「八尺様」
「八尺様」
「グォォーーーーーー!!!!」
ノーチラスの雄叫びが森に木霊する。
真っ暗な森を切り裂く猛獣の咆哮。
"女" は、腕で飛びあがり猛獣に掴みかかろうとするが、
跨がる者がそれを許さない。
ノーチラスの手綱を片手に長槍を、振るい、"女"を叩き落とす。
「ライトニング!」
落ちる"女"に追い討ちをかけると、
"女"は、悲鳴をあげ、身体に走る電撃に悶える。
そんな光景を、何度か見る琥太郎。
アスビーは、何度も"女"を攻めたてるが、決定打にかける。
"女"は真っ赤に染まった顔を妖しく歪め、アスビーに、飛びかかる。
先ほどから"女"に、アスビーが与えたダメージの跡はない。
やはり普通の方法では"怪奇"は倒せないのか。
俺の役目は時間稼ぎ
それも、もう出来ない今
琥太郎は必死に考える。
アスビーが俺の命を救ってくれる。
ならば、それに応えるのが、従者の務めだろう。
どうすれば・・・
「小僧。何を黙っているんや、早う、アスビーを助けに逝ってこい。」
俺が振り返ると、先ほどから、そんな小言を吐くヨミが
椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいた。
セーラー服を着て、美しい足を組む姿は
どこかの、お嬢様を想わせ、
実に様になる
いや、それよりも、
どっから出した。
その、椅子、コーヒー!
「ヨミ、お前のその四次元ポケット貸せ。そこから、何か凄い剣とか出してあれを叩き斬ってやる。」
「四次元ポケットとはなんや? 相変わらず貴様は、他力本願で、頼りのない、貧弱モヤシ小僧やなぁ。」
相変わらず、当たりがキツい。
アスビーから聞いた話だと、
ヨミは、俺の世界から召喚された狐の妖怪だそうだ。
わりと高位な妖怪らしく、昔アスビーの父親が若い頃、召喚され、パートナーとして世界を渡り歩いたとか。
「うちの、肢体をジロジロ見るな小僧。うちを見てると目が潰れるで。」
俺の耳元を風が切る。
頬を温かいものが伝う。
ヨミが、微笑みを崩さず、
いま、俺の横を掠めた金色の尻尾をフリフリして、
尻尾の先端には、おそらく今ついた俺の血が滲んでみえる。
「いや、相変わらずですね。ヨミさん。」
「コーヒーが不味くなるわ、さっさと、逝けぇい。」
なぜ、ヨミが俺に対してこんなに毒を吐くのかというと、
俺が最初こいつに会ったとき。
『セーラー服は、JKのリーサルウィポンだ。その年で着るのはイタイぞ。』
と、ズバリこの、年齢不詳の狐様の地雷を踏んでしまったからに違いない。
「・・・しかし、どうしたら・・・」
「貴様が無い知恵絞ったところで何が変わる? アスビーの為に成るとでも思うんか?」
ヨミが、俺の瞳を真っ直ぐ見抜く。
見えている。
お前の浅はかな、考え付く策など見えている。
相変わらずズバリど真中を射抜くようなコイツが苦手だ・・・
しかし、俺は諦めが悪いぞ。
「このままでは、アスビーは、やられるぞ。」
「ふーふ。それは、無い。あの娘は、そんな、柔ではないえ。
あの娘はやりたがらないやろうけど、最悪。"送り返せば"それでしまいや。」
送り返す・・・
あの女も、この世界に召喚された者。
並の召喚師ならば、効果ないだろうが、アスビーなら出来る。
召喚された者を、強制的に送り返すことも。
でも、それじゃ何の解決にもならない。
「せやなぁ。何の解決にもならへん。
あれが、あのまま、元の世界に返るだけ。
この世界で理不尽に与えられた痛み、憎しみ。それで、暴走した危険な怪奇・・・
そんな、危ないもん返すなんて身勝手やなぁ。
こっちが勝手に怒らせて
手が負えなくなったら知らんわーって。
そんなこと・・・」
アスビーは、絶体しない。
動け、働かせろ。
身体を、頭を。
八尺様の話を思い出せ。
何か、ヒントが・・・
「良い死に顔やなぁ。特攻する覚悟が出来たんやな。何なら、うちが、火ダルマにしてやろうか?
攻撃力あっぷやえ。」
「断る。その身体を存分に使って俺のリビドーに火をつけてくれるなら喜んで受けとめてやるがな。」
コーヒーを啜り、俺の言葉を涼しい顔で流すヨミ。
燃えるのはたくさんだ。
先ほど、間抜けにも、落とした松明で丸焼きになりかけたんだ。
燃え落ちた祠。
その火は、煌々と、夜の森に・・・
ん?
火が見えない。
あれだけ、派手に燃え上がっていたのに、こんな、早く消えるものか?
不審にかられて、近くに寄ると、
あった。
祠は俺が最初に見たときのまま、残っていた。
アスビーは、ノーチラスから降りる。
埒が明かない。
槍を、片手に地上に舞い降りた姫武者は腰を落とし魔力を槍に込める。
"女"は、アスビーを地上に見つけると
地泥まみれの手で這い詰めてくる。
アスビーの身体を裂かんと伸ばされる手を、ノーチラスの牙が遮る。
ノーチラスは、"女"の片腕を喰い千切り、アスビーと"女"の間に割ってはいる。
主を守る巨大な獣は、噛み千切った腕を咀嚼し、吐き出すも、
"女"は、激痛に悶えるが、千切れた腕は、みるみる間に生え、再びノーチラスと対峙する。
まだだ。
アスビーは、魔力を込めた槍を、振りかぶり、"女"の図上目掛けてに投げる。
「トルニ・ケージ!」
アスビーの投げた槍から、雷の檻が、創られ、"女"の図上にその身体を閉じ込めるように落ち、"女"は、その檻にスッポリと収まる。
"女"は、檻を破ろうと雷の格子に手をかけ、触れる度に伝わる雷をものともせず、格子を掴み、壊そうとしている。
ノーチラスは、檻の前に陣取り。出れるものなら出てみろと、言わんが如く周りを彷徨く。
時間稼ぎにはなるか・・・椅子に腰かけ、ティータイムのヨミへと歩みを進める。
「うむ。どうにもならないな。」
ヨミは、袋から、椅子を取りだしアスビーの前へ出す。
アスビーは、その椅子にドカリと座り、タバコをポケットから、取りだし火をつける。
「ここは、禁煙やでぇ。」
ヨミは、袋から灰皿を取り出すが、気にもとめず、考え込む。
一服が限度。
あれは、直ぐにあの檻を破るだろう。
どうにか、封印の手立てがあれば・・・
召喚された者の好む、贄を与え封印を施す。
しかし、あれの贄とはなんだ?
それに、あれの名は?
八尺様、五尺様とは、おそらく人間が勝手につけたもの。
真名があるはずだ。
子供を与える訳にもいかない。
何より呼び掛け、話すことも叶わない。
「8-3で5尺の女。
斬られた下半身でも与えたらどうや?」
「中々、面白い意見だな。」
「真剣に聞きいや。うちかて、小僧の首を贄にせえとは言わんで。
あんな、滅茶苦茶になってる素を辿ればええんやない?」
「半身なんて、どこにあるんだ?」
「それは、わからん。
いくら、うちでも易々と詠めんわ。」
「どのくらいあれば、"取り寄せれる"?」
「・・・3日ってとこやな。それまで、あれを停め続けるのは骨がおれるで。」
「それしか、方法はなかろう。」
アスビーは、タバコを消すと立ち上がる。
ノーチラスが吼える。
どうやら、"女"が檻を壊し、ノーチラスに飛びついたようだ。
アスビーは、槍を持ち再び"女"を抑えようと魔力を溜める・・・
「ところで、ヨミ。琥太郎は、何処で何をしている?」
「あっこ。」
ヨミが、指し示した先。
琥太郎は、祠の前で立ち尽くしている。
暗くてよく見えないが、手を合わせているようだ。
アスビーは、足早に琥太郎へと駆け寄る。
「琥太郎! 何をしている、よもや神頼みでもしているのか?」
呼び掛けるが、反応がない。
「琥太郎?」
顔を覗くと、琥太郎は、目を閉じ固まったままである。
「お、掴まえよったか。」
ヨミが、アスビーの後ろから声をかける。
フワフワと、椅子に座したまま宙に浮かび琥太郎を見る。
「琥太郎は、どうなっている。」
「同調しているみたいやなぁ。
この祠、"女"の力で造られたものやし。
小僧は、いまここには居らん、あの怪奇と波長が合ったんかな? 器用な真似しよる。」
「・・・琥太郎。」
琥太郎の肩に手をかけると、
アスビーの目の前に、光が差す。
温かい夏の日。
虫の声、川の音、木々の揺れる音。
拓けた丘に座る"女"・・・
「アスビー!」
ヨミの声で琥太郎から手を離すアスビー。
振り返ると"女"が、アスビー目掛けて手を振り上げていた。
咄嗟に琥太郎の身体を庇うように抱き、回避する。
かわしきれないか!
「紅雲」
ヨミの声と共に、紅色の雲が"女"の身体に纏わり、しめつける。
"女"の身体は、雲に触れた場所から燃え上がり、よろめき倒れる。
アスビーは、地面に横たえながら、椅子に座したヨミを見あげる。髪は金色に染まり。尻尾がはえた姿に。
「1つ貸しやで、小僧。」
椅子を、アスビーたちと、"女"の前に滑り込ませる。
「いつまで、そうしてんねん。殺すぞ。」
アスビーは、腕に抱えた琥太郎を見る。
抱き抱えられた琥太郎は、アスビーの胸元に顔を埋めていた。
「・・・おい。」
「おはよう、アスビー。良い夢見れたぞ。」
「スパーク。」
アスビーの回りを雷がはしる。
琥太郎は、もろに巻き込まれ。
ヨミは、ヒョイとかわす。
狙ったのか?
今だ燃える"女"をも、雷が襲う。
頭からプスプスと湯気をたて、琥太郎は立ち上がる。
「怒れる神を鎮めるには、どうする? アスビー。」
けろっとしている琥太郎に悪気はないようだ。
「19歳の生首をさしだそう。そうしようか、琥太郎。」
長槍を、器用に琥太郎の首にあてがう。
「落ち着け、アスビー。わかったぞ。」
「何がだ。」
「少し、痛いぞアスビー! 薄皮が斬れた。
そうだな・・・俺に任せろ、アスビー。」
そう言い、琥太郎は、アスビーの頭をポンポンと触ると、"女"へと歩き出す。
アスビーは、触れられた頭を押さえて琥太郎を見送る。
ヨミも、琥太郎の様子を見て、道を空ける。
1歩、1歩。
"女"へと近寄る琥太郎。
燃え盛る"女"は、琥太郎を見つけると、顔を歪め手を伸ばす。
「・・・会いに来たよ。サクヤお姉ちゃん。」
伸ばされた手が、琥太郎の鼻先でピタリと止まる。
"女"は、動かない。
"女"の火は、言葉によって消え失せる。
琥太郎は、伸ばされた手を伝い、
"女"を抱きしめる。
「サクヤお姉ちゃん、ゴメンね。
淋しかったよね。
僕も淋しかったよ。
でも、これからは・・・
毎日会いに来るからね。」
"女"を光が包む。
"女"の身体は、時を遡り、
元の白い女へと姿をかえる。
女は、琥太郎を抱きしめる。
瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
「・・・ぽっ、ぽっ、ぽっ。」
なにかを伝えるように、"女"は琥太郎にすがるように身を寄せる。
「大丈夫。直ぐにみつけてあげる。
お姉ちゃん。
だから、おやすみ・・・」
女は、琥太郎の言葉に目を閉じる。
「アスビー、ヨミ・・・頼んだ。」
女の腕を優しくほどき、琥太郎は、アスビーとヨミに声かける。
「任された、琥太郎。」
アスビーは、女の前に行き呪文を唱える。
「締まらんやっちゃのう。」
「あれ? ここは、良くやった小僧って言って、胸を差し出してくれるところじゃないか?」
「黙れ、小僧。結局は、うちら、頼りじゃないかい。」
「俺は、分をわきまえる男だ。」
「かっこつけよって。はいはい、わかったようと。」
アスビーの身体を魔力が包む。
「汝、サクヤ。怒りを鎮め我が言葉を聞け、汝の半身はきっと見つけ納めよう。
汝をここに、奉り。崇める事を、
アスビー・フォン・ライクニックが誓う。」
サクヤの身体を光が包む。
サクヤは目を閉じ光に身を委ねる。
「トルニ・ケーラ。」
アスビーの言により、サクヤに白い雷が落ち、包み祠の中に消えていく。
アスビーは、それを見送り。
ひと息つく。
琥太郎が、タバコを差し出し、それを受けとり、口に加えたアスビーのタバコにマッチをする。
煙をふかすアスビー。
「助かった、アスビー。」
「ふむ。いささか問題も多かったが、今回は及第点としよう。」
「厳しいなぁ。」
琥太郎は、タバコを取りだし加えると
アスビーは、マッチを取り出す。
アスビーは、
緩やかに、美しく微笑んで琥太郎のタバコに火をつける。
「良くやった、琥太郎。」
アスビーはそう言うと闘い足りなく、喉を鳴らしているノーチラスに歩み寄っていく。
琥太郎は、アスビーの後ろ姿を見ていた。
「にやけるな、小僧。」
「そんな、顔してないぞ。」
「そかそか、それよりも小僧。うちへの、今回の報酬はどうするんや?
うちが、取り寄せるモノに対する対価を払わんとあかんでぇ。」
この、狐は・・・
まぁ、助けてもらったのは素直に感謝せねば。
「ヨミ。俺の向こうの実家はなぁ。豆腐屋さんなんだよ。」
「ほぅ。」
ヨミの尻尾が期待に揺れる。
くそ、可愛いバァさんだこと。
「特に、我が家の名物は、お稲荷さん。
昔から受け継がれた秘伝のタレで甘辛く煮た油揚げ。
それの作り方は、一家相伝であり、
一人息子であった俺にも脈々と受け継がれている。」
「小僧。明日にでも、我が舘へ参れ。
材料は、取り寄せておいてやろう。」
そう言い、尻尾を振るヨミに目をやると
満足げな狐様は、椅子に乗り空へと飛び立っていった。
「五尺様」終わりです。
もう一話エピローグを挟み
次の話へと続きます・・・