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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
動物憑き
48/70

「wherereU」

「wherereU」

 

 

 

 

 

 アタシはどこにいるんでしょう?

 

 『そこにいるよ。』

 

 と、アタシの後ろから抑揚の無い声が聞こえる。

 綺麗な透き通る音がつながり、そう。ただ音を繋ぎ合わせた様に聞こえてくる。

 

 振り替えると、赤髪せきはつの少女。

 表情が一切浮かび上がらない、お人形のような少女。

 わかるよ、貴方が。初めて会った時のアスビーだ。

 

 辺りを見渡せば幼いアスビーだけが、浮かび上がる様に、その輪郭だけが浮かび上がり、


 夢を見ているのかな。

 見させられてるのかな?

 

 『さようなら。』

 

 『うん、さようなら。またね。』

 

 ゼンマイ仕掛けの様に礼をして、何処かへと消えていく少女。

 

 懐かしい。

 本当にお人形のようだったな。お母さんは、アスビーを産んで直ぐに亡くなったそうだし、お父さん、当時の領主は、研究に没頭していたのだ、母の愛情も父の温もりも知らず、

 ただ、屋敷をフラフラと彷徨い歩いていた。

 ヨミが色々と世話をやいていたらしいが。

 まだ、心を開いていなかったころのアスビー。

 アタシも色々と苦労したかな・・・。

 

 

 『早く行こう! キャトル!』

 

 『うん?』

 

 弾んだ声で少女がアタシの手を掴む。

 

 アスビーだ。10歳くらいかな。

 背が伸びて、今の面影も少し感じる。

 

 『何処に行くの?』

 

 『学校だよ!』

 

 学校・・・。ああ、その頃か。

 まだアタシより小さいアスビーに手を引かれて、駆け出す。

 腰まで伸びた赤い髪をなびかせて。

 

 『それじゃ、また放課後ね!』

 

 手を離れて走り去っていく。

 

 ああ、この頃からだ。

 

 『ごめん、キャトル。先に帰ってて。』

 

 『うん、わかったよ。』

 

 アタシより背の伸びたアスビーが離れていく。

 

 『すまん、キャトル。』

 

 『うん、行ってらっしゃい。』

 

 とても綺麗になったアスビーは、アタシの手の届かぬ。

 

 『アスビー・・・。』


 『ヘルメスの阿呆に会いに行ってくる。しつこい女だよ、本当に。』

 

 宿敵に会いに。

 目の届かぬところへ。

 

 『・・・。』 

 

 『シードラの後始末だよ、全く面倒なことだ。』

 

 友に会いに。

 心も届かぬ。

 

 『・・・。』

 

 『ウィルターもくどい男だ、私がいくら撥ね付けても、次の日には、忘れたといわんばかりだ。』

 

 許嫁の男に会いに。

 置いてかないで。

 

 『キャトル?』

 

 『行ってらっしゃい。』

 

 このままじゃダメ。

 

 追いつこうと。

 アタシが出会ったお人形の様な少女の面影に憑かれ。

 

 『騎士を目指すんだな、キャトル。』

 

 今の貴方に憑いていくために。

 

 『・・・うん。』

 

 『・・・またな。』

 

 呼び止めて欲しかった。

 私の側に居てくれと。

 

 『身体に気をつけろよ。』

 

 ・・・ひどい。

 呼び止められると思ってるのか。

 

 「泣き虫め。」

 

 ひどいよ。アタシ。

 何も変わってないじゃん。

 

 「・・・そうだな。」

 

 大人にならなきゃって。

 いつまでも子供のままじゃダメなんだよって。

 

 「いいじゃないか。お前はそのままでも。」

 

 イヤだよ・・・。

 アタシだけそのままなんて。

 優しくしないでよ。

 言えばいいじゃない。

 切り捨てればいいじゃない。

 今のアタシなんて、アスビーの足枷にしかならないって。

 

 イヤだよ、卑屈だよアタシ。

 見捨てないで、頑張るから、頑張るから

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 置いてかないでよ。

 

 うずくまり、嗚咽混じりに漏れる声が穢い。

 独りだ。

 アタシは独り、ここに残された。

 誰も、来ない。

 アスビーは、来ない。

 

 止めどなく流れる涙で溺れそうになる。

 

 その涙を拭う。手・・・。

 細い柔らかい、指がアタシの頬を。

 そして、

 アタシの頭を優しく撫でる。

 

 「お前が変わらないから、私の帰る場所になるんだ。」

 

 ・・・・・・・・・・・・パチリ。

 声に誘われて目を開くと、

 アタシの部屋だった。

 

 「・・・あれ。」

 

 「起きたか。」

 

 「・・・アスビー?」

 

 まだ夢を見ているのか。

 まだ霧に包まれた頭を抱えるように、手を伸ばすと。

 

 あれ?

 憑いてた耳がない。

 

 「・・・ない。」

 

 「私が切り落とした。」

 

 「・・・マジで?」

 

 アタシの眠るベットの脇に腰かけて本を読むアスビーが、恐ろしいことを呟く。

 え? 切った? 切り落とした?!

 

 「うぎゃー!」

 

 ガバリと身を起こす。

 あ、下着だ。

 でも関係ない!

 アタシとアスビーだけだし。

 

 「切った? 切った!?」

 

 頭をクシャクシャとかきむしる。

 ついてる?

 アタシの耳! ある! 髪! ある!

 目! 鼻! 口!

 

 「ある!」

 

 「私の腕を舐めるな、綺麗に怪奇だけ削ぎ落としたぞ。」

 

 本がパタリと閉じる。

 

 「・・・あ、ありがとう?」

 

 そのまま、立ちあがりアタシの顔を覗きこむように、

 いや、見下すように睨み付けてくる。

 

 怒ってます?

 怒ってるよね。

 

 「怒ってます・・・よね?」

 

 ビリビリと空気が痺れるような錯覚。

 

 「ああ、何で首を落とさなかったのか、自分でも不思議だよ。

 なあ、我が騎士様。」

 

 ヤバイ、めちゃ怒ってるよ。

 優しく囁くように、綿糸で首を絞められるように。

 

 「す、すいませんでした。」

 

 「なにをだ? なにが悪いと思っている? 言ってみろ。」

 

 「は、はい・・・。ええっと・・・、先ず、おそらく。暴れましたよね、アタシ。たぶん弓を持ってきて・・・アスビーと、琥太郎に射ったり、しましたよね・・・?」

 

 「ああ、琥太郎に3発程刺さったな。」

 

 ええ?!

 うそ・・・。

 うそだ?!

 

 「生きてるぞ、残念ながら。しぶとさが売りだからな、我が従者は。」

 

 ズキン。

 心臓に針が刺さるような感覚。

 

 「我が騎士が、主である私に手をあげ、殺そうとするのを。

 我が従者は、必死に護り抜いた。無様だったが、賞賛に値するな。」

 

 吐きそうになるほど、内臓が絞められるようで、

 

 アタシのせいで。琥太郎が。

 アタシのせいで。アスビーが。

 ひどい。

 低俗な怪奇に誘われて、誘われるがままに暴れて、

 護らなきゃいけない、アタシがついていく人を殺しかけて。

 

 悪寒が走り、血の気が引く。

 

 「どう、責任を取るつもりだ、キャトル・エルクーガ。」

 

 責任・・・。

 騎士であり、大人であり、

 アタシのやったことは、控えめに言っても極刑ものだろうか。

 

 震える、唇が、肩が。

 恐怖と自責で震える。

 

 「・・・ふむ、騎士キャトルに言うことは以上だ。

 後はお前で判断しろ。」

 

 「・・・・・・。」

 

 アタシの答えを待つように、アスビーが黙る。

 

 たった1つの過ち。

 たった一瞬の心の隙。

 

 でも、それは必然だったのだろうか。

 きっと、いずれ露呈されたアタシの無理によるものだったのだから。

 

 そういうことだ。

 さて、どう責任を取るのか。

 

 「・・・・・・ひゅ。」

 

 何か言わなきゃ、

 謝罪、自責。

 

 「何もないのか? わかってるいるだろうが、私は気が短いぞ。」

 

 わかっています。

 ずっと見てきたから。わかっています。

 

 アタシが貴方の1番嫌いなことをしたことも。

 裏切り行為だ。

 

 背中から撃たれることだ。

 主に弓引く騎士。

 万死に価する。

 

 死にたくない。

 死にたくない、

 だから、

 だからアタシに出来ることは。

 

 「・・・。」


 膝を折り、手をついて、頭をついて。

 

 「ごめんなさい。」

 

 どうか、許しを。

 

 「ごめんなさい・・・。」


 謝る。

 許しを乞う。

 だって、だって。

 

 「もう一度、貴方に仕えさせてください・・・。」

 

 死ねない、死にたくない。

 アタシに残された最後の決意だから。

 

 アタシが貴方を護る。

 

 アタシが、

 キャトル・エルクーガがアスビー・フォン・ライクニックに、死ぬまで捧げた誓いだから。

 

 死ねない。

 これだけは譲れない。

 

 例え貴方に死ねと言われても、

 アタシは、死ぬわけにはいかない。

 

 「とんだ、矛盾だな。」

 

 「わかってる!」

 

 「それでも国を支える騎士か?」

 

 「騎士です! 貴方の・・・」


そう誓った。

 

 「死ぬまでアスビーを支える、側にいる、

 それだけの、それしか出来ない騎士だ!」

 

 滲む瞳で、主を睨む。

 

 頭を垂れて反抗する。

 

 ・・・何ですかその顔は。

 

 「・・・ありがとう。」

 

 「え?」

 

 何で頬笑むんですか?

 

 「お前は騎士だ。でもそれ以前に、私の、私だけの友だろう。」

 

 はい・・・。

 

 「お前が命を差し出すと言えば、私はそうしなくてはならなかった、私はかけがえのない友の首を切らねばならなかった。」

 

 「・・・アスビー?」

 

 そんなこと、言わないでよ。

 欲しかった言葉をそんな、そんな簡単に溢さないでよ。

 

 常に前だけを見つめ、毅然と立ち振舞うアスビー・フォン・ライクニックが、

 

 「すまなかったな。」

 

 抱きしめないでよ。

 抱きしめてよ。

 

 「・・・なんで?」

 

 どうして、アタシを?

 アタシは特別なの?

 

 「私は、当たり前だと思っていたんだ。

 キャトル。お前が居ることが、私の後ろに何時までも居てくれることが。私が何時立ち止まってしまっても、私が何時膝をついても、

 私の背中を支えてくれるのが、当たり前だと思っていたんだよ。

 そんな当たり前をお前に押し付けていたんだな。」

 

 やめてよ、違うよ。

 それが嬉しかったんだよ。

 アタシの居場所を作ってくれたのは貴方なんだよ。

 

 「ありがとう。キャトル。ごめんね、キャトル。私が、お前をどれだけ当たり前にして、お前の気持ちを見てやれなかったのか、

 十分にわかったよ。わかってて、わかってやれなかったことも。

 ごめんね、今まで。そして、これからも。ありがとう。キャトル。私の友。」

 

 もう何も、考えれない。

 うれしい。

 強く抱き返せば、返ってくる熱と力。

 

 ありがとう。

 ありがとう。

 

 何時までもこうして、確かめあいたい。

 何時までも、でもこれからも。

 

 よろしくお願いします。

 とても弱くて、迷いがちで、

 

 こんな頼りない騎士だけど。

 何時までも貴方についていくから。

 

 よろしくお願いします・・・。

 

 「・・・あの。」


 ビクリ!

 

 「・・・先に謝る。空気をよまなくてごめんなさいと、でもほらキャトルも目を覚ましたら、お腹空いてるだろうと思ってな、それにアスビーもずっとそばに居たわけだから、交代してやろうかなと・・・。

 そのなんだ、何で下着姿で抱き合ってるんだ?」

 

 そして、頭を抱えて身を縮めるのは、

 アタシたちの新しい友達である。

 

 空気をよまず、でも不器用に優しいやつ。

 

 仕置きを受けると、身を固める姿が余りにも滑稽で、

 アタシもアスビーも思わず笑い出す。

 

 お腹が空いたね。

 帰ろうか。

 

 アタシたちの場所へ。

 

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