第0話『シャバの空気』
ゆっくり更新です、せっかちな人は読まない方がいいですよ(笑)
釈放されたのは夕方頃、刑務所生活は当たり前だが楽なものじゃなく、与えられた仕事を無心にやり続け、自分が犯した罪を償っていく。だが俺の場合は少し違っていた、俺自身何か悪い事をした訳じゃない、俺が作った組織の中で誰かが犯罪に手を染めた挙句、その罪を全て俺に被らせた。
捕まった当初はもちろん俺は反抗した、やっていないしやった証拠も無い。だが組織のトップだからと言う理由により、8年の刑務所生活を言い渡された。それでも納得なんていかない俺は弁護士を呼び出し、アリバイや犯行をしていない証拠等を突きつけさせたが、それも虚しく全て振り払われた。
たった一人の男のせいで人生の全てを狂わされた、確かに暴力団員を抱える組織ではあるが、俺が組織を立てた理由はそいつらを更生させて社会復帰するのが目的の、云わば施設のような会社。でも見てくれはどっからどう見てもヤクザのそれ、周りからも良い目をされないがそれでも努力をしてきたつもりだった。
地位も街への貢献も順調に歩んでいたはずなのに、その男の裏切り行為により築き上げた全てを破壊された。俺は刑務所生活をする中でずっと考えていた、必ずここを出たらそいつを見つけ出し、こんな事をした理由を聞き出すと。
だが、刑務所生活を開始してから4年が経った時に急展開を迎えた。俺の人生を全て狂わせた男が自首し、逮捕されたと弁護士から聞かされる。ずっと探すつもりでいた男が、逃げていた男が自らこちらへやって来た、どういう事だ? 理由まではまだわからないが、罪を全て認めたと話していた。
それのおかげか、俺は8年お世話になる刑務所を半分に減らされ、4年間と中途半端な刑務所生活に幕を下ろした。突然過ぎて自分の思考が上手く回転しない、そいつの犯した罪は『殺人未遂』だ。それ以外にも沢山あるようだが、俺はとにかく無実となり、暑い夏の夕方空の下を行く宛がないまま歩き出した。
街をフラフラと歩いていると、電気屋のショーケースに入ったテレビに映る奴の顔が視界に入った。人を不幸にした奴に慈悲は無い、ざまぁみろだ。俺が捕まった時は別の大きな事件を取り上げていた上、捜査段階だったそのおかげで顔や名前はニュース等では放送されず、新聞の記事に少し載ったくらいで済んでいた。
「しかし、この格好は堪えるな……」
腕や背中に刻まれた刺青、更生させる為の人間は元を辿るとそいつらと同じ。俺も誰かの下で働き、取り上げた金を会社へ渡し、そこから浮いた分を給料として受け取る。汚い金って奴だ、俺はその汚い金で生きてきた、借金した奴が悪い。俺は何度もそう言い聞かせて数年間過ごしてきたけれど、根はそんな事をしたい訳じゃなかった、いつからか歪んでしまった自分を何とかするつもりだった。
気がつけばヤクザへの道に走り、数年経った頃に抜け出して、自分自身の歪んだ人生を直す為なのと、誰かを救えたらいいと思い、潰された更生施設を作った。
結局は全てを失ったが、身体があるならチャンス位は幾つでもあるはずだ。刺青を隠すために長いシャツを着ているが、正直半袖になりたい気分だ。
「とりあえずここで寝るか、明日の事は明日でいいか」
割とあっさりしている様な感じだが、全てを失ったと思うと何だか悩む事もかなり少なくて気が楽になっていた。と言うのは嘘だが、少なからずこのまま何もなしだと餓死する。公園までやってきてベンチで餓死にとかマジで笑えない。
刑務所を出る時に色々職探しをしてくれるようだが、俺は断ってしまった。いつまでも監視される気がするし、とにかく自由を取り戻したんだ、この外の空気を力いっぱい肺いっぱいに吸い込もう。
と、そんな時だった。
「なんだ? 叫び声?」
ベンチに寝っ転がったと同時に叫び声、女の悲鳴が俺の耳に入ってきた。どうしようか一瞬迷った、他の奴が先にその場所に向かっていたならそいつがどうにかするだろうし、俺が行った所で何が出来るのかって話だ。
冷たい奴だと思われるか? 見ず知らずの俺が、ましてや刑務所から出たばかりの俺が警察と会えばどうなるか、真実を話しても簡単に終わらせてくれないかも知れない。
「いつから俺は損得を気にするような人間になっちまったんだ」
悲鳴は聞こえなくなったが代わりに口論が聞こえてくる、むしろあれは悲鳴と言うより牽制? 自分でも何言ってんのかわからないが。
「めんどくさい……めんどくさいけどやっぱ行かないとダメな気がするな」
俺はベンチから起き上がり声がする場所に向かって歩き出した、公園を出てすぐ角にある自販機前に男2人組と女が1人。外から見た感じだとナンパしてるようにも見える、だが男達の服装を見てナンパなんて軽い様な事をする風には見えなかった。
あの2人は隠していない、腕に浮き上がっている刺青。アイツらは俺と同業者か、たんなるチンピラか、とにかく何があったのかを聞くだけ聞いてみるか。
「あのさ、さっき悲鳴が聞こえたんだけど何かあったの?」
「あ? なんだお前」
あ、俺とした事が丁寧な言葉遣いをし忘れてた。2人は女から目を離して俺にガン飛ばし作る、2人の腕に入った刺青は同じ物だった。つまりどこかの組織に所属してる下っ端って訳だ、俺はこのクソ暑い中長袖長ズボンで隠してるってのに。
「さっき公園でいたらなんか叫び声聞こえたんで、場所もここっぽいし。その人怯えてるっぽいしね?」
「兄ちゃんさ、俺ら忙しい訳よ? この刺青見える? 怖くないの?」
出たよ刺青入れてるのを見せたらビビると思ってるゴミ野郎。中坊で言うならボンタンとかスケートとか言われる学ラン来てたらビビると思ってるのと一緒だよな、あと短ランとかボタン上から2つ外してるとか。
1人であれこれ考えてると2人はさらに俺へと詰め寄る、威嚇のつもりか『ちょっと兄ちゃん事務所行こっか?』とか言い始める始末。今どき居ねぇよそんな古臭いセリフ吐くその道の奴なんか、あまりの古臭さに鼻で笑ってしまった。
「ふっ、アンタら面白いよ。どこの構成員か傘下か下っ端だかわかんないけどよ、堅気に手を出すのってどうなの?」
「なんだ? お前知った口聞いてるとマジで潰すぞコラ」
相手は完全に俺しか見なくなった、まだまだ甘ちゃんだな。習わなかったのかよ、『見つけた星から目を離すな』ってさ。
「お巡りさん! こっちです!!」
さっきまで2人に囲まれていたが、俺に集中していたせいで彼女が助けを呼ぶ行動を取っていた事に気が付かなかったようだ。スーツの2人は苦虫を噛み潰したような顔をしながら舌打ちをする、俺を一発睨んでから彼女に向かって一言言い残す。
「またお店に行きますからね?」
それだけを言い残し早足で俺達の前から姿を消した、彼女は2人が居なくなってから俺に近づいてきた。
「あの、ありがとうございました。本当に助かりました」
「俺は何もしてないよ」
「いえ、本当にありがとうございます」
「ん、んー」
こう感謝され慣れてないからか、俺は顔が熱くなるのがわかった。これで全てが終わったのならそれでよかった、だが俺の人生は彼女によって一気に変わり果てることになる。
「お礼がしたいのでお時間はありますか?」
この時の誘いに俺が乗らなかったら、公園に来なければ、助けに行かなければ―――
「あ、あぁ。あるよ」
―――多分、全てが分からないままだったはずだ。