「煙が瞳にしみる。」
「煙が瞳にしみる。」
安楽島琥太郎は夢を見ていた。
見慣れぬ、日本の田舎町。
一人の少年が虫取アミを手に、お母さんに作ってもらったおむすびの入った弁当箱。お父さんに買ってもらったステンレスの水筒を肩から提げ、
山を目指して走っている。
少年は、田んぼを越え、獣道を越え、川を越え。
いつもの、虫取スポットへやって来た。
山の中腹の拓けた丘。
辺りには、蝶や、ミツバチ、バッタに、カマキリ・・・
少年にとって、ここは宝島だ。
しかし、少年は、そんな虫達に目もくれず丘の真ん中にぽつんと、ある小さな祠に向かう。
祠の扉は閉ざされ、
その扉を勢いのまま、少年は、叩く。
『お姉ちゃん遊びに来たよ!』
扉がゆっくり開くと中から、
白いワンピースを来て、白い帽子を被る
大きな
大きな女の人が出てきた。
腰まで届きそうな黒い髪。
ホッそりとした、美しい女性は少年を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。
少年は、女の手を引くと、近くの木陰に腰を下ろし
お弁当箱から、おむすびをひとつ掴むと女に渡す。
女は、それを受けとり
少年と一緒に食べる。
少年は、学校であった事、
家族の事、
虫の事、
村の事
大きな女は、そんな少年の話を嬉しそうに聞く。
やがて、日が西に沈みだす。
時を忘れて、話していた少年は、立ちあがる。
今日はお別れも言いに来たと。
僕は、来週引っ越す。
だから、お姉ちゃんと会うのは今日が最後かもしれない。
少年は、泣いている。
女は、少年を優しく抱きしめて
その頭を撫でてあやす。
大丈夫。
お姉ちゃんは、ずっと一緒だよ。
少年は、いつしか女に抱かれたまま眠っていた。
少年が目を覚ますと、自分の家の布団の中だった。
周りには大人がたくさんいる。
母親は、泣きながら少年のに何かを言っている。
少年は、あのお姉ちゃんはどこに行ったのか尋ねるも、
大人たちは何も言わない。
外が明るい。
山の方からの明かりだろう。
少年は、母親に抱きしめられながら
山の明かりを見つめていた。
琥太郎は、自分が涙を流していることに気づき、目を覚ます。
焚き火を残して、辺りは真っ暗だ。
しまったと、自分を野次ると共に、自分が何故泣いていたのか思い出せずにいた。
ただ、
夢の中で、何か大切なものを失った。
それだけは、わかった。
「・・・お姉ちゃん?」
そう一言
たった5文字。
その疑問符のついた言葉に反応するように、突然、静寂を突き抜ける風が吹く。
そして、琥太郎の後ろから
何かが近づいている。
琥太郎は、ホルスターの銃を抜き、タバコを取りだし火をつける。
魔物?
ズルッ、ズルッ、ズルッ、ズルッ。
ズルッ、ズルッ、ズルッ、ズルッ。
何か大きなモノを引き摺る音が、嫌に耳に纏わりつく。
琥太郎は、近くの木材を手に取る。
上着の、裾を破き、先端に乾いた木っ端と共に巻きつけ、火をつける。
簡易的な松明だ。
松明を片手に、銃を抜く。
魔物には、効果がないのは知ってる。
でも、恐らく
これは、魔物じゃない。
こちらにゆっくりと、ゆっくりと
何かが這ってきている。
琥太郎は、自分が唯一使える魔法を使う。
琥太郎の身体から、真っ赤な煙がたち、
煙は空へと伸びていく。
これで、キャトルは異変に気づくはず。
その煙を掴み、捏ねる。
琥太郎の手には、煙で出来た赤い銃弾。
非魔法世界の住人であった琥太郎が、このような魔法を使えるのは、召喚主アスビーが言うには、
召喚時の特典らしい。
異界の者であれ、魔力の素質を持ち合わせている。それを召喚師の力により引き出したとか。いまいち理解できなかったので琥太郎は詳しく聞かなかったが、
自分の魔力が続く限り煙を出し、それを操ることができる。
琥太郎の目には、涙が溜まる。
恐さから来るものではない。
けむい。
この魔法、格好いいし、便利だけど
けむい。
ゴホゴホと、自分の出した煙に咳き込む琥太郎。
まぁいい、
捏ねた煙の弾丸を装填した銃を構え、
松明で音の主を探る。
1周
2周
ぐるりと身体を回すも、
琥太郎には、音の主が見当たらない。
灯りから離れるのは得策ではない。
琥太郎は、焚き火から離れないように辺りを探る。
なんだあれ?
昼のうちは、あんなものあったか・・・?
琥太郎の目の先数メートルの位置に
扉が閉ざされた小さな祠が現れた。
琥太郎は、困惑しながらも、松明を頼りに
祠に近寄る。
火と武器。
それを持つ人間の心理は臆病ながらもたくましくなる。
琥太郎は、閉ざされた祠の扉をゆっくり開けた。
中には闇が広がるだけ
琥太郎は、そのまま開け放った扉から、中に入る。
祠の中に何もない。
ただ、祠の壁の四隅に
盛り塩が見えた。
「ぽっ、ぽっ、ぽっぽっ、ぽ・・・」
琥太郎は、身を固める。
背中は汗でびっしょり。
ばたん。
琥太郎が振り向くと、扉がひとりでに閉まる。
祠の周りを何かが這い回る。
「ズルッ、ズルッ、ズルッ。」
「ぽ、ぽっぽっ、ぽ。」
「ズルッ。ズルッ、ズルッ。」
「ぽっぽっ、ぽ。ぽ、ぽ。」
琥太郎は、身を震わせる。
誘い込まれた、アスビーたちに聞かせた噺と告示する状況に、自分自身が入り込んでしまった。
琥太郎は、祠にの1辺にある、格子窓を絶対に見ないように
部屋の中心で身を屈める。
大丈夫。
大丈夫。
見なければいい、扉を開けなければいい。
大丈夫。
大丈夫。
「ぽっ、ぽっ、ぽ。」
大丈夫。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・
「ぽっ、ぽっ、ぽっ、ズルッ、ズルッ。」
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・
頭の中で、同じ言葉を何度も繰り返す、案じるように暗示をかけ、心を落ち着かせようと必死に努め・・・
扉が突然叩かれる。
琥太郎は、驚いて松明を落としてしまった。
しまった!
松明の火は、瞬く間に木造の祠の床、壁に燃え移り、瞬く間に、部屋には、熱と煙が充満する。
琥太郎の額に、
熱のためなのか、恐怖ためなのか
びっしょりと汗がつたい続ける。
これ以上は、中に居られない!
琥太郎は、扉を見る。
不自然にも扉には一切火が燃え移っていない。
開けるしかないかのように、開けて外に出るしか手段がないと言うかのように・・・
「琥太郎! 琥太郎! 琥太郎! どこにいるの!?」
扉を叩きながらいきなり聞こえたキャトルの声。
やっときたか!
くそ!
「キャトル! ここだ! 祠の中だ!」
琥太郎は、外から自分を呼ぶ声に誘われて扉手をかける。
これ・・・
八尺様の・・・
誘い出そうとするおじいちゃんの優しい声と一緒じゃないか?
「琥太郎! うわ、熱いよ! 琥太郎この中にいるの!
大丈夫、変な女は、追っ払ったから! 早く出てきて!」
執拗に扉を叩くキャトルの声。
本物か? 本当にキャトルなのか?
それを試すほどの時間は炎に囲まれた自分には残されていないが、
むざむざと扉を開けるわけにもいかない・・・
確認するしかないか。急いで、直ぐに、本物のキャトルか確かめるためには・・・
「キャトル! いま、出ていく! その前に、服が全て燃えてしまった! いま、俺は全裸だ!」
「いいから! 早く出てきなよ!」
「不公平だ! 俺だけ全裸なんて、キャトル! お前も脱げ!」
「わかったから! 脱ぐよ! 脱ぐから、早く出てきて!」
はい、偽物だ。
本物ならこの時点で、いやそもそも最初から扉を壊して俺を引きずり出しているはずだろう・・・。
開けれないのか、俺に開けさせたいのか。
お、これは良い。
どこまでのってくれるのだろうか?
灼熱の熱でハイになった琥太郎は、
「ほんとうか! ほんとなのか! いま、何を脱いだ!」
「・・・え?」
「実況しろ! キャトル! いま、何を脱いでる! 鎧か? アンダーウェアか? パンツか? ブラか? パンティーか!?」
「え? ・・・え? ・・・」
「早く! 熱い! 早く脱げ! 早く、実況しろ! 時間がない!」
本当に時間がない、今にも自分にする火が燃え移りそうだ・・・そんな下らないいたずらするのは、どうかしてる・・・そう、俺はどうかしている男だよ。
「いや、あの・・・出てきて・・・」
「早くしろ! まだ、脱がぬのか! 」
「あの、えっと・・・とにかく、出てきてくれませんか? お願いです。」
「よかろう!そんなに渋るというなら、俺が脱がせてやる! いいんだな?」
「出てくるな! 絶対に! やめろ! 出てくるな! 」
これ以上は、可哀想か。
いく分気持ちも落ち着いた。
さて、御対面だ!
俺は、扉を思いっきり蹴飛ばし、銃を両手に構えた。
そこには白い女。
の上半身。
髪を自らの血と這い回った時に付いたであろう泥に汚れていた。
美しかったであろう指はズタズタで、爪は割れている。
下半身は、無い。
血が垂れ流しになっていて、胴から下がバッサリと無い。
顔。
目のようなモノがある
鼻のようなモノがある。
口のようなモノがある。
目と口はポッカリ穴が空いてるように真っ黒。
目は、涙を流すかのように、血が流れている。
そいつが、少し扉から離れたところで、顔を両手で隠し、指の隙間からこちらをチラチラ見る、その姿に女の見た目への恐怖感は幾分も減少した。
俺が裸じゃないことに気づき、女は、俺に向かってものすごいスピードで這い寄ってきた。
顔が心なしか、怒りに満ちている。
目は、血の涙を溜めている。
そいつは、俺の目の前で止まる。
俺の顔を、その怒りのままに覗きこむ。
「あ、ごめん。やっぱ怒った?」
「・・・ユ・・・ルサナイ」
女が俺の身体を引き裂かんと手を伸ばす、
構えていた銃で女の顔面に銃弾を撃ち込むと、
女の顔を赤い煙が覆い尽くし、女は、顔を抑え苦しむ。
やっぱり人型には効くな。
おれは、直ぐ様距離を取り、女に銃弾を浴びせていく。
煙のせいで、俺の居場所を掴めない女は、
弾が飛んできた方向に一直線に這ってくる。
俺はそのパターンを利用して
撃っては、場所を変え
撃っては、場所を変え
ヒットアンドアウェイで、女から距離を取る。
しかし、いくら距離を取っても女が決して離れていくことはない。
やはり、時間稼ぎが関の山か。
それでいい、
時間が稼げればそれで
いずれ、颯爽と駆けつける我が親愛する主。
きっと、来る。
あの人は
絶対に掬える命を、溢さぬ人だろう。
まだまだ短い付き合いだが、アスビーはそういう人間だと俺は思って、信じている。
そう息巻き
背中に背負うライフルを構える。
それに特大の煙弾を装填し、
女の顔面に狙いを定める。
スコープ越しに女と目が合う。
女の目から、赤くない涙が・・・見えたような気がした・・・
一瞬躊躇いながら、引き金を引くと同時に弾丸は女の顔を捉えた。
女の姿を煙が包む。
よし。
俺は、距離をとり次弾を装填、こうやって時間を稼ぎ続ければ・・・
ドンッ
何かにぶつかった。
何が、俺の身体に抱きついてきた。
温かい。
俺は、ゆっくり顔をあげる。
そこには、白い帽子を被った美しい女性。
俺に優しく微笑み。
俺を優しく抱きしめる。
俺は、女性の胸にそのまま、顔を埋める。
安心。
温かく、懐かしい。
何処からか蝉の泣き声が聞こえるように、感じる夏の匂いの女性の胸に吸い込まれるように。
俺の頭に温かい何かが降り注ぐ。
「お姉ちゃん・・・」
琥太郎が女性の顔を覗くと
血の涙を流す女の顔があった。
メリッ
ミシッ
メリメリッ!
身体から骨が軋む音がする。
琥太郎の身体をガッチリと抱き締めた女は、
そのまま身体を締め上げる。
「あぐっ・・・ぐっ、ぐ、がばっ!」
琥太郎の口から自らの血が垂れる。
意識が、女の涙を浴びながら、
そのままゆっくりと失っていく・・・
刹那、雷鳴が轟く。
琥太郎の身体を締め上げていた力が離れる。
琥太郎は支えを失い、倒れ、
抱擁を離れた耳には、女の悲鳴が届く。
そして、見上げた目線の先に、
獰猛な口からヨダレを流し、ワニを思わせる口とは、不つり合いの美しい、白馬のような体躯。
背にこれまた、美しい白い翼を生やす一角の獣。
それに跨がり、琥太郎を見下ろす、
少し癖のある長い紅色の髪。
肉食の獣の用に鋭く、朝焼けのように美しい金色の瞳。
その勇ましく美しい姿に涙がつたうようだ。
「何故泣いている?」
「煙が目にしみただけだ。」
ふむ。
と頷きアスビーは琥太郎に微笑んだ。
八尺様も女の子。