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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻その1
49/70

「はじめましてこんばんは。」

「はじめましてこんばんは。」

 

 

 

 

 

 

 

 安楽島琥太郎うらしまこたろうは、普通の人間である。

 特に特別な力もなく、特に特別な出会いも、出来事もなく、19年間生きていた。

 そして、特別は突然にやってきた。

 年間8万人の失踪者が報告される日本では、珍しいことなのか、どうかわからないが、

 安楽島琥太郎は、その失踪者リストに名前を連ねることになるのである。

 更にその中で、一億分の八万の中でも稀有な、異界への失踪である。一般的には神隠しと言われるのだろうか、

 兎に角、偶然に、突然に。

 安楽島琥太郎は、日本国から姿を消した。

 

 そしてこの、世界イディオンに呼び出され、美しき召喚術師の従者をしているのが現状である。

 

 

 日本では経験することもなかった、経験を多くした。

 これからも、経験することを覚悟している。

 

 アスビー・フォン・ライクニック。

 若くして非凡な魔術と召喚術を持ち、怪奇譚を蒐集する彼女には、その才と若さに妬まれ、狙われ、多くの敵がいる。

 特に顕著に行動に起こす集団は、

 怪奇教。怪奇を蒐集し、イディオンに混乱を巻き起こす邪教徒。

 そして、その中心を統べるイディオンの七怪奇たち。

 先日も謎多き"サイ"と名乗ってた少女に誘われて、怪奇教の司祭と対峙する羽目になった。

 

 どこまでも薄気味悪く、神出鬼没な集団に狙われているのだ安楽島琥太郎の仕える人は。

 

 命の危険がついて回る。

 1度、命を落としている。

 

 それも覚悟の上、それでも共にいたい人だから。

 

 安楽島琥太郎は、そんな覚悟を最近持ちだし、今日も日課の御参りへと丘にやってきていた。

 ライクニックの街を見渡せる拓けた丘。

 そこに、琥太郎の命を救ってくれた二つの怪奇が奉られている。

 

 八尺怪奇のサクヤ、牡丹灯篭怪奇のお露と新三郎。

 

 イディオンに召喚させられ、その力を悪用された彼女たちを、封じ、無害の怪奇に奉じた神聖なる丘。

 小さな祠と、二つの墓があるその丘に。

 感謝とふれ合いと、約束と己に課せた義務で、安楽島琥太郎は、今日も丘に登ってきていた。

 

 そして今日、いつもの丘に奇妙な物を見たのだ。

 いや、正確にはその丘の上。祠の裏に続く鬱蒼と木々に包まれた山林、そこに昨日訪れた時には無かった物が建っていた。

 

 洋館である。

 ・・・・・・洋館だな。

 

 レンガ造りの大きな、ヨミの館と同程度の大きさだろうか、

 入ったら、突然に鍵が閉じられ、探索すれば、人肉を食むゾンビが出てきそうな、晴れやかな丘には不釣りあいの洋館が建っている。

 昨日まで、木々が生えるのみだった山の斜面に。

  

 いやいや、待てよ琥太郎よ。

 きっとこれはまた、サクヤ姉ちゃんのイタズラに違いない。


 俺が来ると、いつも気を引くためにと色々な幻覚や自然現象で驚かせてくれる、お茶目な怪奇のお姉ちゃんのイタズラに違いない。

 

 うん、そうだ間違えない。

 だってあり得ないもの。1日で洋館が建ちますか? と俺は自分に問いたい。

 あり得ない、あり得ない。今まで散々に、魑魅魍魎怪異怪奇ちみもうりょうかいいかいきを目にして来たが、これはあり得ない。

 

 いやー、今回はやられたよ姉ちゃん。

 俺も流石にビックリして開いた口が閉じなかったよ。

 

 さてさて、こうしてポカンとしていて、ただ騙されてやるのも性に合わない。

 そこに不気味な洋館が見えるのならば、入ろうではないか。

 物語が始まらないだろう?

 

 洋館に目をやり、数瞬意識を奪われていたら、

 さっきまでの晴れやかな天気はどこ吹く風、

 洋館を中心に広がる厚い雲の影響で曇天模様になっているではないか。

 

 憎い演出もしてくれる。

 これは、ますます乗り込んであげなければならない。

 

 そう心に決めて、洋館へと続く小道を進み始める。

 進み始めようと、1歩足を踏み出すと、

 

 驚いたことに目の前に洋館の扉が現れた。

 

 ・・・・・・。

 いや、これも遊び心のある幻覚だ。

 早く俺に会いたいが為にサクヤ姉ちゃんが、道のりを省略してくれたのだろう。

 数十歩の歩みも我慢できないとは、サクヤ姉ちゃんもまだまだ子怪奇だな。

 身長はデカイけども。

 

 ふむ。さてさて。

 本当にバイオなハザードが始まってしまいそうな、雰囲気の重い洋館だな。

 重厚な扉に、1度入れば2度と出れなくなってしまいそうな錯覚を覚える。

 

 コンコン。

 とりあえずノックをしてみる。

 ノックは気持ち悪い、羽の生えた化け物をモチーフにしているようだ。

 おお、怖い。

  だが、俺はこの程度では臆せぬぞ。

 深夜にバイオなハザードをナイフ縛りでクリアするような熟練のサバイバーだぜ、サクヤ姉ちゃん。

 

 ・・・。

 返事はないな。

 

 仕方ない。

 ドアノブに手をかけて、扉をゆっくりと開く。

 

 「お邪魔します。」

 

 ドアを開いて中を覗けば、昼間だというのに湿気臭い風が漂っている。

 

 うわあ、嫌だなぁ、怖いなぁ。

 ともあれ、入らなければ寂しがり屋の姉ちゃんに悪い。

 折角の演出も、無駄になってしまう。

 

 なんの疑いもなく、そうして俺は洋館の中に入った。

 

 同時にすぐ脇に置かれた蝋燭に火が灯る。

 れにつられて玄関ホールのあちこちに置かれた蝋燭が一斉に火を灯しだす。

 

 突然の発光にビクリと肩を震わせる。

 

 そして、ようやく。何かがオカシイのではと思い出すのだ。

 

 幻覚にしては、妙に質感がリアルというか。

 そもそも、サクヤ姉ちゃんの創造力の中に、こんな不気味な洋館があるのだろうか。

 創るなら日本屋敷の方が自然な気がする。

 

 これは不味いのでは?

 

 咄嗟に前面に広がるエントランスから、目をそらし後ろを振り返りドアノブを押し引きしてみるも、

 案の定、開かない。

 

 不味い。

 暗闇を照らす蝋燭の淡い光に圧迫感を感じる。

 耳を澄ませば、コツコツと足音が聞こえる気がする。

 

 全身に悪寒が走り、心臓が高鳴り・・・。

 

 「主に挨拶もなく、出ていくとは無礼な者だな。」

 

 背中越しにかけられた冷淡な女の声に、心臓の高鳴りが、揉み消される。

 サクヤ姉ちゃんじゃない!


 「ど、どちら様、でしょうか・・・?」

 

 震える声をかけながら、胸ポケットの護身用の拳銃に手をかける。

 

 「こちらを向け、愚か者。」

 

 命令する声。ゾクリ寒気が走ると共に、振り返る。

 逆らうな、逆らってはならない。

 

 「始めまして、こんばんは。人の少年。ようこそ我が館へ。」

 

 白。

 いや、銀色だ。

 眼前にたなびく鮮やかな銀色の髪。

 漆黒のドレスに身を包む彼女によく似合う。

 美しい肉体を強調するようなタイトの黒いドレスは飾り気は無いが、彼女の魅力を引き立てるには、どんな豪奢な飾りも所詮はガラクタ以下の装飾品だろう。

 俺を見つめる真っ赤な瞳はどんな紅玉よりも、闇を照らす輝きを放っている。

 

 人間じゃない。

 直感する。

 こんなに美しい生き物は、いや生きてるのかもわからない。

 俺を見つめる真っ赤な瞳からは、何も感じられない。

 全て直感だが、

 アスビーのように絵に描いたような完璧な美女もいるこの世界なら。

 

 いや、そうじゃない。

 この女性は、

 そうだ、ヨミだ。

 初めてヨミに会ったときの感覚と酷似しているんだ。

 あの狐の大妖に。

 

 「恐れてるな、無理もないが。私は沈黙を嫌うぞ。」

 

 「は、は、始めまして。」

 

 間違えない。ヨミと同じ。

 いや、それ以上に、俺を。

 人を、人として見ていない眼だ。

 

 「・・・よかろう。客人。」

 

 彼女のその言葉に乗じて空間が変化する。

 俺と彼女以外が高速で動いてるかのように、風景が目まぐるしく流れる、

 そして流れが止まると、俺は椅子に腰かけていた。

 

 「久しぶりに、客人を招いたが。皆一様にそうして、身を固めていたよ。最後までな。」

 

 食卓テーブル。

 5メートル程の縦長のテーブルには、ところ狭しと様々な馳走が並べられ、俺と彼女はそれらを挟んで座っている。

 

 「・・・勝手に入り込んですいません・・・。」

 

 ポケットに伸ばしていた手を引っ込め膝に置く。

 機嫌を損ねてはいけない。

 たぶん"これ"ではどうしようもない。

 

 「そうだ、行儀の良い男は嫌いではない。うちの下僕にも、見習ってもらいたいものだ。」

 

 「あの、申し遅れました、俺は安楽島琥太郎と言う、この街に住む人間です。」

 

 恭しく慎重に、俺は頭を下げる。

 

 「そうか、それだけか?」

 

 「それだけ・・・とは?」

 

 会話の主導権が握られたままでは、針のむしろに座ってるようで、どうにも落ち着かない。

 

 推理しよう。

 彼女を。

 蝋燭の明かりよりも輝く隻眼。優雅に飲みこむ赤ワイン

 ヨミ。九尾之狐と呼ばれるアイツが変化した時のように感じる圧迫感。

 グラスを傾け、唇についたワインを舌で嘗めとる。

 

 「ただ住む者なら、昨夜から何びとも見ている。

 だが、私に気づいたのはお前が最初だ。」

 

 舌の隙間から、チラリと見えた、尖った歯。

 

 牙だ。とても鋭利な。人の首など一咬みで切り裂いてしまいそうな。

 

 「それは、わかりません。俺は普通の人間ですよ。」

 

 「普通の人間なら、今頃お前は、私の餌になってる。

 何故、お前がそうなっていないのか?」

 

 人を餌にする。妖の類。

 

 「・・・俺、喫煙者ですから。」

 

 「はて?」

 

 興味深く首をかしげる。

 何とも魅力的な美女だ、その洗練された一つ一つの仕草に、"首を差し出したくなる"

 

 「・・・俺の血は、たぶん美味しくないですよ。」

 

 「そうか? 私には、今にも味わいたくなるほど魅力的な薫りがするがな。」

 

 「・・・それは困りましたね。俺はまだ死にたくないんですが。」

 

 「だから、話せと言っているではないか。

 何故、私の館を見つけられたのか。その答えが私の機嫌を損なうものでなければ、致死量までて抑えてやらんでもないぞ。」

 

 死んでるじゃないか。

 致死量まで吸ったら。

 

 俺だって、見つけたくて見つけたわけじゃないんだけどな。

 

 強いて理由を上げるなら、俺が他の人よりこの洋館の建つ場所に思入れがあるからじゃないだろうか。

 

 山の神を、サクヤを奉る祠をよく見ており、

 その、祠を注視していれば、自ずとその後ろに突然建った建物が、見えてきても。

 それくらいしか理由は思い浮かばないのだが。

 

 俺にはそうは見えなかったが、何らかの擬態をしていたのかな、この洋館は。

 彼女にしては、上手く隠れているつもりなのを俺が、偶然に見破ってしまったのかな。

 そもそもサクヤ姉ちゃんの事がなければ見間違いか何かで処理してしまっていたかもしれない。

 だって普通なら自分がオカシイと思うだろう。

 一晩で突然、建物が建つなんて。

 秀吉の一夜城じゃあるまいし。

 

 「一夜城か。一夜で城を建てるなど人間に出来るのか?」

 

 確信した。

 声に出ぬ声。俺の考えが読まれている。

 

 美しく気高く、人を虜にするカリスマ性と、掌握する読心術。

 人の血を餌にする、莫大な力と物質を創造する力まであると言われる、西洋怪奇の中でも飛びっきりの大物怪奇。

 

 「もしかしたら、秀吉という人間もヴァンパイアだったのかもしれませんね。えっと・・・」

 

 「ミレーナ・スレイモア・アーカード。

 お前の推察する通りの飛びっきりのヴァンパイアだ。中々聡明な人間じゃないか、安楽島とやら。

 もう少し、話をしようか。」

 

 ミレーナは、そう言い真っ赤な赤ワインを俺のグラスにも注いだ。

 対面に座っていた彼女は、気づけば目の前に。

 いや、長テーブルが気づけば、手の届く距離に俺とミレーナを挟む、小さなテーブルに様変わりしていた。

 

 「ありがとうございます、ミレーナさん。」

 

 渇きに渇いた喉を潤すためワイングラスをあおる。

 

 「私の下僕が、用に出ていて調度退屈していたところだ。

 気にするな、人間。」

 

 ぎこちなく笑う俺に、凄惨な微笑みを浮かべるミレーナさん。

 

 どうやら、俺は完璧に。

 妖艶にワインを飲み干す、この美しいヴァンパイアと、彼女の館に捕らわれてしまったようである。

 

 

 

 

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