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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
53/70

「月に代わってお仕置きを」

「月に代わってお仕置きを」

 

 

 

 

 

 

 ある吸血鬼の回想・・・。

 および、遺想ゆいそう・・・

 

 我々にとって。嫌悪の走る丸い月。

 我々は高貴で、高尚で、高度な人間から進化した種族。

 陽を浴びて暮らしていた時は、既に忘れた。

 その陽を思わせ、忌まわしい狼どもが生気をみなぎらせる丸い月。

 

 我々が闇を照らす唯一の存在、刻の半分を治める支配者。

 獣を嫌い、人間を欲する優しき牙を研ぐ。

 

 臭い、この街は臭い、この地は実に臭い。

 土の匂いが混じり、草の匂いが混じり。

 あの忌まわしい同族殺しの女の館から香る、芳醇な人血の匂いすら、薄れるほどに。

 

 ディナーの途中か? 餌はまだ生きているか?

 我々にとっての至福の時間を邪魔するのは忍びないが、貴様の罪は軽くない。貴様を捕らえ、嬲り、渇き自らの肉を食むまで鎖に繋ぐ。

 

 我々の主人はそれを望む。

 知ったことではない、我々は高貴で、高尚で、高度に進化した種族。

 陰湿な城に籠る主人までわざわざ女の肉を届けるなぞ。

 10余名の我等の貪り尽くした後の骨片だけをくれてやるよ我が主人。

 

 さあ、皆さん狩りの時間です。

 愉しみましょう。

 

 ・・・・・・月を見上げてどうしたのですか、我が同族よ?

 

 月の影を指す同族の首が、刹那ポトリと地面へ落ち、残る肢体が灰になる。

 何故?

 

 次々と我等は月に差す影を見上げる。羽の生えた巨大な一角の獣の形をした、その影から飛来する・・・銀先の矢!

 

 「かわせ!」

 

 一人の同族の言葉に反応し、我々は銀矢の雨から身をそらす。

 

 エルフ、エルフの女だ!

 丸い月を背に、一角獣に股がる一匹のエルフが我々に矢を降らせているのだ。

 

 「殺せ!!」

 

 私は飛び上がる、エルフ娘の柔首目掛けて。

 森は貴様らの縄張でも、夜は我々のモノだ!

 夜の空は我々のモノだっ!

 

 目を凝らせば、まだ若いエルフの女。

 貴様が我々のディナーの前菜にっ!

 

 伸ばせば届く位置にいた女が、急に遠ざかる。

 顔に何かが、ぶつかった。その何かの衝撃で私の身体が地へと・・・。

 

 「ライトニング!」

 

 ・・・眩しい。長物を持つ人陰が見え・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 雷鳴を遠くに見て。

 館にそぐわぬ木目の大浴槽。

 人がゆうに50人は入れそうな大きさの、館の主ヨミの自慢の浴槽。

 その片隅に、二人の男女が腰かける。

 男の腕の中に収まるように浸かる、女は雪色の足を伸ばし、小窓から空を眺める。

 

 「・・・良い満月じゃないか・・・月徒・・・。」

 

 飼い猫が、主人にじゃれつくようにミレーナは月徒の裸体に身を預ける。

 

 「大丈夫でしょうか。」

 

 寄ってきた愛猫を抱くように、月徒はミレーナの銀髪を撫でる。

 

 「心配には及ばん、蝙蝠こうもりどもも今宵は様子見。下級な眷属どもが束になっても。七怪奇を退けたアスビー伯たちが、遅れをとることなどない。」

 

 「じゃあ、様子見じゃなければ?」

 

 「・・・お前は、私の前でだけ利口になるなぁ。

 蝙蝠どもとて、見知らぬ土地。夜とはいえど、エルフどもの匂いが濃く残る夜の森で、策もなく暴れようなどと、馬鹿なことはせんよ。それに・・・。」

 

 もしもの時は私の屋敷を"使えば"いいだけだ。アスビー伯ならわかってるだろうし、中にいるあの従者も感じているだろう吸血鬼の弱点を・・・と、"勘違い"しているだろうなアスビー伯、まあ、そう誘導したのは私だかな。

 私の館だからな、制約も糞もない。

 

 「いや、いい月徒。"召喚師"について、少し教えてやろう・・・苦い顔をするな月徒。知識は武器、勝つための武器になる。よいな?」

 

 「・・・お願いします、ミレーナ。」

 

 召喚師は月徒にとって宿敵、仇。

 とはいえ、そう構えていても話が進まない。月徒にとって、この女主人は命の恩人であり、命をとして護りたい者。

 その為に、必要な知識と力に貪欲になる。そう割りきれるようになるまで、時間はかかったが。

 

 「かしこまらないでよい、月徒。今は私たちしかいない・・・お前はまだ、疑問を抱いているな? なぜ健康的で"腹を減ってもいない"私が、先のような演技をしたか?」

 

 演技。そう言いきる。血を吐き、生きも絶え絶えに魅せてやったのだと。

 

 「簡単なことだ、アスビー伯たちを焚き付けるためだけに。正確にはあやつ等に真面目に取り組んでもらうために、私たちと真面目に付き合って貰うためにな。私は、お前と同じ世界から来たアスビー伯の従者と話した、幸福に祝福され、あやかしに祝福され、この世界に呼ばれた従者であるゆえ、不思議が多い。

 さて、前置きはこれ程に。詳しくは本人と後で話せ。私の感じるモノをお前に共有しては勿体ない、それはいつものとおり、お前でその者を判断せよ。

 ・・・召喚とは、何も自由自在で便利に、旨い肉が食べたいからと、高級な牛をと、呼べるものではない。お前たちを呼んだ者も同様。異空と異空を繋ぐ術には、制約も誓約もあるし、大変に危険を伴う。ある召喚師は、間違って両足だけを異空に飲まれたとか。呼んだ獣と同化したとか。喰われたとか。

 要するに非常に繊細で、かつ強大な魔力とそれを制御する術を身に付けていなければならない。」

 

 「つまり、アスビーさんの力量をみたいということですか?」

 

 胸に収まる華奢な肩を労るように揉みながら月徒はそう答えへと結びつける。

 

 「ん・・・そういうことだ。私が利用してみようと思い立った者たちが、そこらの有象無象の人間どもと、どう違うのか。うん・・・要するに実験だな。」

 

 実験。生命を天秤にかけてのということに関して、当然のように使う主人の言葉に嫌悪を、覚えることは、もうない。

 自分自身も、その生命を餌に生き永らえているのだ。

 

 「そうだよ、月徒。お前がまだ人間だった頃、豚を食べたろ、牛を食べたろう? 何も変わらないよ。私たちが人の血を吸うのと、何も変わらない。いやむしろ、加減してやれば生かすことも出来るんだ、実に生産的だなぁ?」

 

 「それは、どうかと思いますけど・・・」

 

 「つまりだ・・・」


 ザバリと立ちあがり、月明りに照らされた真っ白な柔肌を見せつけるように官能的に月徒へと振りかえる。

 

 「私はアスビー伯に期待している。私とお前の願い、平穏と復讐のためにどれだけ役だってもらえるか、奴の従者が、どれだけの魍魎を寄せてくれるか?

 お前も感じるだろう? 下級な眷属どもだけではなく、本物の"始末者"が近づいていることも。大なり小なりの怪がこの地に、近寄ってきていることも。

 愉しめそうじゃないか?」

 

 月徒だけに向ける、ミレーナの凄惨な笑みには慈愛と悦びが混じる。

 

 「僕はみんなが無事であることを祈ります。」

 

 「何に祈る、鬼の眷属?」

 

 どこまでも貞淑な人食いを面白く思うミレーナ。

 

 「悪魔にですかね。」

 

 「悪魔なんて、いないぞ。抽象的な存在に過ぎない神も、天使も悪魔も。だからこそ、生きる者はすがるのだがな・・・」

 

 気持ちよく笑う主人の身を後ろから抱きとめる。

 

 「僕の悪魔は貴女ですよ。」

 

 「・・・随分な殺し文句だ月徒。」

 

 悪魔に仕え、悪魔に願う眷属の熱に身を任せ、それを合図に

 主人は銀髪をかけあげて首をさらけ出す、

 眷属は導かれるままに、その首へとかじりつき・・・。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キャトル、援護しろ!」

 

 ヨミの館での熱とは遠く離れた冷えきった夜の森に、アスビー・フォン・ライクニックは降り立った。

 確かに、ある。昨日まではなかったという館が、目の前にある。数日前までは鬱蒼と繁っていた木々が、館を避けるように生い茂っている。

 恐ろしいものだと、アスビーは思う。

 怪奇の王とも呼ばれる吸血鬼の力はこのような大掛かりな物質まで、創造させてしまうのかと。

 

 一匹の吸血鬼を槍と雷で叩き斬ったのち、そんな感慨に更けつつも辺りをグルリと見渡す。突然雷と共に飛来したアスビーから、隠れるように吸血鬼たちは、漆黒へと溶け込んでいる。

 

 「キャトル! 火をぅ!」

 

 「はいよォ!」

 

 空から火矢を降らせてもらい、幾分か視界が広がればと、

 暗闇に溶けた吸血鬼たちの姿をそう簡単に捕らえることもできない。

 夜の森、数本の火矢は篝火ほども役に立たないほどに闇に包まれている。このままでは狩られる、吸血鬼と外暗で相対するなど愚の骨頂、決してならない!

 

 ・・・くそ、ミレーナめ。ここまで計算づくか?

 

 姿は見えねど、確かに感じる邪悪な魔力がいくつも。当てずっぽうに雷を放っても、逆に奴等に隙を与えてしまう。

 

 となれば、やはり"ここ"を使うしか・・・。

 あの高位な吸血鬼とは思えないほどに、卑しく狡猾な女の手中を行き来するような感覚。

 だが、仕方ない。今はこれが得策。

 

 「キャトル! 降りてこい!」

 

 決断すれば、行動は早い。

 アスビーは、すぐにキャトルを呼び寄せる。

 

 「なんでぇ!?」

 

 キャトルとすれば、月の明りに近い上空からならば、奴等の姿も見やすいし、仮に空まで飛び上がり襲ってきても、股がるノーチラスが反応してくれる。

 これとなく優位にたてる位置なのだが、

 でも地上のアスビーだけを危険に晒すわけにも・・・何か考えがあるのかな?


 ノーチラスの手綱を握り、高度を下げていき飛び降り駆け寄る。

 

 「ノーチラスは?」

 

 「好きにさせておけ、こいつの血は吸わんし、奴等程度には食われん・・・それよりも!」

 

 アスビーと、降り立ったキャトルは館を背に固まる。

 空からの銀矢に警戒していた吸血鬼たちが、徐々に間合いをつめてくるのも感じるも、アスビーの行動は既に決まっている。

 

 「入るぞ。」

 

 「ここに?」

 

 招かれていない家に奴等は入れない。

 入れるほどに高位な吸血鬼の魔力も感じないならば、それがよい。

 わかっていたな、ミレーナめ。琥太郎を餌にといったが、招かれて、この館に居る以上安全だ。流石に臆病なアイツはノコノコと出てこないだろう。

 

 近場の窓を叩き割り、近づく闇の住人たちから逃れるために飛び込む。

 

 「いたっ! 切ったよ!」

 

 割れた窓ガラスで肘を切ったキャトルが悲鳴をあげる。

 切りどころ悪くボタボタと流れる血、僅かな蝋燭が灯されるだけの薄暗い館の廊下の床へと落ちる。

 切りどころが悪いだけで、致命にはならないか。

 

 「間抜けめ・・・よしここから外を狙っていろキャトル。

 私は琥太郎を探してくる。」

 

 「了解しった!」

 

 安全地帯に夜目も鼻も利くキャトルを"設置"し、おそらく身を隠しているだろう従者を探すことにする。

 どこだ? どこにいる、琥太郎!

 

 長槍を片手に、僅かな壁掛けの蝋燭を頼りに廊下を走るアスビー。

 

 チャリ、チャリ。

 

 何かを踏んだ音が耳に届くも、足を休めない。

 

 ん?

 

 ・・・ガラス、窓ガラス?

 踏みつけていた音の主が、月明りに反射し煌めく。

 

 なぜだ、なぜ、廊下に散乱している? 割れている?

 少し、思考を回しながら足を止めずに広間へと出ると・・・

 

 「・・・しまった。」

 

 大きな勘違いをしていた。キャトルに悪態をつかれても、無事につければだが許そう・・・

 招かれた者しか入れないのが、吸血鬼の制約。

 そう、人間の家に招かれた吸血鬼しか中には入れない・・・。

 焦っていた、圧されていた? あの計算高い吸血鬼に見事にのせられていたから、と言い訳を直ぐに忘れる。

 そう。ここの主人は人間ではないのであった。

 

 広間には、二匹の吸血鬼が見えた。

 一匹は二階へと続く階段の上に、もう一匹はアスビーに背を向けて。

 

 やむを得ん、交戦だっ!

 

 アスビーは手にもつ銀先の槍を振りかぶり、体重をのせ、真っ直ぐに、背を向けた吸血鬼へ向けて投げ込み。

 気づかれても、構わない。私は隠れる気は毛頭ないからな。

 

 こちらへと二匹が気づくも、背を向けた一匹は間に合わずに槍を背中に受けて倒れこむ。

 

 「キィィィーーー!!」

 

 甲高い断末魔をあげて、灰と散る同胞に放られた攻撃に反応したもう一匹が、血をも思わせるほど真っ赤な瞳を輝かせ、アスビーへと飛び掛かる。

 

 見える、ここは外に比べて遮蔽物も多く、僅かながら灯る蝋燭が奴の姿を肉眼で捉えることができる!

 

 眷属といえど吸血鬼。されどこの吸血鬼も元は人間だ。

 銀の剣を抜き、構えれば宙に浮いた吸血鬼は自ずと恐怖に身を強張らせるのも、

 素人、貴族か。銀に染まりきらず淡く白に染まる薄茶色の髪の男。若い、私よりも若いかもしれぬな"そう成った"時は・・・。

 剣を右手に持ち、左手に魔力をこめれば自ずと私の左手に今度は意識を反らす・・・正直者め、若くして力を持ちすぎ、その力に溺れた者が大半なんだ吸血鬼の眷属どもは。

 持ち変えた剣を先と同様に中空の吸血鬼に放る。

 

 「反撃に出る獲物は初めてか、坊主?」

 

 奇をてらった投剣に、身体能力をあげた若い吸血鬼は何とか身を反らすも、かわしきれずに右肩に刺さる。

 

 「ギャィィィヤァァァァ!」

 

 焼ける痛みに飛びかかった勢いは殺され、吸血鬼は地に落ち身をよじる。

 慣れてないだろう、お前らは。死の痛みに慣れていないだろう? 不死にも近い生を与えられ、闇のなかを忍び、弱い人間を狩ることしかしない貴様らには味わいえないだろうな。

 

 「ライトニング!」

 

 左手にこめた魔力を、のたうち回る吸血鬼にそのまま浴びせ、痺れと焼ける痛みに怯みきった吸血鬼の肩口に刺さった剣を掴み、そのまま袈裟懸けに力を伝えれば、

 転がる吸血鬼の身体は綺麗に真っ二つにさけ、そして灰となる。

 

 今度は悲鳴をあげる暇もなく、対吸血鬼にたいして一切臆さないアスビーは、若い吸血鬼を二匹を数秒のうちに仕留めた。

 

 怯むな、畏れるな。有名な吸血鬼怪奇だろうと基本は同じ。

 怪奇は人間の畏れに漬け込むのだ。

 

 二階に、まだいるか・・・。

 姿や音も感じさせぬほど鮮やかに闇夜を徘徊する吸血鬼どもでも、あふれでる魔力は隠しきれない。

 

 さっさと済ませてしまおう、キャトルが心配・・・いやそれはアイツに失礼か。

 恐怖を知らぬ、自らが狩られる側に立たされ慣れていない吸血鬼の雑兵どもが、洗練された狩りの専門家、騎士として訓練されたエルフに敵うわけもないか・・・ないか?

 

 兎に角、先へと。支えが灰と化し、地面に転がる剣と槍を拾いあげて階段を駆け上がる。

 

 「・・・馬鹿め・・・。」

 

 二階へと上がれば右手の方から、もくもくと白い煙が流れ出てくる。

 隠れていれば良いものを、ワザワザに狼煙まで焚きおって。

 

 もういい、闇討ちは性にあわん。

 さすがの奴等もこちらに気づいてはいるだろうな、琥太郎の貪り食うのに夢中でなければ、

 

 「琥太郎!! 出てこい!」

 

 充満する煙に向けて声を飛ばせば、煙が向こうから揺らめく。

 ・・・3つ。隠す気もなく満々に漂わせる魔力がこちらへと。

 

 「・・・グロース。」

 

 目を閉じ魔力を高め、高めた魔力を全て右手にもつ槍へと移せば、

 槍は、その本体の何倍もの雷を纏う。

 

 「隠れても遅い、かわそうとするだけ無駄だ吸血鬼ども・・・。」

 

 微力な電気がやがてアスビーの身体を覆い隠すほどに強まり、槍は巨大な雷槍へと、廊下の横幅を越えるほどに大きな雷を纏い強め・・・

 

 力一杯に前方へ、煙の中からアスビー目掛けて襲い来るモノたちへ目掛けて、投げ込む!

 

 雷速、その巨大な槍は真っ直ぐに、煙を貫き、一本道の廊下の壁をことごとく焦がし破壊し直進する。

 

 「グェェぎぇぇぇぇごがぉぉぉぉ!!!」 

 

 晴れた煙から飛び出た3つの断末魔。

 

 「ワッグッッ!」

 

 すっとんきょうな叫び声が1つ。

 

 「・・・おい、下従者。出てこい。」

 

 扉も調度品も吹き飛ばし、備え付けられた窓も全て割れ、残った煙は外へと流れ出る。数メートル先に刺さった槍の本体が通った廊下には、焦げた死体が3つと、壊された瓦礫などが転がるのみ。

 そのうちの1つ。壊れた扉のノブを掴んだまま、目の前を通りすぎた雷の余波を浴びたであろう一人の男が痺れ立ち尽くしている。

 

 「・・・し、し、し、死ぬかと思ったよ、あるじーぃ・・・。」

 

 恐怖と痺れで呂律の回らぬ琥太郎にツカツカと歩み寄るアスビー。

 道すがら焦げた吸血鬼の死体を踏みつければ、黒い灰へなり空へと流れ散る。

 

 「無断外泊した罰だ下僕め。」

 

 「げ、下僕。よ、よ呼ばわりは、は、ひひ、ひどい・・・。」

 

 「ええい、世話のやける。」

 

 気付けにパシンと、アスビーの平手を喰らった琥太郎。

 

 「まだ、足りぬか。」

 

 「足りました! 足りました! もうけっこうでず!」

 

 痺れを痛みと、アスビーの睨みで押し殺した琥太郎は、両手をあげて許しをこう。

 

 「拾ってこい。」

 

 「はい?」

 

 槍をだ。首を向ければ、忠実なる従者は駆け足で深々と刺さった槍を抜きにいく。

 

 「まったく、とんだ足労だったわ。」

 

 やれやれ、存外にピンピンとしているではないか。心配をかけておいて。

 

 「ありがとうございましたっ! 抜けたっ!」

 

 勢いのまま床を1回、2回と後転する琥太郎を、見下ろすアスビー、ため息を漏らす。

 

 「さっさとついてこい琥太郎、キャトルが心配だ。」

 

 「キャトルも来てるのか?」

 

 「そうだ。」

 

 コツコツコツコツ。

 

 「・・・なんで?」

 

 俺がここにいると?

 

 「ミレーナだ。」

 

 「・・・会ったのか?」

 

 「お前もだな、何を言われた?」

 

 「・・・いや、なにも。」

 

 何も言われませんでした。

 

 ---私の下僕にしてやろうか?---


 俺は答えたよ、ならないと。御断りした。

 

 アスビーの服がところとごろ切れている。

 

 俺のために、そう言えば私のためだと返されるだろうか。

 吸血鬼の中を、囚われの姫を救う王子よろしく乗り込んできてくれた、

 さも当然のように傷ついて、俺を助けに。

 

 ああ、そうだよ。

 ミレーナさん。貴女は確かにわかっているのかもしれない、俺よりも、アスビーよりも、この狂っているという世界のことを。

 

 でも、そうだ。確かに俺は幸運だ。

 幸運で何が悪い、俺はアスビー・フォン・ライクニックという一人の召喚師に仕える幸運な世界の例外。

 ミレーナさんが会ったことない、幸運な被召喚者。

 それが偶然に偶然に、俺、安楽島琥太郎うらしまこたろうだったということ。その幸運に生き進むことが俺の道なんだよ、ミレーナさん。


 階下に下りアスビーは、槍を握りこみ。

 正面の扉を開け・・・

 

 「・・・本当に心配に、及ばなかったな。」

 

 「・・・俺、今度からこそ。本当にキャトルに不快なことをしません。誓います。」

 

 「私も、それを勧めよう。」

 

 扉を開け放つと、今だ外には、吸血鬼たちがいる。その一切を退治するためにと・・・。

 

 「あ、琥太郎・・・それにアスビー! ウソつきじゃん!! 全然普通に入り込んできたよ!! ビックリしたっ!」

 

 俺はたぶんお前以上にビックリしているよ、キャトルさん。

 正直、今日1番恐怖を覚えた。

 豪奢なベットの下に隠れ、恐ろしい人狩りから息を潜め身を震わせていた恐怖よりも。

 

 月明りに照らされた草を1面朱に染め、その真ん中には更に色濃い朱染めの騎士。

 

 軽重量の鎧も、手にもつ弓の先から中ほどまで、腰に挿す剣からも、今だ朱が滴る。

 いつも、俺の行いに一喜一憂キャーギャーと、騒ぎ立てる顔も血化粧の朱に染めて、灰と血の真ん中に立つキャトル・エルクーガは奴等を狩りきった凛々しき騎士様だ。

 

 「もー、なんか心配して損したよぉ・・・。」

 

 「あ、ああ。ありがとう、キャトル、さん。平気・・・ですか?」

 

 「なに? 気持ち悪いなぁー。」

 

 俺の、ひきつる肩をポンポンと叩くアスビー。

 どことなく、自慢気な。自分の騎士の誇らしさに頬笑むようであった。

 

 「・・・もう夜明けだな。」

 

 暗い森も気づけば、明りが差しこみだす。

 

 俺達、人間の時間が幕開ける。

 されど、また夜は来る。

 また、奴等は来る・・・。

  

 

 

 

 

 

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