「微動なリビドー」
2018年、初投稿です。
今年も宜しくお願い致します。
「微動なリビドー」
私は誰の子供であるのか。それを確かめる方法は2つある。
1つは父の書斎に埃を被った状態で掛けられている1枚の肖像画を見ること。
そしてもう1つは、こうして"想い"出すことだ。
私の"視線"を抱く女性。朱色の毛先を耳にかけ、私の視線をあやす陶磁器の様な指先も。逆光で顔の輪郭がボンヤリとしか見えないが、その中で輝く2つの金色の瞳。
______エルザそっくりだ。
小さい頃から幾度も、お母さんに似ていると挨拶がわりのように言われた言葉に嫌気がさすこともあったが。
私、アスビー・フォン・ライクニックを創る素。私を産み落として死んだと聞く、今なお記憶の中だけに生き続ける母の面影を夢見るほどに愛しているのだと想い描くのだ。
ボンヤリとした輪郭に浮かぶ金色が細まり、その少し下にあるおそらく口であろう。
それが上に、横に、中心に、横に、中心に。
5回動く。
私がめったに口にしない5文字の言葉。
本当に私はこの人から産まれてきたのだろうか、慈愛、賢母そんな印象を瞳から感じさせられる想い描く母。
私も子を産めば、こんな瞳をするのだろうか?
そんなつもりは毛頭ないが・・・
細い指が私の鼻をつつく。
しかめっ面をしていた私を見て、その指は私の鼻をこしょばすようになぞる。
そんな顔をしないでアスビー。
そう言われているように______
指のむず痒さからも逃れるように私は目を覚ました。
重い・・・。
何かが乗っている?
現実の私の上に。
パチリと目を開けば、まだ夜のようだ。
蝋燭も消え、薄暗い天井を見上げ、視線を下ろすと。
眠る私に股がるようにベッドに立つ誰かがいた。
暗さでその顔までは識別出来ぬが、誰であろうとも眠る私の部屋に無断で入り、そしてあろうことか寝台にあがる者を許すわけにはいかない。
「ライトニング!」
何かしらの怪奇か、私の身を狙う間者か。
どちらか知らぬが、身の程知らずめ! その首を切り落としてや・・・
出ない。
魔力が、雷が。
湧かない、私の身に宿す力が全く。
詠唱をしたというのに、私に股がる者に雷が伝わっていない。
どういうことだ、少々混乱するが、取り合えず無礼者を蹴り落とそうと、身を起こし拳を固め振るうが。
私の手は掴まれ、逆にベッドへと押し倒される。
「っ! ・・・貴様!」
ベッドに磔にされながら身をよじる私を見下ろす者。
その顔が私へと近づき、ボンヤリとしか見えなかった顔が浮かび上がる。
「・・・琥太郎?」
予想していた中ではマシ。
私を襲う怪奇でも、間者でもなく。
私を慕い、守る従者が私に股がり、腕を掴みあげているのだ。
しかも服を纏っていない。
正確には上半身を外気に晒し、私の足を挟み込む下半身は着ているようだが。
格好はいい、どちらにしろ我が従者は何をしでかしているのだ。
「・・・おい、従者・・・今すぐ退け。」
「・・・。」
私の頬に液体の様なものが垂れる。
琥太郎の顔が私に近づき、その液体は琥太郎の口から垂れた涎であることがわかり。
「退けっ!」
空いてる左で琥太郎の顔面を殴打し、怯み緩んだ足で琥太郎の急所を蹴りあげる。
くぐもった悲鳴をあげた不埒な男はベッドから転げ落ち、
私もすぐに反対側に降り、魔力を込めあげる。
が、何も湧かない。
何故、何故だ。
どんなに集中しようと私の身に何も起こらない。
どういうことだ。何故、琥太郎がここにいるのか。何故、私の魔力が湧かないのか。
考えても仕方がない。
取り合えず、コイツを叩きのめさねば。
酔っているのか何かに憑かれたか。
私に対して並々ならぬ情を抱く従者だが、その情熱を律してきた男のはずだ。
私の寝所に忍び込み、堂々と襲いかかろうとするなんて考えはしているだろうが、素で実行に移すとは思えぬ。
何かに憑かれたと考えてやるべきか。琥太郎の自我を重んじて。コイツはいま操られていると考えてやろう。
そうすれば私の魔力が湧かない訳も強引だが辻褄を合わせられる。
ギラギラと汚らわしい目をし、私の身体をなめまわすように見る琥太郎。ダメージはなにようだ。
仕方がない、もっと痛めつけてやろう。
私は暗闇のなか手を動かし、常に部屋に置いてある剣を探すが。
・・・ない。
おかしい、いつも同じところに、ベッドの脇に立ててある私の剣は何処に・・・?
屈みこみ、目を凝らそうとした瞬間に、琥太郎が私めがけて飛びかかってくる。
咄嗟に地面を転がり、その手から逃れるが。
部屋の中では分が悪い。武器もなく、魔法も使えず。打撃も対して効かない状態にある琥太郎を相手取るには。
キャトルは帰っているはず。
身を翻し扉へと一直線で駆け出す私。
そのままの勢いで扉を蹴破ろうと足をあげるが、
「・・・・・・ない。」
どういうことだ、何故。
何故、扉がないのだ!
思考も身体も止めた私は後ろから、羽交い締めにする力に抵抗を出来なかった。
「っ、離せ!」
薄手の真紅のローブ姿だけの私に、琥太郎の熱が嫌というほど伝わってくる。
私の身体を決して離さんと締め付ける琥太郎の脇腹に肘を叩き込み、脛を踵で蹴るが一向に揺るがない。
「キャトルッ!」
大声で、無き扉の向こうへと声を飛ばす。
何と惨めなことか。
従者に襲われ、声をあげるなど"普段の"私には考えられないことだ・・・!
首すじを何か暖かく湿ったモノが伝った。
舌だ!
琥太郎の舌が私の首すじを舐めあげたのだ!
「貴様! 頭にのるなっ!」
肩から、私のローブの中へと伸ばそうとした琥太郎の腕をひねあげて、その腕を担ぎ、身を落とす力を利用して琥太郎の身体を宙へと放り投げる。
扉があった、今は壁しか見えぬ箇所へ琥太郎の身体は激突する。
そのまま頭から床へと落ちた琥太郎、身体を強打したのに全く怯むことなく直ぐ様立ちあがり暑苦しい程の視線で私を見据える琥太郎。
クソっ!
もう外聞も気にしてられぬか。
私は今度は窓へと駆けだし、外へと身を投げた・・・はずだったのだが。
「・・・は?」
二階から窓を突き破り、衝撃に備えて身を固めていた私の足は、直ぐに着地した。
廊下だ。
館の廊下である。
窓を突き破り、庭へと身を投げたはずなのに、私の身体は傷ひとつなく廊下に立っていた。
おかしい、あべこべだ。
まるで迷路、霧中に彷徨う若い女を追う迷宮の怪物。
「どちらにしろ、好都合だ。」
考える時間も与えて貰えぬ、私の開けた窓から続けて廊下へと降り立った琥太郎と距離を開けようと走り出す。
キャトルを探して、琥太郎がこうなっている、私が取り込まれている原因を探して。
私は月の明かりも射さぬ廊下を、ただ逃げ、駆け回るはめになるのである______