「Vamp may cry」
「ヴァンプ・メイ・クライ」
いつも思い出されるのは、"姉さん"が居なくなる前の夜。
傷つき、走り疲れたあたしをずっと見守ってくれていた"姉さん"。
人間の里へと付いていくと、何度やっても殺られる"姉さん"の強さを探るためにと、何処までも付いていくと制止を聞かなかったあたし。
悪いのはあたしだ、"姉さん"は上手いこと"溶け込んでいた"。
あたしが、子供を噛まなければ。綺麗な、この世の創造物とは思えない程に美しい"姉さん"の事を情に帯びた瞳で見るなと・・・。
目を切り抜き、叫ぶ口を割き、垂れ流れる血を啜ると奴等は騒ぎを聞き付けてやって来た。
奴等に投げられた槍が心臓を掠めた。あたしの足が止まり、奴等の粗暴な腕に捕まる寸前。捕まれば身体をバラバラに割かれて、陽の下に"飾られる"。下女のハンナがそうされたように。
あたしたちを化け物、人食いと罵声を浴びせる奴等こそ、冷血で卑劣で脆弱な。統率なき下品な形の群れを作り、尊い個を滅ぼす"化け物"だ。
やっぱり、お父様は間違っていなかった。
"姉さん"もそう思うでしょう?
「何を読んでいるのですか?」
「・・・お父様への贈り物さ、セラフ。」
謝るつもりで声をかけたのに、"姉さん"が読む、真っ赤に滴る字で"ウェンプ"と書かれた禍々しい黒い本に目を奪われてしまった。
「あたしにも読ませてください。」
「ダメダメ、私からの贈り物なんだぞ、セラフ。それに"これは"お前には早すぎる。」
お父様に贈る魔術書だろうか。
あたしには"早い"と言う術書をかじりつくような目で読む"姉さん"。
あたしを子供扱いする"姉さん"に、また置いてかれている。
手にもつ本を奪い見てやろうと、考え。
そうして言うことを聞かないあたしが、今日"姉さん"に助けられたことを思い出した。
「怒っていますか?」
また謝れなかった。
謝る必要があるのかと思うほどに、"姉さん"は穏やかに本を読んでいたからだ。
「・・・いいや。セラフ。お前が無事なら。それで良かった。」
あたしの枕許で優しく囁く姉さんの声は心地よく、何時しか眠りに落ちるあたし。
「・・・・・・一緒に・・・いて・・・姉さん。」
「・・・・・・ごめんねセラフ。」
ゆっくりと堕ちていく意識がボンヤリと聞いた言葉を聞き取れなかった。
閉じていく瞼に邪魔されて"姉さん"がどんな顔をしているのかわからなかった。
ただ、眠りに堕ちるあたしの手を優しく握られ、
暖かい雫がその手に落ちたのは覚えている・・・。
次の夜、あたしは"姉さん"に1度殺された。
______どうやら死んだようだ。
「その程度か? セラフ。」
"姉さん"・・・ミレーナ。
胴体を正面から貫かれ、あたしは1度死んだ。
あたしが防ごうと交差して構えた光剣モロともに。
"堅い"芝生の上に横たわるあたしを、空から見下げるミレーナ。
「ミレーナ!」
「寄るな、アスビー伯。お前も"喰らうぞ"。」
アスビー伯、あの雷を使う人間か。まだ生きているのか?
・・・そうだ、あたしの剣が人間の胴を両断しようと振るったのに、
折れたんだ、あたしの剣が。
あの女が纏った雷に負けて、真っ二つに折れた。
あたしの光剣よりも眩い光を放つ、
芝生に手をつき女の姿を目にいれる。
鎧だ、雷の鎧。
・・・見事なものだ。本来流れ落ちるだけの雷を形造り纏うとは。
足の先から、頭部まで。特に首回りは強固に纏った雷。
先程まであの女に流れていた電流とは違い、纏う自身の身体を護るように造られた鎧。
ははっ・・・悔しいがミレーナが協力するだけの技量と力はある。
・・・だがそれが何だ。力持つ人間の女、アスビー。
如何にあたしの剣と牙から身を護ろうとも、お前は1度死ねばそれで終わる。
脆弱な人間の考え、体力、魔力。
それらを工夫し、あたしに立ち向かう姿に、ミレーナは興味を引かれるようだが。
所詮は付け焼き刃、ネズミに鎧を着せた所で、何度も猫に踏みつけられれば、中身はボロボロ、貴様の1つの命にゆうに手が届く・・・。
「負けを認めろ、セラフ。潔く退くというなら私も追いはせぬ。」
「・・・偉そうに、人間が何を言うか。」
「・・・私は忠告したぞ、セラフ。お前がミレーナに殺され尽くされる前にな。」
「・・・・・・そうか。」
やっと回復した。
いや回復を待っていたか、ミレーナ。
理解した、どうしてあたしが殺されたのか、やっと見えた。
ミレーナは空に浮いているのではない、立っているのだ。
遠くの"芝生"に立つ人間・アスビーはあたしが容易く牙のかけれる距離に逃げていたのではない。
ミレーナの領域に入らないようにしているだけだ。
"堅い"芝生があたしの手を貫く。
先程、あたしの胴を貫いたように、次の瞬間には"堅い"芝生たちは、鋭利に伸び、あたしの全身を突き刺していた・・・。
赤い、真っ赤な芝生。
その芝の上に立つミレーナ。
磔になったあたしはそのまま赤い芝生に持ち上げられ、それを操るミレーナの姿をしかと捉える。
ミレーナの足から流れる大量の赤い血液。
その血液が流れ、凝結し、その周囲一帯を真っ赤に染めている。
「セラフ、これが"ウェンプ"だ。」
お父様にあげた本、あの時読んでいた本、その魔術。
自らの血を棘とも芝とも造り変える、
あたしには早い。
確かに、あの頃のあたしが使えば、いや今も無理だ。
ミレーナ程の不死性、お父様にも匹敵する再生力。
それがなければたちまちに干上がって死んでしまうであろう。
止めどなく流れる自身の血液による領域。
私たち吸血鬼、その祖のみが使える術。
ミレーナや、お父様だけが使える秘術・・・
「・・・なぜ泣いているセラフ。」
「・・・え?」
磔にされたあたしは、ミレーナの眼前まで持ち上げられた。
そのあたしの顔を覗くミレーナに言われ、気づいた。
泣いている。あたしが。
また、ミレーナの前で泣いている。
「・・・やっと・・・」
「なに?」
あの時は別れを告げられ、振るわれた刃に泣いていた。
そして今は、
「やっと、本気で相手してくれるんだね、"姉さん"。」
うれしい。
うれしいよ、うれしくて、うれしくて涙が溢れてしまっている!
「フレアッ!!」
あたしの内から、光が爆ぜ出る。
あたしの身体を木端微塵に吹き飛ばす光の爆発。
そうしなければ逃れられない・・・!
粉々になった身体を直ぐに修復できた!
気が高まる、喜びのために。
修復したあたしを狙い、姉さんの血が棘となり襲いくる!
堅い! 防ぎきれない!
右手が切り落とされた、直ぐに修復!
「スピカ・エクスキューショナ!」
光剣を両手に飛び上がる!
真っ直ぐに姉さんの身体目掛けて!
あたしを落とそうと棘が下から突き刺さってくるが、構うものか!
刺さった足を切り落とし、その足を足場に再び飛び上がり!
浮いてる間に回復した足をまた足場にすべく切り落とす!
最高だ!
今のあたしは、最高の気分だ!
届け、届け、あたしの刃。
戻れ、戻れ、あたしの足。
「セラフ!」
姉さんが高らかにあたしの名を呼ぶ。
下から上から、前から後ろから血の棘があたしに迫る。
「ミレーナッ!」
あたしは剣を持つ片腕を切り落とし、その腕を姉さん目掛けて投げ込む!
「フレアッ!」
爆光に押されてあたしの腕は加速し、
その腕からあたしは身体を作り上げ、勢いのままにミレーナ姉さん目掛けて、
その胸を突き刺した。
あたしの全身はまた血の棘に串刺しにされるが、光剣はミレーナ姉さんの胸に届いた・・・!
「・・・見事だ、セラフ。」
グニャリと歪んだ口で姉さんは、そう言ってくれた・・・。
やっぱり姉さんは殺れなかったか・・・。
目の前のミレーナ姉さんの身体が歪み、真っ赤な血の塊になる。
その塊が串刺しのあたしの顔にぶつかり、そのまま押し潰すように地面へと真っ逆さまに堕ち・・・
「・・・終わりだセラフ。」
あたしの全身、内部まで、姉さんの血が入り込み捕らえる。
魔法を使おうにも、心臓も頭も内側から締め上げられ、上手くまとめられない・・・。
ただ、月のキレイナ夜空を見上げる形で、あたしは地面に磔にされた。
あたしの身体に乗り、覗きこむミレーナ姉さんの顔が月と共に映える。
「・・・ありがとう。」
「・・・。」
「・・・ごめんなさい、ミレーナ姉さん・・・ありがとう・・・助けてくれて・・・ありがとう・・・ありがとう・・・。」
やっと言えた。
どんなに殺られても、どんなに突き放されても。
セラフは・・・ミレーナ姉さんが好きだから・・・。
「・・・あたしも、連れていってほしかった・・・。」
最期に、それだけ言わせてミレーナ姉さん。
「あたしには、ミレーナ姉さんしかいなかったから・・・。」
「・・・。」
ああ、姉さんも吸血鬼なのに。
強くて、綺麗で、あたしが死んでも、心でも着いていきたい美しい吸血鬼なのに。
泣かないでよ、カッコ悪いよ・・・?
「・・・ミレーナ。」
「・・・・・・お願いだ、アスビー伯。」
カッコ悪いよ、姉さん。
そんな惨めな声を出して、人間に頼み事なんて。
あたしを殺してからにしてよ。
「・・・私には・・・何よりも大事なモノなんだ。」
でも、どんな惨めな声で、カッコ悪い姿でも。
あたしのミレーナ姉さんは・・・。
「私に願うのか? 泣ける者たち。それが当然だミレーナ・・・生きる者として。
・・・アスビー・フォン・ライクニックが責任を持とうミレーナ。」
「・・・ありがとう。
セラフ、情けないな。私たち姉妹は。人間に泣いて頼みこむなんて・・・化け物の風上にも置けない。
それでもいいか?
それでもいいなら、私の側に居ておくれ・・・セラフ。」
私、アスビー・フォン・ライクニックには何も出来なかった。何も手を下そうと思えなかった。
人を血を、命を吸う怪奇・吸血鬼。その真祖の姉妹が。
何百年も、生き続け、私よりも遥かに年を重ねたこの"二人"が。
バラクに連れられてきた琥太郎と月徒。キャトルたち騎士たちの前でも。
互いに声をあげて泣き続けていた。
誇りも何も捨て去り、
まるで離ればなれだった二人の人間がやっと出会えた喜びを分かち合うように・・・。