「夢のアヤカシ。夢のゴトシ」
「夢のアヤカシ。夢のゴトシ」
身体が炎に包まれた。
熱。サウナに入っている時のように額から汗が伝い落ちる。
眼を開け続ける難しい量、汗を拭おうと腕をあげるも・・・
あがらない、右手に掴んだ一丁の銃。
左手に掴んだ誰かの手。
それらに阻まれて汗を拭おうことが出来ない。
俺の隣に誰かいる。
火。その誰かと辺りの木々を燃焼させて燃え上がる炎の渦中。
絶体絶命、俺たちの肉体をも燃やそうと炎はうねりをあげる。
もし、俺か、"彼女が"鳥でもない限り。二人は木炭の様に朽ち果てて崩れ去るであろう。
"彼女"。
俺は自然とそう判断する。長く、艶のある"紅い"髪。
いや、赤かどうかはわからない。なにせ炎をバックにたなびく。麗しい神々を思わせる暖色の髪なのだ。
それでも、俺は。隣に立ち、手を握りあう"彼女"の髪はきっと。紅色に違いないと断言できる。
鉄火場に立つアフロディーテ。戦場を駆けるワルキューレ。
その顔を一目見たいと願えば、
ふわりと、身体が宙に浮く。燃え盛る炎の渦から飛び立つように。
右手に掴んだ銃を落とす。
右手で"彼女"のもう片方を手を取るために。
見つめあう形で、俺たちは空を飛ぶ。
炎から産まれた不死鳥の様に。
"彼女"の顔が近くに、近くに。
禁断の果実を思わせる発色のいい林檎の唇。
その唇に眼を奪われ、かじりつく様に己の唇を近づけていき・・・・・・
______ストップ。
まてよ、これは夢だな。
落ち着け、安楽島琥太郎よ。
こういう御都合主義的展開は俺の妄想の産物ではないか?
よくよく考えてみようか、夢の中で。夢中に、霧中をかき消す様に。
何で炎に包まれてるんだ、俺とアスビーは。
アスビーだろ、たぶん。俺の夢に出てくる女性は95%が我が主だ。
そう見れば、この人。現実のアスビーよりも"スマート"じゃないな。これは俺の欲求を具現化しているからに違いないな。
さて、眠る前のことを振り返ろうか。
こんな何処とも知らない焼け野原になりつつある平原で眠ったか? NOだ。
アスビーを隣に眠ったか? NOだ。ワインを酌み交わし互いにソコソコ酔いながら、覚束無い足取りで自室のベットに向かったはずだ。
そういえば、吸血鬼一家も来ていたか。そうだ、俺は、月徒の肩を借りながら部屋に戻されたんだ思い出した。アスビーは、ミレーナさんとセラフと共にまだ、飲んでいたな。
ならば、アスビーはきっと自分の部屋で眠りについているに違いない。
・・・月徒が間違えたか。
家主が旅行中の占い館、しかも最近少し壊れ、"改装させられた"部屋の間取り。
月徒が俺の部屋を正確に覚えているわけがない。
つまり・・・
ああ、キャトルか。これ。
そうだよ、そう思えば"落ち"がつく。以前も似たような夢見で、胸を揉んでしまったな。
月徒は機嫌良くした主人とその妹に、だいぶ呑まされていた。酩酊でベットのある部屋なら何処でもいいと思い、
誰かが寝ている部屋に間違えて俺を寝かせることも有り得るだろう。
危ない、危ない。もし夢に誘われるままに口づけを交わしていたならば、怒れるエルフの騎士に、窓から殴り出されるだけではすまなかったであろう。
最近の口癖が「しんどい・・・しんどい」のキャトルならば、眠れるベットに途中から放り込まれた闖入者にも気づかずに眠り続けているかもしれない。
うん、推理完了。
やばい、早く起きねば。覚めねば。
俺が無実であるというアリバイを立証してくれる友人は、夜行性の主人たちと共に家路についているに違いない。
もし、キャトルが何も知らずに目覚め、隣で眠る俺を見たならば。
俺が自分の意思で、キャトルに夜這いをかけたと誤解されるのも必然。
もう一人の真実の証言者になりうる主も、きっと夢の中であろう。
詰んでいる。俺は全くの潔白なのに。どう言い訳を述べようとも聞く耳を持たれない状況が出来上がっているに違いない。
覚めろ。
覚めろ、覚めろ、覚めろ!
嫌だよ! 理不尽な折檻なんて!
俺は、喜んで同居する女性からの暴力を受け入れるほど、歪んだ欲求はない!
だから、覚めろ!
覚めろ! 覚めろ! 覚めろ、"夢"!
眩しい朝日に、目が開かれた。
・・・覚めた。
簡易なベットに眠る安楽島琥太郎の眼前には見慣れた天上が最初に目に映る。
あれ? 俺の部屋だな。
何か、いい夢を見ていた様な気がする。詳しい内容は忘れたが。
それでっと・・・・・・そうだ。こんないい夢を見るんだから、もしかしたら"また"キャトルにセクハラをしているかもしれないと、
キャトルのベットに共に眠っているかもしれないと考えていたのだった。
なーんだ、普通のいい夢だったんじゃないか。自分の部屋で一人、見ていた夢だったなら何も心配することもなかったのになぁ・・・。
しかし、暑苦しいな。フカフカの布団なんて、この時期使うはずないのに、身体がフワフワに包まれている。
「スゥー・・・スゥー・・・」
・・・・・・包まれている。
自室の部屋。自分のベット。ヌイグルミなんて置く趣味もないのに、柔らかく暖かい感触に包まれて・・・。
シングルベットに眠る俺はクルリと首を左側へと向ける。
羊がいた。
・・・は? いやいやいやいやいや。
まだ夢なのか、これは!?
羊だ、ピンク色の羊が俺に抱きついて健やかに寝息をたてている。
正確には羊の角を生やしたピンク髪の女性。フワフワの正体は彼女が見につけるモコモコのニット服。
俺の身体を抱き枕にするように、眠る幼い女の子・・・
幼くない、童顔なだけで。左腕に当たる"柔らかい二つの脹らみ"が彼女を大人足らしめている。
末期症状だろう。俺。
こんな、可愛らしい豊満な羊少女に抱きつかれている"夢"を見ているなんて・・・欲求不満も甚だしい。
俺が身体を起こそうと身じろぎすれば、そうさせまいと、羊少女は、これまた肉つきの良い足を絡めてくる。
落ち着けーーーー。
落ち着けーーーーこれも夢だよ。落ち着け俺&俺のブラザー。
「_________おはようございまーす!!!!」
「っきゃ!」
俺は、今度こそ夢から覚めようと腹部に空気をたっぷりと送り込み、それを糧にし、大きな声で挨拶を叫ぶと同時に、強引に身を起こした。
その結果、俺に絡みついていた少女はベットから転げ落ちてしまい、
「えっ! ・・・だ、大丈夫か?」
まだ覚めぬようだ。
少女は落っこちる際にどうやら頭を打ってしまったらしく、ピンクの髪を押さえて悶えている。
「・・・大丈夫・・・です。」
涙を溜めながら俺の差し出した手を掴む少女に、夢ながら罪悪感に苛まれる。
・・・というか。もう夢じゃないよな。これ。
夢ってだいだい、細部は手抜きになるだろう。部屋は部屋でもどこか薄暗く見えたり。窓の外から俺の叫びにも近い挨拶に反応したノーチラスの雄叫びまで聴こえるなんて、そんな細かい意識が浮かぶ筈はないだろうに。
「えっと・・・君は・・・だれ?」
現実だったとして、このモコモコの羊角を生やす女の子は誰だ? なんで、ここに。よりによって俺の部屋のベットに入り込みスヤスヤと眠っていたんだ?
敵、怪奇?
羊の角を生やす少女、人間ではない、獣人かもしれないが、こんな可愛い娘を、獣人美少女が多く住まうライクニック内で見かけたなら覚えていないわけがない。
ただ、敵意を感じることはない。
未だに打ち付けた頭を押さえ、寝惚けているのか、元々なのか。フワフワとした瞳で、俺の手を取り立ち上がった少女は辺りをキョロキョロと見渡している。
「あれ? ここはどこですかー?」
「俺の部屋だよ。」
「あー・・・そうですかー・・・あー・・・」
キュートなソプラノボイスで俺の答えに曖昧な返事を返す少女。
「えっと・・・誰ですか?」
「・・・安楽島琥太郎だよ。」
「・・・安楽島さん?」
「うん。」
覚束無い足取りで辺りの確認をしようと動く少女を支えながら、何者かもわからぬ少女だが、妙に庇護欲を駆り立てられる。
「君は旅の獣人かい?」
「・・・え? 私ですか?」
「うん、俺は。安楽島琥太郎で。この館に住んでいて。このライクニックの街を、治める領主に仕えているんだよ。」
頭を打った影響もあるのか、元々なのか。見た目通りフワフワと、ゆっくり頭を働かせている少女。
「私はサキュバスです。そうだ、思い出しましたー。」
サキュバス。自分の種族を、思い出しさなきゃいけないのかと突っこみを入れたくなるが。
サキュバスか・・・。
うん、知ってるよ。日本人男性なら95%が知っている怪奇だよ。
正直な話、このイディオンに来て、獣人や、エルフ。ドラゴンに、吸血鬼をも見てきた時点で。
もしかしたら、男の夢。
男の夢に潜り込み、その性を喰らうという美女怪奇・サキュバスもいるのか。いるなら会いたいと願ったものだが。
まさか、こんな唐突に目の前に現れるとなると喜びよりも、困惑である。
「・・・えーと。サキュバスちゃん。つまり、君は俺の性を喰らいに来たのかな?」
言葉にするとなんとも生々しいが、つまりそういうことなのか?
この可愛いらしく、護ってあげたいと思わせられる少女は。男を惑わし、誘惑するサキュバスであり、眠る俺に淫夢を見せていたということなのか?
「はいーそうですー。私はサキュバスですよー。」
にこやかにブイサインまでする少女に完璧に毒気が抜かれる。
悪い娘ではない、むしろ男にとっては最高の怪奇ちゃんではないか。
俺の95%の欲望を夢の中でも叶えてくれる、正に夢のような怪奇。
そして、ものすごく可愛い。
サキュバスには、チャームという男を惑わす力を持つと"薄い本"で習ったが、それを抜きにしても超絶可愛い。
国民的アイドルグループに入れば間違えなく万票差でトップになれそうな、踊りも、歌も。グラビアも。
どれをとっても人間では敵わない魅力を魅せるであろうサキュバスの少女。
その少女が突然、ゼンマイが切れた人形の様に固まった。
満面の笑顔を張り付け、シャッターチャンスですよとピースをしたまま・・・
「あぁーー!!!!」
「!!?」
強烈な高音の叫び声に、耳を押さえる。
サキュバスちゃんは、打った頭ではなく、角を押さえてまた悶えて出した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
謝罪を連呼して、俺にすがり付いてくる。
俺がもしジゴロならば、『落ち着いて仔猫ちゃん。そこのベットで話を聞くよ。』とでも言えただろうが、
安楽島琥太郎、健全な男子は。また涙をタップリと瞳に蓄えながら、謝ってくる少女に困惑するしか出来なかった。
「ど、ど、どうしたの!?」
「・・・・・・・・・寝ちゃいました。」
「寝ちゃ?」
ボソリと、呟いた言葉をどうにか聞き取った。
「私・・・寝ちゃってましたー!」
ムンクばりに、頬を挟み絶望するかのように叫びをあげる少女。
その声は屋敷中に響き渡る・・・
「こっちは、眠れないよ! 琥太郎!!」
「あ・・・」
「ごめんなさいー!」
休日であったのであろう、髪はボサボサで、陽が昇っているのに未だに寝間着姿のキャトルが、安眠を妨害されたと顔を真っ赤にして、俺の部屋のドアを開けて。
「・・・・・・琥太郎。」
キャトル目線の図式。
寝間着姿の俺。
その俺にすがり付く、ニット着の見知らぬ少女。
しかも、その少女の服は絶望にのたうち回る過程で、肩口がはだけていた。
あたかも、二人が"そういった行為"を行った後の朝を、迎えたかのようである。
キャトルにすれば、酔った俺が、酔った少女を連れ込みいかがわしい行為を強要し、翌朝我に返った少女が泣いているという構図にでも見えたのだろうか。
「・・・キャトルさん。先ずは話を・・・!」
「ウィンドブレス!」
どう言い訳を述べようとも聞く耳を持たれない状況が出来上がっていた。
結局、俺は窓から吹き飛ばされていたのだから・・・。