第七話 依頼達成、そして
「ふわぁ~あ、よく寝たな。」
気持ちのいい朝だ。よく眠れた気がする。
「おはよう、霊明君。今日は捜索日和だね。」
そうだった。
昨日獣狩りで一生懸命だったが依頼品のミズベツリグサはいまだに見つかっていない。
あまり時間をかけすぎるのもよくない気がする。
今日中に見つけてしまわないといけないな。
依頼者に申し訳が立たなくなる。
「今日こそ絶対に見つけよう。」
「そうだね。今日は特別力を入れて探そう。」
そうと決まればまずは腹ごしらえだ。
魚米を食べて再び池を捜索開始だ。
池に戻ってきた。
昨日部長が見つけたミズベツリグサとは違う別の種類のツリグサに気を付けないといけない。
事前に調べてはみたが確かにそっくりな部分は多い。
見分けるコツは茎の根元の部分の色だ。
部長が見つけたツリグサは根元が茶色いもの、ミズベツリグサは根元が水色だ。
水に関係しているから水色なのかは分からないが見分けやすくなるならそれに越したことは無い。
「おっ。」
早速ツリグサらしき植物を見つけた。根元をよく見ると茶色いものだった。
ミズベツリグサではない。
だが昨日はツリグサすら見つけられなかったわけだが、今日は調子がよさそうだ。
見つかる予感がしてきている。
少し池に近いところまで近づいていく。
池の端が見えなくなるほど草が茂っている状態だ。
うっかり足を踏み外して池に落ちないようにしないと。
「うっ、なんだこれは。」
かぎ分けた草の中にベタベタとする感触を感じた。
よく見てみるとツリグサだった。当然根元もよく見てみる。
少し緑っぽい気がしないでもないが水色っぽいと言えば水色だ。
「これがミズベツリグサか。」
まだはっきりと確証は得られていないがとりあえず一本見つけた。
幸先がいい。このままドンドンと見つけていこう。
「あ、部長。」
池の周りを部長と二手に分かれて探していたが、全部見つかる前に部長に出会ってしまった。
つまりこの池を漁りきってしまったわけだ。
「部長は何本見つけましたか?」
「う~ん、二本は見つけることが出来たんだけどね。あと一本が・・・。」
「あと一本ならそれらしいものが。」
「え、見つけたの?」
鞄から一本のミズベツリグサと思わしきものを取り出す。
それなりに確信はしているがもし違っていたらショックで池に突っ込んでしまいそうだ。
「・・・・・うん、ちゃんとミズベツリグサだね。」
良かった。ちゃんとミズベツリグサを取れていた。
「じゃあ拠点にいったん戻ろうか。」
ザバァァァァァァァン
「!?部長、池から離れて!」
「う、うん!」
水面がいきなり浮き上がり大きな音を立てながら水しぶきを上げる。
昨日から感じていた気配はこいつだったのか。
「部長どうする?」
「一応このまま町に帰って目撃情報を入れれば誰かがこの生き物を討伐するかもしれないね。」
生き物という感じではなかったように見えたが、果たしてどうなのだろうか。
この世界には獣は獣としてちゃんと存在しているのは昨日知った。
だがあの魚もそうなのだろうか。
「部長、今のはモンスターかもしれない。」
「でも池の中に入っているのにどうすることも出来ないよ。」
確かに、池というにはとても広くとても深くなっている。
ゲームのように水中にいつまでも潜れることは出来ないだろうし試す度胸も今は無い。
「やっぱり帰るしかないのかな。」
「・・・・・一応考えていることはある。」
「本当?」
上手くいく保証は全くなくリスクがありすぎる上に成功したところで何かいいことがあるわけでもない。
無駄骨になることは間違いないだろう。
「獣退治と同じ要領だ。あのモンスターを僕の近くに転移させる。
そして僕たちに有利な状況にして一気に片を付けるっていう寸法だ。」
「危険しかないね。
昨日のあれも結局ギリギリになっちゃったし。
今回は昨日よりもさらに難しい状況だよ。」
「あぁ、確かにな。」
モンスターは、まぁ完全に予想だが獣ほどの知性は無いのかもしれない。
それ故に力というものを限界近くまで一気に開放する可能性もある。
「私の転移の力もそんなに万能な物じゃないんだよ。」
この作戦は基本的に部長ありきだ。
そもそも転移の能力が無ければ倒す手段なんて、それこそ猛者中の猛者じゃないと出来ないだろう。
「それでもやるっていうの?」
確かに僕たちは安全である今を消してまでリスクを取る必要はない。
だが、僕たちはその猛者中の猛者しかできないことを出来てしまう。
「あぁ僕たちは冒険者だ。冒険せずして冒険者とは語れないだろ?」
「・・・・・あんなに冒険者は嫌とか言ってたのに。」
「それは今は言いっこなしだ。」
「でも確かにそうだよね。
ここでも嫌なことから逃げていても意味がないよね。
・・・うん、やろう!」
部長の決意で僕にも自然と力が入ってくる。いざ作戦実行だ。
とりあえず作戦はこうだ。
チョコジャンベリンを使い池にいるモンスターの動きを封鎖する。
そのままチョコジャベリンで倒せるならそれに越したことは無いがそんなに簡単に行くことは無いだろう。
動きをある程度封じ、部長の転移させやすいポイントに連れてこれたら部長が転移させ僕がチョコで貫く。
「上手くいくかな?」
「もちろんモンスターが黙ってうまく誘導されるとは限らない。
当然妨害はあるだろう。でもその時はその時だ。」
「君も案外行き当たりばったりだね。」
「部長に似たんだろ。」
「そうだね。んん、よし行こうか!」
二人の作戦会議が終わり池を見る。
水面は静まり返り時々草から落ちる水滴で揺れるぐらいだ。
モンスターなんていなかったかのように。おそらくこれもモンスターなりの捕食手段なのだろう。
だが僕たちは知っている。ここに何かがいることを。
「部長準備は良いか?」
「いつでもね。」
部長の返事と共にチョコを生み出し、ジャベリンを作る。
もうこの一連の作業も何度もする内に早く出来るようになってきていた。
確かな成長を実感できてとても嬉しいが今はそんな時ではない。
僕は作り出したチョコを池に放つ。
それなりに大きな水しぶきと音で再びモンスターが姿を現した。
すぐに潜ってしまう前に上手くモンスターを誘導し部長の能力が使いやすい場所に追い込む。
そのためにはそれなりにモンスターの動きを予測して放たなければならない。
そしてその分チョコを作り出す量も増えていく。
・・・ギリギリの戦いになりそうだ。
「大丈夫?霊明くん。」
「こっちはまだまだ大丈夫だ。部長は部長でモンスターの動きを見極めていてくれ。」
ここに来るまでのそれなりの経験なのか、前よりも確実に成長している気がした。
これならチョコを作る量も増やすことが出来、成功率もグッと上がる。
ヒュン・・・
「!?守れ!」
さすがにモンスターも黙って動くわけじゃない。
当然反撃をしてくる。
咄嗟に壁を作って攻撃を防いだがそう何度も続けることは出来ない。
誘導がうまくいかず、時間と体力が無駄に浪費されていけば強制的に諦めざるを得なくなる。
ここまでやるんだからそんな結果では終わらせたくはない。
「部長!ポイントまでどれくらい?」
「もうちょっとだよ!・・・もうちょっとだから。」
あまりこのチョコジャベリンも作りすぎてはいけない。
モンスターの攻撃も防がなくてはならないし、転移後のことも考えないと。
なかなかきついものがあるなこれは。
「っ!?部長!」
まずい、部長に攻撃が飛んでいってしまう。急いで止めなければっ!
「大丈夫っ!霊明くんは誘導に専念して!」
部長が僕を引き止める。モンスターの攻撃をもろに喰らい、とても軽いとは言えない傷を負っているのにも関わらず。
その覚悟を無駄にするつもりはない。
「もうちょっと・・・。もうちょっとで。」
モンスターが部長に近づいていく。池の端までもう少しだ。
「今だ!」
部長が叫ぶと同時に僕は上も向き攻撃体勢に入った。
真上にモンスターの体が浮び上がる。
「はっ!?」
部長が驚いている、無理もないだろう。
何せモンスターの大きな口がこちらを向いているのだから。
―――――だか僕は怯まない。
―――――左手を目一杯伸ばして叫ぶ。
「穿てっ!チョコレート!!!」
左手の手のひらからチョコレートが一直線に長槍のようにモンスターの口の中に突っ込まれていく。
それはそのまま体を貫通して尾まで穿いた。
しかしモンスターもただでは死なない。目一杯伸ばした左腕を噛み付いてきた。
「ぐうぅぅぅぅっ!!」
左腕に猛烈な痛みが走る。
モンスターの歯が刺さっているところから赤い液体が流れているのが分かる。
今までに感じたことの無い激痛が走るが僕はチョコを崩す訳には行かない。必死に耐えた。
「くっ。」
パキイィン・・・
チョコが崩れた。
モンスターの体重を少し能力で支えていたが故に、チョコの崩れとともにモンスターの重みが更に乗りかかってきた。
このままでは押しつぶされてしまう。
そう思った時モンスターの体がひび割れていく音がした。
そのままモンスターの体に入った亀裂がどんどん広がっていきバラバラに砕けて行った。
倒れ込んだ僕の体に、モンスターの消えていくカラダの破片が落ちてきた。
それらは粉々に砕かれたようになって煙となって消えていく。
「痛てっ。」
モンスターの体は粉々になって消えたが一つ消えていない物が頭に当たった。
おそらくこれが換金できると言っていた石なのだろう。
初めて手にしてみたが本当に宝石みたいだ。
少し綺麗で、それでいて鉱石のようではあるがそれ程の価値は無いのかもしれない。
「霊明君!大丈夫なの!?立てる!?いや、私が治療しないとっ!」
あぁ、そういえば腕から血が出ていた。
やはりモンスター退治はそう簡単に上手くいかない。
僕のチョコレートでモンスターの体を貫けば簡単に倒せると思っていたが意外としぶとかった。
おかげで僕の腕に見事に穴が開いてしまった。
そのせいか意識も曖昧な感覚だ。
「今、治療してるから。あんまり動かないでねっ。」
部長に治療してもらっているこの瞬間、腕は傷だらけで服も血で濡れて気持ち悪いが、意外と悪くないかもしれない。
「・・・・・ぃよし、とりあえず止血出来たよ。でも急に動いちゃだめだよ。」
とりあえず起き上がってみる。
少し腕が不自由な状態ではあるが痛みは引いているようだ。
「ありがとう部長。しかしあれだけの大怪我なのによく治療できたね。」
「まぁそれ自体はさほど難しいことじゃないと思うよ。
ここはオカルト世界だからね。
向こうの世界なら素人がやっても全然だめだけど、こっちの世界なら薬草とかで簡単に回復できるし。
・・・今回はちょっとそれだけじゃ足りなかったけど。」
そういえばここはオカルト世界だった。
あまりにも周りに馴染みすぎていて忘れていた。
住めば都とはこういうことなのだろう。
「それともうあの作戦は出来るだけ止めようね。」
今回のモンスターはそれだけ強大だったのだろう。実際モンスターの大きさは今まで出会った中でも遥かに大きい部類だ。はっきり言ってギリギリ勝てたようなものだ。
「考えとくよ。」
でも今はこう言っておくことにした。
身支度を整え歩道を歩く。
流石にこう何度も疲れるようなことがあると楽をしたくなるのが人間だ。
「それで部長、そのミズベツリグサとこのモンスターの石はどうすればいいの?」
「依頼の納品自体は色々と方法があるんだけど、今回はギルドに渡すだけでいいよ。
ギルドに渡す場合は依頼者はあらかじめ報酬を用意することになっているよ、ありがたいね。」
「なるほどな。」
ギルドのことは今説明されているが正直覚えきれないかもしれない。
何かあったら部長に聞けばいいか。
「モンスターの石も同じようにギルドで換金できるよ。」
「じゃあとりあえずギルドに行けばすべて用事は済ませられるんだな。」
「依頼に関してはね。」
そうと決まればギルドへと向かうのみだ。走りだそう。
「ってちょっと待ってよ霊明君。傷が開いちゃうよ。」
部長の静止も構わず僕はセカナイールまで突っ走った。
「痛てててててて。」
「だからダメだって言ったのに。」
部長の言うことを素直に聞いていれば良かった。
ちょっと調子に乗るとすぐに痛い目に合う。
「とりあえずギルドまで来たな。じゃあ早速依頼を達成の報告をしよう。」
「そうだね。」
ギルドの受付まで歩いていく。
「依頼達成の報告なんですけど。」
受付の人は優しそうな女性だった。
「はい。かしこまりました。少々お待ちください。」
そう言うと受付の人は後ろの棚を開け始めた。
棚の中には何やら袋のようなものが入っている。
「ではこちら、依頼者からの報酬です。お受け取りください。」
「ありがとうございます。」
丁寧な口調は単純に気持ちがいいな。
そして部長もスムーズに用事を済ませているようだ。こういう所は部長らしい。
っと忘れる所だった。
「あのこのモンスターの石なんですけど。」
「あぁそれですか。なるほどなるほど。
これは討伐依頼の出ていたモンスターの石ですね。
後ろの壁の上から三番目に貼られている依頼書をお持ちください。」
なんと依頼されていたモンスターだったとは。
今度からはよく考えてモンスターを狩らないといけないな。
冒険者同士の諍いが起こるのは好ましくない。
「はい、ありがとうございます。
ではこのモンスターの石の換金と依頼書の達成の報酬をお受け取りください。」
ドサッという音を出しながら袋が僕の手のひらに乗せられた。それほど良いものなのだろう。
「もうそろそろ宿が開いてるかもしれないね。行ってみる?」
一応部長にも帰るという意思があったのかと安堵した。
「もちろん行くよ。」
空いているといいが。
「一部屋空いていますよ。泊まっていきますか?」
「はいっ。」
良かった、空いていたようだ。これで無事に帰ることが出来るな。
「ではこちらへどうぞ。」
宿の人は奥へと進んでいく。
部長の足は心なしか踏み込む力を弱く感じる。
ここまで来て帰らないという選択肢がない僕は、部長の肩を軽く押しながら進む。
「ちょ、ちょっと霊明君。別に急に心変わりしないから。押さなくても大丈夫だよ。」
「それにしては少し踏み込みが甘いではないか部長。まぁ別にこれでもうこの世界に来ないってわけじゃないんだし一旦今日は帰ろう。」
「・・・うん。絶対だよ?」
「こちらの部屋です。どうぞごゆっくり。」
おぉ、なかなかいい部屋だな。もう帰るわけだが。
「じゃあ早速部長ポータルとやらを。」
「うん、じゃあ・・・・・えいっ。」
グワァァァァン・・・・・
部屋に突然暗くて紫な得体のしれない物が出てきた。部室以来の登場だ。
「ここに入れば戻れるよ。でもここを行き来するときは絶対にすぐに入って来てね。」
「分かってるよ。というよりもそれは僕が部長に言いたいね。それじゃあ遠慮なく。とうっ!」
勢いよくそのポータルへ突っ込む。体に謎の浮遊感が出ながら暗い道を進んでいく。
「っていきなり飛び込んじゃうの?余韻も減ったくれも無いんだね霊明君は!」
何か部長が言っているが無視して前を見る。
―――――光が見えてきた。おそらく出口だろう。
―――――光がドンドンと強くなっていき、視界全てを光が覆った。
光が消えていき視界が回復していく。
目の前にある光景は見たことのある机や風景だった。
「やったあぁぁぁぁぁぁぁ。帰ってきたぁぁぁぁ!」
やっと帰ってこれた、この懐かしい平穏な日々に。
「そんな大げさな。」
部長もいる。
何だか制服姿の部長は違和感がある。
オカルト世界で過ごした時間が現実の世界よりも圧倒的に長いからだなこれは。
「傷も治っているね。」
「ん?あ、本当だ。ありがたいな。」
それに時間も確かにオカルト世界に入る前からそれほど進んでいないようだ。
ガラァ・・・・・
ドアが開いた。
「あら放課後すぐに集まっているなんて、よっぽど楽しみなのね。」
「・・・・・・・よう。」
神雨虚子がちょうど入ってきた。
「教室でも全く話しかけてこないのに禍々士くん。ちゃんと朝は挨拶ぐらいしてほしいわ。」
僕はこの神雨虚子が少し苦手だ。
同じ学校に入ってくることにもショックを受けていた僕なのに、まさか同じ部活に入ることになろうとは。
「わかったよ、気が向いたらな神雨。」
「昔みたいに虚子って呼んでくれないのね。」
「なんだか知り合い同士みたいだねぇ。運命を感じるよオカルト的に。」
久しぶりに聞いたなそのフレーズ。
「それでこの部活はどういうことをするのかしら。」
「あぁそのことなんだけどね。
ん~と今日は休み!また後日みんなが集まった時に話そうと思うんだ。」
「あらそう。では私は帰らせてもらうわ。じゃあね禍々士君。」
「じゃあな。」
神雨虚子は帰るときも余裕そうな表情を崩さずに帰っていった。
「じゃあ僕たちも帰ろうか。もうクタクタだ。」
「そうだね、家に帰ってまた今度だね。お疲れ!」
「ああお疲れ・・・。」
今日は家に帰ったら爆睡しそうだな。
お読みいただきありがとうございます。