ポストカード
見ているだけの恋。あたって砕ける恋。実を結ぶ恋。ほのぼのを目指しました。
『生島美喜様、お約束のポストカードです。中学校はどうですか?こちらは日本人に理解があるようで、思ったよりも過ごしやすいです。それでは、体に気をつけてください。高島孝幸』
小学校高学年になってから高島孝幸は、一人の女の子をじっと見ていました。髪の毛を肩までのばして、ヘアバンドをしています。いくつか違った種類のヘアバンドを持っているらしく、日によって別のヘアバンドをしています。
孝幸の学校は二年ごとにクラス替えがありました。二年生で一度、三年生で二度、五年生で三度目です。最後のクラス替えということもあり、孝幸も他の同級生もソワソワしていました。幸運なことに孝幸は、数人の仲の良い友達がいたのでクラスで一人になることはありませんでした。
小学校五年生の時に隣の席になった女の子。生島美喜が孝幸が大好きになった女の子でした。成績はまあまあ、運動はバスケット部でレギュラーにもなり試合にもでているとまわりの子達が話していましす。理科の実験が大好きで、実験室に行くときは嬉しそうな顔をしていました。
見ているだけの恋、決して打ち明けることのない恋。たまに話をして笑いあえれば良いと思っていましたが、いつの頃からか、美喜が一人の男の子を見ていることに気がつきました。同じクラスの花島雄也。孝幸の友達で一年生の頃から仲が良く、よく一緒に遊んでいました。
(雄也か)
色白で運動は苦手、どちらかというと室内で大人しくしているような男の子です。ただ、理科の成績はバツグンに良く、夏休みの自由研究で実験をして賞をとったこともありました。
(イイ奴だよな)
ひ弱なイメージはあっても芯が強く、争い事が嫌いな穏やかな性格でした。朝が弱いせいか、たまにボサボサの頭のままやってきて眠そうな顔をしています。
孝幸は雄也のことを眺める美喜をため息をつくような思いで見ていました。小学校五年、六年と最高学年になっても孝幸は美喜を見ていたし、中学生になってもずっと見ているだろうと思いました。
私立の中学を受験する同級生もいましたが、大半の生徒は地元の公立中学校へ行くからです。修学旅行が終わり冬休みが過ぎた頃、孝幸に転機が訪れました。
「海外に引っ越す?」
父親のカナダ行きが決まり、日本を離れることが決まりました。母親の美和は心配そうに申し訳なそうにしています。
「単身赴任って言ってなかったっけ?」
「それがね、十年以上は向こうに行かなきゃいけないみたい」
「なんだそりゃ」
「真面目な話、孝幸はどうしたい?おばあちゃんは、居候しても良いっ言っているけど」
孝幸の祖父母、美和の両親は九州に住んでいて孝幸の住む東京からは遠く、結局引っ越さなければなりません。父親の両親に孝幸の面倒を見る余裕はなく、親戚も東京からは遠く離れた場所に住んでいました。
「あー。行くしかないだろ」
海外とぽつりと呟く孝幸に、美和は、そうだねと呟いて椅子にかけてあるエプロンを手にとり、夕食の支度をするため台所へ向かいます。
海外へ引っ越す。決まったとたん、急にまわりの景色が色あせて見えました。もう自分の居場所はここではないと言われているようです。
「ねぇ。卒業式はでられるんでしょ?」
「え?何?」
「卒業式!」
イライラと叫ぶ孝幸に、美和は大丈夫だとうなづきました。
「その代わり、すぐに日本を発つことになるわ」
「お父さんは?」
「出たいって言ってたけど、どうかしらね」
企業戦士は大変だと孝幸はため息をつきます。しばらくぼんやりとした後、雄也と仲の良い友達に知らせるために外へ飛び出して行きました。
孝幸が海外へ行くというニュースはまたたくまに広がって、担任の先生が話す前にクラスの全員が知っていました。
「良いな〜。海外」
「怖くね?言葉とか大丈夫なの?」
孝幸のまわりにクラスメートが群がって、質問攻めにしています。孝幸は自分の知っていることを淡々と話ながら、少し遠くから自分の方を見ている美喜をちらりと見ました。興味はあるけれど話しかけるのは悪いなという様子で、こちらを見ています。
(生島さんとも会えなくなる)
海外へ行くことは去年から聞かされていました。まだ決まったわけはなかったので、何とか日本に残れないかとかけあってみたそうですが、やっぱりダメだったと孝幸にも申し訳なさそうに話しました。
生島美喜と会えなくなるという事実は、途端に孝幸を心細くさせました。中学校に行ったからといって美喜との関係が変わるわけではありません。かわいい美喜に似合いの、もしかしたら雄也が彼氏になって眩しい想いで美喜を見るんだろうと漠然と思っていました。この気持ちを孝幸は誰かに話したことはありませんでした。
瞬く間に過ぎていく時の中で、孝幸と美喜は二人で理科室の準備室を掃除するという幸運に恵まれました。普段は五人が理科室を一人が準備室を掃除するのですが、学期末も近づいていることから資料を運んで整理するためいつもより一人多く準備室で掃除をしてほしいと言われていました。
「できる範囲で良いからね」
担任の先生が孝幸と美喜にやることを指示して、慌てて職員室へと向かいます。
「先生、忙しそうだね」
「卒業式も近いし、やることがいっぱいあるみたい」
「それじゃあ、私、こっちの資料を並べていくから」
さっさと机の上に置かれた小冊子を手に持って、棚の方へと向かいます。残った冊子の束と美喜と反対側の棚を見てから、冊子を並べやすいようそろえて棚へと向かいました。しばらく無言で作業をしていると、美喜がこちらを気にしていることに気がつきました。むずがゆい思いで、ふと美喜の方を振り向くと、美喜は慌てて顔を伏せ、何度か瞬きした後に口を開きました。
「そ、卒業式、でられるんだね」
「え?」
「卒業式。海外に行くって聞いたから…」
「ああ、その代わり次の日は飛行機に乗らなきゃ行けないんだ」
棚に資料を並べる手をとめず、淡々と話します。美喜と話していることに、内心舞い上がっていました。
「みんな一緒に卒業できるの嬉しいよ」
「うん。父さんもさ、それだけは良いよって言ってくれたんだ」
「そっか」
黙々と冊子を並べていくうちに思ったよりも作業が早く進んでいることに気がつきました。これなら、掃除の時間中に終わらせられるかもしれません。
「あのさ、高島くん」
美喜の緊張した声にどきりとして孝幸は振り向きます。頬を紅く染めて冊子を胸に抱いた美喜をとても綺麗だと思いました。
「私、高島君にお願いがあるの」
「お願い?」
「高島君は嫌がるかもしれない、だけど…」
美喜の緊張した声と少し震える足を見て、何とか安心させるように微笑みながら美喜が話し出すのを待ちました。
「あのさ、あのね…」
孝幸は小学校を卒業した後、カナダに行きそのまま大学まで進みました。流暢な英語と趣味で学んだドイツ語を武器に職を得て、世界を飛び回る生活を送るようになります。
年を重ねるにつれ日本の風土をひどく懐かしく思うようになり、まわりからは惜しまれながら日本を拠点に仕事をするようになりました。それでも年に何度か海外へ行くこともあり、日本からしばらく離れることがありました。この日も中国の北京で仕事を終えた後、観光客向けのお店で二枚のポストカードを購入しました。近くのスターバックスに腰を落ち着けて、さらさらと家で待つ妻子に簡単なメッセージを書きます。
この後はこのままドイツに向かうのですが、そこでもポストカードを二枚買って簡単なメッセージを書き日本で待つ妻子に送ります。この習慣は、孝幸が小学校を卒業してカナダへ行ってからずっと続いています。
インターネットが爆発的に普及し世界中の人とメールやチャット、スカイプで話ができるようになっても続けました。
「妻と娘に、違うポストカードを一枚づつ…」
面倒だとは思っても、やめたいという気持ちにはなりませんでした。コーヒーを一口飲んで、住所を書き終えると近隣で郵便局がないかスマホの画面を眺めます。
この後は切手を貼ってポストに投函するだけですが、最初の頃はひどく緊張して怖かったことを思い出します。
「見ているだけかと思ってたけど」
遠くを見るような顔つきで、ポストカードを眺め急いでコーヒーを流し込んでから立ち上がりました。
書いたばかりの二枚のポストカードを手に、出入り口の自動ドアへと向かいます。同じアジア人の顔立ちであふれる人混みの中へ歩いて行きました。
「海外からポストカード送ってくれないかな」
「ポストカード?」
こくりとうなづく美喜の顔は真っ赤で孝幸も思わず顔を赤くします。
「私、海外からお手紙もらうの憧れてて」
一度で良いからと申し訳なさそうに恥ずかしそうに顔を伏せる美喜に笑いました。
「いいよ」
「本当?」
ぱっと顔を輝かせて笑う美喜に心の中でこっそりと呟きました。
(生島さんが迷惑じゃないのなら、何度だって)
『高島孝幸くん。約束を守ってくれてありがとう。中学校でもバスケ部に入りました。高島くんも慣れたみたいで良かったです。良ければまたポストカードを送ってくれると嬉しいです。では、お元気で。生島美喜』
インターネットがない時代は手紙を送るのも大変で、国際電話なんて考えられないことでした。その時代をちょっと懐かしむような気持ちで書きました。