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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
50/70

「招いた客」

「招いた客」

 

 

 

 

 

 日が暮れる。僕たちの時間が始まる。

 

 

 

 

 

 「・・・ただいまー・・・。」

 

 キャトルの声。

 もう、そんな時間か・・・。

 

 「あれ? 琥太郎は?」

 

 「・・・帰ってないな。」

 

 「ふーん、アレン君たちと飲みに行ったのかな?」

 

 「知らん、腹が減ったら帰ってくるだろう。」

 

 「・・・珍しいね、伝えずに出かけるなんて。

 ワイン飲む?」

 

 「いや、まだいい。

 サクヤのところに行くとは言っていたな。」

 

 珍しいか。確かにそうだな。

 

 「考え事?」

 

 「うん?」

 

 「いや、何か心ここに有らずな感じだから。」

 

 そうかもしれないな。

 灰皿の消すスペースが無くなっている。

 琥太郎が帰ってこないのも、いまさら気になるくらいだ。

 

 「ご飯作るよ、疲れてるでしょ。」

 

 「それはキャトルもだろう? 座りっぱなしで疲れただけだ。私が作ろう。」

 

 「うーん、アタシもほとんど机仕事だったから、そんなにかなぁ。じゃあ二人で作ろう!」

 

 バキッ。

 痛い・・・。何刻、机にかじりついていたのだ。立ち上がると同時に骨が鳴った。

 

 「もう、若くないね。」

 

 「うるさい。」


 厨房に行こうと扉を開けると、鼻孔に爽やかな空気が通る。

 

 「・・・臭かったか?」

 

 「うん、部屋中煙の匂いでプンプンだったよ。」

 

 タバコの匂いは自分自身では全く気にならないものだ。

 換気も含めて、扉は開けたままにしよう。

 あまり、匂いが残るとヨミに悪いしな。

 

 「今日も特に異常なしか。」

 

 「うん、平和が1番だねー。」

 

 それなら、結構。

 

 「少し気になることがあってな。」

 

 「なになに?」

 

 1階の厨房へと足を向けるなか。

 全く面倒な作りだ。

 改築中の我が屋敷は、私の執務室と厨房を隣り合わせることにしよう。

 コーヒーを淹れ直すのに、階段を上り下りするなぞ、面倒だ。

 ふむ、大工にそう伝えておこうか。

 

 「いや、人手を雇おうかと思っているのだが。」


 「・・・え?」

 

 キャトルの足が止まる。何だ面を喰らった顔をして。

 

 「あ、アタシクビですか?」

 

 ・・・こいつまだ気にしてるのか。

 

 「・・・猫に襲われたドジの首切りじゃないから心配するな。」

 

 「やっぱり気にしてるじゃん!」

 

 お前もそうとう気にしてるようだが。

 まあ、私は琥太郎ほど性格が悪くないから公表はしないさ。

 

 「むこう、1年はつつかせてもらおう。」

 

 「長い! 陰険!」

 

 「騎士団に伝えてないだけマシだと思え。」 

 

 「・・・・・・・・・どっかの馬鹿太郎が、もう伝えてるよ・・・。」

 

 小さく震える声でそう紡がれる。

 

 あの馬鹿が、余計なことを。

 低俗な霊に憑かれることがどれだけ由緒ある騎士にとって恥なことなのか、それをおおっぴらにされ辱しめられた者の居たたまれなさも。認識が甘い。

 今日の無断外出中も含めて、アイツの首を切ってしまおうか。

 必死に弁明する顔を踏みつけてやろう。

 そうだな、アイツは最近、どこかキャトルを小馬鹿にしてる節もあるしな。

 私の騎士に対する態度を悔い改めさせるのも悪くない。

 

 「ヨミが旅行中なのを良いことに調子に乗っているな、あの男は。よしキャトル。帰ってきたら好きなだけ暴力を振るうことを許可する。いや、命令する。」

 

 「ヨミの鞭って何処にしまってあるかな?」

 

 「トゲのついたのなら寝室に置いてあったな。」

 

 「何で寝室?」

 

 「・・・深く考えるな。」

 

 「ねえ、玖礼くれいの背中見たことある?」

 

 「やめろ。考えるな、あれでも私の育ての親だぞ。」


 「・・・はい。心中御察しします・・・それで、何でまた人手が必要なんて?」

 

 本題がだいぶ逸れたが、元は私が書面に没頭してたのもそれが原因だ。

 

 「ふむ、近々王都へと足を運ぼうと思っていてな。」 

 

 「そりゃまた唐突だね。」

 

 唐突か、そう唐突だな。

 

 「さっき私が見てたのは全て最近の怪奇教の活動に関してのモノだ。」


 増えている。

 少しずつだが、確実にその活動が活発になっている傾向がある。

 気にする者が集め出してやっと気になりだすほどに、密やかに。

 

 「1度、直接に報告や書類を見聞きしたくてな。

 そうなると、我が領地を離れることになるだろう?」

 

 「そうだね、それにアタシと琥太郎くらいしかついて行くことも出来ないし。ヨミやお父さんたちにライクニックを任せるとしたって、たった3人での長旅も危険だし、何より外面も良くないよね。」

 

 そういうことだ。

 辺境の領主とはいえ、貴族の1つ。

 それに名門ライクニックの若き当主、イディオン全土でも知るものは知る神童、天才召喚師アスビー・フォン・ライクニックが、たった二人の若い従者を連れて王都を訪れる、

 格式などを気にする貴族達からすれば酷く笑い物である。

 

 「ヨミを連れて行ければ問題ないのだが、アイツはアイツで自由気ままだからな。それにいつ帰ってくるかも知れぬし。

 となると、そこそこに名の通る者か、数を引き連れるか。

 あまり好む事ではないが、仕方がない。それに幾らか手勢を揃えたいのもあるな、信頼でき腕のたつ者。もし奴等との戦いになったとしても、退かぬ心の者を。」

 

 そういう者が、私に仕える者が、そう簡単にいるわけもないが。

 だからこそ、早めに手を尽くしたい。

 食事を作るにしろ、自分自身で出来ることはしようと。

 だが、自分自身で出来ることは所詮、自分自身の周りのことだけだ。

 大きな流れが起きるのを止めることも出来ず、その流れの激しさに流されてしまう。

 

 「そう簡単には見つからないよね。」

 

 「そうだな、根気よくいかねばな。」

 

 そうして、私たちが1階へと。

 玄関ホールの大階段を下ると。

 

 コンコンッ!

 

 「ごめんください。」

 

 ノックと若い声が、玄関先から聞こえる。

 勿論、琥太郎ではない。

 

 「都合よく、現れたりして。」

 

 「馬鹿言うな、ヨミへの客だろう。」

 

 「ごめんください、こちらに領主様はいらっしゃいますか!」


 ・・・まさかな。

 言霊というやつか。従者が欲しいと願ったなら、都合よく私を訪ねる者があり。

 まあ、期待はせぬが。

 

 「入るがいい。開いているぞ。」

 

 そう声をかけて、開かれる扉へと足を進める。

 夕焼けの橙の明りと共に、ひとりの精悍な男が目に入る。

 琥太郎と同じように黒い髪の青年。若い英気の溢れる瞳の色は、赤色。

 綺麗な、血の様に紅い隻眼。

 

 「・・・何のようだ、吸血鬼。招いてなんだが、貴様らの餌はこの街にない。直ぐに立ち去れ。」

 

 「始めまして、領主様。お招きありがとうございます。」

 

 深々と下げる男に、遅れてキャトルが身構える。

 

 「きゅ、吸血鬼?!」

 

 「あの目を見ろ、それと弓を取ってこい。銀先のモノをな。」

 

 「待ってください! 領主様! 僕は、話を聞いてもらいたく来たんです!」

 

 そう叫ぶ口許には、鋭利な牙が覗きみえる。

 吸血鬼。

 知らぬ者のいない、有名で強大な怪奇。

 人の血を餌にし、イディオンの夜を蠢く不死の者。

 

 「何度も言わせるな若き吸血鬼。貴様らとは関わるつもりはない。何故ゆえ我が領地を、そして私の元へとやって来たかは知らぬ、知るつもりもない。去らぬというなら、殺すまでだ。」

 

 魔力を高める、先手必勝で中位の雷を食らわせねば。

 まだ日を暮れきってはいない。

 夜になれば、そして招いてしまった以上、コイツを早く仕留めねば厄介だ。

 怪奇の王とも呼ばれる奴等に加減は必要ない。

 一度合間見えれば、変化や創造の隙も与えず攻撃するのが、定石。そして、心臓に銀を突き立てねば何度でも復活してしまう。

 

 確かに強き者を仕えさせんと願ったが、

 人に害なす強き怪奇のことではない。

 

 「どうか、話を!」

 

 しかして、これには驚く。

 この若き吸血鬼は、孤高で矜持の高い吸血鬼が、

 地に頭をつけて餌である人間に乞うだと?


 「何を考えている、吸血鬼。」

 

 「僕は、荒城月徒あらしろつきとです! どうか、僕の主様の為、話を聞いてください! お願いします!」

 

 キャトルも、私も顔を付き合わせて思わず閉口する。

 何かが違う。

 吸血鬼と実際に戦ったことは数度ある。

 いや、正確には眷属とだが。吸血鬼に噛まれ、その血の奴隷となった眷属を何体か殺したことはある。

 

 コイツも眷属に違いないが、忠誠の仕方が少し違う。

 ほぼ不死身となった眷属は、その力に仕え、自分が特別になったと傲慢であり、誰も自らの主の為になど心のなかでは考えていない。

 ましてや、土下座などする訳がない。

 

 そして、コイツの名前。

 アラシロツキトと言ったか?

 ウラシマコタロウと似た造りの名前だ。

 つまり、コイツも琥太郎同様に召喚された身か?

 召喚術を使う吸血鬼に?

 召喚されて、眷属にされ。

 そして、心の底から主を案じている?

 

 そんな者聞いたこともないぞ。

 

 油断してはならない、いやそれも杞憂。

 奴等は騙すなぞ卑怯な真似をしない。高慢で傲慢だから。自分達より下等と看做す人間に、そんな猪口才な真似はしない。

 

 「顔を上げろ若き吸血鬼よ。」

 

 話をと、言うなら聞いてやっても一興かもしれぬ。

 主の為にと人間に頭を下げる、おそらく異界出身の吸血鬼の眷属。

 何とも面白い怪奇譚になりそうではないか。

 興味が勝ち切ってしまう。

 

 「アスビー?」

 

 「まあ、待てキャトル。コイツに興味が湧いた。ワインと軽食を準備してくれ。」

 

 「え? え? え!?」

 

 「それでいいか? ツキトとやら。」

 

 私の言葉に目を丸々と広げ、ありがとうと頭を勢いよく下げる吸血鬼の眷属は、実に興味深いものである。

 

 「馬鹿なの!?」

 

 「応接間はコッチだ、ついてこい。」


 「はい!!」 

 

 「ちょっと、ちょっとちょっと!!」

 

 騒がしいキャトルを他所に私はツキトを連れていく。

 怪奇の噺を、怪奇による噺を聞くために。

 

 こうして、招いた眷属と、その主である吸血鬼が、私の悩みを解決する一端を担うとは、この時はまだ思いもしなかった。

  

 

 

 

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