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 いつも帰る時は、生徒玄関の砂利道ではなく大学側に面した雑木林を横切っていた。

 あまり同じ学年の連中と顔を合わせたくない。自分のことを知っている奴らとできる限り顔を合わせたくない。なによりも、すれ違うたびに感じる悪意たっぷりのささやき声から逃れたかった。そう思って二年間。あと一年だけ耐えればいいと思っていた。

 ──やだよねえ、やらしいこと考えてるんだよ。

 ──前科者だよねえ。

 ──近づくなって感じだよねえ。

 自業自得だとはわかっているけれども、いつまで経っても自分に押し当てられた言葉の刻印が、熱すぎる。

 司はいつものように三年A組の教室を走り出た。今日は掃除当番ではなかったから残る必要もなかった。戸を開けると丸く砂埃が舞うのが見えた。目にごみが入り、思わずこすった。涙が出てきた。

 A組の教室位置はいつも階段が近くにあった。直角に曲がりすぐに駆け下りれば大丈夫だ。他のクラスの連中とも顔を合わせないですむようにして、生徒玄関まで急いだ。一年、二年の生徒たちは幸い、司のことをあまり知らないようだったので安心して駆け下りるスピードを緩めた。自転車通学よりも、いつも自動車で迎えにきてもらうことを選んだのは、身から出た錆だ。

「あ、あの三年生さあ」

 二年靴脱ぎ場のあたりで、どろりとした言葉を聞く。

「有名じゃん」

 ──有名か。そうだよな。

 司はスニーカーを取り出してあわただしくかかとを押し込んだ。こういう時に限ってうまく収まらない。足に合わなくなってきているのがわかる。

「ほら、『迷路道』(めいろみち)の会社の息子だって」

 ほんの少しほっとしている自分がいた。少し落ち着いてつま先をとんとんさせた。

「えっ、すごいっ! 超、お金持ちって奴?」

「うちの学校にそんなお金持ち、いたっけ?」

 自分がすごいわけじゃない。父の仕事なんだから関係ない。はっきり言ってそれすらうっとおしいのだけれども、二番手のことならば別にかまわなかった。司はそれ以上の噂がささやかれないうちに駆け足で生徒玄関を出た。すっかり盗み聞きしていたのがばれてしまったろう。いや大丈夫だろう。両方の声が聞こえてくる。司は耳をふさいで、たぶんこれから下級生たちの声でささやかれるもうひとつの事実を、聞かないことにしようと決めた。

 ──あの人、一年の時、女子の下着ドロやったんだよ。お金持ちの親がお金出してうやむやにしたらしいんだよ。最低だよねえ。


 桜がまだわずかに残っていた。一部、赤黒い種のようなものが、散った花の跡にくっついているのが見える。明日からゴールデンウイーク初日だ。一日飛び石になっているけれども、父に頼んで学校を休ませて貰うことにした。A組を周りでは「縁故クラス」と言うけれども、こういう融通が利くところはメリットだ。司だけではない。詳しく聞いていないのでわからないが、ゴールデンウイーク中は海外旅行をする人もいるという。

 ──似たようなものか。

 腕にごついデジタルの腕時計がはまっている。中学入学の時、父が買ってくれたものだった。あの頃は派手でかっこいいと思っていた時計だった。普通に時刻を見るだけではなく、ライトを照らすこともできるし、簡単な電卓もついている。さらにアラーム機能は五種類くらいの曲を選ぶことができる。司の知っている限り、二年前は最先端といわれていたものだった。何度も曲を変えて、小学校の頃の友だちに聞かせたりして喜んでいた自分。みんなに見せびらかしてはしゃいでいた自分。小学校の卒業式に、わざと腕が見えるようにころんだりしていたいやらしい自分。

 ──壊したい。

 ふと、そんなことを思った。

 決していきなりというわけではなかった。

 何度かコンクリートの上に叩きつけてみようと手を振り上げ、大抵そこで留まってしまう。防水加工はなされているので水につけてもどうしようもない。いっそ捨ててしまえばいいのだ。腕から外してしまえばいいのだ。わかっている。簡単なことだ。

 司は砂利道の側に立っている、白樺の木に手を当てた。

 桜の陰にちらちらしている、白い樹皮に触れた。死人の肌ってこんな感じなんだろう。自分も死んだら、きっとこんな感じになるのだろう。  ──うちのじいちゃんの顔に似ている。

 ──うちのばあちゃんの顔にも似ている。

 今頃は二人とも病院で、感情をほとんどあらわさない木の顔をして、ベットに横たわっているだろう。

 明日から過ごす、あの家の近くにある病院だ。


  いつもだったら迎えに来てくれる車が、まだ来なかった。決して司が好き好んで家と学校の送り迎えをしてもらっているわけではなかった。ふだんだったら自転車で帰るのもありだった。タクシーだったら絶対に使わないですむ距離だった。ブレザーのポケットに手を突っ込み、司はミントガムを取り出した。銀色の紙をはがして、口に放り込んだ。くちゃくちゃやっていると、なんとなく、クラスの男子たちと同じことをしているように思えてきた。みな、校則では食べ物持込禁止なのに、ちょこちょこと飴玉もっていったり、ガムや煙草を隠していたりする。縁故クラスのA組だけど、こういう時だけはきっちりと、ずれているのだと主張しているかのようだった。表立って司は出来なかった。だからこういうところでこそこそする。所詮、自分はこそこそ男なのだと思うと、滴るつばもおいしくない。

 外の風が、青葉を揺らし、しゃららんと鳴らした。

 あまり人通りのないこの場所を、毎日の迎え場所にお願いしたのは司の方だった。

 誰も通らない、誰にも気付かれない。安心して、一人でたむろうことができるから。  

「おい、片岡」

 誰かの呼ぶ声がした。男子の、ややかすれた声だった。まだ咽にいがいがが残っている。

 司はあたりを見渡した。白樺林の向こうから、砂利道の奥、真っ正面の校舎の影にかすかな人影がうろうろしているのを見つけ、思わず腹がむずがゆくなった。声はまだ小さかったけれども、相手の姿が近づいてきて、大きく輪郭をふくらませてくると同時にどんどんでかくなる。司はもう一度逃げ場を探した。あきらめるしかなかった。

 同じクラスの天羽あもうだとは、すぐに気付いていた。

 全くクラスの連中とは話をしない司でも、相手の声質で誰かを見極めることくらいはできた。

 天羽がA組の評議委員だということも、三年間同じクラスで顔つき合わせていたら説明するまでもないことだった。そして、今の司にとって一番腹立たしい相手であることも。それを口に出せないことも。たぶん天羽には気づかれていないだろうけれども。


 司は返事をせずにそっぽを向いた。ちゅんちゅか雀が鳴いているのを聞いている振りをした。ガムは噛んだままでいた。

「お前に用事があるんだって。ほら、無視するんじゃねえよ」

 司とは同じくらいの背丈だった。体育の時、整列の時、いつも一つ後ろか前だった。だいぶ刈り上げた頭を掻きながら、天羽はにかっと笑った。愛想よさげに見えるけれども、その表情が限定一名にのみ、冷たく変わることも司は気付いていた。

「ほらら、なんであっちむくの。ほら、あっち向いてホイってな」

 顎が向いている方に指を差した。ひっかけられているようでむかつく。天羽は逃げずに、司の顔を真っ正面から捉えようとふらふらカニ歩きした。

「三年間一緒のクラスで、なーんもクラスメイトらしいしゃべり方しないなんて、俺の方としてもなんかやでさ。ま、この機会だしな、ちょっと付き合ってくれよな」

 ──うっとおしい。

 迎えの車が来ないせいだ。すべてはそうだ。司はいつもなら来てくれるかつらさんを恨みたくなった。怒っちゃいけない。いつも自分のために一生懸命尽くしてくれている人には感謝しなさいと親には言われている。いつもそうしている。でも、よりによって今ってのはないだろう。

 天羽は司の肩をぽんと叩いた。仕方なく顔をしかめて見ると、また満面笑顔でいる。

 相当、明るい話がしたいらしい。

「春だよなあ。人、みな、春。まっさかり」

 ──春といえば、野球、したいなあ。

 天羽に飲み込まれないように、司は頭の中で関係ないことを考えた。さらに風がばさりと枝を揺らしていた。

「片岡、お前にも春、くればいいのになあ」

 ──だからいなくなってくれよ。僕の前から消えろよ。

 言いたいけれども言えない。司は唇をかみ締めた。次に何を言われるのか想像がつかなかった。

「今日あえてお前を追っかけてきたのには、やっぱし、わけがあるんだな、これが」

 天羽は鼻の下を人差し指でこすると、膝を両手で叩いて、さっぱりと答えた。

「お前、西月のことめちゃくちゃ惚れてるだろ。やるよ」


 天羽忠文あもう ただふみ……クラスではいわゆるナンバーワン目立つグループに所属し、やたらとバラエティー番組や関西系のこてこてギャグをひけらかし、女子たちからは人気のあった男子だった。「だった」と過去形にしたのは、人気絶頂の時期が今年の冬休み終りまでだったからだ。何かのきっかけで、天羽は半分以上の女子を敵とし、顰蹙かいまくりの男子扱いされるようになってしまった。もっとも天羽の場合、たったひとり気に入った女子がいれば、それ以上求めるものはないらしい。男子グループの場合、女子の評価はそれほど関係ない。男子中心に活動していれば特別問題はない。

 司はもともと女子はもちろん、男子とも交流することがない。「ほとんどない」のではなく、全くないのだ。自業自得だとは心得ているけれども、天羽のような奴を見るたびにひりひりと心がささくれるのはやっぱり、ジェラシーだろうか。自分でも感情の動きがわからない。しかし、なんで天羽は司にいきなり近づいてきたのだろうか。わからない。

 口を滑らせないように、司は目をそらし天を見上げた。見知らぬ白い鳥が翼広げて飛んでいる。

「とぼけたって無駄だよん。ほら。二年の時、お前席の向こうからずうっと、あいつのこと見つめていただろ。男子連中みんなお見通しだったんだぜ。ま、俺が黙らせておいたからあまりからかう奴いなかったけどさ。西月も気付いていたのかなあ、ようわからんぜ。ま、嫌いというわけではなかったろうな。女子の中で唯一、お前にあいさつしていた奴だしな。希望はあるだろうよ」

 ──一人でくっちゃべってろ。

 思い当たる節がない、立ち去れ、そう怒鳴りたかったけれどもできなかった。

 思い当たる節がありすぎる。

「西月もよく言ってたぜ、『片岡くんが下着ドロをしたっていう証拠、どこにあるの。証拠がないのに悪口言い合うなんて最低よ』とか言って、俺、しょっちゅう怒られたなあ」

 いつも聞いている声が蘇る。自然と心臓が反応する。

「まあ、証拠そのものは俺たちにはわからないままだなあ。噂だけが飛び交っている今日この頃、お前が黙っていたらこの問題はあっさり片付くさ。二年前のことをいきなり持ち出す気なんてない。だがなあ」

 天羽は笑顔をそのままにして、砂利を蹴った。

「片岡、お前、しんどくないか? このまま、嘘ばっか、通すのってさ」

 あくのない、きゅっとした笑顔だった。司には全く読み取ることのできない天羽の真意。決して言葉を出さないようにしようと心に決めるのが精一杯だった。


 嘘だとわかっていたら。

 濡れ衣だと頷くことができたならば。

 天羽に何十発もこぶしをお見舞いしてやっただろう。

 天羽を思いっきり罵倒してやれただろう。

 そうしたいことは山のように心の中に溜まっている。火を噴きたい。

 でもできないのは、すべて本当のことだから。嘘だと言えないから。


 腕の時計が重たく感じた。司はボタンを数回押して、もてあそんでいる振りをした。

「まあいいっさ。今日は一応俺なりの挨拶だ。けど俺は、この三年間お前を教室の中で孤立させたくはねえよ。そりゃあお前の噂は女子からしたらそりゃあやだろうって思うけどな。もう二年だろ。なんであんなに女子が恨みがましいことするんだか、腹立つぜ。たとえお前がしたのかしてないのか、そんなことは正直なところ、どうでもいいぜ。片岡、お前も噂さえ邪魔しなければ、真面目でいい奴だと思うしなあ。もっと人生、すっきりしたっていいだろう? だから俺としてはお前を三年A組のクラスメートとして、一緒に笑顔で卒業したいってわけなんだ。ま、これから少しずつ話していくから聞いてくれよな」

 ──聞きたくないって言ったらどうするんだろう。

 すごむよりも笑顔の方が暴力的だと感じたのは初めてだった。

「あのな、俺と西月が付き合っているとお前、思ってただろ?」

 天羽は切り出した。しゅくっと、心臓あたりの筋肉が引きつった。

「そうだよなあ。ほとんどの奴みな、そう思っていたよなあ」

 ひとりごちた。今はとてもだけどそう思えないけれども、二年の冬休み終りまでは司もそう信じつづけていた。いつも天羽の側で明るくおしゃべりして、笑い声もはじけていた西月小春にしづき こはるさんを思い出し、今度は首筋が痒くなった。襟足を掻いているとまた、天羽がにやにやする。あいつの言葉を認めたことになりそうで、慌てて手をぶらつかせた。

「事情はあんまり言えないし、俺が悪いけど、早い話、俺、西月よりも別の子にフォーリンラブ状態なもんで、今、ああいうことしてるってわけだ。ほら言うだろ。変な情けをかけるよりもきっちりと態度をはっきりさせた方がいいってな」

 ──はっきりさせすぎだろ?

 天羽の言う「態度をはっきりさせた」ことによって、西月さんが毎日うつむいて、それでも天羽の前では懸命に笑顔を作って話し掛けているところを観ている。くやしいくらい毎日観ている。そして即座に跳ね返し、

「近寄るんじゃねえ! あれだけ言ったのにまだわかんねえのか!」

と、女子の中では西月さんにだけ罵声を浴びせていることも。司は何度か見ている。西月さんが廊下で、一部の女子たちに囲まれて涙をこぼしているところを。

「天羽くん、何が気に入らないのか、わかんない」

とつぶやいてしゃくりあげているところを。男子の前では見せないようにしているのだろうが、司はたぶん男子のうちに入っていないのだろう。女子たちがバリケードをこしらえて、西月さんを守っていた。

「ま、俺のことはどうでもいい。一応は一緒に評議委員やってきた相棒だったんだ。俺もひどいことしているなあって思う。けど、俺の本音としてもまあああいうもんである以上、しょうがないってことで」

 ──しょうがないって、あんなにプライドずたずたにすることないよな!

 自分のやらかした罪が、本当に腹を立てたい時に邪魔になるなんて、もっと早くわかっていたら。どうして自分はあんなことをしてしまったのか。言いたいことやぶつけたい言葉をすべて飲み込んでしまう、「下着ドロ」の記憶。大きな風呂敷が司の言葉を全部包み込み、いじけた風な態度だけ取らせてしまう。

「そんなびくびくすんなって。ま、俺も西月のことはそれなりに知っている。やたらとクラスのために尽くしたがっているところとか、A組の縁故クラスという名前を打破しようとか、『評議委員』としてはまあよく仕事してくれたって思う。評議委員会でも俺、すげえ周りの女子からは文句言われてしまったしな。ただ、俺に対してだけ、あそこまでしつこく追っかけてくるのは勘弁、ってとこでもあるんだ。お前も男だったら、わかるだろ?」

 ──しつこいなんて、そんなことないだろ?

 司からしたらひたむきに、天羽から何を言われても気にしないように振舞っているようにしか見えないのだが。もっとも西月さんだからこそ、司はその行為がいやらしく感じないのかもしれない。懸命にノートを取っているところ、天羽が苦手な数学の問題を何気なく「これ、よかったら使ってね」と解いて渡しているところとかを観ているたび、あれはいいなと思ったりもする。思うだけだ。口には出さない。

「俺、思うんだけどな。たぶんあいつは、俺に振られたってことが悔しくてなんないんだろうって思うんだ。クラスの公認カップル扱いされるように俺が振舞ってきたのは確かにまずかったって思う。けど、もう俺にその気がないのに、そんなことするのは偽善だろ? だから俺としては、きっちりとけりを付けたい。俺なんかよりもずっといい奴がいることを、きっちりとあいつに伝えたいんだ」

 司を笑わずに見た。

「片岡、考えてみてくれねえか。もしお前が本気で西月のことを好きならば、俺は全面的に協力するぜ。西月だってきっと、自分のことを本気で好きだって思われていたら気持ちもなびくさ。言っちゃあなんだけど、お前頭もそれなりに悪くないし、ルックスもいけてるし、運動もまあまあだし、あの事件さえなければお前、十分女子にもてもてになっておかしくないんだ」

 いきなり絶賛するのは止めてほしかった。今度は唇のあたりが痒くなる。

「あの、事件をけりつけて、三年A組の中にちゃんと収まって、そこであらためて西月に言っちまえよ。たぶん西月も、お前に毎日挨拶欠かさないってことは嫌いではないってことなんだからさ。俺は金輪際西月を受け入れる気はないし、お互い不毛なことするのもいやだからさ、ここで片岡、お前も男ってところ見せてみろよ。俺も、男子連中も、全面的に応援する」

 肩を両手でがっしり捕まれ、軽く揺らされた。

 何も言い返せなくて、司は「じゃあな」と手を振る天羽の背を見送るだけだった。


 迎えの車が到着したのは、天羽の姿が消えた直後だった。砂利道をしゃりしゃりと鳴らして黒塗りのベンツが到着した。運転している桂さんに司は思いっきりいらだたしい視線を投げつけた。 かちっとしたカーキ色のブレザーが似合わない桂さんは、窓から顔を出して叫んだ。

「ほら、司、早く乗っちまえ! 駅前でラーメン食ってくだろ!」

 お坊ちゃまに仕える専用の家庭教師とは思えない言葉遣いである。司は唇を尖らせたまま、車の後ろ座席をちらっと覗いた。きれいに片付けられているシートの上には、バットとグローブ、バトミントンのラケットなど遊び道具が一通り揃っていた。

「マヨネーズ入りの納豆ラーメン食ったら、これからまっすぐ、行くからなっ!」

 社長子息を迎えにきた家庭教師兼教育係の桂清かつら きよしさんは、当然、助手席の扉なんて開けてくれなかった。思いっきり音を立てて閉めた後、司は一言、「なんでもっと早くきてくれなかったんだよ!」と怒鳴りたかった。でも、桂さんににやっとほっぺたつままれて、頭をこづかれ、

「今日は牛乳も入れて食ってみような、さ、行くぜ!」

といわれると、なんだかどうでもよくなった。

 ──桂さん、ゲテモノ食いだもんなあ。

 長髪を後ろに束ねて黒ブチめがねをかけている、いかにも「売れない漫画家」といったイメージの桂さんは、鼻くそをほじりながらハンドルを握り直した。

「さ、司、なんかあったのかよ。しけた面してるなあ」

「桂さんが遅くきたせいだよ!」

 わがままかもしれない。言っちゃいけないとわかっているけど。社長子息のわがままじゃない、ってわかってくれるのはこの人だけだった。

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