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 連休明けは大雨だった。司のようにまとめて六日間連休を取ったのは珍しい存在だったらしく、好奇の眼を向ける連中もいた。気にしないようにうつむくのがいつもの司だったが、どうしても顔をあげたい気持ちになってしまい、数度西月さんと目が合ってしまった。にっこり笑っているのを見るだけで、また学校での生活が始まるのを乗り切ることができそうな気になる。

「西月さん、そんな気を遣わないでもいいんですよ」

 朝の会の前に、西月さんが大きな菓子折りを持ってきて、教卓にとんと置いて、

「このあられ、すっごくおいしいってうちのおじいちゃんが言ってたんです。だから一袋ずつ分けてください!」

 旅行するたびにいつも、西月さんはお土産をこまめに買って来てくれる。仲良しの友だち連中だけならわかるが、クラス全員というのが珍しい。食い物だから素直に喜ぶ男子たちだけど、今年に入ってからはそうでもないようだった。原因が天羽にあるのはわかりきっている事実であるが。

「それなら、一人ずつ持って行ってください。そうですね、班長さん、人数分お願いします」

 狩野先生は力の入らない声で静かに指示をした。一部の男子がうんざりした顔をしていた以外は、素直にみな「小春ちゃん、ありがとう!」とお礼の言葉をかけているようすだった。司のいる班長も、投げるように手のひらサイズの和紙袋を投げてよこした。よく母さんが取り寄せているところの、おいしいと評判のあられだった。桃色と白の小粒たちが和紙の間から透けて見えた。

 ──どこ行ってきたんだろう。

 もし、あんなことをしてなければ。すぐに話し掛けて聞いていただろうな。

 司はすばやくかばんの中ポケットにあられ袋をしまいこんだ。天羽の方へつい目が行った。角のところを持ち上げていたが、司の視線に気が付いたらしい。隣りの男子に声をかけていた。頷いたその男子、天羽の分をつまみ、司へ投げてよこした。二列くらい離れている。コントロール良く、勢い良く、机の上に着地した。

 西月さんがそれを見ていた。司も表情を見ることはしたくなかったので、そのまま受け取り、やっぱりかばんにしまった。


 ──周平と約束したんだから、果たさないとな。

 周平の前で泣きながら告白したあの日以降、一気にわだかまりは消えた。さんざんあきれられ、嫌われるかもしれないと覚悟していたけれど、周平は特段何も言わず、次の日に神乃世の友だちを呼び出してくれた。しかも、謝らせてくれた。別にそれを求めていたわけではないのだけれども、司も素直にほっとしたところがあった。

「こいつら、司が金持ちになっちまったら人間代わるんでないかって心配してただけだってな」

 どうしてそう思ったのか、聞こうと思ったけれどそんな暇はなかった。

 みな申し合わせたように、学校からくすねてきたらしいボールを使ってドッチボール班分けじゃんけんをし始めたからだった。あの後、神乃世にて周平と真面目な話をした記憶はない。ただ、小学校時代と変わることなく、野球やゲームや車のカード話で盛り上がっただけだった。

 ──だって、あれが親友の「証」なんだからさ。周平のことを親友だと思う以上。

 西月小春に、自分の想いを打ち明けるということ。

 きっと受け入れてもらえないことはわかっているけれど、周平と同じ温かさを分けてくれた、あのクラスメートへ、ありがとうという言葉を告げること。

 今、司のしたいことはそれだった。泥沼に足をつっこんでおたおたしている自分が情けない。もし、自分の立っている場所がふつうの地面だったら、ためらわないだろう。藤棚の前で微笑むあのひとに、告げたい言葉はみな自分の中に揃っていた。きれいにラッピングして、プレゼントしたかった。 けど、それは今の司にはできない。してはいけないこと。そう思ってきた。  迷惑だと思われてそれでおしまいになりそうだった。

 ──そうだ。天羽だ。


 両腕を組んで、「そういやあさあ、今度、落語のテープが手に入ってさあ。ダビングする? 近江ちゃん?」と別の女子に話し掛けている。できればひとりになったところを捕まえて、話をしたい。連休前に持ちかけられたことへの答えを出すためだ。

「話があるんだ」

 放課後まで待つことになった。雨は時折やみ、また降り続けていた。たまたま天羽の班が掃除当番だったこともあり、司は廊下でさりげなく待つことができた。女子たちが先に教室から出て行くのを確かめた後、一呼吸おいて司は近づいた。

「おう、どうした片岡」

「この前の話なんだけど」

 一度口をきりりと結び、もう一度臍のところに力をこめた。

「あれ、本気なのか」

「ああ、西月のことな。あったりまえじゃん」

 合点がいった様子。天羽は腰に手をやり、うんうんと頷いた。

「連休中、まじで考えてたってわけかよ」

 言葉にできない。司はそっと足下を見つめた。頷くことに抵抗があった。

「まあそうだよな、けど、俺はお前のこと買ってるんだぜ。片岡いいか、お前ちゃんと毎日努力してるじゃねえかよ。普段掃除もさぼらねえし、悪口言われても文句言わねえしさ」

 ──言うだけのことしてたら言うさ。

 悔しくなる。いつもそうだ。天羽を始め、他の連中たちに言われた言葉を思い出すたび、司はたまらなく泣きたくなる。 「だから、お前、西月のこと、俺から取っちゃえよ。俺はいっくらでも三枚目になってやるからさ」

 ──三枚目?  よくよく見ると天羽の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「やっぱり一度はな、付き合った相手だ。情けってのはあるもんだぜ」

 ──別に嫌っているわけじゃないのかな。

 なんとなく、天羽は心底西月さんを嫌っているように思えてならなかった。でも、今の言い方だと、少しは猶予がある様子だった。その辺に少しだけ司はほっとして、突然どきりとした。 

 鼻の下をこすり咳払いした後、天羽は人差し指を立てて、司にこいこいと合図した。

 雨だれが叩きつける音で、教室にはシャッターが下ろされたようだった。


 教壇にふたり腰掛け、天羽はまず息を吐き、膝を広げた。両手を組んで祈りのポーズをした。 「片岡、本当に、本気で、なんだな」  天羽に対してではない。周平に誓って頷いた。

「一年の時からだよな」

 同じく、遥かかなたの周平への答えとして。

「やっぱし、俺の見ていた通りだったなあ。で、二年間西月を見てきて、やっぱり変わんなかったか」

 天羽の方を一切見ず、司は三度目の頷きを繰り返した。にまっと笑って天羽が肘をつついた時も、司はただ真っ正面の一点を見据えていた。「そっかそっか。お前って、実は結構素直な奴だなあ。いや、バカにしてるんでねえよ。お前みたいにストレートに頷く奴って、やっぱり本気じゃねえかって俺も思うからさあ」  口元でまた小さく笑い声を立てた。

「じゃあ、俺なりに、腹割って話をさせてもらいたいんだけどな。お前、今のままじゃあ、玉砕しちまうぞ。あ、俺矛盾したこと言ってるか?」  ──矛盾してないさ。   今度は首を振って答えた。

「その理由がどこにあるかは、片岡、お前も自覚してるんだよな。まあそれはしゃあねえや。けどなあ、そこをクリアしねえと、話がまとまらないってのも確かなことだったりするわけだ。そうだろ、わかるだろ」

 天羽の言い方は、何となく学校の先生っぽかった。無理やり大人になってやろうとする押し付けがましさを感じさせる。

「単刀直入に言うわ俺。あの、下着ドロのことだけどな、あれ、本当にお前なんだな」

 ──いつか言わねばならないって、わかっていたさ。  

  周平にもそこまでは言えなかった。証拠を押えられても先生にも頷けなかった。

 ──周平、そういうことだ。

 膝に置いていた両手が震えた。一年の時に吊るし上げの弾劾裁判にかけられた時、最後まで口を閉ざしていられた司だった。でも、二年たった今、覚悟は出来ている。  四度目の頷きを返した。


「そっか。わかった。まずはそっからだ」

 天羽も怒らなかった。むしろ安心したようにまた笑って、ぐいと身体を斜めに向け、親しげなポーズを取ろうとした。心持ち前かがみになった。

「つまりだな、俺がお前に言いたいのは、今までやっちまったことを一度ご破算にしちゃえばどうかってことなんだ。お前、そろばん教室通ってたか?」

 首を振った。神乃世には司の通うような塾とか習い事とか、ほとんどなかった。

「俺、暗算結構いけるんだぜ。それはいいや。とにかくな。俺が思うに、お前はまず三年A組の連中一同に、本当のことを白状してざんげする必要があると思う。これは決してお前を吊るし上げしたいからじゃねえ。そんなことしたってなんになるっていうんだよ。もうあと一年もねえんだぞ。それにな、この中学卒業しても、片岡、お前青大附高進むだろ。このままずうっと、『下着ドロの過去を隠しつづけたとんでもない男』っていわれるよりも、『きちんと禊を済ませて生まれ変わった男』と思われるのとどっちがいいんだ? どんなに隠してたって、あのことはみんな、噂で耳にしているし、ずっとこのままだと陰でこそこそ言われるわけだ。そんなの、はっきり言って、切ねえだろ? そうだろ、片岡」

 青大附高なんてどうでもいい。周平のことだけを思い浮かべ、頷いた。

「だろだろ。だからだ。俺がひとまず、修学旅行前にうまくざんげの時間をこしらえてやる。その時にきっちり、けじめつけろ。まずは野郎連中にだ。女子も人間だ。話せばわかってくれるさ。もちろん、西月もな」

 ──そうだろうか。  不安がよぎる。かばんの中に西月さんの分身がいる、そんな気がするあられの袋。

「あの女、ほんっと単純だから、『片岡くんって男らしい!』とか言って、すぐ俺のことなんか忘れちまうよ。まあお前が惚れている相手だしあまり悪口言うのはやなんだけどな。西月、どうやら男子には、王子様願望あるみたいなんだ。ほら、知ってるだろ。俺たちが最初で最後の共演となった、評議委員会のビデオ演劇『奇岩城』。あん時なんてなあ、たぶん片岡だったら気絶しそうな感じで甘えた声だして『ルパンを撃たないで〜!』とか言いながら、抱きつこうとしてきたんだぜ。王子さまなんて俺にとっちゃあ、こっぱずかしくていけねえや。お前だったら正真正銘、王子さまになれるだろ? お姫様には毎日、百日間、ばらの花を持っていかねばならないなんて、ふざけるなよって感じだよなあ。俺には出来ねえよそんなこと」  

「ばらの花?」

 百日のばらの花。意味不明だ。天羽もあきれ調子で続けた。

「俺たちがなんとなく付き合うってことになった頃だったな、小野小町と深草少将の恋の話、ってあるらしいな。それを古文の授業で聞きつけたらしいんだ。深草少将って悲惨な奴だったらしいぞ。小野小町が深草少将にとんでもない条件を出したんだと。百日間通い詰めることができたらOKするって言ったらしい。で、くそまじめな深草少将は九十九日間通い詰めた。がしかし、あと一日ってとこで風邪引いちまっていけなかった。ジ・エンド。これはなあ、なんかなあ、男として許せねえことだよなあって思うが、女子ってのはそういうのにロマンチックを感じるらしい。西月もそうだったんだ」

 ──百日、通うのか。

 古文の授業はほとんどわからなかったので聞き流していた。司は思いっきり後悔した。

「で、西月はたまたまふたりで花屋に出かけた時に、いきなりばらの花を指差した。なんて言ったと思う?」

 わかるわけない。

「『私、小野小町のように、ばらの花を毎日、机の上に置かれて思われてみたいなって思うの』ってな。いかにも、俺にそれやれよって、言わんばかりにな!」  ──別にそんな怒ることでもないと思うけどな。

 単に西月さんの憧れを語っただけなのではないだろうか。司にとってはそうとしか思えない。

 なんで天羽がそこまで激昂するのか、理解できなかった。別に西月さんは天羽にそうしてほしかったわけではないのかもしれない。たまたまばらの花が好きで、たまたま小野小町の話を思い出して、ほんっとにたまたま、深草少将の恋物語に感動して、というただそれだけなんじゃないだろうか。

「俺は悪いが、押し付けがましいのは大っ嫌いだ。まあ俺の立場としては、簡単に西月を怒鳴りつけるわけにはいかなかったし、それなりにその場をごまかした。けどな、お前がもし俺の立場だったらどうしてる? 一言怒鳴ってやるのが筋だろ?」

 天羽は同意を求めている。裏切ってやりたくなった。

「いや、それなら僕は、ばら、買ってあげる」

 問題は毎月三千円の小遣いでどう対処するかということだけだ。

「へ、お前、本気で買う気になれるのか?」

「だって、ばらが好きなんだったら」

「けど百日もだぞ、三ヶ月以上だぜ」

「一日一本だったら、それほどお金もかかんないと思う。いざとなったら、その辺のきれいな花を摘んで持ってってもいい」

 しばらく天羽は口をあけたまま、目を泳がせていた。

「片岡、お前、どうしてもっとしゃべらねかったんだよ。お前ってさ、あんなへまやらかさねば、もっと人生、明るく楽しく生きられる人間だぜ」


 西月さんはただ、花が大好きだったのだろう。

 司はあまり花について詳しくない。年賀状で初めて藤の花がどんなものなのか知ったくらいだ。ただ、年に二回くらい父さんが、お母さんに真っ赤なばらの花束を持ってきていちゃいちゃするのは覚えていた。結婚記念日と母さんの誕生日らしい。父さんは母さんが大好きなんだということだけはよおくわかった。女の人はきっとばらの花が好きなのだろう。

 ──そうか。西月さん、ばらが好きなんだ。

 ばらの花が届くと母さんは、めったに使わない真っ白い花瓶を持ってきて、背を低めにたっぷりに生けた。ばらには刺があるはずなのだが、お花屋さんで買ってきたものにはなかったので不思議だったことを覚えている。学校で「ばらには刺があるなんてうそでーす!」と言い放ち、担任の先生および女子たちに顰蹙を買ったという、情けない思い出も残っている。

 ──九十九日通い詰めた人、気持ち、わかるな。

 もし小野小町が西月さんだったとしたら。自分が深草少将だったとしたら。

 きっと同じことをしていた。絶対そうしていた。


「片岡、なに一人であの世に行ってるんだ?」

 肘でつつかれ、慌てて我に戻った。まだ妄想から抜けきらない頭のまま、司は思いつくまま尋ねてみた。なにせ天羽しか、西月さんに関する生情報を教えてくれる奴はいないのだ。

「西月さんが欲しがっているのは、花なのか?」

「ああ、なんか女子ってやたらと花が好きらしいよな。あと、ビーズの指輪も欲しがってたな。やっぱその次の日にな、いたしかたない事情でふたり、『リーズン』へ買物に行ったというわけだ。で、女子がやたらと好きな手芸店があったと。ビーズとかししゅうとか、家庭科の授業満載ですってとこ。そこに立ち止まってずっと西月、『ビーズで作る指輪セット』それを眺めててな、『こんな可愛い指輪、いつか王子さまから貰いたいなあ』って、また俺の顔見て言うんだぜ。前の日の深草少将事件のこともあって、さすがに俺も切れそうになったけど、やはり宮仕えのわが身、黙ってなくちゃあだめだったんだよ。ほら、ちょうどビデオ演劇撮影中だったから波風立てたくないってとこでさ」

 ビデオ演劇ということは、今年の一月頭だろう。

 しかしなぜ、天羽はそこまでいらいらしなくてはならないのだろう。

 司には謎だった 。


「あの、さあ」

 恐る恐る司は言葉を発した。

「西月さんはただ、指輪が好きなだけだったんだろ」

「はあ?」

「ビーズの指輪。手芸とか、そういうの好きそうだから」

 けっと天羽は思いっきりのけぞり、後ろの壁に頭をぶつけそうになった。

「なわけねえだろう! じゃあなんでだ? 俺の顔をじいっと見るんだ? 話の流れで、なんか俺が買わねばならねえ感じになっちまって、しかたなく俺、『ビーズで作る指輪セット』セット、買ってしまったぜ」

 がたいのいい天羽が、どんな顔をしてかわいらしい雰囲気のキットを買ったのか、想像すると司も笑いたくなる。がこらえた。西月さんに悪い。その指輪は西月さんに行かなかっただろうから。

「そのセット、捨てたのか。もしいらないなら、僕に」

 言いかけたところを押えられた。片手で「ちょっとまった」と押し戻すしぐさをした。

「俺が、本気で惚れた相手にやった。細い針金と格闘するってのも、相手が別だったらなんとかなるもんだよなあ」

 天羽が好きな相手というのは、たぶん狩野先生の妹と言われている、近江さんのことだろう。

 女子たちからはなんとなく無視をされている感じだが、男子たちとは仲がよく、たいして困った顔もしていない。いつも漫才や落語、映画の話をして盛り上がっている。今はだいぶ伸びているけれども入学当時は丸刈り寸前のたわし頭だったので、かなり強烈な印象を受けた。あまりビーズの指輪とか、ばらの花束とか喜びそうな感じではない。天羽も近江さんのことについてはあまり触れたくないらしいので、司も黙った。

 しばらく天羽は西月さんとの会話を、声音を変えながら再現した。ところどころ、むかむかするような表現もあったけれども、できるだけ冷静に語ろうとしている天羽を尊重して司は聞き役に回っていた。人によっては感じ方も代わるものだとつくづく思った。

 司がひそかに宝物にしているあの年賀状すらも、天羽にとっては胡散臭い以外の何者でもないらしい。

「なんであったらもん、クラス全員に送りつけるのか俺には理解できんぞ。そりゃあな、全ての人間に対して親切にしてやるのは大切なことかもしれないぞ。けどな、俺としては返事を書くのに困っちまうっていうのも辛いと思うんだがどうだ? 片岡、あいつに年賀状送ったのか」

「うん、うちの年賀状を送った」

 きれいなプリントがされている、父さんの店のバーゲン用の見本葉書を、桂さんにくすねてきてもらい、ところどころ訂正して送った。

「はあ、お前、本当に、天然記念物的感覚の持ち主だなあ」

 何をあきれられたのかよくわからない。

「じゃあ今日配られた、あの怪しい食い物も、お前にとっては宝なのか?」

 返事を待たずに天羽はしゃべりつづけた。

「仲のいい奴にみやげ買うならいい。けど、クラスの連中すべてが大好きな奴じゃあねえだろ。当然、いやな奴だっているだろ。どうして、そんなみんなにいい顔したがるんだ? しかも、俺にまで買ってくるんだぜ?」

「おいしかったからじゃないのか。あれ、うちでも良く注文するから」

 天羽って、どうして西月さんのことをこうも悪く解釈するのだろう。話しているうちにだんだん疲れが溜まってきた。ビーズの指輪にしても、年賀状にしても、あられにしても。もちろんばらの花にしてもだ。

「こういうふうに人を良く良く受け止めていたらお前、将来絶対騙されるぞ。まあそういう奴だってこと、こうやって話さないとわからねえからいいのかもな。かえって黙ってる方がお前のためなのかねえ」

 これ以上馬鹿にされるのもなんだか面白くない。司は無理やり話を折り曲げた。別の方向へベクトルを向けた。天羽側に身体を向け、半分のお尻で身体を支えるようにした。

「さっき言っていた、ビーズの指輪セットと同じもの、今度、教えてほしいんだ。空き箱持ってきてほしいんだ。それと、ばらなんだけど、どこの店なのか、教えてほしい。具体的にどういうものが好きなのか、僕に教えてほしいんだ」

「は、お前、今なんて言った」

 単純だけど、もう心に決めた予定を告げた。

「僕がかわりに用意するから」

 天羽の顔がしばらく間延びしてしまったように見えた。

「お前、正気か?」

「そうしてほしいんだったら、そうするから」

 こうやって思いついたものを言葉にしていくと、何をこれからすればいいのかがだんだん見えてくる。周平の部屋でもそうだった。あの時まで、司は「証」が腕時計以外、どういう風に表せばいいのかわからなかった。ただ一言、西月さんのことを打ち明けるだけで周平の構えが全部解かれていくのを、司は真ん前で見た。かっこ悪いくらい、鼻水啜り上げて泣いてしまうくらい、恥ずかしいことを伝えて、嫌われるかもしれないと覚悟していたのに、周平は受け入れてくれた。

 天羽はもちろん、周平とは違う。

 でも、司の思って見ない言葉を引き出し、何をするか教えてくれるのは、やっぱり同じだ。  しゃべればしゃべるほど、答えががっちりと固まってくる。

「そっか、よっしわかった。お前、本気なんだな」

 今度は天羽に対して、強く頷いた。

「じゃあ明日、指輪の箱……ねえかもなあ。ただ作り方の紙だけはあるかもしれねえし。それと、花屋なんだけどな。駅前の、ほらわかるかなあ。『佐川書店』の隣りにある、やたら女子好みで、ちっちゃい花屋。今の時期だと桜の枝にピンクのリボン結んでいるっていう、毛虫がきそうなほどぶりぶりな花屋。見ればわかるぜ」

 天羽は協力を約束してくれた。

「だがな、片岡」

 最後に念を押された。これも、やっぱり司は頷き以外で答えを返すことはできなかった。

「準備だけはしとけよ、修学旅行までに、けじめのな」

 ──ああするよ。もちろんだよ。

 周平の眉なし顔が天羽に重なった。外の雨はだいぶやんできたけれども、まだ霧雨が続いているようだった。背を向けて天羽が教室から出て行くのを待ち、


  司はそっと、戸口付近の西月さんの席に向かった。歴代の生徒たちがつけた傷が残っている以外、きちんときれいに使われている。桃色の座布団と、机の脇にかかった少しトーンの違うピンクの手提げ。

 やはりこの人は、花が好きな人なのだ。きれいなものが好きな人なのだ。こまやかなあられが好きな人なのだ。

 ──周平、ちゃんと、約束は守るよ。

 そろそろ桂さんが待ちくたびれていることに違いない。机の上に、想像で膨らませた真っ赤なばらの花束を置いてみた。父さんがいつも母さんに渡しているのと同じ、両腕に抱えられないくらいのむせかえりそうなほどの。   

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