「インタビュー・ウィズ・ヒューマニズム」
「インタビュー・ウィズ・ヒューマニズム」
昼間から赤ワインを飲むなんてイタリア人じゃないんだから。暇人、暇人と我が家のエルフの騎士にチクチクと言われる俺ですが、1度も昼間から暇をもて余しての飲酒などしたことはありません。まず主に、しばかれます。私が働いてる横で貴様は私の酒を飲むのか? と。勿論、外で飲むことも出来ません、この世界に昼間から飲める居酒屋も、コンビニで軽くアルコール飲料を買うことも出来ませんならね。
「人間。杯をすすめよ。」
今日は無礼講ということで!
すまない、主。すまない、国家公務員の騎士さんたち。
だって飲まなきゃ殺されちゃいそうですからね。
恐ろしいほど妖艷で、鋭い牙と紅い瞳が俺を餌として輝かせる吸血鬼ミレーナさん。
これも吸血鬼の力なのだろうか、気がつくと大きな深紅のソファに隣だって俺とミレーナさんは腰かけていた。
風俗店には年齢上言ったことないが、たぶんキャバクラってこういう雰囲気なんだろうなと、
「キャバクラとはなんだ?」
「美味しいお酒を美しい女性と飲むお店ですよ、高貴な、それこそ貴族のように財力のある方々しか入れないお店ですよ。はい。」
「ふん、つまらん店よなあ。」
危ない、危ない。貴方は人間の心が読めるんでしたっけ?
でも嘘はついてないですよ。貴族は貴族でも独身貴族で繁盛していますが、概ね、説明に間違えないでしょうよ。
「ゴチャゴチャと考えてないで話せよ、人間。ツマミにならんぞ、吸われたいか?」
間違えですね、キャバクラの女性はこんなに高圧的で暴力的ではないし、雑なフリもしませんよね。
「じゃあ、自己紹介から。名前は安楽島琥太郎19歳です。この街の領主の屋敷で・・・」
「なぜ、私が人間の身の上を聞かねばならんのだ、覚えるわけなかろう?」
じゃあ、何を話せと!?
もういっそ、吸えばいいじゃないか!
「最近の若い者は、話がツマランのう。お前らの世界とやらは、随分退屈なのよのう。」
「それは同意します、今の世界の方が断然面白いです。」
19年で退屈するくらいだったからな日本では。それを環境のせいにはしたくないが、現実、この世界では退屈はおくびもしていないからな。
「俺たちの世界のことに、詳しいんですか?」
そういう口ぶりだったが、
「私の下僕も、お前と同じ世界の者だ。匂いが似ているし間違えなく、そうであろうな。
それを除いても、私はお前に1つどうしても聞きたいことがあるぞ?」
同じ世界? つまり、現代日本のシュッシンということか?
掘り下げようと言葉を選ぶ抜く前に。
だから、まだ生かしているのだ。
細く病的に白い指を、俺の顎に添わせて話しかける。
「なぜこんなに魅力的な匂いを漂わせているのだ、人間。我が下僕とも違う・・・吸血鬼を寄せ付ける薫り、いや、怪を寄せる薫りともいえような。」
鼻を鳴らしながら、俺の全身を嗅ぎ散らす。
ドキドキと、恐ろしい美人、もとい美吸血鬼に全身を嘗め回されるような感覚。胸の、心臓の高鳴りを聞き意味深に口を裂く。
「なぜだ? 安楽島とやら。」
なぜと、言われても。答えようがない。
心当たりがないわけではないが、サクヤ姉ちゃんにしろ、新三郎にしろ。怪を寄せる匂いとやらが薫っているのだろうか? 狐様にも以前似たようなことを言われた気もするが・・・。
なんか、いやな体臭だな・・・。
「自身を持て人間。嫌な匂いではないぞ、むしろ好ましいものだ。」
「・・・ありがとうございます。」
アスビーが一人、アスビーが二人、ミニスカメイド服のキャトルが一人・・・。
魅力的な女性にこう撫で回されるのは精神衛生上よろしくない。
「・・・いい生活か? 人間。」
身体をまさぐる手が、髪をグイッと掴み、
間近に紅玉の瞳を寄せてくる。猫に睨まれた鼠はこんな肝の冷やしかたなのだろうか。
「・・・いい生活・・・ですか?」
「お前を覗いてみると、ずっと一人の人間ばかり浮かんで見えるぞ、中々に美しいな。お前の主か?」
照れるのでやめてもらえませんか?
止めてくれませんよね、わかってるのに。
「運がいいな、異界の人間。」
確かに運はいいと思う。どストライクな召喚師に召喚されて、その人と共に生活しているなんてね。ここまで、上手く優しい始まりの異界召喚物語なんて中々にないだろうな。
「クックックッ・・・ハッハッハッハッハッ・・・!」
ハウリングしたマイクのように、眼前から出される笑いが合唱となって耳に畳み掛けるように響く。この細く繊細にも見える吸血鬼から出されているとは思えない声に、戦慄を覚える。
嗤っているのか、何を嗤っているのだろうか。俺にはわからない・・・
「この世界が優しい? 私のような人間殺しがゴロゴロといる世界が、異界の貧弱な若者に優しいだと? お前は地獄を見ていないのかぁ?」
なじるとも、笑うとも、もしかしたら同時にか。
「地獄なら、味わいましたよ。」
対抗するように、差し込むように告げる。決して生易しい生活を送っているわけではない。幾多の困難を、炎に包まれ、鎧の怪物に襲われ、竜に脅かされて。そして、1度。死んで・・・。
「そういうことじゃないぞ、人間。お前はまだ何も失っていないだろう?」
「・・・失う?」
自分を失いかけたけども。
「お前は満ち足りているではないか? お前の浮かべる女は、生きているだろう? お前の友はまだ生きているだろう? お前の家族は? 2度と会えぬ訳でもなかろう?」
論破するように、段々と。"お前"は満たされていると。
"お前は"この異界において。
「それは、そうですが・・・何が言いたいんですか、ミレーナさん? いや、違いますね、貴方はどうして、俺と誰かを比べるんですか? 誰かとは、貴方の従者のことですよね?」
何を笑う、何が障った? 貴方の従者と俺に何の差があるんですか? この吸血鬼さんは何を言いたい?
「下僕だ、間違えるな人間。従う者ではない、アイツは私の物だ。」
「は・・・はい。」
異も言わせぬ、俺にすら感じ取れる分かりやすい怒気を孕んだ声に喉が絞まる。
「ふん、まあよい。私はとても、"優しい"人間殺しだからな。教えてやろう、私の下僕のことを。
教えてやろう、安楽島琥太郎。
私の下僕、私の血を与えてやった、私のモノ。私の、月徒はな・・・」
慈しむように、少女が大切なお人形さんの名前を呼ぶように。
きっと、その"ツキト"というミレーナさんの下僕の男と、深い関係でもあるかもしれないと、余計な勘繰りをしてしまうが。
「もう幾年も前のことだ、私が月徒を、"救って"やったのは。」
懐かしむように、不死身と呼ばれる吸血鬼の時間感覚や、思い出の感性はわからないが。ミレーナさんにとって、それは大事なことなのだろう。ツキトのことを話し出すミレーナさんの顔は、同じ恐ろしくも美しい吸血鬼のモノとは思えない。優しい母性に包まれているようで、
「お前は幸福だ。
我が従僕と、その妹はな。
この世界に強引に、一方的に召喚した人間の男に・・・
喰われたんだよ。」
・・・・・・・・・は?
くわれた?
あまりにも纏う雰囲気にそぐわない言葉が現れた。
瞳を輝かせた悪人顔で、俺の理解知れぬことを理解した上で、続ける。
「お前は、本当に運がいい。
私はお前ほど、運のいい、未だ存命の異界の人間を300年間で1度も見たことがない。お前の主人は何も教えていないのか? 召喚は、道楽だぞ? 拒否権のない強制招集だぞ? そんな非人道的なことをするやつらが、マトモな人間のわけがなかろう?
私が、月徒を拾ったとき、アイツの心は死んでいたよ。
実の妹を目の前で喰われ、自分の四肢も1つずつ、じっくりと味わう様を生きたまま、生かされたままに見せつけられて、その人間は楽しんでいたんだよ。自分が呼び出した無垢な人間を餌にしてな。叫びを、慟哭を、血を、肉を、涙を、愛を、絆を・・・それらを壊すことを。
お前の主人と同じ召喚師の人間だ、間違えなく人間だよ、ソイツは。もちろん、月徒たちが初めてのことでもなかろう? それまでも、そして今も、ソイツは快楽のために召喚術を使用しているだろう。
私の血を与えてやって、四肢を取り戻しても、月徒は物言わぬ人形のようだった。私の血に馴染むまで、苦しみもがいたが、月徒はそれを耐え抜いた。力が欲しいと。
妹を殺した召喚師の男を、殺すための力が欲しいと。
私はアイツの無垢な狂気が大好きなんだよ。」
ゾクリ、ゾワリ。下僕のことを話す吸血鬼。
人間を知っている。
人間の欲の終末さえも知り得ている。ミレーナさんは、人間よりも人間らしく。人間を見て、心得ている。
何かを言おうと開いた口が塞がらずに渇く。
喉が渇く、胃から不快感が上ってくる。
赤ワインをあおり、それらを解消する。
そういう可能性もあった。
いや、ミレーナさんが言うには"そういう可能性"の方が断然高いのだと。
そう言われて、幸運どころか稀有な召喚例だと言われても。
コブラはどうだったのか?
1度もそのことには触れていなかったような・・・話し辛いからか?
アスビーは今まで召喚した者をどうしていたのか?
いや、前に用を終えたら還してやったと言っていたような・・・俺もいつでも還せるとか。
本当に? そんな簡単に繋げるものなのか?
グルグルと思考が空回る。
支えていた、当たり前が崩されたようで。
「お前は幸せだよ人間。」
おめでとう。
そう言って俺の身体を包み込むミレーナさん。
「不安だろう? わかっているよ、私は。お前に与えられている優しさが、人間を1番不安にさせることもな。お前はこの世界の人間になってしまった。順応させられてしまった。
それで安心させようとしたんだ。
わからないからな、お前の不安も葛藤も。この世界の人間には決してわからないからな。異界から搾取する世界の人間だからなぁ・・・。」
私はわかるよ。嫌と言うほど人間を見てきたから。
抱き締める。髪を撫でる手は人肌の体温なんだ。
「・・・私の下僕に・・・してやろうか、琥太郎?」
お前を助けてやろう、召喚師から、私たちよりも醜悪な人間たちに怯えることもない種族にしてやろうか?
私はお前に教えてやれる。
声を拾うための耳が、舐められる。
琥太郎・・・。
熱のこもった吐息と・・・俺の名前。
琥太郎・・・
琥太郎・・・琥太郎、琥太郎琥太郎琥太郎琥太郎琥太郎琥太郎・・・。
--聴かせてくれ。お前の世界の噺を--
求めてきたのは噺だったね、アスビー。
ああ、すいません。ミレーナさん。
俺はもう手遅れみたいですね。
「・・・教えてください。」
「なんだ、琥太郎?」
もう、わかってるでしょう?
吸血鬼に会ったら、聞いてみたいことがあったのを思い出す。
「貴方にとって、俺たちは、人間は何にみえますか?」
「か、ち、く。」
急激に背中を引かれ、腰かけていた柔らかいソファも、
温かい人肌の温もりも離れていく。
「っかっつ・・・!」
背中を壁に強打した。
突き飛ばされた、俺が知る、人間の力ではない力で。景色が、ミレーナさんが遠くへ、遠くへ。
「・・・いい下僕心じゃないか、安楽島琥太郎。生き残れよ。」
声が直接脳に響く。
生き残れ・・・?
バリンッ!
ガラス? が割れ・・・
寝室・・・?
遠ざかる風景が安定して、ようやく視界が定まると。
豪奢なベットの脇に座り込んでいた。
・・・・・・・・・・・・危ねぇー。
完璧に拐われるところだった。身も心も。
いや、それもいいかもと。あんなに美人な吸血鬼さんですからね。
恐ろしい。なんだあの吸血鬼!
テクニシャンだ! 俺の弱いところを、漬け込むように詰将棋みたいに! 戦略的に!
とにかく、童貞には刺激的すぎる!!
・・・ふぅ・・・落ち着こう琥太郎。
アスビー。
俺も、君も人間なんだよ。
君にも、俺にも。言えないことも、知らないこともあるんだよ。
だから、一緒に。知っていければと。決意は本物だったようでなにより・・・。
バリンッ!
また、聞こえるガラスの割れる音。
誰かが、いや、何かが入ってきた。この洋館に。
生き残れよ。
・・・絶対にヤバイ奴だ。
ミレーナさんはどこ??
寝室には、まだ。もう俺しかいない・・・。
嵌められた・・・?
"何か達"が来る、いる、入ってきている?
足音もなく、明かりもなく。
ただ、冷え冷えと、血と死の匂いがする。
いや、かっこつけて表現したけど。単純に何か怖い予感が、悪寒が近づいてきている感覚がする。
窓から月の明かりだけが、俺を照らす。
夜だ。太陽はどこへ行った? 俺は、何時間ミレーナさんと話していたんだ?
バリンッ!
・・・とにかく隠れよう!
武器も持たぬ俺には、ガラスを割ってミレーナさんの洋館に入り込んできた"侵入者"から身を守る術は、それしかない。
俺は、転がるようにベットの下へと身を隠した。
・・・絶対、嵌めやがったな・・・。
"侵入者"たちが部屋の外をドタドタと足音をたてて、動き回っている?
どうか、気づかないでくれ・・・。
息を殺してただ祈ることしか出来なかった。
おお、隠れたか。
賢い人間だな。
それに、本当に運がいい。
その部屋は、"概ね"安全だよ。
・・・光?
安楽島琥太郎が隠れた、私の寝室に向かう、2つの、光・・・。
面白いな、琥太郎。
生き残れよ。私が"助け"を呼んできてやろう。
ミレーナは暗闇に溶け込んでいく・・・。