「噂の男」
「噂の男」
寝不足だ。
安楽島琥太郎は、ライクニックの街の市場を一人、欠伸をかみ殺しながら歩いていた。
昨夜も、アスビーの話に付き合い
偶然を装おって来たヨミに、ノーチラスと共に追い回され、
日が明るくなるころ、ベッドにダイブした。
最近、キャトルは屋敷に戻らない。
何でも、アスビーの使いで隣国まで足を伸ばし、
その帰り道で、ちょっとした騒動に巻き込まれ。
詰所に入り浸りになっているらしいと、飲み仲間の騎士アレンから聞いた。
まったく、お前のせいで眠れない夜が続くというのに・・・
サディスティックな、二人と一匹を抱える屋敷で、琥太郎は命がけの闘いをしているというのに
主に付き合うのはいいが、
あの、狐!
字のとおり、俺を毎夜毎夜、襲ってくる。
先日は、主に聞かせていた怪奇譚にイチャモンつけて、罵倒し、
つい先日は、眠る主に夜這いかけようとする、俺に魔法を撃ってきたり、
つい、3日前は、起きてる主に夜這いかける、俺を縛り上げて、庭に放り投げる。
昨夜は、主のコーヒーに、親しい友人から貰った媚薬を混ぜようとするのを見破られ
ノーチラスに跨がり追いかけ回された。
まったく、何故こうも俺が責められなければならないのだ?
何もしてないというのに!!
不埒な従者のせいで。キャトルのいない屋敷に、アスビーを守るため来ているヨミを憎ましく思う琥太郎。
琥太郎は、珍しくも騎士の詰所を目指していた。
キャトルの様子を伺うのと、
媚薬をくれた、友人に結果報告に向かうために。
琥太郎が普段、詰所に近寄りたくないのは、バラクがいるためである。
娘に、さんざんなセクハラ行為をしている琥太郎をバラクは、一目見ると、本気で殺しにかかってくる。
まったく、何故こうも俺が・・・
(以下略)
今日は、バラクが非番である。
5年ぶりに会う妻が近くに来ているとのことで、この街にいない。
大変な両親を持ってるのに、キャトルは良い娘に育ってくれたなぁ。
と謎の感慨を想う琥太郎は、騎士の詰所へとさしかかると、
何やら、詰所が騒がしい。
「また、逃げたぞー!」
「捕まえろー!」
「くそ! 偽者だ!」
と何やら喚いている。
騒がしい奴等だ・・・平和ボケしているのか?
琥太郎が詰所の前へ着くと
数人の騎士が、飛び出してきて、街へと駆け出す。
「おいおい、何だってんだ?」
すると、一人の騎士が、琥太郎を見つけると足を止めて近寄ってきた。
童顔で可愛らしい顔、
オレンジ色のおかっぱヘアーの小柄な騎士。
ああ、女なら美少女なのに・・・
いや、女装させればイケるか・・・
そんな、邪な考えをしているとは露知らず騎士は琥太郎に駆け寄ってきた。
「よ、ジーノ。何騒いでるんだ?」
ジーノと呼ばれた中性的な騎士は、肩で息をついている。
「はぁはぁ・・・琥太郎さんこそ、何してるんですか?」
「俺は、団長の居ない間に娘を襲いがてら、ハーパーに会いに来たんだが・・・大丈夫か?」
「大丈夫です! ・・・ちょっと、厄介な人を囲ってまして・・・」
「ふーん・・・その厄介な人って、男?」
「はい、不思議な風体の男で、どこから来たのかも、わからず自分は異世界のサム・・・」
「あっそ、がんばってくれ。」
男に興味がない、琥太郎はジーノとの会話を止めて詰所へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと! 聞いといて、そんな!」
「ほら、早く追わないと。騎士様。あとで、ヨミのセーラー服やるから、ほら行った!」
「いりませんよ! あぁ、もう。ハーパーさんは、2階の事務所にいますよー!
あと、キャトルさんは、疲れて御休みなので、ちょっかいかけないでくださいねー!」
そういい、走り去る茶化しがいのある友人を見送ると
詰所に入り、
脇目も触れずに
キャトルがいるであろう仮眠室を目指した。
占いの館。
その、主である、ヨミは今日も元気に仕事をしていた。
「ソレデハ、ヨミサマ、コレニテ。」
「おおきにー。」
ヨミは、全身黒ずくめで、片言で喋る見るからに怪しい男から、封筒を受けとる。
男は、何処かへ消え去っていた。
ヨミは、鼻歌まじりに封筒を空けると
中からは大量のダイヤモンド。
「本日も良い稼ぎやなぁと。」
ヨミは、ダイヤを、いつも持ち歩いている袋にしまい、その足で棚を空け、コーヒーミルを取りだし豆を挽く。
ご機嫌に、今日の予定を考えながら
今日は、またアスビーのところに行って、
ノーチラスに餌をあげて、
アスビーの御茶して、
アスビーと、お話して、
アスビーの手料理を食べて、
小僧を、殺して、
お泊まりしようかなぁ・・・
何事も計画してるときが楽しいのだが。
1日の、たのしい計画をたてている主に訪問者が、
館の扉をノックする音。
ヨミの耳がピクンと動く。
誰や?
今日、占いの"方は"やってへんのに。
closeと、いう文字が見えないのか?
ヨミは、来訪者を取り敢えず無視することに、
コンコン・・・
コンコン、コンコン・・・
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン・・・
「うるさいなぁ。いま、出たるわ。」
不機嫌な主の足音が聞こえたのか、ノックが止む。
ヨミが、階段を下り、玄関の扉を開けると男がいた。
青い髪を頭のテッペンで束ねた、茶筅髷の男。
男の瞳がヨミを見つける。
「おや、お主は・・・」
「・・・誰や?」
ヨミは、記憶を漁りつつ、右手に魔力をこめる。
「ほんまに、知らんで童。勝手に人様の家にあがって何しよう言うんや・・・」
ヨミは、 階下の男を睨む。
右手は赤く光りを帯び、いつでも放てる。
男は、ヨミの顔をじっと見る。
「んー・・・おかしいのう? 確かにヨド様に似とると思ったんじゃが・・・」
「なんやて・・・」
ヨミの気が言葉に反応し昂り、屋敷全体を包む。
髪は、金色を、逆立て。
全身に赤い魔力を纏う。
瞳を真っ赤に染め、射殺すかのように男を睨み付ける。
「下郎・・・なぜにその名でうちを、呼ぶ?」
「うぬ、"夢"で見た女子とそっくりであったのだが・・・すまぬ!」
男は、突然、ヨミに頭を下げる。
ヨミの気が少し弛む。
「お主は、狐様であったんじゃな! それを、人間と、間違えるとは失態じゃった! このとおり、許してくだされ!」
男は、頭を地にすり付け、土下座をする。
ヨミは、完全に気を削がれ人の姿に戻る。
ヨド・・・
うちは、何百年も前にそう呼ばれていた・・・気がする。
ここに来る以前の記憶は、召喚の際にゴッソリと抜け落ちてしまった。
必死に覚えてる範囲で、その頃の記憶を漁るも、この男には覚えがない。
それに、この男があの世界の住人にも思えない。
日の本の侍を似せた風体だが、真っ青の髪の毛に違和感がある。
「お前、何者や?」
男は、頭をあげヨミに目を向ける。
「ワシの名前は玖礼じゃ!
高明な占師であり、裏の武具に精通するというヨミという女子を求めて参った者じゃが!
お主が、ヨミ殿であるか?」
「そうや、占師であり、武器の売買もしておるヨミやでぇ。」
先ほど黒い男に売ったのは
爆発魔法を溜めた石。
あれを、使えば誰でも爆発魔法を使えるというもの。
ヨミは、占師をする傍らで様々な武具のバイヤーもしていた。
もちろん、ご禁制の代物も操るためアスビーを初めとして"表"の人間には知らせていない。
「そうじゃったか! 先走った、無礼をお許しくだされ。ヨミ殿。
ここ最近、騎士どもに追われて切羽詰まっておったのじゃ。」
「ほうほう、では、お前が最近話題の奇天烈男というわけやなぁ。」
アスビーから、奇妙な男が騎士の詰所に捕らわれている。という情報を得ていたヨミは、納得する。
うちや、小僧ならともかく、この世界の人間には理解不能やろなぁ。
言葉遣いから、服装、それに腰に下げた刀。
ヨミがジロジロと玖礼を物色していると、
「早速で悪いのじゃが、ヨミ殿、聞きたいことあるんじゃが。」
挨拶も自己紹介も済んだ途端に玖礼は、ヨミにズカズカと、寄ってくる。
ヨミは、一瞬身構えるが
玖礼から、何か心地のよい香りがするのだ。
ヨミが不思議に思っていると、
玖礼はヨミの手を握り、
「ヨミ殿! "妖刀"の事に関して何か知らんじゃろうか?」
ヨミは、眉をしかめる。
合点がいった。
この玖礼と名乗る男、
"妖刀"に魅せられておる。
「知ってはおるよ。そいうか、知らん訳無いやん。このイディオンで、武器を扱うものならなぁ。」
「そうか! では、"妖刀"を呼ぶ方法も!」
「玖礼や。・・・純粋やなぁ。その純粋さ、
危険やで、もう、"夢"まで見とるなんて。」
「ん? どういうことじゃ?」
「玖礼。どこまで知ってるんや? あれの事を。」
「"妖刀"についてか」
「あまり、そう呼ぶでない。」
「うぬ、すまぬ。
ただ、ワシが求めるアレは、とてつもない力を持った伝説の刀じゃと言うことじゃ。」
「・・・」
ヨミは、玖礼を見る。
これまた、面白い男を見つけたもんやなぁ。うちは。
ヨミは、玖礼の腕を優しく解くと、微笑んだ。
「玖礼や、もしかしたら、あんたの欲しいもん手に入るかも知れんでぇ。」
「ほんとうか!」
玖礼は、喜びに身を震わせている。
この男は、ずっと、"妖刀"を探してたんやなぁ。
芳ばしい妖しの、匂いがぷんぷんするやん。
ヨミは、その匂いを好む。
自分の故郷の香り。
ヨミは、玖礼に抱きつき
その胸に鼻を寄せる。
「よ、よ、ヨミ殿、な、な、何をしてるんじゃ・・・?」
玖礼は、胸におさまった美少女にドギマギしている。
どっかのくそ、小僧と違い
うぶで健気な男子やないかい。
ヨミは、玖礼の香りから名残惜しそうに、離れ妖しく笑みを浮かべる。
「玖礼、着いてきぃや。
"妖刀"のスペシャリストに会わせてやるよぅ。」
ヨミに、手を引かれるままに玖礼は、館を後にする。
不思議と悪巧みのヨミ。