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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
55/70

「彼の主はバンパイア」

「彼の主はバンパイア」

 

 

 

 

 

 

 

 吸血鬼にbreakfastを作る日がくるとは思わなかった。

 

 「ふん・・・良いコックを雇ってるなアスビー伯。私にくれないか?」

 

 「・・・。」

 

 「お前にやるモノは、たったのひとつもないぞミレーナ。黙って食え。」

 

 何かあれだな。

 

 「・・・ねえ、ミレーナ。アタシに何か言うことはないわけ?」

 

 「何もないぞ、発情エルフ。」

 

 「発情ぅお?」

 

 「朝っぱらから、コックと乳くりおって。貴様はどこの未亡人だ。」

 

 「アスビー! アスビー! 許可を! アタシにこの淫乱蝙蝠を殺す許可を!」

 

 「五月蠅い、黙って食えと言っただろう。その許可は私がやるから承諾せぬぞ。」

 

 「まったく血の気の多い連中だ。のう? 琥太郎。」

 

 「・・・。」

 

 まったく嬉しくないハーレムだな。

 

 いや嬉しいよ。これがほのぼの学園モノのヒトコマだったなら、安楽島琥太郎うらしまこたろう夢のごとくだよ。

 某文庫の電撃中学生よりも血気盛んに静電気を帯びるご主人様と。弓道部に在籍していたならアイドルにしてエース、動く的も、生きた的も確実に仕留める、湯上がりエルフの同僚と。超絶美人で学園のマドンナ、新入生がみな虜になり、そして餌とするとっても強い女吸血鬼と。

 ああ、綺麗な女の子たちが俺を取り合って揉めている・・・。

 今のうちに逃げよう・・・。

 

 食卓に盛られたリンゴを1つ掴み、泥沼ならぬ血の池と変わりつつある修羅場から逃げ出す。

 

 こういう時だけヨミの家に住みこみたいと思う。

 だってこの風呂場ですぜ。修学旅行で入った大浴場よりもデカイ、木目調の浴室、だけ! ヨミのセンスの良さに感謝する。

 アスビーに頼んだら、ウチにも出来ないかな。子供の欲しがりみたいだが、アスビーも結構気に入ってるみたいだし。トライする価値はあるかも・・・。

 

 ガラッと開く引き戸にすら感動を覚えながらタオルを肩にかけて、豪快に入る。

 ああ、殿様気分だ。ヨミ監修ならばリアル殿様が入ってた風呂を模してるかも知れないから、よりいっそう。

 

 「ばばんばばんばんばん・・・ばばんばばんばんばん。はぁービバのの!」

 

 「わっ! 誰ですか?!」

 

 え?

 

 「え?!」

 

 ・・・くそ! 男か。

 いやいや、男でなければ今ごろ俺はノーチラスの朝食になっていた。

 

 「・・・お前が月徒か?」

 

 まず間違えないだろう。この屋敷に忍び込む男なぞいるわけがない。前述のとおり、湯に漬かる前に、ノーチラスの唾液に、包まれるだろう。

 ならば、ミレーナさんが言っていた。

 湯船に浸かっていた、俺と同様に黒い髪、恐らく眷属になる際に変化したのであろうが、少し黄色みがかった白い肌と赤い瞳。眉毛は黒いままなんだなぁ・・・

 

 ・・・・・・くそ! 負けた!

 

 視線をよく締まった薄い筋肉の胸板から、シックスパックに割れた腹筋から、そのまま下に下ろしていって俺は強い敗北感を味わった。

 大衆浴場に来たことのある男の子ならわかるよね?

 

 「あの、貴方は・・・。」

 

 俺の視線に勘違いしているようで、下半身を隠しながらモジモシと身をよじらせる、恐らく月徒。

 何だろうこのドキドキする気持ちは・・・この恥ずかしがる男の子を苛めたくなる気持ちは・・・!

 

 止めよう。俺の貞操のためにも、俺のギリギリ残された羞恥心と理性のためにも。

 

 「ああ、悪い。俺は琥太郎。お前と同じ、アスビーに召喚された日本人だよ。」

 

 「ああ! じゃあ貴方が! どおりで聞き慣れた鼻唄だなぁと思いましたよ!」

 

 恥ずかしいから、そこは掘り下げないでくれ。

 どこの銭湯通いのジジイだよ。

 

 「僕は、荒城月徒あらしろつきと。高校生でした。」

 

 「俺は、安楽島琥太郎うらしまこたろう。浪人生だった。」

 

 そうして、大浴場の真ん中で俺たちは固い握手を交わした。

 全裸で。

 

 「朝風呂か?」

 

 「ええ! ちょっと、寝汗をかいちゃって・・・。」

 

 区切れ悪く湯船へと、顔を沈める月徒。

 いいよ、わかってるよ。ミレーナさんの乱れたバスローブを見るに、そしてお前の首もとの噛み後と、強く吸われて赤くなった痣を見るに。そういうことを致してたんだろう?

 羨ましいと、素直に僻みます。

 

 「琥太郎さん・・・無事で良かったです。」

 

 「ん? ああ。気にするなよ。いつものことだから。」

 

 何のこと? そんな事を聞き返すことはしない。

 ミレーナさんの、主人の命に逆らえない下僕の月徒にとって、俺の命を危険に晒すことをどのくらい気にしていたのか。

 良かった、吸血鬼になった。この世界に召喚されて、死ぬほどに、いや死ぬ以上の苦しみを味わってきた日本人が。普通に人の死を悲しんだり、哀れんだりすることができるのか。

 ミレーナさんの話を聞いて正直怖かったが。

 うん、良かった。

 でもそこらの話を掘り下げるのは止めておこう。

 同じ日本人。日本という平和な国で義務教育を受けてきた仲間だが、目の前で肉親を殺される、しかも同じ人間に喰われるなんていうテレビゲームでもありえないことを見させられたこと。

 そして、同じ召喚された日本人なのに、俺はココロヤサシイ主様と、トテモカワイイ、オシトヤカナエルフの騎士と共に暮らし。部屋も与えられ、仕事もあり、食事にも困らないし、こちらの世界で友人も、家族に近い仲間も作った恵まれた、幸運な俺。

 それを僻んだり、羨ましく思う気持ちがあるかということ。

 

 恐くて聞けるわけがない。

 

 互いの気まずさからだろうか、湯を浴び髪を洗う俺の背に黙りこんでしまった月徒。

 コブラの時と同じように距離を詰めていけばいいかな?

 いや、もっと親密に。同じ日本人の少年なんだぜ?

 もっと漫画とか、バラエティとか、アニメとか、学校の話とかも話せるんだぞ。

 とうとう考えれば考えるほど口からモノが出てこない。

 ああ、俺そういえば。人見知りだったなぁ。

 イディオンでは周りが騒がしく面白い奴が多いから気にしなかったし、そんな俺の寡黙を心地よいと思ってくれる主もいるから忘れていたが。

 

 「・・・アイウォンチュー。」

 

 鉄板どころを投げる!

 

 「・・・アイニージュー。」

 

 返ってきた!

 流石、日本一のアイドルグループ!

 

 「あ、これより先は歌詞わからないです・・・。」

 

 いや、いいよ。月徒! 俺が投げた無茶ぶりだから!

 うわぁ、こいつ良いやつだな絶対!

 

 「俺もあんまりアイドル詳しくないんだよな、アニメとか観てた?」

 

 「はい! 観てましたよ! 僕、声優さんとかに憧れてたんで、スゲー観てました!」

 

 興奮が伝わってくる。俺もだよ月徒。

 俺も嬉しいよ、忘れ去られた日本の黒歴史を思い起こしてくれる。

 

 「俺、ざーさんのポスター貼ってたわ。」

 

 「僕も! CD持ってましたよ。」 

 

 ・・・。

 ・・・。

 

 少しの沈黙。

 おれが髪を洗い終わり、頭にタオルを乗せて月徒の隣に浸かり、目線を送る。

 歌は世界をつなぐんだ、そうだってマイケルやシンディたちが教えてくれたから・・・。

 歌はいい・・・音楽はいい・・・。

 言葉も人種も違う人達が1つになれる。

 

 俺から?

 お願いします!

 

 よし!

 

 「せーの・・・」


 「「でも そんなんじゃだーめ! もー そんなんじゃほーら! ここころーは進化するーよ、もーとっもーとっ!!」」

 

 注 JASRAC をつけておいてください。

 19歳と17歳の男の子が、本家のエンゼルボイスとは程遠い、地声での大熱唱。異界の地の風呂場にて"ふわふわり ふわふわる"して、強く絆を結びあったのであった。 

 

 俺たちのWe are the world!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「月徒! 牛乳飲むか?」

 

 「ください!」

 

 ゴクッゴクッゴクッゴクッ・・・プッハァー!

 

 腰に手を当て鏡の前で、俺が風呂上がりの一杯として用意しておいた、牛乳瓶を二人で一気飲みする。

 

 剣と魔法と、馬車が走るイディオンの邸宅が、銭湯の着替え場に早変りした。

 腰にタオルを巻き、空の牛乳瓶を合わせる俺と月徒は、すっかりと打ち解けた。


 「いやぁ粋だなぁ・・・。」

 

 「粋ですねぇ・・・。」

 

 残念ながら扇風機はないので、扇子を片手に椅子に腰かける。

 

 「スゴいお風呂ですねー。」

 

 「ああ、ここの持ち主の趣味でなー。」

 

 完璧にリラックスした俺たちは、間延びした会話を続ける。

 ああ、さっきまで何か殺伐としたことがあったようなー・・・まあいいかー。

 

 「アスビーさんのですかー? 以外ですねー。」

 

 「あー、ちゃうちゃうー。アスビーの屋敷は、このまえ全壊しちゃったからなー。ここは、ヨミっていう江戸住まいのオバさんの持ち物なんだぜー。」

 

 「全壊?!」

 

 「ああ、ちょっとダイナマイトでねー。ボカンと。俺とアスビーが。」 

 

 「スゲー・・・ダイナマイトなんてあるんですか??」

 

 「俺たちとは別の異界人のオッサンが持ってたんだよー。今度詳しく教えてやるよ。俺たちの燃え上がる一夜の思い出を・・・。」

 

 「え!? 何があったんすか!?」

 

 「ちょっとしたゴジラクラスの蛇の化け物が、アスビーと俺の命を狙いにきてなー、俺たちは一室に閉じ籠り、二人で身を寄せあって恐怖に震えていたんだよ・・・。」

 

 大嘘である。

 てへぺろである。

 それでアスビーが俺の妄言を許してくれるはずもないが、まあ後のことは気にするな、ワカチコワカチコである。

 

 「アスビーは俺に言った『最後に私と1つになりましょう』って・・・月の明かりだけが差し込む暗く閉じた部屋俺はかのじょの瞳が、夜空に輝くどんな星よりも美しいと、彼女の耳を撫で上げながら・・・」

 

 バッリン!!


 俺の妄言を中断する音。

 窓か、陶器の割れる音。

 

 「なんだ!?」

 

 「まさか、奴等が!」

 

 タオルを強く巻き直して、俺と月徒は、揃って着替え場の戸を開け放つ。

 

 「・・・なんじゃあこりゃあ・・・。」

 

 廊下の窓という窓、置かれた趣味の悪い陶器や、像までも。ことごとく地面に落ち割れていた。

 明確な争いの後が濃く残っている。

 

 「ミレーナッ!!」


 廊下の先、アスビーたちが食事を取っている筈の食間から聞こえる激しい金属音と、魔力の波動。

 

 月徒が一目散に走り出す後ろを俺も追う。

 アスビー・・・キャトル・・・。まさかこんな。

 すべてを失った月徒のことが脳裏に走る、俺の家族のように、大事な二人のことが脳裏に走る。

 

 無事であってくれ・・・!

 アスビー! キャトル! 

 

 白昼堂々の襲撃。

 昨夜ヤられたモノ達の報復か。はたまた別の何者かか。

 

 バスタオルのみ腰に巻く俺たちが、食間のドアを開けると・・・そこには・・・

 

 

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