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ようこそ、喫茶店希望へ!!  作者: 双葉
第一章『元ヤクザ』
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第2話『笑顔で楽しくいきましょう』

ゆっくり更新です、せっかちの人は回れ右!





 朝、窓から差し込んできた光で目が覚めた。昨日の一件で俺は『琥珀愛こはくあい』の元で住込みながら働く事を決め、本来ならば公園で野宿だったのが喫茶のソファーで寝ることが出来た。


 何故2階の居住スペースじゃなくて店内なのか、それは昨日の夜話し合った結果が反映されたからだ。このビルには元々彼女しか住んでいない、そんな所に昨日今日出会った男が上がり込むのもおかしな話で、もっと言えば一つ屋根の下で男女2人だけってのも理由の一つだ。


 あとは俺が元ヤクザである事を隠すためだ、身体に刻まれた刺青は長袖で隠してあるが、何が起こるかもわからないし、極力肌を見せないためにも俺は店内のソファーで寝る事を強くお願いした。


 俺は過去に裏切られた人間だ、裏切る奴を許せない。そんな風に思っていたのに、早速自分が彼女を騙しているとなると、何とも言い難い気持ちになっている。正直バレる前にここを去るべきなんだが、今は金が無いし宛もない、彼女には悪いがしばらく付き合ってもらうしかほか無い。


 純粋な気持ちを持つ彼女につけ込んだ俺は、やはりまだ更生力が弱い。だが今は心で謝りながら好意に甘えさせてもらう事にしよう、ポジティブに行くしかこの先はやっていけないだろうし。



「痛たた……やはりソファーだと肩がやべぇな……」



 柔らかすぎるソファーも良くないな、ただ彼女のおかげで寝られているのは確かだ。それに普段なら切っている店内のクーラーもつけっぱなしにしてくれていた、暑さは全くない。


 今日からここで働く訳だが、喫茶店って何やるんだ? 料理の注文を受けたり、料理を作ったりするのか? 俺は料理なんてした事無いし、どうすりゃいいんだろうか。


 なんて、適当に考えながら俺は彼女が店内へ降りてくるのを静かに待っていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 しばらくすると我が雇い主が店内に姿を表した、黒茶色のエプロンを装備し、右手には箒で左手にはチリ取り。開店前には必ずやる仕事らしい、しかしバイトの人間が辞めてしまい、今までは1人でこなしていたものの時間に追われる毎日で限界を感じていたのだとか。



 だが今日からは俺も仲間に加わり、分担作業ができるようになって、彼女は少し感動に浸っていた。箒とチリ取りを受け取ると店の前を掃き始める、特にゴミが落ちてる訳じゃないが、仕事にやる気を出させるにはじゅうぶんな作業だ。


 ちなみに俺もエプロンを渡されて装備している、割と似合ってるんじゃないか? とちょっぴり自負してみる。接客業なんかした事無い俺にとって、結構刺激のある毎日になりそうだ。


 彼女は店にある花瓶の水を変えたり、トイレ掃除をしたりと忙しい姿を見せているが、本人はすごく楽しそうに仕事を全うしている。世間は夏休みに入り気温も上昇、掃き掃除だけで額から汗が吹き出てくる。ある程度綺麗にした所で店内へ戻る、クーラーのかかった中は天国と呼べるほどに涼しく、身体から熱気が解き放たれていく。



「はぁ、生き返る……」


「大月さん、終わりましたか?」


「あぁ、これ何処に戻せばいいんだ?」



 俺は手に持った箒とチリ取りを見せながら質問する、彼女は『道具入れは御手洗の横にあります、こっちです』と場所を教えてもらった。俺はまた一つ賢くなった、ゲームで言うならレベルが1上がった的な感じか。


 そして『今日のオススメ』と書かれたA型黒板に『とろーりカルボナーラ』と記入された、その周りにカルボナーラ? の様なイラストが書き込まれるが、すまない素麺にしか見えない。



「よし、では軽く仕込みをして開店させますね!」


「いよいよか、俺はどうすればいい?」


「お客さんから注文を聞いて、オーダーを私に教えてくださいね」


「ファミレス見たいにやればいいのか、がんばるか」



 彼女は厨房に入ると大きめの鍋に水を入れてガスを点火させた、俺とした事が緊張してきたんだが。刑務所で刑務官が監視に来たってビビりもしなかったのに、この俺が緊張するとか笑えるな。


 ずーっと店の入口を睨んだまま佇む、こんな歪んだ表情で接客とか大丈夫なのか? 本当に勝手がわからないんだが……


 ふっ、俺なら出来るはずだ。これまでも酷いことをしたりされたりしたんだ、たかが接客業でビビってたら後から刺される。刑務所に入る前まで更生施設を経営してたんだ、あの頃だっていつ報復に来るか分からなかったんだ。


 それと比べれば客の1人や2人、どうってことないんだよ!!



 ―――ガチャ



 1人、扉のすりガラスに映る影がある。

 いよいよ客が来やがった、最初はどうするんだっけか、確かいらっしゃいませか? ファミレスのお姉ちゃんと同じようにすりゃ問題はないだろ?


 自問自答を続ける中、ついに店の扉は開かれて中に入ってきた。今だ行け! 俺は次に進むためにここでしばらく働かなきゃいけないんだ、もう一度やり直すために、もう一度自分を作り直すために!!!




「しゃぁぁぁぁぁあ!!!せええええぇぇえ!!!!」


「ヒイッッッッッ!!」



 ―――パタン



「な、なんですか? 何かありましたか大月さん?!」


「あ…………いや、すまない」



 俺の気合いを込めた挨拶が強すぎたのか、はたまた表情がヤバかったのか分からないが、客は慌てて猛ダッシュで店から飛び出して行ってしまった。入ってきたのは中年サラリーマンって感じだった、汗も凄かったし休める場所を探していたはずだった。


 なのに俺はやってしまった、最悪だ。この店はある一件で客が減っているのに、俺は貴重な客をビビらせてしまい逃がしてしまった。


 客が店から逃げるってのは思いのほか心に来るものなんだな…………


 その後も指で数えられるくらいしか客は来ず、さらに言えばその客達もビビらしてしまった。俺は何をやってるんだホントに、このままじゃ今日は売り上げが無しになる。本当に俺らしくないがかなり落ち込んだ、ため息なんざ吐いたこと無かったが初めて吐いた。




「すまない、本当に申し訳ない……」


「大月さん、落ち込まないでください。まだ1日目じゃないですか」


「しかし、俺は客をビビらせて……怒らせてしまったようだし……」



 そんな事を言っていると彼女は何やら考えている、それも俺の表情を見ながらだ。彼女は良い目をしている、綺麗な瞳を持っている。俺のような汚れた部分しか見ていない目とは全く違う、言葉や文字では表現が難しいくらいだ。



「大月さんは笑顔で接客、してますか?」


「笑顔?」


「はい。笑顔です、声が出てるなら表情は柔らかくいきましょ?」


「だが笑うってどうすれば……」


「昨日笑っていたじゃないですか」



 昨日…………確か彼女が俺を勧誘紛いなセリフを言った時のか?


 あれは純粋に面白かったから笑ったんだが、あんな感じになるには面白い事を言われないと無理じゃないか? と、また、悩み始めると。



「はい、笑顔笑顔〜」


「な!? やめほ! はなひぇ!」



 俺のほっぺをうにょーんと引っ張る、こんな事をしたのは人生でも彼女だけだ。別に痛くないが彼女は『あははは! すごい顔!』と笑ってる、まるで向日葵の様に眩しい笑顔だ。


 ようやくほっぺを解放された俺は半分涙目、さすりながら『何しやがる!』と吠えたのはいいが彼女にそんな睨みや威嚇は通じていなかった。






 ―――笑顔って誰もが持っている武器なんです





 そんな事を言いながら彼女はニコッと微笑む、きっと笑顔と言う武器を一番上手く使いこなしているのは、知っているだけでもこの子だけなんじゃないかな。



「雇い主様には適わないな」


「琥珀です、名前で呼んでくださいよ」


「琥珀さん」


「琥珀です、さんは要らないです」


「めんどくさい……」


「はい! 笑顔ですよー!」


「お前何か俺に恨みでもあるのか!?」



 結局今日だけは仕事にならず、俺が笑顔で接客ができるようにトレーニングを開始した。



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