「耳×耳」
「耳×耳」
「アタシを殺せ・・・。」
家主のいない館の一室で、午後のティータイムに興じていたというのに・・・。
屋敷の修繕、いや新築は順調に進み、
居候する館の家主のヨミも、玖礼を伴い海水浴に出掛けている。
わたくし、安楽島琥太郎は我が主であるアスビー・フォン・ライクニックと共に、平穏な日々を送れているのだ。
ここ数日は大きな事件も起きず、つい数日前の出来事が嘘のように、ライクニックの田舎町は平和そのものだ。
アスビーも簡単な街の見回りと書類仕事をする程度で、働く時間よりもこうして、飲食に舌つづみをうっている時間の方が多いんじゃないかと思えていたというのに。
部屋に飛び込んできて、早々に物騒な言葉を吐いたエルフの騎士キャトルを、いかに処罰してやろうか。
目くばせをして俺とアスビーは頷く。
「アスビー、殺してくれだってさ。」
「ふむ、今までご苦労だったキャトル。では・・・」
「ではじゃない! 本気にするな!」
軽く片手を挙げて魔力をこめたアスビーに、静電気が張り付くのを見て
フーフーと猫のように興奮し、顔を真っ赤にしてキャトルは否定した。
「まあまあ、落ち着け、落ち着け。なあアスビー、キャトルにも紅茶を1杯淹れようか。」
「そうだな、何があったかは知らないが、辛かったな。お疲れ様。腰でも下ろして落ち着くといい。」
「うう・・・。」
身体を震わせて、ハンチング帽を被るキャトルは、ソファに腰を下ろす。
「まったく忙しないな。心に余裕を持てないから、些細な出来事にでも、気を動転させてしまうのだ。」
「・・・うう、すごい・・・むかつく・・・。」
何やらブツブツと愚痴っているようだが、聞こえない。
「全くだ。それにしてもアスビー。この菓子旨いな。」
「そうだろう? 視察の時に菓子屋の娘に貰ったんだ。
新商品だと言っていたぞ。」
「ああ、ミレーネちゃんか。」
「そうだ、今年14になるといっていたな。今年になって伸びてきた可愛らしい角を自慢していたぞ。」
「母親のイスカさんに似て、将来美人の鬼女になるだろうな。楽しみだ。」
「美人というなら、宿屋のリーンなどどうだろうか? たしか・・・」
「先日、18になったな。薄紫の翼がチャーミングだ。」
「ジャンの娘のミナは?」
「16だな、たまに肉球を触らせてくれる、メチャクチャ気持ちいいぞ。」
「シャニーは?」
「果物屋の?」
「いや、鍛冶屋の娘の。」
「ああ、シャニちゃんか。犬歯が可愛い。」
「・・・本当にお前は女性情報に詳しいな。」
「心配するな、一番は君だよ、アスビー。」
「気持ち悪いこと言うな。」
「ははっ、手厳しいな。コーヒーおかわりいるか?」
「ああ、貰おう。」
「ほら、キャトル。紅茶だぞ。」
「うう・・・うう・・・。」
うずくまるキャトルに茶を出して、俺たちは世間話を続ける。
「しかし、よくもまあ、数月でそこまで覚えられるものだな。記憶力がいいのか、煩悩が強いのか。」
「アレンたちと飲んでると、色々教えてくれるんだよ。」
「アイツらもいい年だから、必死なのだな。」
「誤解してくれるなよ、俺達が、何も女の子の話ばかりで盛り上がってる訳じゃないぞ。
あの鋭い鷹目で有名な騎士ファルコが最近、娘が文字を書けるなったらしい。溺愛しすぎて、仕事中も娘が書いたパパへの手紙を見て微笑んでるんだとさ。そのお陰で随分丸くなったそうだよ。」
「ああ、ファルコか。めでたいことだ。今度、娘に筆を贈ってやろうか。」
「ほんと見違えるほどの親バカっぷりらしいぞ・・・はい、アスビー。」
「ふむ・・・ありがとう。
琥太郎も随分コーヒーを淹れるのが上手くなったな。」
「一重に主のために。」
「殊勝な心がけだ誉めて遣わす。」
「ううううう・・・。」
「それで、団長バラクの娘21歳は、さっきから何を呻いているのだ。耳障りだぞ。」
「ア、ア、アスビー・・・。」
唇を震わせて顔を紅潮させ、アスビーに視線を投げるキャトル。
ハンチング帽を両手で押さえて、さっきから俯いたままだ。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・な、なによ二人とも・・・。」
キャトルが帽子なんて被ってるところ見たことあるか?
いや、ないな。
キャトルが嘯くなか俺とアスビーは、目でやり取りをする。
「なあ、キャトル。その帽子どうしたんだ?」
「なんでもない!!」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・なんでも・・・ないです・・・。」
怪しいな。
怪しいな。
いじめっ子モードオン。
「おい、キャトル。人の家にあがって帽子を脱がぬとはだらしないぞ。」
素でドSのいじめっ子、アスビーが仕掛ける。
「いや、ここはアタシの家でもあるんだから、多目に見てよ。」
帽子へと注視する俺たちを恐れるようにキャトルは身を縮める。
女性限定でSに変化するわたくし安楽島琥太郎は更に責め立てる。
「キャトル、ここはヨミの家だ。家主がいないとはいえ、居候の身の上で、そういう態度はよくないんじゃないか?」
「いや、いいじゃん! 琥太郎! アタシたちしかいないんだし!」
俺がおもむろにボウシに手を伸ばせば弾かれたようにキャトルが立ちあがり距離をとる。
何か隠してるな・・・。
ふむ、そうだな。
キラキラと目を輝かせるいじめっ子たちの視線にキャトルは、追い詰められた動物のように身を震わせる。
「ね、ねえ琥太郎さん、アスビー様。無理矢理、そういうのは人間としてやっちゃいけないことだと思うんだよね。アタシはね。
そう思うんだよね。人として、エルフとして。誇り高きエルフ族の騎士としてね。いやもうアタシたちいい大人なんだし、相手の嫌がることをするのは、とても悪いことだよと、二人には、いえ、御二人にはツタエタイんだよね・・・ねぇ・・・ねぇ・・・。」
ジリジリと詰め、キャトルを部屋の隅においやった俺たちは。
「琥太郎。」
「はい。我が主様。」
「脱がせろ。」
「喜んで。」
「させるか!」
俺の伸ばした両手をガップリと正面から掴む。
「遂に本性現したな変態太郎! 変太郎!」
「琥太郎だ、これは我らが主様からのご褒美。じゃなくて、命令なるぞ。」
「お前、今何て言った!? アタシには拷問だろ!」
「安心しろ・・・優しくするから。ミナちゃんにも肉球の触り方が良いと太鼓判を貰った手技だ・・・・・・安心して大人になれ。」
「安心できるか!! こら、服を引っ張るな!」
「脱がせろと命じられたんだ!」
「帽子をだろ! 何でお前が怒ってるんだよ!」
「・・・ふむ・・・。」
傍観する主と、戯れる従者たちという微笑ましき主従の図を作り出している昼下がり。
窓を開けば、夏の始まりを感じさせる熱気と、濃い緑樹。長い寒気を終えた虫の賑やかな・・・
「感じの良い語りをいれるな!!」
怒り心頭の怒髪天、逆立つ髪も帽子で押さえたキャトルさん21歳女性は、口汚く吼える。
今日は妙に元気がいいな。
しかして目標には辿り着けない。
俺も男だ、不本意ながら力に物をいわせて婦女子に迫る形を取っている、これも主の為にと心を鬼にするのだが、
婦女子なれど、流石は騎士職のキャトル。腰をおとしてガップリと力をこめているのだが一行に押しきれない、もとい押し倒せない。
ただ、帽子を取るだけになぜ、押し倒さなければいけないのかと、疑問を持たれるだろうが、それはご愛嬌、御約束ということで。
顔を真っ赤に、歯を剥き出しにして敵意を持って組み合う女の子には、そんなご愛嬌通じないのだが。
「はぁ・・・もういい。」
互いに力一杯手を組み合っているのを見て、見方を変えれば恋人繋ぎをしている俺とキャトルの仲睦まじい姿に嫉妬したアスビーが、
という理由ではもちろんなく、ふざけあってる二人に痺れを切らして、スタスタとキャトルに近づき、帽子を剥いだ。
「・・・可愛い獣耳じゃないかキャトル。」
「・・・つぅ!」
咄嗟に頭を、そこに生えた二つの耳を隠すようにしゃがみこむキャトル。
「耳?」
耳だ。
エルフ族のキャトルの頭に耳が生えました。
銀髪の髪に合わせて銀毛の獣耳。
都合4つの可愛らしい耳が生え揃っている。
「・・・ふふ。」
「笑うな! アスビー!」
口を押さえてプルプルと震えるアスビーにキャトルは観念して、獣耳を曝け出す。
それに合わせて、元よりの長い耳と獣耳がひくつくのを見ると、心が洗われるようである。
「なぁ・・・アスビー。」
「・・・なんだ?」
笑いを押し殺し応える。
「俺の世界では、猫耳だとか、ウサギ耳だとか、うむ、キャトルの場合は猫耳のようだが。
猫耳をつけた女の子は"可愛い"と、まあ"萌え"とも言うのだが、
10代女性の1つの可愛らしいさと、愛くるしさのある若い、たどたどしい魅力をもとい、魔性を強調する武器というか、猫耳をつけた女子高生は我々の世界の大人な紳士たちの間では鉄板の1品というわけなのだが。ちなみに女子高生とは、こちらの世界でいう、10代の女子学生のことをいう。
つまりだ・・・」
わたくし安楽島琥太郎は今から、キャトルに酷いことを言います。
「大人になってまで、猫耳をつけている女性は、その・・・なんといいますか、キャトルさん。
ちょっと残念な人だなって思ってしまうのです。
いや、キャトルさんは、可愛い女性ですよ、はい。
でもな、キャトルさん。いい大人が、猫耳って・・・。
国を護り、民の盾となり、尽力する騎士様が、猫耳って・・・。」
「・・・殺す。」
笑いを耐えきれなくなると、キャトルは俺の首へと手をかけてきた。
可哀相だから、甘んじて受け入れることにする。
「何だその優しい目は! くそぅ!
アタシだってなりたくてこうなった訳じゃないのに!
くそ! あんたを殺してアタシも死ぬ!」
「いいぜ、キャトル。お前に殺されるなら悔いはない。俺はいま、賢者を通り越して、無の境地だ・・・興奮して耳が動いてるぞ・・・ぷふっ。」
「ああぁぁーーー!」
「落ち着け、キャトル、本当に死んでしまうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・はい。」
たっぷりと悩んだ果てに俺の首しめは解かれた。
少しだけ御花畑が見えました。
「キャトル。どうして何て、事は聞かないぞ。
"その現象"は、突然、獣の耳が生えるという事例はもう語り尽くされている怪奇であり、一般的なモノだ。お前も1度は見聞きしたこともあるだろうしな。」
そういい、アスビーは、キャトルの落とした帽子を手でクルクルと回しだし、
「ちなみに、話を進める前に琥太郎。お前の疑問に答えておこう。
この世界でも、いやお前のいた世界よりも。そんな語り尽くされた怪奇に憑かれて、良い大人が獣の耳を生やすなんてことはな。
本当に残念な人間だよ・・・ぷふっ。」
「笑うなぁぁぁーーー!!」
平和な日常を過ごしていた俺たちは、何とも可愛らしい怪奇によって動かされる。
猫耳&エルフ耳になったキャトルの御噺の始まりである。