第1話『一人ぼっちの店』
ゆっくり更新です、せっかちの人は回れ右!
つい成り行きで彼女からの誘いに乗ってしまった俺、適当に話をつけたらさよならするつもりだったんだが、気がつけば彼女の背中を付いていってしまってる。
大胆にも背中をバックリと見せる白いワンピース、長い髪を正面に持ってくることにより、白いうなじがハッキリとこの目に焼き付いてしまう。清楚系の女性と言った感じだろうか、さっきまでの叫び声を打ち消すくらい落ち着きがあるように見える。
だから余計に狙われる易いのかも知れない、だがさっきの2人組の会話から分かったことは、今回が初めてでは無いなって事だ。妙に下手に出てると言うか、まだ確信がある訳じゃないけど彼女は『また貴方達ですか』見たいな目付きだった。
あの2人組がどんな奴なのか俺は知らないが、まだこれからも彼女に付きまとう可能性がある。ちょっと首を突っ込んでしまった訳だし、全てでなくとも少しなら話を聞かせてもらえるかもしれない。自分自身の更生をする為にも人助けくらいはやり遂げないとダメかもな、そうと決まれば話をしてみるか。
「お待たせしました」
「あ、あぁ着いたのか」
「はい?」
しまった、考え事をしている内に目的地に着いてしまったようだ。そんなに集中して考えるとかあんまり俺らしくないかも、普段から割とサバサバしてる(自称)はずなんだけど。
彼女は喫茶店の扉に引っ掛けた看板を『CLOSE』から『OPEN』にひっくり返した、このお店で働いているようだ。建物の作りは3階建てビルで1階がこの喫茶店になってるようだ、近くには駅があるし大きな道もビル正面に通っている。
土地的にも結構大きな面積があり、このビルだけでは結構勿体無い部分も見えている。土地が少し余っている状態と言えばいいのかわからないが、駐車場とかにすればかなりアクセスしやすいんじゃないか?
なんて、利益を得る様なことは今関係ないし俺はとにかくこれからどうするかを考えなくてはならない。お店の扉をくぐり抜けて、彼女に案内されたカウンター席に腰を下ろした。
「あの、お名前を伺ってませんでした。私は『琥珀愛』って言います」
「俺は大月大和だ」
お互いの名前を教えあった俺達、彼女は俺にアイスコーヒーを手渡した。外の気温は30度を超えていて真夏日、店内も入ったばかりの時は熱気でとてつもなかったが、クーラーが回り始めるとそれも無くなっていった。アイスコーヒーを入れたガラスの表面は汗をかいていて、テーブルが少しびちゃっとしている。
飲み物を出した後、彼女は厨房に入っていった。店の雰囲気と言えばモダンな作り、木目調のデザインがメイン見たいだ。窓枠やカウンターの隅には花瓶があったり、A型黒板には『今日のランチ』とか書かれてある。
割としっかりした店なんだな、って俺は最初思っていたが何かがおかしい。今日は平日で今は夕方、サラリーマンなら一息つくか帰宅かで少し立ち寄るイメージがある、尚更駅に近いとなれば来客がいくつかあってもおかしくないはず。
そして何より、スタッフが彼女しか居ない。そんな事を考えていると厨房から彼女が出てきた、手には中皿程のオムライスを持って。
「こちら、今日助けていただいたお礼です。召し上がってください」
「いや、悪いよ。それにあんなのは助けたって言わないだろ?」
実はすごく目の前にあるオムライスが美味そうでヤバい、結構腹減ってるし、疲れとかちょっとヤバめだし。でも俺みたいな奴はこんな場所にいちゃいけない、いくら罪を一度着せられたからと言っても、刑務所から出てきた人間には変わりない。
「私がそうしたいんです、ですから食べてください! はいスプーンです!」
「いやだから! 別に俺は―――」
―――ぎゅるぎゅる
「…………」
「今お腹鳴りました?」
こんな時に腹は正直に答えやがる、俺はスプーンを手に握り手を合わせて、
「い、いただきます」
「はい、召し上がれ」
腹の虫をねじ伏せるため、オムライスを胃の中へぶち込んでいく。
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飯を食い終えた俺は彼女に気になっていたことを質問する、あの男2人組のこと、そして店に客が来ない理由とスタッフの数。1人オムライスをがっついている間も他の客なんか1人も来ない、正直つぶれちまうんじゃないか? と勘ぐってしまう程に。
彼女はそんないくつかの質問に答えてくれた、会ったばっかで他人の俺に答えてくれるかわからなかったが、彼女はゆっくりと口を開けて話をしてくれた。
「あの2人組は数年前からうちに来る地上げの人達なんです」
「地上げ屋か、そんな奴らがまだ居たんだな」
地上げ屋、簡単に言えば『貴方の土地を売ってください』と営業を掛ける業者だ。普通なら地主が使わなくなったり、維持が出来なくなった場合等に土地を買い取ってもらう専門業者だが、昔はその街の土地を調べあげてそこの地主に毎日毎日交渉しにやって来ていた。安く買い取って高く売る、よくある話な訳だが。
強引な手段を使ってでもその土地を得ようとする地上げ屋も居る、やり方は汚いし最低とも言える。中々売らない地主に対して嫌がらせをしたり、必要以上に近づき洗いざらい有る事無い事を吹き込んだりと、ほとんどヤクザの様な奴らが起業してるとも言える。
「このお店は元々祖父がやっていたんです、でも少し前に亡くなって、遺書に書かれていた名前が私だったので土地の権利を譲り受けた訳なんです」
「そこに目をつけた地上げ屋か、でもそれだとその爺さんが死ぬ前から地上げ屋が来ていた事にならないか?」
「私はまた別の場所で一人暮らしだったので、それ以前の話は全く」
その爺さんが死んでからは、毎日の様にこの喫茶店に来るようになったそうだ。スタッフが居ないのもちょくちょく嫌がらせを受けていたり、あとを付けられたりと迷惑行為をされバイトの子達は自ら辞めていったそうだ。
客があまり来ないのも地上げ屋が影響してる可能性があるらしい、このままじゃ店を畳むしかなくなる、それをすれば地上げ屋の思う壷だろう。
「アンタも大変なんだな」
「はい、でもおじいちゃん……祖父が最後に残してくれた大切な場所ですから、何としてでも守り抜きたいんです。いざとなればずっと貯めてきた貯金を少しずつ切り崩しながら、維持をしていくつもりですから」
「…………」
どうしてんなんだろうか、どうしてそんな笑顔でそんなことが言えるんだ。毎日地上げ屋に嫌がらせを受けて、スタッフも失って客も減って、どうしてそんな笑顔で居られるんだ。
俺も共に起業した時、最初は大事な仲間だと思ってた奴に裏切られ罪を擦り付けられて、刑務所へ入って。これからどうすればいいのかわからなくて、社会復帰できるかも怪しいのに、笑ってる余裕なんてないのに。
色々と辛い筈の彼女は、どうして笑ってるんだろう。
「辛くないのか? 色々と」
「辛いです。ハッキリ言えば怖くて怖くて、どうにかなっちゃいそうです。でも、私を迎え入れてくれた大切な家族なんです」
気になる事を言われたが、そこまで踏み込んでいい訳じゃない。そうか、爺さんは大切な家族か。最高に良い孫を持ったじゃないか爺さん、俺は他人だがどこか家族については人一倍考える事がある。
彼女にはまだまだ色々と聞いてみたい事がある、出会って数時間後だけど話していて苦にならない。不思議な事もあるもんだな。
「さて、ごちそうさん。また近くに寄ったら来るよ」
「え、あの行っちゃうんですか?」
「ずっと居ても仕方ないだろ?」
「そう言えばずっと大きなカバンを持ってますけど、旅行か何かですか?」
まさか刑務所から出てきたとか言えないな、話を聞く限りヤクザ関係は嫌いだろうし、適当な理由を見つけるしかないか。まぁ本当のことでもあるが。
「ちょっと実家と揉めてしまってな、飛び出して来たんだよ」
「まぁ……それは良くないです、早く謝って帰りましょう?」
「そう簡単に済めばいいが、割と根が深くてな。当分戻れそうにないんだ」
実家なんて無い、俺に身内なんて居ない。戻れる場所も無い、起業した会社も今は別の会社が入っているだろう。なんだか虚しくなるな、帰れる場所が無いとかさ、でもこれは仕方ないんだよな、そういう運命だったんだから。
―――じゃあ、うちで泊まりませんか?
「…………は?」
「あ、あの。スタッフ募集中! 当店ではスタッフを募集してまして……あのその、住み込みオッケーですし、ご飯も色々いっぱい……」
「ぶ、ぷふ……あはははははは!!!」
「へ?」
見ず知らずの男で、しかも元ヤクザで、刑務所帰りの意味わからん奴を住み込みで働けと言ってきたぞ。俺は君が嫌いなヤクザなんだ、一緒に居てもいい気分はしないはずだ。
でもそんな事を口にできなかった、彼女の目は真剣だった。そんな事言われたら普通に嬉しいに決まってる、だから俺は言ったんだ。
「数年ぶりに笑ったよ、面白いな。」
「あ、あの?」
―――いいよ、アンタの下で働かせてくれ
「大月……さん」
「役に立たないかもしれん、それでもアンタに従うよ」
「大月さん……はい、はい! 明日からがんばりましょう!」
数年ぶりに閉鎖空間から解き放たれた俺、きっとあの場所で出会わなければ俺の未来はずっと変わらずに居たかもしれない。
これもまた運命って奴かもしれない、だったらその運命って奴を信じて突き進むしかないだろ。
また誰かを信じて、また誰かと走ってみたい。
「大月大和だ、明日からよろしく」