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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻 その2
64/70

「半人前の夢魔」

「半人前の夢魔」

 

 

 


 

 

 朝食は家族や友人と食べるとひとしお美味しいものだ。

 それが例え"怪奇"とでも。

 

 「いただきますっ!」

 

 「は・・・はい、どうぞ・・・」

 

 俺とキャトルはテーブルを挟み座る羊の角を生やす少女が、朝食にかぶり付く様を見守っていた。

 サキュバスは何を食べるのか。

 自身の"欲望の液体を出した"なら・・・止めよう想像するだけでカオスだ。食べるの姿を見たくない、そんな特殊性癖を持ち合わせていない・・・

 

 「ふい、ませんっ! ひのうから何も食べてなくてっ!」

 

 「飲み込んでからでいいよ。ほら、コーヒー。」

 

 「ありふぁとう、おざいまふ!」

 

 何と言うか、何と言うか。

 羊というより犬みたいだな。フォークをグーで握りスクランブルエッグとサラダ、ウィンナーを盛り付けたプレートを掻きこむ様に食べる。

 ホットコーヒーをグイっと飲み、熱かったのか舌を出しながらバケットに手を伸ばしている。

 

 そもそも羊でもないんだがな。

 

 「ねえ・・・サキュバス・・・」


 「エレノアです、エレノア・アスタロッテと申します。」

 

 キャトルの問いかけに千切ったバケットをおき、

 膝に手をおき、ぺこりと礼をするエレノアに、キャトルは何か続けようとした言葉を飲み込んだ。

 

 何で怪奇がここにいる?

 とか。

 なぜ、琥太郎こたろうの夢に?

 とか。

 聞きたいことは山ほどあるが、

 俺もキャトルも、純粋にお腹を空かせていた少女の食事をストップさせてまで聞こうとは思わなかった。心底美味しそうに食事を進める顔に、料理人の俺もとても満足である・・・

 

 「おかわりいるか? エレノア。」

 

 「あぁ! いえ! あまり食べるとお昼にお腹が空かなくなっちゃいますから・・・ありがとうございます。」

 

 ペロリとあっという間に平らげたモーニングプレートを前にエレノアはナフキンで口を拭い、

 

 「ご馳走さまでした・・・すいません。節操なく食べてしまって・・・」

 

 恥ずかしそうに目線を下ろす姿に男である俺はドキリと胸が高鳴る。

 

 「お粗末さまでした。それで・・・」

 

 「うん、それでね・・・」


 キャトルも罰が悪そうに耳をかく。

 領主の居候する館に突如、前触れなく現れた夢の怪奇・サキュバス。

 問いただし辛く、俺とキャトルは目を合わせる。

 

 「あ・・・そうですね。気掛りですよね。

 私みたいな者が図々しく・・・」

 

 「いや! そんなことないぞ!」

 

 「うん! いいんだよ! たぶん! 琥太郎が夢見てたのが悪いんだよ!」

 

 どういう理屈だよ。

 吸血鬼、ミレーナさんに対し攻撃的な姿勢をとったキャトルも、しょんぼりと項垂れる怪奇の少女を前にそんな姿勢も取れないようだ・・・

 

 「1つだけ! ・・・・・・私は断じて琥太郎さんを殺すつもりはなかったんです。

 それだけは信じてもらえませんか・・・?」

 

 「・・・殺す?」

 

 サキュバスのエレノア。サキュバスは男の性を喰らう、わりと安全な怪奇ではないのか?

 安全という言い回しも変だが、それでキャトルも軟化的な接し方をしているものだと思っていたのだが。

 

 「サキュバスが、夢に入り込むってことは、そういうことじゃないの?」

 

 「いえ・・・恥ずかしながら・・・私はまだ半人前でして・・・」  

 

 「半人前?」

 

 「は・・・はい。私はまだ未熟者でして・・・この方を殺すつもりも、殺す力も持ってません・・・。」

 

 「じゃあ、何で・・・?」

 

 優しく子供に接するように問うキャトルと、母親の折檻を恐れるように身をしぼませて応えるエレノア。

 未熟者のサキュバス。人を殺す力を持たない怪奇。

 

 「サキュバスって人を殺すのか?」

 

 「襲われてた本人が聞いちゃうわけ?

 ・・・まあ、男の子は誤解しがちだよね・・・その・・・そういう風にさ・・・」

 

 「ん? なに? どういう風にだ? 詳しく教えてもらえないか?」

 

 「ウィンド・・・」

 

 「ごめん、続けて。」

 

 恥ずかしそうにしているキャトルを追及するのに失敗した。

 

 「・・・サキュバス。

 ほんとはアスビーに聞いた方が詳しいことはわかるんだけど・・・まだ寝てるんだね。」

 

 「うん、あんな騒ぎを起こしたのにな・・・」

 

 いまだ夢の中にいる主は置いといて______

 

 サキュバス。

 人間の女性の形を取る怪奇。

 男性の夢に入り込み、婬夢を魅せることにより、性を奪う・・・

 

 これは知ってるよね、琥太郎?

 たぶん都合よく解釈しているだろうけど・・・

 

 精気を奪われるってことは、生命を奪われるってことだよ。

 サキュバスに夢を魅せられた人間は・・・死ぬのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で? 合ってるよねエレノア。」

 

 「はい・・・成人した私たちはそうやって種を増やそうとします。」

 

 血を吸う吸血鬼、性を吸うサキュバス。

 どちらも人間を餌とする怪奇。

 

 「成人するためには、一人の男性を吸い殺なければならないんです・・・そうして、力を高め初めて一人前の怪奇となるんですよ。」

 

 「つまり、エレノアはまだ処・・・」

 

 「琥太郎くん?」

 

 「はい、すいません。」

 

 「・・・・・・そういうことに・・・なりますね。」

 

 フォークを首筋に突き立てられ、俺は口ごもった。

 モジモジと身をよじり、恥ずかしそうにしているエレノアを見れただけで眼福モノだが・・・

 

 「うん? じゃあ何で俺の夢に、もとい俺のベットに入り込んでたんだ?」

 

 「・・・それは。」

 

 更に赤面するエレノアは実に被虐心を駆り立てられるが、首筋のフォークの冷たさが正気に戻してくれる。

 

 「とても、強い邪気を感じたんです・・・

 邪気というか、欲ですかね・・・ある女性を強く強く。

 とても強く求める欲が。

 私たちサキュバスにとっては強い欲望を持つ男性の夢こそ、魅力的になりますから・・・

 お腹を空かせていた私はフラフラと吸い寄せられてしまったんです・・・それで・・・」

 

 「・・・琥太郎、その女性への欲求って・・・」

 

 「寝てしまったんだよな!」

 

 キャトルがグリグリとフォークを押し付けてくるのを我慢し、言葉を遮る。

 つまり、俺が主を求める欲夢に引き寄せられたエレノアが、ついつい俺に夢を魅せようとしたということか。

 

 「・・・はい。恥ずかしいです。」

 

 「あんたのせいじゃん。」

 

 「・・・・・・なんかすいません。」

 

 「いえ! 琥太郎さんは悪くないんです! 私が未熟にも、男性の夢に入り込もうとしたから!

 慣れない力を使って・・・気づいたらウトウトと・・・」

 

 桃色の髪と遜色ないほどに顔を染めたエレノアに、俺はひたすら平謝りたい気持ちになる。

 互いにペコペコと謝りあいを続ける図は何とも滑稽であろうか。

 

 「でも、何でエレノアはライクニックに来たの?

 琥太郎の誰かを思う欲望が強すぎるとはいえ・・・そんな遠くにはいなかったんじゃないの?」

 

 「はい・・・すいません・・・それを話してませんでしたね。私、本当は占ってもらいたくて、この地に来たんです・・・」

 

 占いにこの地へ。

 俺もキャトルも、頭には今、サマーリゾートを満喫しているであろう狐様の姿が浮かんでいるだろう。

 

 「じゃあ、ヨミに会いに来たってことか?」

 

 「はい! ヨミ様に!

 未熟者ですが、怪奇の端くれである私を占ってもらえる高名な方は、ヨミ様しかいらっしゃらないので。」

 

 強調するように未熟者、半人前と繰り返すエレノアは、その度に自身を傷つけているように眉目が渋む。

 きっとそう言われ傷つけられてきたのだろうか。

 明るく、太陽の様な印象を受けていたサキュバスの少女の闇を見たような、居たたまれない気持ちになる。

 

 「・・・ヨミいないよ。」

 

 「え!?」

 

 あちゃー言っちゃったよ。

 

 「いま、旅行に出掛けてるんだよ。」

 

 「・・・そんな・・・。」

 

 いつ溢れてもおかしくないほどに顔を染め涙を溜めるエレノアに、キャトルも罰が悪くなることだろう。

 

 「ご、ごめん・・・期待を裏切らせちゃったよね?」


 「いえ! すいません! キャトルさんは悪くありません!

 私の間が悪かっただけですから!」

 

 ブンブンと手を振るエレノア、取り合えず落ち着いてくれと俺はコーヒーを注いでやる。

 

 「ありがとうございます、お優しいですね琥太郎さん。」

 

 笑顔が眩しい、流石男性を魅了する怪奇。

 それを抜きにしてもエレノアには、好かれる素質があると思う。

 守ってやりたい、手伝ってやりたい。

 そんな庇護欲を駆り立てられる。

 

 「私、占師になりたいんです・・・。」

 

 「え?」 

 

 「ヨミ様が、怪奇でありながら人の世界に留まり生きている・・・

 ちょっと聞き苦しい話しかもしれませんが・・・

 私は、サキュバスに向いてないんですよ・・・」

 

 そう言われてきたんだろう。

 心優しい、純粋で笑顔の眩しい少女は。

 妖艷で淫靡。

 男を誘惑するサキュバスたちにとっては異なるモノだろうか。

 

 「得意なんです、夢占いが・・・それだけは誰にも負けない自身があります・・・」

 

 そう張り付けた笑みで誤魔化すように頬笑むエレノア。

 

 怪奇の世界を離れ、餌とする人間の世界へと。

 ミレーナさんも言っていたが、それは非常に難しく困難な道。

 自身に力があろうとも、受け入れてくれる人間があっての話。

 

 「親に反対されました。お前は早く男を喰ってこいと。余計なことをするなと・・・それでも必死に勉強しました・・・

 きっと逃げていたのかもしれませんね。

 大人になることから、私たち種族の掟から。

 そんなときにヨミ様の話を聞きました・・・

 人間と旅をして、苦しむ人に道を授ける。怪奇でありながら人々に慕われる・・・私の憧れなんです。」

 

 本当は、金に五月蝿くて、ドSで。

 人の為ではなく自分の欲のために動く狐様だが。

 これ以上エレノアにショックを与えるのは良くないと閉口する・・・

 

 「エレノア。」

 

 俺が彼女の身の上話を、大変だなー怪奇社会も人間社会と案外似てるんだねー程度に聞いていたのだが。

 隣に座る、体育会系エルフはその程度で聞いていた訳ではないらしい・・・

 突然、立ちあがりエレノアの席に近づくと、その手を掴み上げ

 

 「頑張ろうよ! 諦めちゃダメだよ!」

 

 何処かのテニスプレーヤーみたいな事を言い出した。

 

 「・・・キャトルさん?」

 

 「なれるよ! 占師に! アタシは誤解してたよ!

 子供みたいに泣く吸血鬼もいれば、幸せを願うサキュバスもいるんだね!」

 

 「は・・・はい・・・」

 

 キャトルのヤル気スイッチは何処にあるのだか。

 自分に似せたのかな・・・離れていく才気溢れる幼馴染を追った自分と・・・

 野暮なことだから、詮索は止めよう。

 

 取り合えず話にオチがつきそうだ。

 アスビーがどう考えるかはわからないが、怪奇に懐疑的なキャトルがこんなに協力的に、親身になるのだから。

 情に熱いアスビーも応援することだろう。

 ヨミに弟子入りでもすればいいんじゃないかな?

 その時は手土産として俺も稲荷を持たせて上げることにして・・・

 

 「・・・練習させて貰えませんか・・・もしよかったら・・・」


 「いいよ! 琥太郎は自由に使っていいよ!」 

 

 ん? ん? 何で俺の名前が出るんだ?

 使っていいとか、練習とか。

 不穏な言葉が聞こえたのですが。

 

 「宜しいですか? 琥太郎さん。」

 

 「ああ、いいぞ。」

 

 何のことかはわからないが、

 美少女に上目遣いで頼み事をされたなら、即答しない男はいない。

 

 こうして"練習"は始まったのだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単純な話。

 俺を眠らせ夢を魅させる。

 その夢を覗き見て、俺を占うというものだ。

 

 「吸わないよな?」

 

 「大丈夫です! 今はお腹いっぱいですから!」

 

 それでいいのかサキュバスよ。

 まあいいか。どっちみち吸い殺すだけの力は無いと言うし、

 

 俺たちは客間に移動した。

 夢占い、夢の内容でその者の未来を占う。

 

 「目を閉じてください・・・」

 

 横になる俺の額を撫でながら、あやすようにエレノアの綺麗な声が降り注ぐ。

 甘い香りが鼻孔に入り込む・・・

 

 「何? この匂い?」

 

 「・・・花の香りです・・・とても気持ちのいい眠りへと落ちれる・・・」

 

 エレノアとキャトルの声が遠のいていく・・・

 

 二人に見守られ・・・

 

 俺は・・・

 

 眠る・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______きて

 

 

 ______お

 

 

 

 ______ろう

 

 

 暗闇の中、遠くで声が響き聴こえる。

 

 誰の声だろうか・・・

 

 聞き慣れた美しい声・・・

 

 

 

 

 ______おきて

 

 

 

 ______こたろう

 

 

 

 ______もういい

 

 

 

 彼女の声だ。

 俺が共に暮し、毎日顔を合わせる綺麗な人。

 

 俺の名を呼ぶ声が。

 

 徐々に暗闇を近づいてきて______

 

 

 

 

 

 

 「ウィンドブレス!」

 

 は?

 ちょ・・・

 

 突如受けた衝撃に眠りから強制的に覚まされる。

 

 目を開けば、逆さまに同居人キャトルがうつった・・・っ!

 

 

 「やっと起きた! 大丈夫! 琥太郎!?」

 

 「・・・・・・お前が言うか・・・」

 

 起き際に、突風魔法を喰らわせといて何を言うか・・・

 

 あれ?

 そう言えば何で寝てたんだっけなぁ・・・

 

 きれいに壁に張りつけられた俺の身体をおこしたキャトル。

 

 その後ろには、ピンク髪の少女も肩越しにいる。

 

 「大丈夫ですか!? 琥太郎さん!」

 

 ああ、エレノアだ。

 通りの良い声が夢現な頭を覚ましてくれる。

 

 そうだ、夢を魅せられてたんだ。

 このサキュバスの少女に。

 

 「すいません! 琥太郎さんの邪気が強すぎて・・・・・・魔法が上手くいかなくて・・・」

 

 「ねえ! 平気琥太郎!」

 

 「う、うん・・・」

 

 それほどまでに主を想う俺なのか・・・照れ臭いことだなぁ。


 「何か変なことはありませんでしたか!? 琥太郎さんに襲われるとか!?」

 

 「何で、俺が俺自身に襲われなきゃならないんだよ・・・」

 

 「いえ・・・見えたので・・・琥太郎さんに襲われる誰かの姿が・・・違うなら良いんですが・・・もしかして、違う人の夢かな・・・」 

 

 「違う人って・・・俺、以外に夢を見ている人なんて・・・」

 

 いた。

 一人。この館内に。

 

 未だ眠る一人の美しい女性が・・・

 

 「アスビー・・・の夢?」

 

 「え?」

 

 「いや、この街の領主で俺達の主人・・・たぶんまだ寝てるんじゃないかな?」

 

 「どこですか!?」

 

 声を荒げ切迫した様子のエレノア。

 

 「どういうこと?」

 

 「・・・おそらく・・・琥太郎さんの邪気・・・襲いかかる琥太郎さんの姿は、その方に入ったかもしれません・・・」

 

 何度も何度も邪気、邪気と言わないで欲しくなってきたが・・・

 

 「すいません! もしかしたら、私の魔法で・・・その方が悪夢をみているかもしれません・・・恐ろしく、心身を傷つけかけない・・・悪夢を・・・」

 

 しりすぼみになるエレノアの言葉と、蒼白していく顔に。

 

 俺とキャトルは、直ぐ様にアスビーの寝室へと走り出した。

 

 眠れる主を救うために______

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