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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
51/70

「招かれざる客」

「招かれざる客」

 

 

 

 

 

 

 

 

 吸血鬼。ヴァンパイア。

 怪奇の王、彼らにまつわる逸話は数知れず。ノスフェラトゥ。不老不死。

 万人が知る怪奇、それ故に弱点も多く伝わっている。

 日光に当たると焼け死ぬ。十字架を恐れる、聖水を浴びると焼ける。心臓に木の杭を打つと死ぬ。銀に弱い、にんにくが苦手、流れる水に触れれない、鏡に映らない。招かれないと家に入れない。首を落とし、足と足の間に置くと蘇らない等々・・・。

 これは伝承の上の弱点だ。実際に、私のように怪奇を専門にしている者が吸血鬼を相手取らねば"ならない"状況になった場合。銀の武器で突き殺すにかぎる、それも中々に難しいことだ。銀によってつけた傷は治り辛いだけで、強力な不死性をもつ奴等に正面から相対すること事態がそもそも間違えなのである。夜半に、屋外で吸血鬼と退治するような愚策はうたない、奴等の庭で狩られる動物だ。日が昇り、隠れ家に帰る奴等を付け、その隠れ家を壊してしまえばよい。夜のように力の出せない奴等を日光の下に引きずりだしてしまえばよい。

 そう、これが一般的に認知されている"吸血鬼"に対する対応策。

 

 それでは、一般的ではない、滅多に見かけない表に出てこない"吸血鬼"に対する対応策を。

 吸血鬼に噛まれ、吸血鬼になった眷属たちではなく。黒魔術により自らの力で吸血鬼に"生まれ変わった"。"真祖"とも呼ばれる者たちと、その子供たち、純粋な弱点がほぼ存在しない吸血鬼を相手に取る場合だ。

 

 「はい、アスビー先生。その真祖と眷属たちに差なんてあるんですか? どっちもコウモリお化けじゃないの?」

 

 「阿呆、お前は魔術の授業で何を学んだんだ。」

 

 「効率のいい昼寝の方法を。」

 

 頭をかくな舌を出すな、少しは悪びれろ・・・タメ息が出るぞ。

 

 「あ、僕からキャトルさんに教えましょうか?」

 

 「頼む、ウチの馬鹿騎士に説明してやれ、月徒つきと。」


 まったく、頭を抱えたくなる。対外に目を向ける前に身近な問題を解決するべきなのか・・・。

 この妙に礼儀正しい吸血鬼の眷属、琥太郎と同様異界から来たであろう、荒城月徒あらしろつきとに、説明を任せて、私は食事にする。

 ワインとチーズと、サンドイッチだ。簡易的な食事だが吸血鬼と供にするとは。

 

 「お前も飲んでよいぞ。」

 

 「ありがとうございます、いただきます。」

 

 慣れない手付きでワインをグラスに注ぐ月徒。

 ふむ、新鮮な者だ。琥太郎よりも幼いか。ならば酒も嗜みなれていないだろうか。

 吸血鬼は血に似た赤ワインを好むと聞くが、まだ眷属に成り立てなのか、ひと口含むと渋い顔をしている。

 

 「先ず、僕の事を・・・僕もあまり詳しくないですが、本当に良いですか?」

 

 「構わん、生の情報を教えてくれ。」

 

 吸血鬼から、吸血鬼の話を聞けるというのも新鮮なモノだ。

 それにこの月徒。謙虚で好感が持てる。

 もし、こいつの主人がマトモなやつなら・・・。

 いや、マトモなわけがないか。

 月徒は、普通の眷属ではない。

 今はもう暮れたが、ここにたどり着く道中、日光を浴びたはずだ。

 夕日とはいえ、日光を浴びていたはずなのに吸血鬼の眷属である月徒には、対して効いていないようだった。

 

 つまり、吸血鬼性の高い・・・"真祖"の者たちに血が近いということだろう。

 

 「僕の主様は、アスビーさんが言った滅多に見かけない者に"近い"んだと思います。」

 

 「うんうん、その眷属である月徒くんは、つまり、私が知ってるような吸血鬼たちよりも吸血鬼の力が強い、弱点が少ないってことだよね? 確かに夕陽を浴びてもあまり悪くなさそうだったもんね。」

 

 それはわかっていたのか、相変わらず変に鋭いやつだな。

 

 「はい、僕も初めはドキドキしました。ゲームやアニメに出るような吸血鬼に、自分がなるなんて夢にも思わなかったんで・・・太陽を浴びてもちょっと眩しいなぁくらいですね。

 主様はたまに日光浴するくらいですから、まったく気にならないようです。」


 「日光浴?! 吸血鬼なのに?」

 

 

 「付け加えれば日光どころか、さっき言ったような弱点は、ほぼ無い。日中は多少、力が衰える程度だ。」

 

 「そうみたいです、でも主様がいうには気合いで大体どうにかなるみたいですよ。僕はそういうの苦手なんで招かれないと入れなかったりしますけど。」 

 

 「気合いって・・・。」

 

 「それだけ出鱈目な力を持っているということだ。奴等もそれをわかっているから、ワザワザ人の血を狩ったりもしないんだ。ある程度吸わなくても、出鱈目な不死性で生きれるからな。

 本気で奴等を殺そうと思えば、心臓をえぐりだし、その心臓を封印術で、封印するしかない。つまり封印するしかないということだ。」

 

 「へー、じゃあ月徒くんって結構凄いんだねー。」

 

 「いや、僕は・・・主様が凄い方なだけですよ。」

 

 頬を染めて、照れたようにグラスを啜る月徒。

 心酔しているようだ。

 

 「で、その凄い吸血鬼が・・・。」

 

 そう、凄い吸血鬼なんだろう、お前の主は。

 日光も効かず、聖水や流水も、もろともせず。銀の武器も対して効果のない。

 それ故になぜ?

 

 なぜ? 人間の、私のところに助けを求める?

 そう続けようとしたとき、後方から強い冷気を感じ、

 

 「いや、助けを求めてなどいないぞ? 自惚れも大概にせよ人間。」

 

 瞬間、腰につけた銀の短刀を抜く。

 背後からかけられた身も凍るような声に向けて切っ先を向け、

 

 「・・・招いた覚えはないぞ、吸血鬼。」

 

 「我が下僕を招いたではないか、人間・・・故に主である私も入ったのだ。」

 

 銀髪、隻眼。

 憎たらしいほど綺麗な顔、その口が笑い、鋭い牙を輝かせる。

 

 「アスビー!」

 

 「主様!」

 

 二人が立ちあがり、私たちの緊迫をあんじる。

 主、本物の、己の力で成った吸血鬼。"真祖"に近い不死性を眷属にまで、もたらす力をもつ。

 初めて高位だと予測する者を目前にみるが、不思議な感覚だ。

 間違えなく、強い。だが、そこまで害意も圧力も感じない。

 吸血鬼と渡り慣れていないキャトルはビビっているが、姦姦蛇螺かんかんだらの、吉美きびのような禍々しさもない。

 幾多か眷属を連れる吸血鬼を、銀で突き殺したこともあるが、そいつらとあまり変わらぬ魔力に感じる。

 どういうことだ?

 招かれず勝手にココに入り、眷属は陽をもろともせぬ。

 明らかに高位な吸血鬼なのに。

 どこか、儚い。どこか頼りない。

 それが異質であるゆえに、警戒せずにはいられない。

 

 「そうだ、人間。それでいい。私は話をしにきただけだ。」

 

 「・・・そうか。」


 思考が読まれる。握られるな空気を、怯むな。畏れるな。

 如何に強大な怪奇だとしても、異質であろうと、決して。

 

 「おい、下僕。私の席を創れ。」

 

 「すいません、主様。僕には創れません。」

 

 「では、その席を。」

 

 ツカツカと歩み、月徒が退いた席へと腰かける。

 

 「温めておきました主様。」

 

 「ふん、気色悪い。」

 

 「そんな薄着で、夜風に冷えませんでしたか?」

 

 「吸血鬼の私には要らぬ心配だ下僕。」

 

 そう軽口を交わし、側に控える月徒。

 そして、主の吸血鬼はゆっくりとワインボトルを手に取り、

 注ぐ。グラスを持たぬ手に・・・?

 

 「ふん、悪くない。悪くない嗜好だのう、人間。」

 

 見間違えか? いや、突然グラスが吸血鬼の手に現れ、そこにワインを注いだのだ。そしてコクりと液体を呑み込んだ。

 そうか創ったんだ。上位の怪奇は物質を創造する力がある。

 サクヤもそうだ。山の神である彼女は空間を創ることすらできる。

 つまり、こいつもそれに匹敵するモノということになると、益々わからぬ。

 それほどに力が強いはずなのに、

 なぜ、本人はこうも脆弱にも見えるのか?

 肌が白雪のように白いのは奴等の特徴だとしても、

 調子が優れなさそうに見える。

 

 「あ、あの・・・。」

 

 恐れ、畏れてるではないか。馬鹿騎士め。

 キャトルは目の前に鎮座する吸血鬼にたずねようと声をかける。

 

 「なんだ、生娘のエルフよ、貴様たち、そちらの人間も。貴様らの種族にしては、よい年なのに生娘か、私のディナーになりたいのか?」

 

 生娘の血は旨いらしい。その匂いがわかるらしいな。

 その言葉に月徒が顔を染め、下を向く。

 

 「な!? なっ!?」

 

 「お前の餌になるつもりはないし、余計なお世話だ。

 それよりも、ワザワザどの地から、私と酒を交わしに来たわけでもなしに、何故、この地に来たのだ吸血鬼。」

 

 「ミレーナだ。人間。ミレーナ・スレイモア・アルカード。1度しか言わぬからしかと覚えよ。」

 

 名乗った女吸血鬼。

 ミレーナ、スレイモア、アルカード。

 覚えずらい名前だな。

 

 「そうか、ミレーナ。私はアスビー・フォン・ライクニック。この地の領主だ。」

 

 先ずは出方を。

 私は注がれたグラスを差し出す。

 それに応え、ミレーナも杯を合わせる。

 

 ふむ、憎らしいほど品のあることだな。

 

 「アタシは・・・。」

 

 「必要ない、生娘。いくつも愚族の名など覚えれるわけなかろう。」

 

 気の短い我がエルフの騎士が、青筋をたてる。

 

 「そして、ミレーナ。私の疑問には答えてくれるのか?」

 

 「よかろう、ライクニック伯。このワインと貴様の"神聖"で上手そうな血の薫りに免じて答えてやろう。」

 

 気の短い私も、青筋をたてる。のを押さえ、聞いてやろう。

 

 「この下僕が何と言っていたかわからんが、全て忘れよ。得意だろう?

 私はただ、選んでやったのだ。

 貴様の統治するというこの地に、我が居を構えてやっても良かろうとな。」

 

 当たり前のように、そうほざいた。

 つまり、私の領地に、勝手にやってきて勝手に住みこみというのか?

 目的はわかった。もうよい。

 

 「キャトル、槍を持ってこい。こいつの心臓をえぐりだすぞ。」

 

 「ちょ、ちょっとお待ちを!」

 

 何処までも尊大さを崩さぬ主の、傲慢な胸を貫こうとするところ、月徒が割ってはいる。

 その姿に、ミレーナは目を閉じグラスを傾け黙って聞き入る。

 

 「すいません、僕から話をさせてください。アスビーさん、キャトルさん。

 主様いいですか?」

 

 「好きにしろ。」

 

 自分の話をされているのに、このミレーナは気だるげに興味なく、グラスを傾ける。

 

 「ねえ、アスビー。この主様とやらを撃ち殺してから、月徒くんから話を聞けばいいんじゃないかな?」

 

 弓を持つキャトル。

 

 「私も、それを考えていたが。ダメだ。月徒はミレーナの眷属だ。

 主が死ねば、眷属も死ぬ。主の血を定期的に接種せねば眷属は干からびてしまうのだ。」

 

 そういう決まりがある。眷属を持つ吸血鬼の牙は特殊な作りをしていて、その牙に血幹が通っている。そこから自らの血を送ることで、人間を自分の眷属にする。故にその血がないと眷属は生きられない。元々人である眷属が、吸血鬼性を保つために必要なものなのだ。

 別に月徒に情けをかける云われもない。こいつも人を餌にする吸血鬼にかわりない。

 だが、この傲慢な主をして、我々に頭を下げる下僕の健気さに少しの酌量を与えるだけだ。

 

 「ゴホッ。」

 

 「主様!」

 

 優美に杯を傾けていたミレーナが突然咳き込みだし口を押さえる、月徒がその背をさする。

 近いな、この二人。先の軽口のやり取りもだが、只の主人と従僕の距離感に感じない。

 何かキッカケとつながりがあるかもしれぬ。

 

 「どうした? ミレーナ・・・。」

 

 血だ。

 ミレーナの押さえた手には、赤ワインではなく。ドロリとした血液がついている。

 

 「それ血じゃん・・・。」

 

 吐血する吸血鬼に、私もキャトルも絶句する。

 

 「・・・どういうことだ? ミレーナ。」

 

 血を吐く、目の前の吸血鬼に正直に驚きながら、そう尋ねる。

 

 「・・・命を狙われているんです。主様は・・・。」

 

 ハンカチでミレーナの口を拭きながら月徒は、重く口を開く。

 命を狙う? 吸血鬼の?

 ゴホゴホと噎せるミレーナを介抱しながら、月徒は続ける。

 

 「僕たちははぐれものなのです、アスビーさん。」

 

 「はぐれもの? 」

 

 「吸血鬼には、吸血鬼の社会があるのだ、アスビー伯。」

 

 途切れ途切れの声でそう補則するミレーナ。

 

 「僕が主様に救われた時よりも前から、主様は吸血鬼たちに追われていました。」

 

 「まったく、状況がわからぬが。」

 

 吸血鬼が、吸血鬼を狩る?

 

 「人間社会でいうのなら、私は王殺しだ。当然、奴は完全には死ななかったが、もう百年も前のことか、奴等はしつこくしつこく私の命を、狙っている。」

 

 俄には信じがたい話だ。

 吸血鬼の王が存在することも知らなかった。

 だがこの衰弱した吸血鬼の言葉に偽りはなさそうである。

 

 「同胞だけでは、私も対して苦もないのだがな、

 アスビー伯、怪奇に詳しいだろう? 七怪奇を退けた話も、風の噂で聞いておるが、

 お前は七怪奇の『吸血鬼』がどのような者か知っておるか?」

 

 七怪奇、怪奇教を統べ、イディオン全土を恐怖に包む。

 その1つ。

 『吸血鬼』

 伝聞や書物でしか知らぬが、その中でも最古の真祖の吸血鬼。

 その者のことを指すのだと。


 「ミレーナ。お前はそいつを殺したというのか?」

 

 「殺せてない。奴は死なぬ。だが深く傷つけたのは確かだな。」

 

 月徒に支えられながら椅子に体重をかけるミレーナ。

 この弱々しくも、尊大な吸血鬼の違和がわかった。

 こいつは恐ろしく強大な吸血鬼だ。

 だが、王を殺されかけたことへの罪として吸血鬼たちに追われ、そして、おそらく怪奇教にも追われ、ひどく消耗している。

 

 「ふふ・・・情けなかろうアスビー伯。かつては、王に傷をつけれた私が、今は一人の下僕の肩を借りねば生きながらえれぬのだ。」

 

 「・・・。」

 

 私もキャトルも沈黙する。

 傲慢、尊大は消え失せ、目の前には死にかけた吸血鬼。

 それを支える健気な吸血鬼。

 私の噂を聞いたと言った。吉美を退け、怪奇に詳しい私のことを。

 助けを、住み処を。

 この二匹の怪奇は私にそれを求めてきたというのか。

 

 だが・・・

 

 「・・・キャトル、槍を。」

 

 「え?」

 

 キャトルと月徒が驚き私を見る。

 怪奇を救うのも、召喚師であり怪奇専門の私の仕事だ。

 

 しかし、私はこの地を、この地に住む人々を守る領主にして貴族。

 人を餌にするこいつらを匿うことなど出来るわけがない。

 

 「ふっふっふっ・・・。」

 

 動けぬキャトル、支える月徒、銀の短刀を抜く私。

 そして、

 

 「はっはっはっはっはっ!」

 

 高らかに嗤うミレーナ。

 その声は狂喜じみており、

 

 「そうであろう、そうであろうアスビー伯。領主なのだ、それが正しい。私も最初からわかっていた。

 だから、言ったであろう。居を構えてやろうと。

 この地に、私たちが。」

 

 「・・・なに?」

 

 口許に乾いた血、みずからの血で濡れた牙を剥き出しにして、笑いかけてくる。

 

 「私は長らく生きてきた、ゆえに! お前たちの事はよくわかる。なあ、アスビー伯。お前のいま、置かれている立場も。この世界で騒ぎ立てる奴等のことも。すべてわかっているぞ・・・。」

 

 「・・・。」

 

 「手を貸してやろう。私たちが。高貴で、高位で、真祖に近きミレーナ・スレイモア・アルカードと、この下僕が。

 アスビー伯。お前が守るというこの地と、この世界を。

 私にとっては憎たらしくうざったい、奴等を蹴散らすというのだろう? 利害の一致ではないか?」

 

 読まれている私の心を。

 私が怪奇教に敵対したことも、そのための人材を求めていたことも。

 

 「そう口車に乗せられると思うか? ミレーナ。」

 

 「乗るさ、もう乗り掛かっている。」

 

 自らの吐血と赤ワインの混ざったグラスをあおる。

 

 「・・・琥太郎と言ったか?」

 

 「えっ?!」

 

 「なに?」

 

 なんだと?

 

 「昼間に私が創りかけていた邸宅気づきに訪れた、感性のある若き人間の名だ、知っているのか? アスビー伯。私の正体に気づき畏れていたが、中々に殊勝な者ゆえ食わずに留守を任せてきたのだが・・・。」

 

 琥太郎が帰らぬ理由がわかった。

 身をのりだし、嗤うミレーナの首もとへと刃を突き立て・・・。

 手を掴まれた。

 

 「月徒・・・!」

 

 「すみません、アスビーさん。主様は僕が守らなきゃ!」

 

 恐ろしい力で、ミレーナへと向けようとした刃が止められる。

 ギラギラと隻眼を輝かせ、膨大な魔力をみなぎらせている。

 

 「話を聞け、アスビー伯。早くしないと手遅れになるかもしれぬぞ。」

 

 「アスビー!」

 

 キャトルが、弓を引き絞りミレーナを狙うが、月徒の身体が割ってはいる。

 

 「どけ!」

 

キャトルの声にも全く臆せぬ月徒。


 膠着状態の食卓。

 なに喰わぬ顔で言葉を続けるミレーナ。

 

 「私の邸宅は、先程完成した。お前たちの知る人間を残して、そこに"ある"。幾分か力を使って創った邸宅だ。

 当然、私を追う者たちが気づかぬわけもなかろう。」


 淡々と恐ろしいことをいいのける。

 吸血鬼、怪奇教。

 ミレーナを追う奴等が、琥太郎が残された邸宅を襲う。

 今夜だ。吸血鬼の時間、怪奇のやってくる時間。

 もう日が暮れて幾ばくか経つ・・・。

まずい、琥太郎だけではひとたまりもない。

乗せられた舟を漕ぐしかないか・・・!

 

 「キャトル! 出るぞ!」

 

 「え?!」

 

 月徒の手を振りほどき、身を翻す。

 嵌められている、この狡猾な吸血鬼ミレーナに。

 琥太郎と、自分の"匂い"を餌に私たちと、吸血鬼たちを誘い出したのか!

 くそ!

  

 「案内しろ、月徒。」

 

 「向こうの丘の上だ、行けば直ぐにわかるぞアスビー伯。私の従僕は私から離さぬぞ。」

 

 そう言い捨て月徒の腕に納まるミレーナ。

 力持つ眷属に身を守らせる卑怯で狡猾な高位の吸血鬼が、目の前で凄惨に笑う。

 

 「少々疲れたから、私たちは寝屋を借りるぞアスビー伯。」

 

 「勝手にしろ、ミレーナ。貴様の事は後で始末してやる。」

 

 吸血鬼たちに留守を任せて、ノーチラスに股がりサクヤのいる丘を目指す私とキャトル。

 

 最悪な一夜が始まる。

 

 

  

 

 

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