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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
ミスト
43/70

「竜頭堕地」

竜頭堕地りゅうとうだち

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うむ、無事で何よりだ。」

 

 その一言で、さっきまでの阿鼻叫喚も一気に冷えた。

 いや、パニックに乗じて煩悩を振り撒いた結果、キャトルが阿鼻叫喚したんだけど正しくは。

 エルフの淑女ことキャトル被害者が、琥太郎加害者と同じく竜の息吹に吹き飛ばされたのに、至って五体満足なアスビーに対して加害者側の一方的欲望満点の行いをチクられる前に、

 

 「いや、それはこっちの台詞だろ、あるじー。」

 

 と、自己弁護の思惑を込めていたが、

 しかし、本当にその通りだ。

 阿鼻叫喚の起因は、そもそもアスビーの行方知れずにあったのだから、

 そうだ、俺の先程の行いも全てそこに始まったことだ。

 俺は悪くない、いや悪いけど。

 全てを俺の悪ノリによると判決を言い渡されるのは間違いだと。

 無事にライクニックに戻れた後に行われるであろう"狐裁判"に対する弁護はたった。

 そうして俺が自己弁論を固めているなか。

 キャトルは、肩を落とし恨みがましくアスビーを見る。

 

 「もう少し空気読んでくれないかな?」

 

 肩も耳も斜め下45°に落としてキャトルが愚痴る。

 

 そうだ、そうだ。

 

 「ふむ、次回からは気をつけよう。」

 

 「次回はいらない・・・。」

 

 こうも、堂々とされると此方としても何も言えない。

 俺は自責の念にかられていたんだ。

 事を大きく考えていた。

 もっとこう、物語性に、富んだ救出劇とかさ。

 邪教の集団に捕まった愛すべき女性が、生け贄として差し出されるのをカッコよく、教会のドアを蹴破るように現れて颯爽と助け出すくらいの転結を妄想していたのに・・・

 いや随分勝手な話だが、元より俺がアスビーをしっかり掴んでいたら起承もなかった話なのだ。

 

 「心配をかけたな、琥太郎、キャトル。今回は私に非があることだ、すまなかったな二人とも。

 しかし、その心労に対する成果も得られたわけだ。霧を吐く元を絶ったからいずれは霧も晴れて、"この街の姿も見えてくるだろう"。

 この霧の怪奇譚は解決した。概ねは・・・。」

 

 ツラツラと語り、俺達の後ろに座り込む少女へと目をやるアスビー。

 それにつられて同じく後ろを振り向くキャトルと、

 それに合わせて俺はアスビーの後ろに座り込む。

 いや正確には、投げ捨てられた衝撃と重みで、地面にめり込んだ、切り落とされた竜の首に胡座をかく男を見た。

 浮浪者のような男。

 巨大な竜を傍らの地面に突き刺す太剣により、仕留めたのであろうから、恩人となるのだが、

 世界は広いなぁ。

 流離いの騎士といったところか。

 いや、騎士よりも本当に浮浪者にしか見えない。

 流離いの浮浪者だ。

 そんな失礼な見方も無理はなく、

 有り合わせのボロ切れを着合わせたという体の男は、俺の視線に気づき、ウィンクしやがった。

 

 似てるな。

 よく目を凝らせば身体中に新旧織り交ざった傷跡の数々。

 極めつけに隻腕だ。

 似ている、浮き世離れしていて、漂う雰囲気と力量と。

 あの"太蛇を名乗る自称スーパーマン"と、とてもよく似ているのだ。

 

 「そうだ、アスビーちゃん。アイツも元凶だよ。」

 

 推察が全て彼方へと吹っ飛んだ。

 アスビー・・・ちゃんだと!?

 おはようからおやすみまで、モーニングコーヒーから寝酒のワインまで、365日24時間一方的に寄り添い、一方的に思い募らせる我が主を。

 実際リターンがないわけだから片想いだが、自分で言ってて空しく気持ち悪いな。

 そんなことはどうでもいい。

 ちゃん付けで呼びやがったか、この浮浪者。

 気持ち悪いストーカー然の俺でもそんな愛称で呼んでいないというのに・・・。

 

 俺は周囲の霧を蒸発させんとばかりに沸騰した。

 

 「部下の前では止めろスナイダー。」

 

 「"俺の"アスビーの忠言を、

 肩を竦めて軽くいなしやがったこの浮浪者。

 うんやっぱりこのまま終わるのはおかしいよな。

 俺達が対する怪奇譚に、バトル展開がないなんて、てんでおかしい事だよな。

 よし、殺ろう。」

 

 「声が漏れてるよ琥太郎・・・。」

 

 「琥太郎、従者のお前が私の名の前に何と付けた?」

 

 「随分元気な少年従者だな、悪い悪い、俺は竜以外とやり合う気は基本無いんだよ。それにその傷じゃあお前さんも辛かろうよ。ほら。」

 

 首をならし、肩を回し臨戦態勢をとる俺には、スナイダーと呼ばれた男が残る片手を上げた。"までは見てとれた"。

 

 次の瞬間には上げた手を、"そのまま"俺の肩に置く男の姿が目の前に見えたのだった。

 驚き、身を強張らせると同時に、温かい熱が俺の肩から全身へと染み渡る。

 

 「お? 従者くん。そんな気の量で随分修羅場を潜ってるんだな。感心感心。」

 

 「む・・・?」

 

 「楽になったろ。娘を護るナイトくんへのプレゼントだよ。」

 

 「娘・・・?」

 

 その疑問符をきっちり投げ掛けるより前に、身体の異変に気づく。

 異変ではなく復調だ。

 急激に、急速に。身体を縛る痛みが抜けていく。

 回復魔法?

 そうなれば最初に疑問に思ったアスビーの様も納得がいく。

 

 こうしてスナイダーに治されたのか。

 

 ぼろ雑巾の体で、カッとなっていたが、そうか。そういう裏話か。

 このスナイダーという男は、またしても偶然現れた強い助っ人キャラというわけか。

 前回のコブラといい、今回といい。ここまで、偶然に助けられると疑いを持ち出すのも無理はないだろうが。

 

 今回に至ってはその疑いも間違いではなかったのかもしれない。

 全てを終えて振り返ると、

 最初から霧を抜けて助けを呼びにきた少女から、全て仕組まれていたんだ。

 ただその真相を探ることも出来ず、真相を知る者も、霧に消えてしまうのだが。

 何の目的で俺たちをここに呼んだのか。

 何の目的でリコラスと竜を利用したのか。

 何の目的でスナイダーをリコラスに捕らえさせたのか。

 サイとは誰だ、何だったのか。

 サイの目的は何だったのか。


 何もわからぬまま、終息していく。

 理解が追いつかぬまま、思考の間も得られぬままに。

 先程まで竜の首もとに刺さっていたスナイダーの太剣が、今だ俺達の後ろでへたりこむリコラスの首をスッパリと切り落とすことによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も理解が追い付かなかった。

 俺も、キャトルも、スナイダーと共にやってきたアスビーも。

 当事者二人のみで話がすすむ。いや、一人と一つになってしまったのか。

 ただ、綺麗な放物線を描き飛んだリコラスの首と、それを鷲づかみにするスナイダーと。

 その突然の出来事を唖然と見ていることしか出来なかった。

 

 「楽しいですね、ほんとに。楽しそうだなぁ、私にもあんな仲間が欲しかったなぁ。」

 

 「パペットの所に連れてってもらうぞ、嬢ちゃん。」

 

 いや、無理だろう。

 そんな突っこみを心に秘める。

 じゃあ、首を切るなよ。

 というか、何故普通に喋れる。

 まるで血の通わぬ、生命を持たぬ人形の首が取れただけと言わんばかりに。

 リコラスは、薄く微笑んだ。

 

 「勘違いしないでくださいね。キャトルさん、琥太郎さん。それに二人の主様。

 今回の件に関して私は100%の被害者ですよ。

 サイちゃんだったかな、女の子かも定かじゃないなら"アレ"が全ての元凶ですよ。

 私はただ、この人無き街で、ミステイックちゃんとのんびり暮らしていただけですから。

 まあパペット様に憎悪を抱く、貴方にはそれなりの仕打ちをしましたが、

 もしかしたら、貴方がここに死に体で辿り着いたのも誰かに仕組まれたことかも・・・。

 私の避暑地に。

 元々悪運の良い私ですから、悪いように悪い方に考えてしまうんですけど、

 そうならば、私もこれまでかな?」

 

 十分終わっているようにしか見えないが。

 

 「随分、余裕綽々で構えていられるな?

 身体に関しては何もいうまい、"アイツ"の部下なら尚更な。」


 少女の髪を乱暴に掴み、スナイダーは静かに怒りを燃やしているようだ。

 リコラスが"普通の身体"じゃないと知っているにしろ、

 少女の首を落とし、その首と話す男は決して誉められた姿には見えない。

 禍根がある。

 リコラスが師と仰いでいた者との禍根。

 歴戦の猛者であろうスナイダーが、自分の評判を下げるような様になったとしても、許せない怒りを持つのであろう。

 

 「スナイダーの腕を落とした者の部下か。」

 

 立ち尽くす俺とキャトルにアスビーが寄ってくる。

 片手には愛用の槍を、片手には袋を持って。

 

 「ああ、刺さってたんだ、竜の額に。」

 

 俺が視線を向けると、そう言って槍を見せた。

 

 「魔力は?」

 

 「お前と同様、スナイダーに分けてもらったよ。

 ほら、キャトルこれを持て。」

 

 片手に下げた大きな袋をキャトルに渡す。

 いまだ、思考の定まらないキャトルは黙ってそれを受けとり。

 

 「なにこれ? 変な匂いするんだけど・・・」

 

 そういい袋をいぶかしむキャトルに、

 意地悪い笑みを堪えるアスビー。

  

 「スナイダーの左腕だ。」

 

 「ひゃい!?」

 

 すっとんきょうな悲鳴を上げて渡された袋をそのまま俺に、ぶん投げやがった。

 受けとるには受けとるが、いやいやどうしろと。

 

 「アスビー!!」

 

 「私に持たせるのかキャトル。」

 

 「だからって、黙って投げるな! 意地悪!」

 

 向こうではスプラッタなシリアスを演じているというのに、

 いや、人間の腕を抱える俺も充分スプラッタだが。

 

 「私たちの出る幕はない、霧が晴れたら出発するぞ。」

 

 そう言い、タバコに火を灯そうとするアスビーだが、霧のせいでうまく灯らない。

 

 「何か投げ槍だね。」

 

 「今回の件はもう終わっている。無駄足を食わされた訳だが。サイとやらに。」

 

 「やはりそうなのか?」

 

 リコラスもそう言っていたし、俺も何となくそう結論づけていたが、

 

 「私も "アレ"と同じですから。」

 

 そう告げたリコラスの声を片耳で聞き流しながら、

 向こうのやり取りを任せて、俺達は話を進める。


 「どうにも、受け入れがたいんだが。」

 

 「私もだ。竜の力を利用したとはいえ、これだけ大規模な霧を作り出し、廃れた街を作り直し、私たちを含む、ヨミと玖礼と、スナイダーとあの怪奇教の女にも偽の物語を魅せた。

 それだけの力量を持つ術者には到底見えなかったが、いや魅せられていたのなら、あの姿も偽りかもしれないな。」

 

 「サイちゃん、もとい謎の刺客か・・・。

 アタシたちが全員魅せられるのも出来すぎな気がするけど。

 もしかしたら案外ヨミはわかっていたのかもしれないよ。」

 

 そう考えると、昨夜?なのか俺が観た夢の中の美女も、もしかしたらと繋げてしまう。

 何と言われたのか覚えていないが。

 

 「実際、私たちは吉美との戦いにおいて、随分草臥れていたしな。

 そこを偶然の事か、つかれたと開き直るしかなかろう。

 ヨミに関しては消耗していたにしろ、アイツもアイツで意地悪だからな。自分が巻き込まれていないとなると。

 スナイダーによって私や琥太郎が復調したことまで計算にいれていたとは思えないが、

 帰ったら詳しく問い詰めるとしてだ。」

 

 そう断言して。

 

 「本物の『ディセント』」にはいずれにしろ寄らねばならんな。事実確認もしたいし、馬車も失った。此所とさして離れてはいないだろう。幻術で作り出した街にしろ、元がそう離れていては、土地勘のあるキャトルや私もそうそう乗せられまい。向こうも向こうで霧に悩まされているかもしれんしな。」

 

 俺たちは意図的に巻き込まれて、足労を踏まされた。

 すっきりしない話だが、

 そう考えるしかない。

 だから、さっさと霧が晴れてくれまいかと、

 呉れている俺たちを、やはりそうは問屋が卸さないのだった。

 

 俺達の願いが叶ったのか、瞬きの間に霧が綺麗に晴れたのだ。

 都合よく。

 誰に都合がいいかとなると、"全員に都合が良かった"。

 勿論、首だけのリコラスにも。

 

 「パペット・・・。」

 

 後ろから地を這うような声。

 そして、同時に身を引き裂くような強烈な殺気を感じる。

 素人の俺でもわかるほど、こちらに憎悪を向けたそれを。

 振り向き認識するより早く、

 

 「ライトニング!」

 

 アスビーが先手を撃った。

 雷光は、俺達の後ろにいたスナイダー"だけ"を捉える。

 

 「アコヤァァ!!」

 

 雷を身に受けた、スナイダーは諸ともせず吼えた。

 

 「スナイダーさん!?」

 

 「クソ! あの怪奇教の女も、幻術師か!」

 

 リコラスの首はもう握られておらず、切り離された身体も、そこには無かった。

 霧と共に、消え失せていた。

 

 スナイダーは、正気に在らず。目をひん剥き、俺達へと竜の首を落とした太剣を向ける。

 

 「待ッテイロ・・・アコヤ。オレガスグニムカエニイク。」

 

 腹話術の人形のように口をカタカタ動かし、そう告げられるスナイダー。

 どうにもバトル展開を避けられないらしい。

 

 「琥太郎、やるよ!」

 

 「ああ。」

 

 弓を手に取りスナイダーへ向けるキャトル。

 銃を抜き構える俺。

 

 「ドケ。」

 

 空気が重い。

 突風のように、俺達を吹き飛ばそうとスナイダーから凄まじい気が流れる。

 それを正面から受ける俺とキャトルは身じろぐ。

 リコラスの存在が綺麗に消えて、

 スナイダーが狂ったようにこちらへと怒気をはらませる。

サイのように、霧と共に消えていったリコラスの置土産か。

 魅せられたのだとしてだ、

 どうやって戦えば・・・。

 

 「アコヤ・・・アコヤ・スカーレットか?」

 

 足がすくむ俺達とは違い、アスビーは落ち着き払い、スナイダーの口から出た、人名を拾い上げると、

 スナイダーの眉がアスビーの問いかけに反応し、ピタリと束の間止まる。

 

 「誰のことだ?」

 

 「アコヤ・・・スカーレットって・・・。」

 

 「只のクラスメイトさ私たちの。」

 

 今はスナイダーのことを心配するより、先ずは。

 

 「アイツも随分、苦労してるんだな、なあスナイダー。」

 

 そう懐かしむように言い放ち、アスビーは槍を構えてスナイダーへと対峙した。

 

 竜よりも強大な力を持つ隻腕の男に対して。

 俺達は一番の貧乏くじを引かされたのだ。

 

 

 

お陰さまで2000PVいきました。

ありがとうございます。

今後とも変わらぬご愛顧を。

気が向いたら、「アブソナリティー」も見てみてください。

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