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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
57/70

「天涯孤独を貫くか」

「天涯孤独を貫くか」

 

 

 

 

 

 

 

 アタシ。キャトル・エルクーガの部屋は無事だったようだ。

 意識的にそうしたのか当人たちに聞けないが、事実アタシを含め、琥太郎こたろうとヨミ、玖礼の私室までも"被害"は及んでいなかった。

 

 「召喚失敗だぁ?」

 

 「ああ。久しぶりに使ったから少し。魔力が暴走してしまったようだ。」

 

 嘘だ。古馴染のアタシじゃなくても見抜ける。アスビーは嘘をつくのが下手くそだから。

 

 「・・・それで説明つくと?」

 

 「説明も何も、事実なのだバラク。それ以上弁明のしようもない。」

 

 こういうときのアタシの立場はとても微妙だ。

 幼馴染の現主人に味方するか、実の父親の上官に味方するか。

 

 轟音と地鳴り。

 麗らかな陽気のライクニックの騎士詰所。

 書類と格闘し、一休みと紅茶とサンドウィッチを手に陽を浴びながら昼食にしようと外に出たアタシにも聴こえ感じるほどの魔法の衝撃。

 それがアタシたちの住まう方向からだとわかり、お父さんとアレンくんと共に発生源へと駆けつければ。

 月徒つきと君と琥太郎がボロボロの腰タオルだけを引っかけ、"おそらく"騒動のもとであるミレーナとアスビーを、ボロボロの屋敷をバックに羽交締めにしようとする光景を目の当たりにした。

 

 「それ以上は、ねぇか・・・。」

 

 苛ついてる、お父さん。

 アタシの前では決して吸わない葉巻をくわえてアスビーの眼を穴が空くほどに注視してる・・・。

 

 止めてくれよぅ・・・心臓がキリキリするよぉ。

 

 「あの二人・・・いや。あの二"匹"は何者だ?」

 

 アタシは言ってない。お父さんが気づいたんだよ、ミレーナと月徒君の正体に。

 だから、アタシを睨まないでよアスビー!

 

 「旧い知りあいだ。久びさに顔を見せたと思えば金を貸せというもので、少し頭にきたのだ。」

 

 「・・・召喚術の失敗じゃなかったか?」

 

 「・・・それもある。だから余計に騒ぎになってしまったのた。」

 

 重い。

 葉巻の煙が立ち込める密室だからではなく、この二人が頑固者だからだ。

 互いに引き際を得ない、平衡したやり取りに息苦しくなるようだ。

 

 「・・・話せ。」

 

 お父さんが葉巻を潰すように消す。

 

 「騎士として、このライクニックを領主から預かる騎士団長として話は聞いた。納得はしねえが、考えがあってのことだとこちらで処理してやろう。

 個人として、お前を昔から知り、お前よりもより多くの経験と判断を下してきた大人として、何でそんな、こえー顔して隠し事をするのか。

 アスビー。アイツらは何時来た?」

 

 アスビーの弱いところ、冷たく怖い印象と反して、情に脆く責任感が人以上に強いところ。アスビーが信頼を寄せるお父さんが、話を聞かせてくれと頼んだのだ。

 アスビーは縫い付けたように閉口していた事柄について、やっと言葉を漏らす。

 

 「・・・昨晩。いや、その前日には既に住み着くつもりでいたかもしれぬ。」

 

 「ああ・・・何も喰ってねえのか?」

 

 「まだな。」

 

 「・・・それで化け物の分際で気品とか、礼儀とかを気にする奴等は、わざわざお前のところに挨拶に来たってことか?

 噂に聞いてる、森に突如現れた館の主。女吸血鬼とその眷族か・・・」

 

 真剣なときのお父さんは本当に凄い。身内贔屓で"低く"みるアタシでも素直にその慧眼に感服する。

 

 「住むぞ、血を捧げよか?」

 

 「いや、もっと質が悪い。アイツは吸血鬼のはぐれものだ。

 昨晩、琥太郎を餌にされ、奴等と交戦させられたところだ。」

 

 「・・・何もんだ?」

 

 「王女。」

 

 「「王女?」」

 

 王女。

 王女って、王の娘ってことだよね?

 ミレーナ・・・スレなんちゃら・・・アーケードだっけ?

 吸血鬼に社会と国があり、王がいるということに驚くし、

 ミレーナがその娘だとアスビーに語ったのか?

 

 「事実か?」

 

 「ああ、間違えないだろう。私が何度、銀の剣で心臓を貫いても、嗤い、生き返りおった。あの不死身性に当吸血鬼の話も信憑性がある。」

 

 「なるほどなぁ、それで森が騒がしいのか。結構な数を連れてご来訪されたもんだな、化け物の王女様は。独りで来た人間の王女を見習えってんだ。」

 

 森が騒がしい、いや騒ぎというよりもその前触れ。

 嵐の前兆。

 夜を待つ。自分達に吹く追い風を待つ魍魎が血を求めて羽ばたきだす。

 今夜にも・・・。

 

 「・・・それで、どうするつもりなんだ?」

 

 そう、アスビーはどうするつもりなんだろうか。

 

 「・・・直ぐに解決する。」

 

 「最近、そればかりだな。お前。」

 

 声色も変えず、お父さんはもう一本葉巻を取りだし加えた。

 

 「俺たちは邪魔物か? よう、領主さま。」

 

 「お父さん?」

 

 「団長だ、騎士キャトル。」


 戻る、立ち込めた空気が。しかし先程とは違い平衡していない。沈黙するアスビーと、問い詰めるようなバラク・エルクーガと。

 わかるよ、お父さん。

 アタシもそう感じる。

 アタシたちは荷物なの? アスビー・フォン・ライクニックにとっては。

 全て自分で、その若い身ひとつで街を護ろうとするの?

 

 「・・・そうではない。」

 

 わかるよ、アスビー。

 責任、20そこらの女が守る土地と人。

 人の上にたち、人の命と生活を守る。

 荷物ではなく、守るべき者たち。

 アタシも、出来ることなら誰にも怪我をして、ほしくなんかない。

  

 「天涯孤独を貫くか? アスビー。お前はこの地で死ぬまで独りか?」

 

 「・・・・・・いや。」

 

 いや、それは違う。

 アスビーは骨を埋めるつもりはない。

 そのためにも、突如、偶然、運命的にやって来た来訪者たちをどうするのか。

 それは、

 

 「それなら、考えろ。お前を慕う者は、お前の力だけを頼る者たちか? お前を支える者たは、お前の枷になるものか?」

 

 考えろ。

 考えてる。

 

 そして、決断を下さなきゃならない。

 

 「お前の言う通りだ、バラク。

 ありがとう、少しだけ一人にしてくれ。」

 

 「そうしろ、シャワー浴びて少し寝てこい。いつも以上に真っ白だぞ。」

 

 そうして、一人。短い感謝を告げてアスビーは部屋を出た。

 アタシたちを残して。

 

 「あ、アスビー!」

 

 「馬鹿、休ませてやれ。」

 

 頭をポカンと殴られた。

 ポカンと可愛らしく表現したが、父親の拳骨ほど痛いものをアタシは知らない。


 「痛い!」

 

 「信じてやれよ、過保護なところは母親譲りか?」

 

 「・・・お父さんに言われたくないですー。」

 

 「これくらいしか出来ねぇよ。」

 

 そう、これくらいしか出来ていない。

 

 「帰るぞ。」

 

 「え?」

 

 お父さんは吸いかけの葉巻をまたもみ消し。腰をあげた。

 いいの? 独りだよ、また。

 独りにしていいの?

 

 「いいんだよ。一人にしてやれるのは俺たちだけだ。俺たちに任せて、一人考える時間を作れる。」

 

 「・・・どゆこと?」

 

 「まだまだ若いんだよ、お前もな。」

 

 今度は頭を鷲づかみにされ、クシャクシャと髪を乱される。

 アタシは父のこれが好きである。

 小さい頃にアスビーもされた、父の大きな手に包まれるこの感覚が、とても安心する。

 身を委ねて、父の包容を受けていると。自然と響く、優しく安心する声が届く。

 

 「俺の大事な一人娘を。首都ではなく、こんな辺境の貴族のお抱え騎士に推薦したのはな、キャトル。

 若いアイツにかけてるからだ。アイツはいずれ世界に行く、お前と、小僧も連れてな。

 それを見守り、いずれ帰るこの地を守ってやるのが、俺の仕事だよ、キャトル。」

 

 そういうことか。

 やっと、伝わってきたよ。お父さんの気持ち。

 一人で勝手にひた走る。他人を叱りつけたのではない。

 ただ前を見て、安心して走り抜けて欲しい。我が子を諌めただけなのだ。

 

 「・・・寂しくなるね、それだと。」

 

 「いいや、随分な置土産をしてくれそうじゃねえか。今回は怪奇の王女ときたものだ。全然退屈しねぇし、寂しく思う暇もねえよ。」

 

 皆に慕われ・・・ていると思うよ贔屓目に、何よりもいざと云うときは頼られる。バラク・エルクーガを父に持つアタシたちは、安心して前進して良いのだ。

 槍が降ろうと、竜が来ようと、月を影にコウモリの大軍が飛来してきても。ライクニックは大丈夫。

 

 「・・・ほら騒ぎの種がすぐに来る。」

 

 「え?」

 

 「バラク団長!」


 アレン君の大声が、部屋の扉を開ける。

 角を生やした額をグッショリと伝う汗で濡らし、雪崩れ込むように駆け込んできた。

 

 「たまには静かに呼んでくれよ。」

 

 「悠長に出来れば僕も、そうしたいですよ! 直ぐに来てください!」

 

 「アレン君、どうしたの?」

 

 一息で言い切るには、難しいほどに肩から息をつく切羽詰まるアレン君の様子に、不安と焦燥が駆り立てられる。

 

 「ハァハァ・・・琥太郎たちが・・・襲われました!」

 

 玄関に走りいけば、またしてもボロボロの琥太郎が柱のひとつに体重を傾け、座り込んでいた・・・。

 

 襲われました。

 琥太郎たち、琥太郎と月徒君。アレン君も連れだってミレーナの館へと行く山の中。

 

 一匹の吸血鬼に・・・。

 

 

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