両手で持ち、盾にするように横にしそれに構えます。
そして僅かの間の後、身体が地面に押し付けられるような衝撃が剣越しに伝わってきました。
しばらくの間は立っていたわたしでしたが思わず片膝をついてしまいます。
「ぐぬぅ! これでも折れんのか!」
わたしに剣を振り下ろしたままの姿勢でお父様の苦々しげな声が聞こえてきます。
魔力だけは化け物みたいにあると言われるわたしの魔力で強化した力を素の力で圧倒するお父様の方がおかしい気がします。
「だが俺の勝ちだよマリア」
お父様の声が耳に入ると同時にわたしが盾としている剣が徐々に押し込まれていきます。
心なしかわたしの剣の輝きが鈍くなっている気が……
「魔力切れ⁉︎」
ここまできてわたしの魔力が尽き掛けるなんて……
いつもより魔力の消費量が多いから⁉︎
そんなことを考えている間にもお父様は剣に力を込めてグイグイと押し込んできます。
こうなったら仕方ありません。
お母様に教えてもらった必殺技を使う時が来たようですね。
わたしは兜の中で大きく息を吸い込み、
「お父様なんて大嫌いです! もうお休みのキスもしてあげません!」
大声で叫びました。
「え……」
お母様から教えられた言えば絶対にお父様の動きが止まる言葉を叫ぶと、お母様の言った通りお父様が硬直し、剣にかかる圧力がなくなりました。
今がチャンス!
「パージ!」
そう感じとったわたしは鎧をリングへと戻すキーワードを唱えます。それにより鎧は霧散し、わたしの腕のブレスレットへと戻ります。
当然、鎧と一緒に作られていた剣も消失し、その剣に自分の剣を押し付けていたお父様は、剣が消失したことにより力の行き場を無くし、身体をよろめかせ、両手で地面に膝まずき、さらに四つん這いになり、完全に無防備かつ隙だらけです。
そんなお父様に向かい、わたしは残った魔力を全て足へと注ぎ込み、全力で蹴り上げます。
「やぁぁぁぁぁ!」
わたしの蹴りは四つん這いになったお父様の腹へと突き刺さり、
「ごぶぅ‼︎」
お父様の身体をくの字に折りながら空へと舞わせたのでした。
「お母様! やりました!」
しばらくの間、空を飛んでいたお父様がやがて音を立てて地面に落ちてきて身動き一つ取らないことを確認した私は背後にいるお母様へと笑顔で振り返ります。
「ええ、よくやったわマリア。……ちょっとマリアが凄すぎたわ。魔写撮ってる?」
「もちろんです奥様」
なんかお母様とルージュがなんか小さな声で話してます。あまりに小さくて聞こえませんが。
「あ、セバス、治癒の魔法を使える者を呼んで頂戴。あのままじゃアデリックは死んじゃうわ」
「了解しました」
「じいじ⁉︎」
後ろから声が聞こえたので振り返ると、いつの間にわたしの後ろに気配なく立っていたじいじがお母様へと一礼してました。
頭を上げた後、じいじは一瞬にして姿を消します。
「マリア、おめでとう。これで外に行けるわね」
「お母様!」
お母様が和かな笑みを向けてきてくれたのでお母様へと飛びつきます。
わたしが飛んだ瞬間にお母様の顔が僅かに引き攣ったようになりましたが、一瞬にしてお母様が全身へと魔力を漲らせ、わたしを受け止めてくれます。
「ぐふっ、ま、マリア。飛び込んでくるならもう少し加減してほしいわ 」
「え、わたしふつうに飛び込んだだけだけど?」
お母様は体が弱いのでわたしが飛びつくだけで血を吐いたりします。
「でもよくやったわマリア。これであの人も少しは現実を見るでしょう」
お母様の視線の先を追うと倒れたお父様を囲むように慌てた様子の屋敷お抱えの魔法使いの姿が目に入りました。
「心臓が止まってる!」
「蘇生魔法と心肺蘇生法を試せ!」
なんだか騒がしいです。
「お母様、なぜ、わたしの耳を塞ぐのですか?」
「マリアには聞こえなくていいことよ」
わたしの視線がお父様へと向いたのに気づいたらしいお母様がわたしの両耳を塞いできたので何を言っているか一切聞こえません。
「それでマリアは外のどこにいきたいのかしら?」
「お外!」
そう外ですよ!
ようやくわたしも外に行けるのですね。
「お母様! 今度は護衛をゾロゾロと引き連れて行かなくてもいいのですよね?」
「ええ、今回の結果を見ればアデリックも流石に嫌とは言えないでしょう。それにマリアには護衛は最低限にしておかないと動きが悪くなりそうですし?」
「なんの話ですか?」
「いいえ、なんでもないわ。とりあえず護衛は最低人数ね。(見えない護衛は必要だけど)ルージュも連れて行けば問題ないでしょう」
「お任せください」
お母様の後ろに控えていたルージュが軽く頭を下げます。
ルージュがいるのなら安心です。これで馬車の扉を壊したりしないですみそう。
「マリアにゴミが付きそうなら斬っていいわ」
「畏まりました。お嬢様に付くゴミムシは必ず斬りはらいます」
「頼もしいわルージュ」
微笑むお母様とルージュですがゴミがついたなら払えばいいだけなのでは?
なぜ、斬る必要があるのでしょう?
内心の疑問を口に出すことなくわたしは笑いあっている二人を見ながらお菓子を口にするのでした。
あれ、わたし結局護衛付きになるから自由になってなくないですか⁉︎
お母様騙しましたね!
でも一応自由を得たからま、いっか!