デストラップvs無敵チート
これは作者の連載小説の最終話までのデータが全て消えたことでむしゃくしゃして書いたものです。あぁ…100話分……
俺はひょんなことから無敵の体を手に入れた。
刺されようが、銃弾の雨に晒されようが、はたまたミサイルに直撃してもなにも感じず、ノーダメージだ。
ただ、硬くなったのはいいものの、俺はこのボデーを持て余していた。
「なーんか、金になるような使い道ねーかなぁ。」
というのも、俺はまだ学生であるし、規則の厳しい私立の学校であるため、アルバイトなんかは許されていない。
「こんなことも出来るってのに…」
ただいま学校からの帰宅途中にある下り坂を前回りで爆走中である。
うまくいけば、家まで勢いで帰れるので最近の帰り方は専らこれだ。
コロコロコロコロ…ガッ!
「ふぅ、到着っと。ん?」
ふと、隣の家の郵便受けの下に紙が落ちていることに気づいた。
「ちゃんと投函しとけよ…」
隣の家主には世話になっているので、郵便受けに入れてやろうとA5サイズくらいの紙を拾った。
すると、
「通告書?」
意図せず見てしまったわけだが、なんだか罪悪感が沸き起こる。しかし、一度見てしまうと気になってしまうもので…
「はぁ!?おっちゃん、借金してたのか!」
内容を簡潔にまとめると、再三に渡る請求があったにもかかわらず、金を振り込まなかったので、簡易裁判所への申し立ても辞さないというものだった。
義務教育を終えて数年程の俺にはやや想像のつかない世界の話だったが、隣のおっちゃんがヤバイということはわかった。
「どうすんだよこれ。…お?追記だって?」
かったるい文章の下に追記の文字を見た。
ーーーーーーー
追記
返済予定が不明瞭な方の為にこのようなプランも用意しております。
URL:http://××.××××.××××.jp/
皆様、奮ってご応募下さい。
ーーーーーーー
「は?」
意味がわからない。返済を迫っているというのに、プランを提示する…?
もしかして大人の世界とはそういうものなのだろうか。弱っている相手に漬け込んで搾り取る的な。
それに、皆という名詞を使った事も理解し難い。
おっちゃんに向けた通告の筈なのに、皆様?
「ま、おっちゃんには悪いけど、関わらないようにしよう。」
おっちゃんには世話になったが、借金の話に頭を突っ込んでまで助けてやろうとは思わないし、何より学生の自分が関わっても仕方ない。
と、思いつつポストへ戻す前にURLをメモした。
「んー、おっちゃん大丈夫かなぁ。」
助けることは出来ないし、金関係を無断で他の大人に相談するのも気が引けた。
しかし、気になるものは気になるし、親しい人が今までになかった非日常に巻き込まれていると思うと、好奇心が擽られる。
「あ、そうだ。」
俺はメモ帳を開いて、URLをメモしたページを開いた。
「ちょっとだけ、見てみようかな…」
それはただの怖いもの見たさだった。
いろんな感情が沸き起こる。そのなかに、警戒心などもあったが、好奇心にはかてなかった。
携帯にURLを打ち込む。
ここがターニングポイントなのかも。と漠然と思った。
「よし、入れた!」
携帯の画面が切り替わり、如何にも怪しげな風貌になった。
「ふーん、謊言金融会社ね。で、プランとか言うのはっと。」
内容を読みながら、下へスクロールする。
「なんだこれ…。アホくさ。おっちゃんはどうしてこんなところから金を借りたんだ?」
書かれていたのは、200メートルの道を歩くだけで、借金をチャラにし、更には金をやる。という小学生でも騙されないであろうものだった。
あまりにも馬鹿らしくて、そんなところから金を借りたおっちゃんに、向けていた尊敬の念が砕け散った。
ただ、なぜか気になってそのサイトへのリンクを適当な場所に貼ってから携帯の電源を落とした。
次の日、学校で古風な雰囲気の女の子が、
「まぁ!なんて素敵なお箸だこと。まるでクラゲの骨で作られたようだわ。」
と言った。彼女が積み上げてきた大人しく慎ましいイメージに風穴が空いた瞬間である。
それを聞いて
(あぁ、昨日の話もクラゲから骨が見つかるくらいの確率で本当かも知れないな)
なんて自分でも意味のわからないことを思った。
暫くして、おっちゃんが俺の家の前で電話しているところを見つけた。
なぜ俺の家の前で電話するのかは分からなかったが、もしかしたら、借金関係のことかも知れないと思い至ったので、物陰に隠れて声を聞くことにした。
「はい、はい。そうです、あのプランに参加させて頂きたく…」
『……………………』
「本当ですか!?ええ、えぇ。それで条件とはなんでしょうか?」
『……………………』
「え…、それは…」
『……………………』
「ッ!いやいや、そういうわけではなくてですね。はい、少し考える時間をください!失礼します!」
「…は?」
思わず声が出た。
なぜ、あのプランに乗った?もしかして、俺の把握してない事柄があるのか?
と、声を出して、その場に留まっていたのが悪かったのだろう。例のおっちゃんに見つかってしまった。
「あっ!〇〇君………そ、その、僕の家でお茶でもしないかい?」
おっちゃんのキョドった目に思うことはあったが、家に招かれる事は良くあったので、素直について行くことにした。
俺は自宅のベッドに寝転がって思った。
(やってしまったっ!)
あれだけ警戒していたのに、おっちゃんの口車に乗せられてしまった。
なにがあったかと言えば、例のプランが行われる会場に同行させられることになった。
数時間にも及ぶ説得、徐々に詰められる距離、荒くなって行く口調。この三つに俺は屈してしまったのだ。
数日後、俺はおっちゃ……クソジジイの車の後部座席に乗り会場へと向かった。車内は静寂で満たされて、少し、いやかなり気まずい空間だった。
会場は大通りに面しているビルで、地下駐車場に車を停めてから、あちこちに貼られている案内を頼りに受付へ向かった。
すると、どこからともなく黒スーツの女の人がやってきて、本名の書かれた選手用のネームプレートを渡された。クソジジイを〆てやろうかと本気で思った。
受付ではパンフレットと書類が配布されていて、いつのまにかクソジジイがいなくなったので、受付横のベンチに腰掛け、目を通してみる。
「んんん!?えーっと?命の保証はしておりません!?」
その下に「承諾する場合はここに拇印を押してください」と書いてあった。
これ、ヤベー奴だ。そう確信した。
帰ろう、と思った矢先、黒服の男を従えた先ほどの女がやってきた。
「お困りのご様子。どういたしましたか?」
「え、ああ!俺、誤登録されてるみたいで、帰r」
「なるほど、拇印を押せなくて困っていると。でしたら、このナイフをお使いください。」
あぁ…
ナイフでどうやって拇印を押せというのさ…
そもそも帰りたいんだけど…
「ふふふ…お若いですね。拇印とは自分の血で押すのですよ?」
嘘だッ!
いい歳こいて朱肉を知らないのか!
そしてそれは血印だ!
「ほら、見ていてあげますから、ささっとやっちゃってください。」
仕方ないか…どうせ逃げられないし、どうせ死にはしないでしょ。俺ってほら、無敵の体があるし。でも慢心はしない。中学受験と高校受験で学んだことだ。
左手の親指に傷を付ける。自分の意思の元でなら、俺の体は普通に傷つくし、痛みも感じる。
久しぶりの痛みになぜかワクワクしながらも右手の親指と血が溢れ出ている左手の親指を押し付け合う。
すると、右手の親指が赤く染まったので、景気良く拇印を押した。
それから、数時間ほど、待機させられ、案内された先は物凄く長い直方体の中身をくり抜いたかのような白い空間だった。
いや、それは適切ではない。確かに最初に限っては白かったのであろうが、今は血で染まっていた。
鮮やかな色からどろっとしたどす黒い色まで、見える範囲全てに血の跡が確認できた。
「う…ぉぉぉ」
刺激的な視界と、強烈な匂いに当てられ、思わず吐いてしまう。
吐きながら命の保証はしておりませんの意味を理解した。
何十分か吐いたり、えづいたりしていたのだが、案内人の女はなにも言わずただ後ろに控えていた。
なんとか慣れてくるとクソジジイの姿を捉えた。奴は口を抑え、青い顔である事を考えると、奴もこんな惨いものとは知らなかったのかもしれない。
他にも数人がいて、全員の足元は直線で丁度結ばれていた。
暫くすると、スピーカーからだろうか、やけに大きな声が響いた。
「では、スタートだ。」
何が?とは言わない。これが、俺が与太話と判断した200メートル歩け。というやつだろう。確かに、奥行きはそれぐらいだ。
ただ、パンフを読んだ限り、罠が仕掛けられているようだ。
それに、血のこびりついた惨状を見ると子供騙しの生易しい罠ではないだろう。
さて、どうする。
罠がある事を考えれば、先に行くのは愚策。しかし、俺には無敵の体がある。おそらく、クリアは出来るだろうーーー
「一着で三億、一着で三億…」
そんな呟きと共に一人の男が歩き出した。静まっていた空間に動揺が広がる。
ふらふらとした足取りで10メートル程度進むと、突然脚が取れ、倒れた。
「いっ、いっづぅぅぅうぅう!!」
声にならない声を上げて叫ぶ男。
すると、両側の壁から一つずつ、計二つ電鋸が彼めがけて迫って行った。
ギギギと不穏な音をたて、ゆっくりと嬲るように近づいて行く。
それに気づいた男は手を必死に伸ばし匍匐前進で進んで行くが抵抗も虚しく、追いついた電鋸で三等分にされてしまった。
「はっ?」
予想こそしていたが、目にして見るとたじろぎへたり込んでしまう。
「そうだ、俺は大丈夫だ。俺は無敵、大丈夫なんだ…」
自己暗示じみたものに頼りながらゆっくりと立つ。そして、三等分男のことは忘れることにした。
気合いを入れて前を見据えると空中に光沢が見えた気がした。
近づいて見ると、ピンと張られた糸…恐らくピアノ線だった。高速で振動していている。これなら、脚一本持っていけるかもしれない。
「ピアノ線だ」
わざと他の参加者に聞こえるように言う。
俺がピアノ線を跨いで行くと、後ろから足音が聞こえた。
電鋸は出てこない。どうやら、電鋸とピアノ線は伝道してたようだ。
「なぜ、リタイヤする者がいないんだ?」
三等分男を無意識のうちに視界に収めないようにしながら呟いた。
もしかして脅されていたり、全員がプランから降りられない程に借金を負っているのだろうか。
「俺みたいに連れて来られたやつもいるんじゃないのか?………おっ」
右側の壁に赤く、円形のスイッチを見つけた。無装飾なのがむしろ不気味だ。
「あ、それは!」
突然後ろから安心しきったような大声が聞こえた。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。」
振り向いてみると、小太りな中年が駆けて来た。
「何ですか急に。」
「や、ちょっと待って欲しかっただけなんだ。」
そういいつつじりじりとスイッチの方へスライド移動していく。
「どうしました?スイッチにはあまり近づかないで下さいね。危ないかも知れませんし。」
「ん、いや大丈夫だよ。」
彼はあまり話しを聞いていないようだ。
呆れていると、いきなり彼は地面を蹴って、スイッチへと飛んだ。
「やった!」
そしてスイッチを押した。
すると、
「うわあぁぁ!!」
「え、何で!!」
ガコン!という音がしてトゲがビッシリと生えた天井が降って来た。
「あ、あれ?怪我ひとつない。」
数秒の逡巡の末自身が無敵だということを思い出した。
いつのまにかうつ伏せになっていた身体を起こすと、身体に穴を開けて死んでいるさっきの中年が目に入った。
吐き気がするも、慣れてしまったようで、堪えることができた。
「俺より身長が小さかったら何とかなったかも知れませんね。」
その一言と共に合掌をして前へ走る。
二度目の妨害を受けないようにするためだ。いつのまにか、後退するという考えは消えていた。
後ろからどよめきが起こる。
そりゃそうだと思う。罠に押し潰されたのにも関わらず、生きていて、ましてや走り出したのだから。
だが、自分に限ってはこれは優れた策だ。
目を瞑って前へ走れば何も感じず、ゴールできるのだから。
と思っていたのも束の間。落とし穴に引っかかった。
底には刃物という刃物が先を向けて居たが関係ない。幸い、落とし穴は気合でよじ登れる程度だった。
気をとりなおして走る。途中方向調整の為、薄っすらと目を開けたが、なにも異変は無かった。
「はぁはぁ。なげぇよ。」
遂に長く、辛い道を走りきった。ゴールは一面白色の正方形の広場だった。先ほどまでと違って、血糊はなく、清潔だった。先程とのアンバランスさがなんとなく引っかかった。
息が落ち着いて来たので、後ろを見ると、落とし穴以降、罠らしきものは何一つなく、あるのはただ血痕だった。
「なんだよ、最初だけか…」
向こう側にいる人たちには罠を疑いもせず走った馬鹿と思われているだろうか。
「あれ?いつのまに壁が?」
来た道とこの広場を裁断するように透明なガラスの壁が生成されていた。
「これじゃあ、こっちに来れないじゃないか!」
叫ぼうが壁はビクともしない。
「「「………!!」」」
向こうから声がする。壁越しで二〇〇メートル弱もあるのに聴こえるというのはよっぽど大ごとに違いない。
唾を飲み込んで眼を凝らすと、参加者全員がこちらへ走って来ていた。
元凶はすぐ見つかった。血濡れで頭陀袋を被った大柄な「何か」が彼らに迫っていたのだ。
距離が近くに連れ、彼らの叫びと「何か」が鮮明になってくる。
「何か」は錆びたーーだがしっかりと機能しているーーチェーンソーを右手に持ち、べったりと赤色に染まったバールを振り回し、のしのしとこちらへ近づいて来た。
運悪くこけたりなどして、追いつかれたものはゆっくりと時間を掛けながら嬲られていった。
それをみて俺は小さく掠れた声で逃げろと言うしか出来なかった。
殺戮劇は終盤にさしかかる。
「何か」から逃げる者たちが壁までやってきた。
が、壁はそのまま理不尽に聳え立っていた。
「ふざけるな…」「やめろ……」「あと少しなのに」
壁の向こう側にいる俺を見つけると、
「助けて」
と口々にいう。
はっとした。そうだ、俺がなんとかしないとと思った。
必死に壁を叩いた。殴って蹴って、、、
「何か」が壁まで来て彼らが一人ひとり殺害されても壁を叩いた。
「何か」と同時に壁も迫って来ていたようで、彼らに逃げ場はない。唯一救いがあるとすればゴールであろうここ、広場だ。
「何か」がただの作業のように、絶望させ、嬲り、殺す。
生きたまま、
爪を全て剥がし、
指を全て折り、
全身の皮を剥き、
血を啜り、
筋肉を啄ばみ、
骨を折り、
頭を割り、
脳漿を食わせ、
眼球をくり抜き、
首と体を乖離させる。
この作業は逃げ惑う人数分行われる。
それでも彼らは誰かを罵ることはなかった。
それでも俺は壁を叩いた。
途中手から血が出ていることに気がついた。
それで、俺が壁を壊そうとしている本当の意味を理解した。
それからは変わった。
ただ殴る蹴るだけでは満足ぜず、頭、首、肩、胸、背中、腰、脚。全てを壁へとぶつけた。
全身が自身の血で染まる頃には「何か」の作業は終わっていた。
「何か」が去ろうとしたので壁への攻撃をより一層激しくした。
「何か」はこちらを振り返り手に持ったバールをこちらに投げた。
バールは異様に硬いガラス壁に阻まれた。
あれから何日経っただろうか。
今日も郵便受けにはテープが入っている。差出人は謊言金融会社だ。
うきうきしながら自室の古ぼけたレコーダーで再生する。
家中に絶叫と、生々しい音が響き渡る。音から人間の解体をイメージし快楽に浸る。それを止める親はもう腹の中だ。
これが今の俺の唯一の娯楽である。
一通り愉しむと、そろそろ実行しようかと部屋を出る。
リビングの椅子に座ると
ポケットから出した特注の包丁を胸に突き刺した。
「あれ?突き刺さらない?…………そうか、ソウイウコトカ」
この作品での無敵の扱いは特殊です。