「騎士スナイダー」
「騎士スナイダー」
竜を殺すことだけがすべてだった。
何故そう決意したのかも忘れた。
住み処を転々と変えていくうちに、少しずつ、
削ぎ落とされていった。
きっかけが、思い出が、故郷が、家族が、友人が、
あったのかもしれない。
いたのかもしれない。
全て忘却の彼方へと棄ててきた。
想いを棄てた分、肉体は反比例するかのように強くなっていった。
それで正しかったんだ。
それが正しいと思っていたし、
それしかしらなかった。
竜を狩ることだけじゃ生きていけなかったから、時には傭兵の真似事をして、食扶持を得た。
その時に知り合った者も、今どうしているのか知らない。
そこそこ、楽しかったが。
自分のやるべきことには不要だった。
記憶力がどうこうではない。
思い出そうとすれば、思い出せるかもしれないが、
必要としなかった。
だから、スナイダー。
お前はあの少女の盾とならねばならない。
ただ1つの生物を殺すことだけに心身を費やした自分が、
1つの生物の、更にその中の一人を護ることを。
その為だけに生きるようになるなんて。
「私の盾となっておくれ。」
少女はそう頼み込んだ。
アコヤ・スカーレット。
そう名乗った赤い瞳の少女。
「嫌だと言うなら傀儡にするまでですけど。」
油断した。
成人した女性にしては、線が細く幼い印象の少女。
その少女が突然、人里離れた隠れ家に、俺の前に現れて、聞いたことも視たこともない術を出会い頭に見舞ってきた。
初めてのことではない。
竜を使役する者や、信奉する者に恨み妬みをかうこともあった。
だから、油断したといっても
少女の行動によりというわけではなく、少女の見てくれによるものだ
と擁護させてもらおう。
そして、感じとれた既視感によるものだと。
それでいてのこの様だと。
意識は混濁し、指先から足先まで感覚が保てない。
ゆらゆらと少女が揺れて見え、
視界は霧に包まれたがごとく霞む。
冗談を言われてない。
やろうと、今すぐにでもできる。
ココまでか。
そこで思い出そうとした。
自分のコレマデノ人生を。
濁った頭ではなにも浮かばない。
そう、言い訳した。
浮かばないのは、何も覚えてないからではないと。
「何も・・・残らない・・・」
「竜を殺した英雄ではないのですか?」
「誰も・・・覚えてな・・・忘れれば・・・あちらも忘れる・・・そうやって生きてきた。」
そうやって生きてきたんだ。
そうやって死んでいくんだ。
そう考えれば、このアコヤと言ったか?
少女の提案も悪くないのかもしれない。
生きて、竜を殺すことだけに生きた人生に、思い出せるものがないのなら、
この少女の人形になってしまうのと何ら変わりないではないか。
盾になってほしいと言っていたか。
意思も信念も忘れさり、ただ人形のように淡々と狩り続けて、
造り上げられたこの肉体を、
この少女の支えになれるというなら、
もしかしたら、そうなる人生だったのかと納得も出来るなぁ。
長い言い訳だ。
「ねえ、スナイダーさん。私もです。」
少女は、俺の額に手をあてがった。
瞬く間に、自分の身体を縛り付けていた術が解かれた。
どうして?
少女の願い通りになるのも良いと新しく決意したというのに。
「俺を忘れるか?」
この時どんな顔をしていたのだろうか。
そう口から出た声は。まるでオモチャを取り上げられた子供のような幼稚な恨み言だったと、
俺も、後にアコヤにも笑われたが。
「いいえ、ああ、でも野暮だから。言わないです。」
アコヤの心は未だにわからないことだらけだ。
人の心を量ることに慣れてこなかった自分には、年若な少女の心を掴むことなど出来るわけもないだろうが。
・・・・・・長々と言い訳をしてきたが。
俺が、竜殺しのスナイダーが何故、アコヤ・スカーレットという少女の騎士となり盾となり、そして自らの意思で支えとなったのかといえば。
たった1つ。
顔を染めて頬笑む。親子ほど年の離れた少女に、
見蕩れてしまったからだった。
だから・・・。
降りかかる火の粉を払うように、剣を一振りする。
火の粉のように、少女と少年は空へと舞った。
「ライトニング!」
もう何度目のことか。
風とともに斬りかかるキャトルを援護するように、煙の弾を撃ち込む。
次の瞬間には、キャトルと俺は、仲良くお空へ空中散歩に出かけている。
その間にアスビーが魔法を浴びせ、スナイダーの追撃の手を止めようとするも、
スナイダーはただ剣を軽く振るいそれを一太刀に落とす。
とんだ茶番劇だ。
本気でスナイダーが俺たちを殺しにかかられていれば、1分とかからず俺たち3人の首も、地面に堕ちていただろう。
そうしないのは何故なのか。
何とか受け身を取り落下の衝撃を和らげながら、両手を広げる。
もう5回目なので、難なく同じく散歩に出かけていたキャトルの身体を膝のクッションを使い受け止める。
「ねえ、琥太郎・・・。」
「なんだ、キャトル。この後に及んでセクハラなどしてないぞ。」
俺の手から降りたキャトルは、剣を鞘に納める。
「もう、無視して帰っていいんじゃないかな。」
「・・・俺はそう思う。」
最初に浴びせられ殺気や圧力もどこへやら。
スナイダーは、こちらから仕掛けなければ、ただ悠然と立ち竦むのみ。
戦う意思のない者とは、決着もつかず、戦う必要もないではないか。
そう俺たちが結論づけていると、
「キャトル、琥太郎! サボりたければ永遠に地中で眠らせてやるぞ!」
躍起に、スナイダーへと斬りつけ雷を浴びせては距離を取り、体勢を立て直す。
無論、アスビーの攻撃にも効果のほどはなく。
いつも以上に瞳を輝かせ、気を高める主と、我々従者の間に何故こんなにも差が出るのか。
「アスビー、なんで?」
戦いの場には不釣り合いな台詞だが、俺はそう言うキャトルに同調する。
目を見開き、射殺すかのように苛烈な視線をぶつけるアスビーに、俺たちは萎縮するが、
「・・・いや。いい。私一人の問題だ。」
思えば初めてのことだ。
戦うアスビーの背中を見送るのは。
その背中を追いかけて、追いかけて。
いつか、追い付けるように追いかけてきた。
だから、不毛と思う戦いでも彼女の意志がそうと言わねば、
俺もまたその意志に従うしか・・・。
「来るな。」
立ちあがり、銃を抜き。
自分の"役割"を演じるかのように駆け寄る安楽島琥太郎となり。
それを良しとしないであろうアスビー。
従者だから、でも従者だからといって、自分の我を押しつけることを良しとしない主だ。
「・・・たしかに俺にはよくわからない。何でアスビーがそこまで、スナイダーさんに向かおうとするのか。
わからないけど、君が向かうなら、俺も向かう。
理由はあとでつけるさ。」
それでも構わないだろうか?
「・・・。いや、ほんとに良い。そうだな、琥太郎。」
そう言って槍を置いた。
怒らせてしまったか。
その自覚はある。
こちらへ振り向いた拍子に殴られるのではないかと、思わず目を詰むる。
「私が殴るとでも思ったか?」
と、頭を軽く小突かれた。
「こういうの、1番嫌いそうだから。」
「わかってて曲げないのなら、いい性格をしているな。琥太郎。」
フフと鼻を鳴らして、笑うアスビー。
その顔は反則だよと、両手をあげて銃を捨てる。
「アコ・・・ヤ。」
「違う、私はアスビーだ。アコヤの友だ。」
スナイダーが1歩こちらへと近寄る。
それにキャトルが身を固めるが、アスビーが制する。
「その必要はない。幻術で操られている相手なら、力ずくで覚ましてやるのが手っ取り早いのだがな。
操られたフリならば、端から手をだす必要もなかったんだよ。」
「アスビー? どういうことだ。」
操られたフリ?
スナイダーが操られたフリをしているということか?
何で?
何のために?
解答を求めるように視線を投げ掛けると、
アスビーも、スナイダーへも歩み寄る。
「私の友はいまどうしてる? スナイダー。」
「・・・ワカラナイ、エルザはアインと結婚して子を産んだらしい。」
「お前の友じゃない、私の。
私たちの友だ、お前の主のアコヤ・スカーレットに、何があった。
何があって、何をされて。お前の前で何をされて。
何故、それを忘れようとしているんだスナイダー?」
幻術などかかっていなかった。
ただ、スナイダーが忘れようとしていた。
かけられた術に魅せられた幻想のアコヤ・スカーレットに何が起きたのか。
現実のアコヤの今と自分の今から。逃げていた。
と、想像し言葉を並べるアスビーに。
答えるかのようにスナイダーは顔を伏せ歩みを止める。
「幻想に逃げていた・・・。」
歴戦の猛者。巨竜の首を堕としたこの男が。
現実から逃げていた。
「そういうことだ。琥太郎。この男の茶番劇に付き合わされていただけなんだ。
スナイダー、もういいだろう? 出演料を貰えないか?」
沈黙するスナイダー。
だから、か。
すまない。アインとエルザの娘、その従者たち。
思い出せたよ。
初めて。
思えば俺はずっとそうやって霧と幻覚の中をさ迷っていたのかもしれないな。
覚ましてくれた少女が離れて、
理想の姿のお前たちを見て、現実の俺たちのことを。
剣を棄てて、地べたに胡座をかく。
「俺の腕を、返してくれないか?」
ハッキリとそう言ったスナイダーに、俺は袋を持って近寄る。
「ありがとよ、少年。」
渡した袋と、太剣を背負いスナイダーは立ち上がった。
「・・・追うのか? スナイダー。」
「ああ、まだ遠くには逃げてないと願うよ。」
カラカラと乾いた笑いを浮かべるスナイダー。
飼い主を見失った猫のようで、迷子の幼子の精一杯の背伸びのように。
「餞別だ。」
言い切ると同時に大股でこちらへと進むアスビーは、手を振り上げて、スナイダーの背中をひっぱたく。
気合いをいれるときに頬を叩くように。
だが淑女の細腕と呼ぶには鍛えているアスビーの心押しに、スナイダーはよろける。
「侠気ある娘さんだな。」
「ふむ。」
「なんでお前が胸を張るんだい、少年?」
「何となくだ。」
目を点にしながら、胸を張る俺とアスビーをみるスナイダーに、
「ふむ、殊勝な心がけだ我が従者よ。
スナイダー。私が、アインとエルザの娘アスビー・ライクニックが、絶対に救い出す。
アコヤを。
それまで、死ぬな、忘れるな、背負い込め、スナイダー。
アイツに仕えるとは、私たちの盾となるとはそういうことだ。」
そう言葉を懸けたアスビー。
遠くで起きた爆発音が、その雄々しく立つ主を装飾するようだった。
いや、爆発?
「なに!?」
一際耳の効くキャトルが、ぴくりと耳を立てる。
気づけば霧も晴れて、
月明りが優しく灯す闇の中。
最近、イヤというほど見慣れた爆発の赤が遠く輝いていた。
「・・・。」
「せっかく戦いなしで終わると思った矢先にこれか・・・。」
「まあアタシたち、らしくないよね。」
溜め息混じりに、俺とキャトルは、武器を構える。
普通なら関係のない花火だろうと消化するのだが。
ココまで嵌められて、導かれて、
茶番物語の決め台詞と共に起きた爆発音を、普通に消化するのも出来ないというわけで・・・。
「あれ? スナイダーさんは?」
「・・・ん?」
風と共に、いや、爆風と共に去りぬか。
カラカラと笑う男の姿は、もうそこにはなかった。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。モヤットするね・・・。」
「ああ・・・。」
「そうでもないさ。」
未だに美しい直立を魅せるアスビーをみる俺たち。
「まったく、相変わらず知謀に長けた女だ。」
と、一人勝手に納得し、歩きだすアスビー。
いや、なにが??
と、結論がまだ霧に霞まされた俺たちは、その足についていくしかなかったのだった。