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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
56/70

「アルカードのビターチョコレートなスーサイド」

「アルカードのビターチョコレートなスーサイド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自殺したくなのほど陰湿な部屋の窓を開ければ、優美に月夜を駆けていた我が愛しの一角の獣が、今は燦々と照りつける太陽の下で、繋がれた左足を舐めている。

 

 ・・・私らしくない暗く憂鬱な思いに耽るのも単に、昼時から、私の葡萄酒を空ける吸血鬼のせいであろうか。

 

 「いや、アスビー伯。感謝するぞ。こんなに落ち着いた昼下がりを送れるのは数百年ぶりなのだからな。」

 

 顔色は変えぬが、幾分か饒舌になったミレーナが私にも杯を進めてくるが、私は城下の裏路地にいる、朝日を肴に呑みだす破落戸ごろつきではないので断る。

 

 「固いなぁ、人間は。あの騒がしく不埒なエルフ娘も、一睡もせず働きに出ていったが。貴様らの人生は短く儚い、お前のその若さも。あと10年も経てば過去のモノよ。惜しいと思わないか?

・・・どうだアスビー伯。永遠の若さに興味はないか? 私はお前の才気ある清純な血に強く惹かれておる。なんと言ったか、我らの下僕の世界での、一年ひとねんに一度しか逢えぬ雄星と雌星の噺。その会瀬前夜の昂りにも勝る渇望を抱くほどだ。

 どうだ? アスビー伯。同じ雌ならわかる刻の残酷さを、無くすことが出来るぞ私には。永遠にその美しい肌で・・・」


寒気が走る、そんな言葉を吐かれるのは。

 

 「私の下僕にならないか? だろう、ミレーナ。甘言には慣れている故に、私は悪魔の囁きには決して靡かぬぞ。」

 

 眼を充血させながら勤務に行ったキャトル、私とミレーナを二人残して行くのを不安に思っていたが。お前の心配よりも、私はお前が勤務中に涎を垂らしてバラクから鉄槌を喰らうのを心配している。

 ヒンヤリとしたミレーナの手が私の顎を誘い堕とすように撫でる。

 

 「ああ、欲しい。唾が垂れそうだ。その柔肌に私の擦れた牙を立てさせて貰えないか?」


酔っているのか、演技なのか。わからぬが、小賢しいことだ、吸血鬼。

 

 「いい加減にしろミレーナ・スレイモア・アルカード。貴様の様な弱者の皮を被る怪物にも慣れている、グラセニア最強のライクニック家の魔狩りの力をその身に受けたいか?」

 

 私の金がミレーナの赤に映るほどに、強く視線をぶつければ。

 ミレーナは目の前から瞬間に、姿を消す。何事も無かったように、椅子に不遜にも腰掛け何処から出したのか、生きた赤い毛色の猫を抱いている。

 その猫の首根っこを掴みあげて、私と同じ赤い毛色で金色の瞳の猫を。私を模したその猫を、見せつけるように掴みあげ、その首にかぶり付いた。

 私への当て付けだろうか、自らの力で作り出した猫は、噛みつかれると短い悲鳴をあげてその身を吸われ尽くされる。

 

 「・・・尊いなぁ、アスビー伯。怪奇の王に向かっても崩さぬ高貴さよ。」

 

 「王か・・・お前が1度殺したモノのことか?」

 

王殺し。そう語った儚いミレーナとは変わり、今のミレーナは、その言葉を信じさせられる程に生き生きとしている。

 "自分の血肉"を吸い付くし、ミレーナは口を拭い、その狡猾な笑みを更に深めた。

 

 「では、私は王女ということだ。貴様ら人間の伝承によるところにすればな。」

 

 「・・・王女。」

 

 王女。プリエルカはグラセニア王の娘である・・・

ならば、ミレーナがいう王女とは?


 しまった、理解が遅れていた。ミレーナ・スレイモア・"アルカード"は吸血鬼の王に牙を立てた王殺し。

 七怪奇の1つにある『吸血鬼』の王の名は・・・たしか・・・。

 

 「アルカード。我が父は正に不死の王であったな。」

 

 アルカード、最古の吸血鬼にして、最強の怪奇。

 いにしえの時代に、初めて吸血鬼となった伯爵"ドラキュラ伯"の末裔、又はその者本人。

 Dracula。転じて読めばAlucard。

 

 何が覚えづらい名前だアスビー。

 アルカードとは、吸血鬼そのものではないか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『吸血鬼』

 私たちを畏れた元同胞は、一城の主"アルカード伯"に生贄を差し出し、機嫌を伺うも。気まぐれなアルカード伯は、元同胞の国を滅ぼした。そして、血を吸う鬼と呼ばれたのだ。

 

 渇きに餓え、毎夜数十人の人間を吸い付くし、貴族の娘の血で溜められた風呂に浸かるアルカード伯。

 私の母は、アルカード伯が人間だった頃からの妻であった。飢えた父は、最初に身近な母に噛みつき、母を欲望のままに貪り、そして産まれたミレーナ・スレイモア・アルカードである私だった。

 

 父の愛を一身に受けた私は、父に抱かれて人間の様を見続けた。産まれた時から吸血鬼であった私には、父が人間にする行いは種族として至極当たり前の事だと思っていた。

 母にはそれが耐えられなかったようだ。人間の血肉で造りあげた酒"血"肉林の毎日。母の母乳よりも先に私が吸ったのは、私と変わらぬ年の赤子の血だった。

 私が物心つく前に、母はその日々に狂い、自ら海へと身を投げた"らしい"。

 母の自殺に、父は人間らしく哀しみの感情を少し持ったようで、その愛した母から産まれた私に、愛情を注ぎ、教え育てた。我々吸血鬼のことを、餌である人間たちのことを。

 父は、母の死は人間の心の弱さによるものだと教えた。弱き人間という種を絶やそうと、父は同胞を増やし、子を増やし、やがて吸血鬼の国を作ったのだ。

 私は生きる2番目の吸血鬼。多くの妹や弟たちに、囲まれてなに不自由ない、幸せな幾百年を過ごした。

 故に・・・アスビー伯、私は退屈したのだ。

 我々を崇拝する人間たち、今で言う怪奇教と言うものたちか? そして、我らと比類する怪奇たち。それに対抗し術を高めていった人間たちと。

 私は母とは違った理由で、力無き人間に興味を抱いたのだ。圧倒的、闇に包まれたイディオンで、その闇に打ち勝とうとする餌である人間たちが、私にはとても尊いものだと思ったのだ。反抗期でもあったのかもな、私は父が反対するのを他所に、一人、人里に下りては、人間の書物を漁り、人間の文化を観察した。

 それを良しとしない父は、人間を滅ぼし続ける。お前たちにとったら、とんだ父と娘のいたちごっこだな。それはすまない、謝ろう。

 私は考えた。人間は考える生き物だろう、私も人間の血を持つモノとして先ずは考える。

 父の行いは悪いことではない、生きるためには当然のことなのだと。しかし、父はやり過ぎている。このままでは本当に人間が滅んでしまう。人間が滅んでは私たち吸血鬼も餌を無くし滅んでしまう。そんな単純な死活問題も、圧倒的な父の不死力には関係の無いことかも知れないがな。一人、一匹か? 私が可愛がっていた妹がおってな。そいつを飢餓に餓えさせるのも嫌だったし。何より、父の凄惨な人間狩りの影響で、人間たちが我々を本気で敵対し、多くの同胞が殺され出したからな。きっかけは、まだ幼いその妹が、人間に酷く痛みつけられたことがあったことか。私の考えが実行に移されるキッカケとなったのは。これも下僕の世界の噺だが、"驕れる人も久しからず"。本当にいい言葉があるものだな、我が下僕は真面目な学習を修めたゆえに、色々と異界の人間文化を教えてくれるぞ・・・お前も教えて貰えアスビー伯。

 話の腰を折ったが・・・つまりだ、アスビー伯。強者が常に強者で有ることなど有り得ない。精強な国もいずれは衰退し、滅びる流れなのだよ文明とはな。私が人間の心理や、文化に詳しいのも納得するだろう?

 妹が死ぬのも忍びない、父が死ぬことは中々に無くとも、一応は血を分けた同胞家族たちが、これ以上死に逝くのも嫌だった。

 そこでだ。父の力を濃く継ぎ、人間の知恵を持つ私は策を労した。

 強大な力を削ぐことで、私は吸血鬼たちと、人間たちを護ろうとしたのだよ。良いように言えばこうなるが、実のところは私の父に対する反抗期と、人間文化を滅ぼさずに知りたいという知識欲によるワガママだよ。

 

 「ずいぶんと謙虚だなミレーナ、怪奇の王女。」

 

 ミレーナの生きた吸血鬼伝承を聞き、私はコーヒーを飲む。

 

 「それで、お前は父を殺したのか?」

 

 確かに、ミレーナのいう通りになっていたかもしれない。人間か、吸血鬼か。どちらかが滅んでいたかもしれないな。

 最も人間が滅びれば怪奇も滅びるのだが。

 怪奇とはそういうものだ。人間という畏れ伝える種族がいるからこそ、それを元にした怪奇が残る。

 それを怪奇でありながら、感じとり実行したというミレーナは、謙虚で利口な怪物なのだろうな。

 

 「真祖にして最古にして、最強で全盛期でもあった吸血鬼を正面からやり合って、1度殺すなどできるわけなかろう。たとえ、真祖にして最古にして、最強で全盛期でもあった吸血鬼の娘だったとしてもな。」

 

 皮肉るように嘲笑するミレーナだが、聞きに回る私は何の苛立ちも覚えず、私もコイツも知識欲が強いからな。変な共通項を持ってしまったものだ。

 

 「そこで、策だよ。アスビー伯。

 娘から父親への誕生日プレゼントとして死をあげようとしたのだよ。油断もしよう。300度目か、400度目か。私は『御父様、今までごめんなさい。人間の事を知ろうなんて愚かでした。』と言葉を添えて、父の欲していた禁術書をやったのだよ。父は大いに喜び、機嫌よく酒と血を呑み喰らったな単純なことに。小さい頃の様に私が隣で添い寝してやると、油断丸出しで幸せそうな顔で眠りこけおったわ。そこで私は銀の弾丸と、銀の杭とを心臓に突き立て、最後に娘の牙をプレゼントしてやり、その首を銀の剣で叩き落とした。」

 

 細々と、容赦も妥協もなく、全力で肉親を殺した経緯を語るミレーナはやはり私たちとは違う。

 命の価値観がな。ワタシでも流石に放蕩する父に会っても、雷の張り手を数発撃ち込む程度だぞ。

 

 「それでやっとか。実の父親を殺すほどに痛みつけたのは。」


 「そうだよ、アスビー伯。肉親が、娘が父親を刺し殺すのが、おかしいか? お前なら気持ちがわかるだろう? 母の幻想に追われ、娘も領地も蔑ろにしてきた父を・・・」

 

 「ミレーナ、"詠む"な。貴様のそれに私の心が動じることは決してないぞ。」

 

 余計なことを考えると、コイツは容易に汲み取ってくるな。

 コイツは人間の慎ましさをもっと少し学習すべきだろう。

 月徒にそれとなく命じておこうか。


 「悪い癖だよ、アスビー伯。私はお前たちに興味津々だからな。それでだ、話を戻すぞ。

 数百年ぶりに死に、甦ったあいつが娘に言った言葉は『気にするな只の自殺だ。』だとさ。それで私は城から逃げ出すことを決意したのだよ。

 あいつにとって私の精一杯の感情表現すら届かないのだと、頭では理解していたが、実際に目の前でそう言ってのけられると、流石の私もショックで気を狂わせたな。まあ幾分か父の力を削げたかもしれないが、念のため私は、大事な研究材料を痛め付ける同胞たちを殺し回り、城も崩壊させて、逃げ出した・・・ハハッハ! 可笑しいだろう? アスビー伯。

 笑え? 笑えよ。私は只の駄々っ子な餓鬼よろしく、私の事なんて全然わかってくれない! と暴れまわって逃げたしたんだぞ。大事にしていた妹をも、痛みつけてな!」

 

 感情を初めて見せたように私には思えた。

 初めて誰かに語ったであろう、真実を。

 吸血鬼たちが、夜の世界だけを支配するようになった経緯。それは目の前にいる、一匹の吸血鬼の行いましたによるものだということを。

 感覚に差異はあれど、愛した父と、愛でた妹。共に育った同胞たちを、殺し、噛みつき、喰らい。そして、逃げだした恐ろしく力を持つも儚い少女。

 その言葉に感じ入るモノがあるのは、仕方がないことだ。

 

 「わからなくはない。」

 

 しかし、わかってるだろうミレーナ。

 私とお前は敵対者だということも。

 お前が月徒と共に、私を尋ねた訳もわかったが、

 お前たちの望む平穏を与えてやることは、アスビー・フォン・ライクニックには与えられない。

 

 「わからなくはない? ハッキリしろよ、アスビー伯。私はお前の義母よりも優れた、あやかしだが。根本的に違うぞ。私はお前の天敵だ、お前らを餌にする悪者だぞ? 弱味を見せるな。気色悪い。」

 

 そう叱責を浴びせるのも、甘んじて受け入れてやろう。

 結局は、こうなるが。最後に月徒のことだけ聞いておくか。

 私は、少しずつ腰にかけた銀の剣に魔力を込め出す。

 当然、気づいているだろう。

 これを抜くキッカケはお前にやるぞ、ミレーナ。

 

 「ふん、"月徒"は。逃げ出した私を追う怪奇教の根城に忍び込んだときに、囚われているところを見つけた。お前の下僕には話したが、月徒は運悪く、実妹と共にこの世界に召喚されたのだ、怪奇教の者の手によりなぁ。

 妹は目の前で嬲り殺され、月徒自身も肉体を死ぬギリギリまでに痛みつけられて、オモチャとして生かされていた。怪奇教ではよくあること、今までも幾人もの死んだ生者を楽にしてやってきたか。心も身体も死にかけて、楽に死ぬことだけを、私に望む人間たちの息の根を経ってきた。

 月徒にもそうするつもりだった、アイツの瞳を見るまでは。アイツの瞳は生きていた。最初は私が怪奇教の者だと誤解して無き四肢で飛び掛かろうと鎖を鳴らしていたよ。

 怒りと、苦しみとで歪んだ瞳。黒い瞳を真っ赤にさせていた。アイツはな、私は吸血鬼であると告げ、殺してやろうかといつもの通りに問うてやるとな。こう言ったんだよ。

 『僕を吸血鬼にしてください!』と。異界の者に言われたのは初めてだった。あちらの世界でも吸血鬼は畏れられているらしいからな。理由を問えば、『殺してやりたい奴がいる。』と言うのだ、死に体の身体で。

 私はそんな月徒の想いに、荒んだ心が潤った心持ちになった。私は血に汚れた月徒の唇を食み、そして、首にかぶり付いた。

 我が下僕となれと・・・。」

 

 「月徒が望んだのか?」

 

 「ああ、快復した月徒と共に、そこの怪奇教の根城を滅ぼしたが、結局、月徒たちを召喚した召喚師は見つからず、久々に眷属作りをした私も多少弱ってしまってな。どうにか追撃の手から逃れ、逃れて。いまこうしてアスビー伯の前にいるというわけだ・・・。」

 

 さて。

 ミレーナが、テーブル上のワインボトルを掴み、直接口をつけて、その中身を飲み干す。

 

 「私たちの顛末は話したぞ、アスビー伯。」

 

 「ありがとう、ミレーナ。十分聞かせてもらった。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・それで?」

 

 「それで? か。また返し辛い問いかけをするなぁアスビー伯。」

 

 「お前と月徒が、琥太郎の作った食事で満足し。私の土地に静かに住み着くというならば、話を聞いてやらないこともないが・・・。」

 

 「・・・そうはいかないなぁ。私も月徒も、人の血を吸う鬼だからなぁ・・・。」

 

 腰かけた椅子を少し引く。

 直ぐに銀の剣を抜けるように。

 

 「・・・残念に思うと言えば笑うか?」

 

 「いいや、アスビー伯。お前も私たち同様に、狙われる身だ。私のような、この館の主人をも凌ぐ力を持つ怪奇を土地に置ければ、心強く、頼もしいことだろうな。そして私も、お前という人間が、私たちに安寧と、欲と、復讐と。それらをもたらしてくれる存在だと、認めているからなぁ、協力を求められれば、それに応えることも吝かではないぞ、アスビー伯。」

 

 残念だ。お前が、もしも人間ならば・・・いや、産まれた時から、あやかしか。

 

 「キッカケだ、アスビー伯。

 私たちを住まわせたいならば、血を捧げよ。お前が守る民の血を!」

 

 「断る、私からお前に与えられるのは、これだけだ!」

 

 開戦の雷を帯びた銀の剣を抜いた・・・。

 

 

 

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