「お隣さんはヴァンパイア」
「お隣さんはヴァンパイア」
お山に住んでる"鬼"に会いに___
全てをおさめる為に払ったのは血の代償。
「・・・痛みは感じないだろう?」
「・・・ああ。」
俺の右腕に小さな瓶の口を当てて、主は優しく囁いた。
「ちょっとくらつくな・・・」
「・・・私もだ。」
赤い液体、俺の身体から絞り出された血液に満たされた瓶と、アスビーの血液で満たされた瓶。
ただ、身に当て魔力を送りこむだけで血液を採取出来る道具らしい。
スマートなやり方じゃないか、ミレーナさん。
いちいち身体を切って血を流させていれば、彼女と"契約"した人間の身体は傷だらけになってしまう。
人間を知り、人間に適応した怪奇として生きる彼女には使い勝手のいい魔法道具だ。
「100ccくらいかな?」
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選んだのは私だと、アスビーは目を伏せていた。
血の海となった庭の真ん中で、"二人"の吸血鬼を見下ろしながら・・・
意識を取り戻した時。俺はアレンに、全身血まみれだが、健やかな顔で眠っている月徒はバラクに担がれていた。
バラクを先頭に騎士団が館を闊歩する。
おそらくキャトルが呼んだのか。いや、もしかしたら今夜にでも奴等が襲ってくると踏んだバラクが張っていたのかもしれないが。兎に角、駆けつけてきた騎士たちに助けられた様だ。
あの巨漢の吸血鬼・ジャッキーの最期も、月徒が俺の血を吸った後にどうなったのかも聞けずじまいだったが、
俺たちは吸血鬼たちを退治し、
アスビーは選び抜いた。
共に戦った"悪魔"との共存を。
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「ccとは何だ?」
「液体の単位だよ。俺の体重だと、1500ccが限度らしい。」
「詳しいのだな。血のことに。」
「・・・自分の生に関してだけな。残念ながらアスビーの体重がわからないから致死量の血液を割り出すことは出来ないぞ。」
聞いたところで、計算方法もわからないのだが。
まあ、アスビーの見た目から目測で40キロちょいかな。
俺の体重は、こちらに来て幾分か引き締まり60前後。
単純に0.5倍の1000cc程度かな。
「・・・興味がない、多く流せば死ぬ。それだけだ。」
「俺も興味がないな、詳しい数字なんかわからなくても、君の魅力は変わらないよ・・・50はないよな?」
「・・・スパーク。」
「琥太郎さん、どうして焦げてるんですか?」
「・・・タブーに触れたからだ、月徒。」
小さな花壇。森の洋館の中庭の木のベンチに腰掛けながら、俺はタバコを1本ふかし月徒と共に、花壇を整備する黒髪の女性を眺めていた。
「・・・何で花を?」
「御主人様に言われたんですよ、セラフ様は血の気が多いから、花でも育てて心を安らげろって。」
ミレーナさんの義理の妹。ミレーナさん同様、吸血鬼の王の娘。
活発そうな色の黒髪に、純白の白い肌が映える。
花を植える可憐な少女。その赤い瞳と鋭い犬歯を踏まえても、花の似合う純粋そうな少女。麦わら帽子にワンピースを着せれば、常夏のサマーリゾートのアイドルになれるであろうか。
「嫌々には見えないな。」
「好きみたいですよ、花。それに身体を動かすことも。」
その運動量を今まではナニに使っていたのやら。
「綺麗な薔薇には棘があるか。」
「可愛い子には旅させろですね。」
月徒は、コーヒーを飲みながら日本の諺を自信満々に続けるが、
それたぶん意味が違う。
「絵になるなぁ、今度食事に誘おうかな。」
「・・・勇気ありますね。」
「だって、確かに怖いけど。物凄く怖いけど。あんな美少女を放っておくなんて、安楽島琥太郎の名が廃るってもんよ。」
「ノーコメントです、僕は。数日前にセラフ様のお風呂上がりに出くわし、御主人様にひどい目に合いましたから・・・」
「・・・聞こえてるよ、下僕たち・・・。」
やはり、カンカン照りの太陽が"気分を悪くする"のか。
妹、吸血鬼は肩からかけたタオルで鬱陶しそうに額の汗を拭いながら俺たちを鋭い眼光で睨み付ける。
「・・・足が震えてるぞ月徒、お前も同族だろう?」
「いえ、これは武者震いです、琥太郎さん。」
「・・・ふん。」
俺とセラフの出会いを考えれば、よく順応出来てるものだと自画自讃したいくらいだ。
月徒も、主であるミレーナさんの愛妹であるが、一度、いや何度も殺された相手に仕えることになる。
気高かく、狡猾で、自尊心の高い吸血鬼であるミレーナさんが、泣いてアスビーに頼み込むほどに愛を示し、それをアスビーは受け止めた。
それに後悔はしないと、アスビーは言った。
人間に害をなす怪奇、護りたい領民に牙を立てるかもしれない怪奇。
ミレーナさんとセラフ。
二人の繋りを認めたことへの代価を、今、アスビーは手渡しているであろうか。
代わりに得られるモノは、力だ。
怪奇を持って怪奇を制せる。
この吸血鬼の姉妹を持ってすれば、例え姦姦蛇螺の吉美が襲いきても御せるだろう。
まあ、彼女らが素直に協力してくれればの話だが・・・。
怪奇を離れ、人間社会に溶け込む選択をした姉妹だが、本質は変わらない。
本来のあるべき怪奇の姿に、いつ戻るかもわからないではないか・・・
「ふん! 人間、吸血鬼を舐めるなよ。私たちはお前たちよりも契約を重んじる種族だぞ。」
「・・・!」
首もとを冷たく細い指に撫でられた。
心臓が止まるほどに冷えた吐息が耳もとに吹きかけられる。
「・・・すいませんでした。ミレーナさん。」
「おい、ミレーナ。私の従者を脅すな。」
今度は暖かい手が俺の頭を鷲づかんだ。
そして、その手に頬を張られた。
「しっかりしろ、琥太郎。帰るぞ。」
アスビー、太陽を思わせる熱と、赤い髪。
我が主様に、ベンチから引っ張り起こされた。
「ん? もう帰るのかアスビー伯? 荷をほどくのに手が必要なのだが。」
「それくらいは自分でやれ、おんぶに抱っこしてもらえると思うな。」
「ふん、逞しいなぁ。我が下僕、手伝え。」
「はい、御主人様。」
恭しく、ミレーナさんの手を取る吸血鬼の眷属となった、荒城月徒。
力強い手を、握り返す美しき召喚師アスビーの従者である俺。
共に異界・日本からやってきた異世界・日本人。
紆余曲折もあり、別々の主と共にこのイディオンで暮らす。
またな、月徒。
はい、琥太郎さん。
怪奇となった男よ、また会おう。
太陽の下でも、夕闇の中でもいい・・・
今夜からは、安心してよく眠れそうだ______
「おっと、そうだ。安楽島琥太郎。1つだけ頼みがある、山の神を紹介せよ。」
俺と月徒の挨拶に、わざとらしく割り込むようにミレーナさんがトンでもないことを言った。
「・・・俺のサクヤ姉ちゃんに何をするつもりだ!?」
そう言い、身を乗り出そうとするのを隣のアスビーに蹴り止められた。
いや、待ってよ、アスビー!
この吸血鬼! サクヤ姉ちゃんに何かをしでかすつもりなんだよ!
俺の悲痛と必死な形相に、アスビーは困惑し、花壇を耕していたセラフは奇妙なモノを見るような目をするが構うものか!
「ふん! 神を自分の肉親と語る豪胆な人間よ、何もせぬ、安心せよ。
ただ、挨拶をするだけだ・・・隣に越してきた吸血鬼だとな。」
吸血鬼は、その白い牙を陽に照らしながら、そう笑った。