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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
58/70

「月が綺麗ですね」

「月が綺麗ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 _______少し眠りすぎたみたいだ、もう太陽が沈んでいるじゃないか。

 

 瞳が自然に開かれ、頭が冴える。

 昼間に眠りに落ち、日暮れに目を覚ます。

 こんな生活リズムは続けたくないものだ・・・これじゃあ夜更けに眠れたものじゃない。

 

 先ずは水でも飲もうか、水差しを切らしているので壊れた燭台に蝋燭の灯された廊下を歩かねばならないのは憂鬱だが。致し方ない、身体は溌剌でも活動を始めるには辺りは暗すぎる。明日にでも掃除をするとしてだ。

 

 アスビーはどこにいるかな?

 

 ベットから立ちあがり、ドアを開きながら・・・

 日の落ちた空間が拡がると同時に、昼間の出来事が思い起こされる。

 

 ___知ってるかい? 人間たち。太陽は月の裏返しなんだよ___

 

 ・・・・・・静かだ。本当に静かだ、静かすぎないか?

 静寂に、開けたドアの音だけが廊下をこだまする。

 

 ___私には太陽が顔を出していようと、月が顔を出していようと関係ない。

 始めまして人間、そしてさようなら。

 私はセラフ・・・・・・セラフ・エミルアンフォード・アルカード。

 私の義姉、ミレーナ・スレイモア・アルカードを知ってるかい、人間?___

 

 ・・・・・・動けない。

 ほの暗い廊下、ヨミの館で住まわせてもらってからずっと通っている見知った廊下。儚い灯りを頼りに進み出すことが出来ない。

 

 その廊下の暗闇から何が出るのか、何も出ないのか。不安と恐怖で背中から汗が出始める。

 

 ___ズタボロだね、同族。ミレーナの眷属だろう?

 もう少し血の強さを見せてみろよ___


 昨日の夜と、昼間の事と。奴等に対する警戒と畏怖。

 最悪だ、闇への恐怖感。闇を這いずり回る奴等への恐怖を植えつけられた。

 ミレーナさんの下へと、月徒つきとを送る道中"一匹"の女性が現れた。日差しを反射する長く鋭い牙を見せて笑う女性。

 セラフと名乗る吸血鬼に、何度も殴られ、蹴られ、死ぬほど痛みつけられた、月徒つきとの後ろで俺とアレンは足を棒にして見ていることしか出来なかった。

 

 ・・・ああ、落ち着け、タバコだ、タバコを吸おう琥太郎。

 手にもつ蝋燭の火でタバコに火を灯しひと息ふかす。

 

 ふぅー・・・火は素晴らしい心が落ち着くようだ。

 

 人間が闇と冷えから逃れるために作った文明の利器だ。

 視界も拡がる、単純に目が暗闇に慣れたこととタバコの火による安心感からくるものだろうか・・・

 

 「ちょっと・・・」

 

 「・・・!」

 

 「・・・・・・なんで転んでんのさ。」

 

 心臓が止まりかけたぞ、また!

 2度は冗談でも嫌だぞ!

 蝋燭を手にもち、ラフな格好の見知った女性であることに、安堵を覚える。

 

 「・・・キャトル、おはよう。」 

 

 「蝋燭が倒れてるよ。」

 

 「ん・・・アチッ!」

 

 俺は出来るだけ平静を保ち、後ろから不意に声かけたキャトルに返事を返す。

 

 「もう夜なんですけど。」

 

 「仕方ないだろう、寝不足に疲労も祟ったんだよ。わかるだろう?」

 

 「大変な目に遭ったのは聞いてるけど、アタシも同じなんですけど・・・。」

 

 ジトッとした目をしているのは、よく見えないがわかる。

 確かに、キャトルたち騎士も東奔西走としていたことだろう。

 アスビーとミレーナさんが起こした騒ぎや、俺たちが襲われたことや。

 大事になってしまった。

 数週間前の灯籠を廻る騒動のように・・・。

 

 「ていうか、タバコを吸うな! もう最近はアスビーも気にせずスパスパ吸うし、アタシは肩身が狭いんだよ。」

 

 「すまんすまん、ちょっと落ちつきたくてな。」

 

 「・・・それ1本だけにしなよ。」

 

 気を使わせてしまった。

 感謝してばかりでキャトルには何の御返しも出来ていないが、また、ありがとうと心の中で送ろう。

 恐怖と畏怖ですくんでいた心も、彼女のお蔭で随分薄れた。

 

 人と人の繋りによるもの。

 正確には人とエルフだが、キャトル・エルクーガは俺が生涯に出会ったどんな人間よりも暖かい。勿論母親は除くが。素晴らしい友人で、仲間で。家族だ。

 

 孤独は辛い。

 この世界で独りになるのは辛く厳しいことだろう。

 頼る肉親も友人も失ったあの男は、それでも必死に生きている。

 失った者は、また作ればいい。

 そう簡単に言えるものではないが、

 そうしないと、前へは進めないだろう。

 何の頼りも無しに、歩くにはこの世界は広く危険すぎる。

  

 「本当に良いやつだなお前。」

 

 「ん? どゆこと?」

 

 太陽の裏返しは、月か。まるで人の心のように。

 キャトルにも裏側がある、獣に憑かれて魅せられた。

 裏を知って、なお彼女の表が輝くように。

 裏しか知らぬ、月しか知らぬ彼等には世界はどう映っているのだろうか。

 

 まだ何も知らない。

 

 __セラフ・・・ああ、私の愛しの義妹が・・・

 お別れだ、安楽島うらしま。私たちはこの地を去らねばならない___

 

 ミレーナさん。月徒。

 俺は、貴女たちと・・・。

  

 「いや、何でも・・・なぁ、キャトル。アスビーはどこにいる? 執務室か?」

 

 「まあいいか・・・アスビーはね・・・」


 君はどう思っているんだ、アスビー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、我が従者くん。」

 

 「・・・おはよう我が主・・・酔ってる?」

 

 案外、この人はお酒でダメになりそうな人だな。

 

 ヨミの館にこんな場所があったとは、つくづく住みこみたくなる家だ、センスが良い。いや、絶対に住み込まないけど。

 

 バルコニー。晴れた夜空に満天の星と月が見られ、小さなテーブルと2脚の椅子が置かれればスペースが埋まってしまうほど小さなバルコニーだが、

 それで十分、小さな空間は漆黒の夜空と星月が包む。

 それ以上に余計な装飾もいらない、"夜会"を楽しむにはそれで十分だろう。

 

 「月が綺麗ですね。」

 

 小さなテーブルにワインのボトルと、グラス2つと、灰皿と。

 蝋燭の明かりが、紫煙でくすぶり。とてもアダルティーな雰囲気・・・。

 俺が来ることをわかっていたように、椅子に腰掛けているアスビーの隣に座る。

 いい、宵になりそうだ。

 

 「知ってるぞ、貴女が好きですという意味だろう。異界の文献で見たことがある。」 

 

 「恥ずかしいネタ明かし止めてもらえますか?」

 

 やはり、簡単に乗ってくれない主様だこと。

 酌まれたワインを貰い、杯を合わせる。

 

 「何があった?」

 

 「・・・襲われたんだ。吸血鬼に。」

 

 セラフ・エミルアンフォード・アルカード。

 ミレーナさんの母違いの妹を名乗ったモノ。

 

 「厄介な蝙蝠が追ってきたというわけか・・・。」

 

 「なあ、アスビー。俺、ずっと疑問に思ってたんだが。

 吸血鬼って普通に昼間も平気なのか?」

 

 月徒もミレーナさんも、そういえば太陽の日を浴びていたよな。

 今更ながら、吸血鬼の弱点やらを思い返す。

 太陽、ニンニク、十字架・・・。

 全く気にしていなかったよな?

 

 「阿呆。」

 

 「あほぅ?」

 

 「無知の愚者か、貴様は。」

 

 絡みが雑だ。

 変なアルコールの入り方をしているようだな。

 

 「悲しいなぁ、いや仕方ないことか。」

 

 「仕方ないで片付けないでもらえますか? 教えを乞いたいのですが、よろしいですか?」

 

 「うむ、殊勝な心掛けだよかろう。」

 

 変なやり取りだな。

 

 「ミレーナたちは特殊だ、特異だ。奴等には弱点がない・・・」 

 

 アルカード。

 怪奇の王、七怪奇・吸血鬼のモノ。怪奇を統べ、闇の世界の王として君臨していたノスフェラトゥの怪物。

 そして、その血を継ぐ娘と眷属。

 

 正に無知の愚であった。

 俺のミレーナさんに対してのファーストコンタクトは正解であった。下手な態度や冗談を挟めば、どうなっていたことか。

 

 アスビーが知り得た情報を全てを教えてもらう。

 吸血鬼のこと。

 月徒に起きた悲劇も、ミレーナさんが追われてこの地にやって来たことも。

  

 「ミレーナの義妹・セラフか。つまりは、ソイツもミレーナと同様の力を持つということか。」

 

 ミレーナさんと同様。

 七怪奇の娘と同じ。

 "姦姦蛇螺"にも並ぶほどの恐怖を覚えさせるのも違いないわけだ。

 

 「俺とアレンは、運が良かった。

 月徒が身を呈して護ってくれなければ、俺たちも牙にかかっていたかもしれない。

 ミレーナさんが駆けつけてくれれば、セラフはそれを感じとったのか、森へと消えていったよ。

 お姉さんとは厳しい別れ方でもしたのかな?」

 

 「随分と落ち着いているな琥太郎。」

 

 「・・・いつも通りだろう。」

 

 そう、いつも通りだ。

 タバコを吸い、グラスをあおるアスビーに違和を感じた。

 向かい来る脅威。今夜かもしれぬ、明日かもしれぬ。

 確実にこの地に潜む闇の使者たち、それに対処と対抗をするために、

 俺とアスビーは思考を巡らせる。

 

 いつも通り、いつもの通りに。

 

 アスビー?

 もしかして、君も何かを感じているのか?

 怖れか? 畏れか?

 

 「・・・怖れてるか。そうかもしれないな。」

 

 アスビーの真っ直ぐな光りを宿す瞳が揺らぐ。

 何故、どうして。

 君の揺らがぬ瞳は何に惑わされているんだ?

 

 「お前は知っているな、吸血鬼のことをある程度は。」

 

 俺が真っ直ぐに見つめると、アスビーはその視線をそらすように空を見上げる。

 

 「アスビー?」

 

 異常事態だ。

 瞳をそらすなんてしないだろう、君は。

 

 「奴等は人間を餌にする種族、怪奇ということは知っているな?

 人間に害をなし、人間を"非常食"として使役するものまでもいる。」

 

 「創作作品で見たことがある、知ってるよ。

 知ってるさ・・・。」

 

 天を見上げて、何を願う。

 星に願いをこめるように、見上げた瞳。

 何に思案を巡らせるのか、廻る星に正解を求めてしまうほどに?

 

 「・・・フフ。」

 

 自傷するように笑うアスビーに、不安がより駆り立てられる。

 

 「馬鹿にするなよ、我が従者。

 いや、感謝する私の琥太郎よ。お前の不安が、私の迷いを正してくれたぞ。」

 

 私の琥太郎。

 その言葉に、軽い喜びの衝撃を受けると共に、今度は俺が向けていた熱視線に応えてくる。

 

 「ミレーナは、私に。この地を守護してやるから、血を捧げよとほざきおった。」

 

 「そりゃまた。悪者めいた台詞だこって。」

 

 「そうだろう? それを大真面目に言うものだから、私も手が出てしまったというわけだよ。」

 

 アスビーの魅せてくれる微笑みに不安が救われるほどに自分は単純なのだと実感させられる。

 良い実感だ。

 

 「悪魔との契約みたいだな、生贄を捧げれば願いを叶えてやろうっていう。」

 

 「悪魔か・・・その方が質がいい。実体のない観念的な存在は生きていない。

 吸血鬼は生きている。生ける死者は生を喰らう。

 生き続けるために必要だからな。」

 

 「どのくらい必要なんだ?」

 

 「私が知ると思うか? 吸血鬼にみえるか?」

 

 月に照らされた貴女は綺麗ですね。

 美しき鬼たちを思わせるほどに。

 返り血を浴び、戦化粧が映えるほどに白い肌は、同じ人間の魅せる美しさとは到底思えないよ。

 

 血を捧げよか。

 どのくらい? と気にしてしまう俺は愚者なのかもしれない。

 どれくらいもなく、奴等は人間の脅威なのだ。

 それはこの世界では常識なのだ。

 相容れない存在。

 捕食者と非捕食者。

 ミレーナさんとアスビー。

 月徒と俺。

 

 ひとつの考えが浮かぶ。

 仮定の話だが、

 

 「アスビーはどうしたいんだ?」

 

 あの二人を。

 二匹、そう呼称するには知りすぎてしまった。

 

 「・・・お前ならばいいか。」

 

 紫煙を吐きだすアスビー。

 

 「私は王都に行きたいと思っている。」

 

 「・・・それは初耳だ。」

 

 「付いてくるだろう?」

 

 「ズルい聞き方だな、まあ答えは決まっているけど。」

 

 「そうだろう? だから、お前ならばと言ったんだ。」

 

 「うれしいよ。素直に。」

 

 頼り、いや頼りなんて大層なものじゃない。

 いうならば指標か、航海に乗り合わせた航海士見習いといったぐらいかな。

 

 「バラクに言われたよ。」

 

 「調子に乗るなって?」

 

 「言うじゃないか、琥太郎。酒の席だから多目に見てやるがな。

 まあ、似たような物言いだな。」

 

 「何の為の騎士かってことだろう?」

 

 民を守る施政者であるアスビーと、同じ志を持つ騎士たちと。

 互いに手を取り合えば良いだけのことだと、以前の俺なら簡単に言えただろう。

 今は施政者側に立っている。

 騎士も民も同じく守るべき存在。

 彼らの志に報いつつも、血は流して欲しくない。

 優しい世界の考えだ、この世界ではそれが弱さに直結することは、灯籠の一件で痛いほどに味わった。

 

 そんな世界に産まれてなお、この優しさを貫く人が目の前にいる。

 報いたい、アスビー船長と共に一等航海士として海原へと。

 

 「血を捧げる。」

 

 「・・・琥太郎。」

 

 君が1番嫌がることだろう、

 矛盾だ。犠牲を減らすために犠牲になる。

 

 「馬鹿なことを考えてるな?」

 

 ああ考えてる。

 

 「ミレーナさんと月徒。二人が。もし、この地に住まうならば。協力出来るならば。

 吉美きびなみに恐ろしい奴等に対抗することも出来るのかなって・・・。」

 

 「・・・殴られたいか?」

 

 「嫌です。」


 「2度と考えるな。」

 

 「・・・ごめん。」

 

 「・・・ふむ。」

 

 空いたグラスにワインを注ごうと傾けるも、どうやら1本空いてしまったようだ。

 

 「取ってくるよ。」

 

 血のように赤いワインを。

 200CCの血で、あの美しき鬼とその眷属が生き長らえれるならば・・・。

 

 いや、馬鹿な考えだったのかもしれない。

 

 「琥太郎。」

 

 背中越しにアスビーの小さな声。

 

 「ありがとう・・・。」

 

 そう告げた様に聞こえた。

 しっかりとは聞き取れなかった。

 俺がバルコニーの扉を開けようと、ワインボトルを取りに行こうとしたとき。

 

 目の前にボトルがあったからだ。

 持ってきてくれたからだ、誰でもなく話の中心にいた彼女が。

 

 「別れの挨拶に来たぞ、安楽島、アスビー伯。仲がいいな。」

 

 「こんばんは。」

 

 ミレーナさんと、月徒。その二人。

 

 「ミレーナ。」

 

 「・・・我が下僕。コックと一緒に何か作ってこい。」

 

 相変わらず不遜だが、俺はそれを了承する。

 いやまてよ、また二人残して平気か?

 

 またキャットファイトどころか、ブラッドファイトを起こされたら、流石にこの館も只ではすまないぞ・・・。

 

 「・・・平気だ琥太郎。行ってこい。」

 

 「・・・ああ。」

 

 月徒も同様に不安がっているが、仕方ない。

 我々の主が望んだことだ。

 

 月徒と連れだってその場を後にするしかない。

 

 「何用だ、ミレーナ。話はついた筈だ。」

 

 「・・・その通りだ、アスビー伯。話はついた。

 だから言ったであろう、別れの挨拶だと。」

 

 「・・・それだけか?」

 

 「・・・勘の良い。特に危機感がいいなぁアスビー伯。

 もうそこまで来てる、匂いがする。私と同じ血の匂いが。」


 「連れてきたのか?」

 

 「導いたと言えばいいだろう? お前の大事な人間共には目もくれず、上手そうな匂いが立ち込めるこの館に一直線だ、獣の様にな・・・。」

 

 ノーチラスの雄叫びが暗中から聞こえる。

 敵襲を知らせる鐘を鳴らすように。

 

 「貴様も働けよ、ミレーナ。」

 

 「勿論だとも、アスビー伯。私の可愛い義妹には仕置きが足りてなかったようだからな。」

 

 一人と一匹の戦乙女たちは、武器を手に取った。

 

 「来い、吸血鬼共! 招いてやるぞ!

ライトニング!」

 

 砲は放たれり。

 

 

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