「諸刃の剣」
「諸刃の剣」
「グラシア・・・エクスキューショナ・・・。」
ノーチラスの牙から逃れ、私たちのいるバルコニー目掛けて跳ぶ蝙蝠たちを、"私一人"で撃退しているなか。
異変に気づいた。急激な零度、季節の半回りずれた冷気が私たちまで届いたのだ。
来たか、セラフ。一際、大きく冷たい空気。
私には目視出来ない、明かりのない庭から"1つ"の冷気が湿った空気を切り裂く様に、一直線にこちらへと飛んでくる。
「ミレーナ!」
「・・・わかってるさアスビー伯。」
私が、槍を手にして戦うなか、目を閉じ。おそらくは冷気の主を探っていたのであろうミレーナは、その赤い目を開き、飛び上がった。私もそのあとを追いかけるように、バルコニーから庭へと飛び降りる。
それとほぼ同時に私たちがいたバルコニーに巨大な氷の剣が突き刺さるのを見て、
「氷?」
「昔からあれしか使わないのだよ。」
一般的な自然に即した魔力の属性。
水、風、土、火、雷。
私は雷、キャトルは風、ヨミは火、玖礼は確か土か。
私が魔力を与え召喚した琥太郎は例外だが。
術者自身の産まれ持った素質に左右され、5つの元素のうち1つの元素に適正をみせる。
それ以外の属性をも極め、合わせることも可能だ。非凡な努力と、才能が必要だが。
私の古い友人たちは、光の属性を主にしたり、5つどころか数百種類の属性を使える者もいたが、
あくまで例外。
確か、氷は水と火。
セラフは二つの素質を持ち合わせているということか。
「吸血鬼なのに、氷か。」
「創り易いのだとさ、鋭利な刃物を。」
流れる水に力を弱めると聞く吸血鬼が水を冷やし固めた氷の剣を投擲し、
異質な能力を持つ異質な化物が私たちの前へと舞い降りた。
私よりも年若く見える"一匹"の少女。
「ミレーナ・・・。」
舞台を整えた。
他の眷属の吸血鬼たちは姿を消し、舞い降りたセラフ一人を残した。
私と、ミレーナ。そして、セラフ。
黒髪の華奢な少女が芝の上に、氷の剣を両手に持つ。
私は使いなれた長槍を構え、
ミレーナは変わらずフラりと立つのみである。
「セラフ、久しぶりだな。」
「ミレーナ・・・ミレーナ・・・。」
肩を震わせ、姉・ミレーナ同様の赤い瞳を閉じ。まるで泣いているかのようなセラフに対し、
「・・・おいでセラフ。幾年ぶりかの姉妹の再会だ。」
対称的に両手を広げて、受け入れるという姿を取るミレーナの胸に、
セラフの手にする二本の氷剣が投げこまれた。
心臓と、腹部に深々と刺さった氷剣にも顔色1つ変えず妖しく笑みを浮かべるミレーナ。
「感動の再会か。」
「こんなものは遊びだアスビー伯、私たちにとってはな。」
そう言いのけ、氷剣を乱暴に抜くミレーナの身体の傷は直ぐに修復を始める。
「・・・遊び? そう、的当てさ。」
セラフの瞳が揺れ、両手をあげると数本の氷剣を瞬時に創りあげる。
錬度が高い、そして速い。
「ディライト、ディライト、ディライト。」
不死姉妹の遊びに付き合うのも阿呆らしい、こいつらの私情など迷惑で関係ないことだと。
私は雷を身体に蓄え、槍にのせ。
頭上に幾本、両手にも氷剣を構えるセラフの胸へと飛び込む。
雷速を誇る私のセラフの胸部を狙った突きに、両剣を交差させ、正面から受け止められるも。
それでいい。
お前の剣は。氷だからな。
「スパーク!」
雷を宿した槍に、更に電を流す。セラフの全身へと氷剣を伝い雷を流し込む。
多少は効くだろう、苦悶の表情をし歯を噛み締めるセラフ。
「・・・邪魔をするな!」
わかってる、この程度では止めれない。
私の雷に構わず両剣を振りかざすセラフの斬撃も、雷に乗り後ろへと避ける。
使うか、神之雷罰。
おそらく私の魔法をいくら浴びせたところでダメージにもならないセラフ相手に、こちらから何もしなければ歯牙にもかけない私の、魔力を貯める時間も十分に稼げるはず。
ヨミの館まで跡形もなく消してしまうのは些か悪いと思うが。
怒りと憎悪の表情、ミレーナへの憎しみと、それを投げつけるのを邪魔する私への怒り。
「グラシアロンド!」
氷剣を更に創りだし、それらを私目掛けて放つセラフ。
数十本の氷剣も、身体強化した私には擦らせることも出来まい。
撃ち込まれる氷剣は、全て芝生へと刺さり、私の後を執拗に狙った攻撃も空振りに終わり・・・。
「死ね。」
真後ろから強烈な冷気がした。しまった。目を反らしたのは私だった。
振り返る間もなく、私の首に腕が回され、締め上げられる。
「セラ・・・フ・・・!」
油断していたから、だけではない。雷速の私の背後を取られるとは夢にも思わなかったが。吉美の尾よりも速い、おそらくミレーナよりも。
私が対した強者たち。その誰よりも速かったセラフの動きを追えず捕らわれてしまった。
狙いはこちらか。
私が氷剣を全てかわしきり、芝生へと着地したその瞬間を狙っていたのだ。
素早い、全く気配も感じなかった・・・。
「アスビー伯、苦戦しているか? 助けはいるか?」
私の首を後ろから締め上げるセラフの更に後ろから、
ミレーナはそんな気の抜けた問いかけを投げてくる。
「・・・余計な・・・お世話だ・・・」
そう悪態をつく余裕を見せるが、
首を捻り折ろうと腕へと力を込めるセラフの腕を掴み、怯みはするであろう放電魔法を貯める私だが。
同じことをされては対応できない。
速さで上回られてる以上、次は容赦なく後ろからその剣で貫かれるかもしれない。
喉を締め上げられるなか、そんな考えを巡らせる。
私の身に纏う雷程度ではセラフの攻撃を止められない。
より強力な雷を纏えば、止めることは出来るだろうか・・・。
「・・・貴様は後だ、じゃまをするなミレー・・・ナッ!」
首にかかっていた力が消えた。
ミレーナが、私をはだか締めするセラフの側頭部へと蹴りを入れ、セラフは芝生へと顔から突っ込んだからだ。
「貴様? ミレーナ・スレイモア・アーカード。真祖にして最強の吸血鬼の父を持ち、その力を最も濃く受け継いだこの私のことを貴様と呼んだのか? セラフ・エミルアンフォード・アーカード。」
首もとを押え、ミレーナを見れば、その瞳は先までの愉快さを残していない。
鋭く目と牙を輝かせるミレーナに、悪寒する感じる。
「・・・アスビー伯、無事か?」
「・・・ああ、助かった。」
どこまでも読めない女だ、ミレーナ。
膝をつく私に手を差し出し口角だけを上げてみせる。
「・・・やれるのか?」
「下らないことを聞くな、アスビー伯。」
怜悧な視線を浴びせ、セラフの頭を蹴り飛ばそうとも、お前の過去を多少なりとも聞いた私にはそれが本気でセラフの命をもなぎ払う攻撃とは判断しかねる。
手を抜いている、いやセラフを殺す気など毛頭ないだろう。
例え、お前の父親同様の不死力を受けた義妹だろうと。
お前がセラフに加えるのは折檻のようなもの。人間の姉が妹を叱りつけるのと変わらないではないか。
「利用するつもりだよ。」
「なに?」
「・・・アスビー伯が一方的に嬲り殺しされるのを防ぎ、あの子を殺せば。
私を手放すことも出来ないだろう?」
利用する、この状況を。
血を捧げ、地を差し出せ。
そんな要求を撥ね付け、追い出そうとした私に対して
私の要求を断れば、こうなると。
「誤魔化すな、ミレーナ・・・悪いがお前の考え通りにすることは易くない。もし、私がそれを是と答えればお前はセラフを殺すのか? お前が愛したという義妹を。」
「無理だな、それに言ってみたものの。私だけであの子を御するのも容易くない。
・・・そうだ、私だけではな。」
私が掴み立ち上がるも、その手を離さないミレーナ。
呑気に話をする私たちにセラフは、
「あたしの獲物だ、気安く触れるな人間・・・。」
嫉妬するかのようにそう言葉を吐く。
地面に打ち付けられ、口許を切ったのか血の唾を吐き捨てるセラフは、赤い瞳で私を睨み付けてくる。
「さっさと帰れ、私はいまアスビー伯と話の途中だ。
お前たちが、無駄なことに私の命を狙いに来なければ収まりがよくなりそうなのだ。黙っておうちに帰りなさい、セラフ。」
「子供扱いするな・・・。」
「してないさ、セラフ。お前は立派になった。
吸血鬼たちの中でも、父を除けばおそらく最強とも呼べるほどにな。
さて、アスビー伯。話の途中だったな。私の友好の握手を手放さないところを見るに、恐れているのか?
私の手を離せば、セラフと、私。更にもう一匹の吸血鬼をも敵に回しかけないことを?」
それはないだろう、私はほとんど手に力を入れていない。
お前が手放し敵対するというのなら、何の考えもなしに神之雷罰を落としてやるまでだ。
それで済む、私はな・・・。
お前はそれでいいのか、ミレーナ?
「お前が掴んで離さないだけだろう、ミレーナ。
利用するか。お前はセラフを利用するのではなく、私を利用しているのだな?」
人間に傷つけられたセラフは、おそらく人間である私を憎んでいる。
私の手を掴み、話し、離さぬミレーナは、まるでセラフに見せつけるようである。
私はセラフではなく、人間のアスビーの手を掴んだと。
「なぜ、なぜ? そんな人間の元へいく?」
そんなミレーナの姿に、セラフはまた肩を震わせる。
何がしたい? ミレーナ。
いや、何をさせたいのだ、セラフに。
「・・・知りたいからだ。彼らのことを。
脆弱な種族でありながらに、私たちが産まれるずっと前よりこの世界に生き続ける彼らの力を、英知を、文化を。
そうやって使う永遠にも近い私の時間は有意義なものだからな。
私の下僕を痛め付けてくれたらしいじゃないか? セラフ。
アイツから、私は多くのことを教えて貰っている。
人間の欲深さを、思慮深さを、そして。愛情の深さを。」
煽るようにセラフへと告げる。
「・・・黙れ。」
「こうして、私が話を続けるなかでも。
このアスビー伯は、お前を倒す算段をたてているよ。
勇ましい気品と誇りのある娘だ、アスビー伯。
お前の事をもっと知りたいと思えるよ。」
歯の浮くような美辞麗句をつらつらと表情を変えずに並べるミレーナ。
ミレーナ。
少しお前の事がわかった。
お前はもしかしたら、飢えていたのかもしれない。
1つはお前の言ったように知識と探求心。
そして、もう1つ。繋がりを。
母が死に、父にはただ自分の背中を見せられるだけで。
私と同じように、繋がれる血族がいなかったお前は。
私にとっての、ヨミ、キャトル。そして琥太郎。
お前にとっての月徒はそれに匹敵するほどの存在なのか。
お前の人間に対する観察と興味は月徒により、更に強まったのかもしれないな。
繋がりを求める人間たちのことを、吸血鬼である自分と繋がる一人の人間と出会い。
「確かに、似ているかもしれぬな。私とアスビー伯は。まるで姉妹のようだ。」
「・・・詠むなミレーナ。それに当て付けに使うな私の事を。」
「どうでもいい、あたしは・・・貴女に勝ちたいだけだ。」
「やっと本音を見せてくれたね、セラフ。おいで、そんなものじゃないだろう?」
分かりやすい当て付けを真に受けたセラフは、氷剣を芝生に投げ棄てる。
聞いている、効いている。セラフの気がミレーナの言葉で更に昂り、
そして静かに両手を合わせ、囁くように呪文を唱えた。
「スピカ・・・エクスキューショナ・・・!」
強烈な冷気は消え、暖かく鋭い光がセラフの手から発せられた。
まるだ太陽のような光が、太陽を嫌う吸血鬼の手から発せられた。
その目映い光に私もミレーナも、目を閉じる。
そして、ようやく光が収まりセラフを見れば・・・
「・・・狂ってる。」
「・・・そうだなアスビー伯。狂ってる、そこまでして私に勝ちたいか? セラフ、墜ちたものだな・・・いや"昇った"か。」
セラフの両手に握られたのは、光の剣だ。
周囲の闇をも切り裂くような聖なる光を放ちつづける剣。
それを握る闇の住人、セラフの手は、熱した鉄板を掴んでいるかのように焦げ、煙をあげる。その剣の光を間近に受けるセラフの身体も同じく、陽を浴びた同族たちのように焼けて、煙をあげる。
執念、怨念。自身の唇を噛みきるほどに牙を噛みしめ、
苦悶の表情を浮かべるセラフ。
わからない、わかるわけがない。
どうして、そこまで自分を痛め付けてまでミレーナに対するのだ? セラフ。
「・・・痛み? 違うな、人間。
こんな痛みは直ぐに治る。
治らぬ痛みを癒す為ならば・・・。」
「セラフ、お前は。」
まるで駄々のように。
悪いことをして注目してほしい、叱ってほしいと。
焼ける身体でセラフは、ミレーナへと刃を向ける。
「そこまでしなくてもいいではないか?」
「わかるまい、人間。
・・・お前ように私を導くモノは居なかった、いなくなった。
恵まれてるな、人間・・・アスビー・フォン・ライクニック!」
姉妹揃って、ズカスカと人の心を詠むなと叱りたいが、
お前にとってのミレーナはそういう存在だったのか。
導きの光を求めて、お前は幾年も・・・
「・・・同情するな。」
「しないさ、するわけがなかろう。」
私は、もう一度雷を槍に帯びさせる。
あれで突かれれば、私の身も光に焼かれる。
強力な不死力を持つセラフが持つだけで、その力を上回るほどの熱と光を発する光の剣。
それを防ぐには・・・。
__創りやすい鋭利な刃物__
刃を防ぐには、何を創ればいい?
盾か。
構えを掻い潜られるだけだ。
・・・ならば。
「アスビー伯。協力しろ。まだ幼い我が義妹に人間の力を見せてくれ。」
私の算段を詠まれたか。
どちらにしろお前には手を貸してもらう。
攻撃に特化させた魔法が主とする私、
攻撃に専念する他なかったからな。
私しか怪奇を倒す術を持ち合わせていなかった。
サクヤや、ムラサメを封じ、吉美を倒した私の術。
セラフは私が倒すべきではないだろう。
お前が手を下してやれ、ミレーナ。
お前こそ、"そんなものじゃないだろう?"
私はセラフの刃を防ぐ術を使おう。
「ミレーナ、協力しろ。私の領地を脅かすモノの退治だ。
ついでに姉妹関係の修復もな。」
「いいのか? 私もそのモノだろう?」
ここでそれを問うお前は本当に悪魔だよ。
「私も知りたくなったよ、吸血鬼の深さをな。
それに私の地にまだ"ギリギリ"住むお前も、一応は私の領民だ。勝手にだがな。そう理由付けてやろう。」
だから手を貸せ、手を貸してやる。
「ふん・・・教えてやろう。
血はどうする?
お前が、差し出してくれるのなら喜ぶが?」
借りれば、貸せば。
つまりはお前と、吸血鬼と協力関係になる。
私はゆっくりと瞳を閉じる。
覚悟を決めて、錯誤せぬように、魔力を高める。
「・・・ふむ。苦渋の選択だが。
私の為に、死んでも仕えるという従者が。それに関して提案があるようだ。」
私が撥ね付けた従者の提案を私は選ぶことにするしかない。
悔やむな、私はそれでも立ち進まなければならないのだ。
私は、
私は・・・。
まるで父と同じではないか?
外道に染めても力を望むのか・・・。
「・・・よかろう。お前の他者を重んじる強い信念を曲げた選択と。その従者の献身に応え、前向きにのってやろうではないか。」
受け入れろ、
綺麗事では全てを拾えないのも。
わかった。
「トルニ・アルマ」
剣を防ぐ、鋭利な光の刃を防ぐために。
私も創ろう、雷の鎧を・・・。
「ふん! 驚いた! アスビー伯、人間にしておくのは実に惜しい!」
「なる気はない! お前も学べ、ミレーナ!」
陽気に妖艶に笑う悪魔と、
誓おう、
これだけは。
私は決して後悔しない。