「竜を待たせながら」
「竜を待たせながら」
三人寄らば文殊知恵。
三本の矢。
三羽ガラス。
人間一人では、どうにもならなくとも、寄り添い協力しあえば、どんな苦難にも立ち向かえる。
草食動物が群れを作るのも、小さい魚が集まり、巨大な魚影を作り出すのも、
弱い生き物はそうして自分達の身を守る。
人間は俺の世界ではそこそこに強い生き物だ。
武器を持ち、文明も文化もあり高度な知恵を持つ。
怪我も治せるし、病気も治療する手段を持っている。
食料を、作り出すこともできる。
生活を楽にするために、便利な物を多く作り出した。
一度は考えるだろう。
もしも、人間じゃない生き物に生まれ変わるなら何になりたいか?
鳥か。鳥のように大空を飛び回りたい。
イルカか。大海原を自由に泳ぎたい。
しかして、俺の答えは現状のままだ。
今のままがいい。
人間になりたい。
鳥のように飛ぶために人は飛行機を発明した。
海を泳ぎ回るために船を作った。
人間最高。
人間産まれ様々だ。
それだけ恵まれていれば、恵まれた生活を続ければ、感性は退屈に繋がる。
常に新しいモノを求めて、新しい発見を求めて。
そして、この世界に至った時。
俺は心底、この世の中は優しい世界だと思っていた。
1度死んだが。
それも今となっては思い出だ。
いや、思い出したくもないので封印された過去だ。
2度とあんな目に遭うのはごめん被る。
封印で思い出したが、俺の本棚の裏に隠された秘密図書たちは元気だろうか。
いや、惜しむことはないのだ。
秘密図書で妄想した様な理想の人物が現実になったのだから。
そうそれこそが、この世界の俺に対する優しさのピラミッドの頂点に位置する・・・。
「ねぇ、琥太郎。顔がウザいんだけど。」
「お前はピラミッドの二層目だよ。安心しろキャトル。」
「いや、意味がわからない。本当に、本当の本当に。」
「いやー。琥太郎さんの、にこやかな表情を見れないのは残念ですよー。流石エルフ族ですねー。夜目が効きますねー。じゃあ・・・」
「いや、流石にこの霧は無理だよ。ていうか何自然と輪に入ってきてるわけ? リコラスさん。」
「そんな殺生なー。私にもどうもしようがないんですよー。
私も幼気な少女に1本喰わされた身ですからー。」
「ねぇ。それは確定でいいのかな?」
そっと、俺に耳打ちするキャトル。
いや、内緒の相談も無理だよ。
いくら好意的に接してきたとは云えど、怪奇教徒のリコラスさんだ。
それもこれも全部コイツの罠かもしれないと。
そう警戒しての小声だろうが、
お前ほど耳が良くなくても
俺たちは今、三位一体なんだぜ。文字通り。
朽ち果てた建物だった所に、辛うじて屋根の様な出っ張りが残されている分。他よりは、寒さも防げるだろう。
最も、この濃霧と霧の中に潜む獰猛な咆哮で、
その他に移動することもできないのだが。
「声、聞こえなくなったか。」
「はい、どっかに行ってしまったんですかねー? 今がチャンスですかねー。とりあえず身体を暖めれるものを、或いはここよりマシな、壁も屋根も残っている廃屋を探しますかー?」
「うん・・・それも有りか。」
「そうだね、そうしよう。それじゃあリコラスさん。離れてください。」
「何がじゃあですかー。キャトルさん。酷いですよー。」
「アタシはまだ、アンタが来たからこうなったって可能性を捨ててないから。」
「いやー、その警戒も最もですけどー。
もう怪奇教だとか、妖しい美少女だとか抜きにしてくれませんかねー。」
「美は余計だよ。」
「いや、美は余計じゃない。むしろ推奨したい。」
「アンタはどんな状況下でもブレないね。尊敬するよ・・・。」
何はともあれ、このまま夜を過ごすなんて出来ない。
翌朝には、仲良く固まった3匹の凍死体が見つかる。
いや、見つからない。霧だし。
季節はまだ初夏だというのに、体感気温は氷点下かと思わせられる。
日も当たらず、常に冷たい水滴が身体にまとわりつく。
こうして、3人身を寄せても。互いの熱だけで補うことなど出来ない。
熱・・・。
体温・・・。
男女・・・。
はっ・・・!!
「キャトル!」
「何!?」
「脱げ!」
「馬鹿!」
側頭部に頭突きされた。
「いや、俺の国では互いの体温で暖め合って雪山を生還したという逸話があってだな。」
「逸話ならぬ偽りだよ!」
「キャトルにしては上手いこと言う。偽りじゃない。見ろ、いや、感じろ!」
「え、ちょっ! どこ触ってるの!」
「いや、見えない。とりあえず暖かい場所を探して俺の腕が、未開の地を這い回ってるんだが。」
「へ、変態! 止めなさい!」
面白いことになってきた。
これはなんという神の施しか。
隣に司祭もいるのだが。
離れようとも出来ず、魔法を打つことも出来ず、
キャトルは身をよじらせ、頭を突いて、爪を立てて抵抗はすれど、それも焼け石に水。
俺の奔放な探査機に身を委ねるしかない。
「いや、すまない。キャトル。本当にすまない。でも、これも生きるためだ。俺に任せろ。直ぐに満足させてやるから。」
「だから! いや、ちょっ! いやぁ!」
我ら安楽島探索隊は、未開の地・キャトルに降り立った。
海岸を離れ、鬱蒼と茂る森林へ足を踏み入れる。
海岸から、森の中心を見通せば、そこには2つの雄弁な山。
あの山の頂きにきっとお宝が眠るに違いない。
そして、その山を越えたその先には、不老不死の素となる神秘の泉が・・・。
ええい、荒れ狂う森よ、風よ、猛獣よ!
我らは挫けない、徹して進む!
牙を立てられようと、爪で身を裂かれようと決して諦めない!
諦めない心、ブレイブスピリッツ!
「お願い・・・止めて・・・。」
一滴の雨。
熱帯林を潤す、恵みの雨。
弱々しく降り始める雨に、理性のストッパーがかかる。
俺は何をしようとしているんだ。
「ねぇ、お願い。止めて・・・琥太郎。怖いよ・・・今は止めて。後で好きなようにさせてあげるから・・・。」
恵みの雨が降り注ぎ、探検隊の足を止める。
良心の呵責。
未開の地は、強引な開拓を望んでいないのだ。
未知を知ることに貪欲な人間はいつからか、強欲に暴力的にその地を踏み荒らしてきた。
自らの欲望のために。
断念せざす終えない。
我々は理性ある生き物なのだ。
まずは語らい。大地と語らいその地を理解し、わかり合い、
合意の上で、足を踏み入れなければならなかったのだ。
そんなこともわからなくなるほど、曇っていたのか我が眼!
そうか、これが愛か!
大地が揺れる。
雄大な大地が俺の辿り着いた真理に同調するように喜び震える。
ああ、ありがとう大地よ、風よ、海よ、幾千万の生命よ。
俺は、いえ、私、安楽島琥太郎は目覚めました。
真理に。
真実の愛の形に。
そうか、これは試練だったのですね?
わかっています、サンタマリア。
私の心はあの方に捧げるのです。
火よりも苛烈で、闇を掻き消し、目を奪われる鮮烈な朱。
金色の草原ならぬ双眸に映るのは、無限の未来地図。
誇ります我が純白を。
純白な者には、純白の花嫁が添い遂げると。
ライトノベルの相場は決まっているのです!
ふよん。
でも、勿体ないと思い片方の山へと指を食い込ませた。
「・・・琥太郎・・・そんなしおらしいこと言うか、さっさと手を離せ!」
ゴツン!
大地の怒り!
いやもう止めよう、
キャトルの右ストレートが顔面に突き刺さる。
器用に腰を捻り、至近距離から、拳を乗せる技量は見事である。
これがもしボクシングであれば、膝を突いてカウントに逃れることも出来たのだが、
散々淫らに乱れた腕をそのまま担がれ、ダウンが許されない。
そして、追撃。
撃墜寸前の機体のボディーを乱打、乱打。
「ふふふー。」
ここまで、隣で行われていた激しいじゃれ合いに対し、
俺のもう片方の手が、同じような惨劇をその身に降りかけぬようにと、ガッシリと掴み止めていたのだが。
「楽しそうですねー。お二人さん。」
「楽しんでるように見えるか・・・ゴフッ!」
「アンタはさっきまで人の身体で楽しんでたでしょうが!」
「いやー、騎士と従者が、こんなに楽しい方たちなら、きっと主さんも、そうなんでしょうなーって。」
「いや、それはない。」
「うん、それはない。」
同時に否定した俺たちにまた、吹き出すリコラス。
「ああ、本当に。私も混ぜて欲しいですねー。」
「まず、モーニングライトニングで起こされるぞ。」
「いや、違うよ琥太郎。起こしに行ったあたしたちが、不機嫌なライトニングを喰らうんだよ、意味合いがだいぶ違うよ。」
「まあ、寝顔の拝観料として致し方ないか・・・。」
「アタシはそんなのいらない。いやそもそも何でお酒強くないのにあんな飲むんだろうね。それが、原因でもあると思うけど。」
「それは、俺たちの目を楽しませてくれるためだろう。サービスだろう。お前は酔ったアスビーの色気と無垢のハイブレンドを無くしたいというのか?」
「ここは、アスビーの陰口をここぞとばかりにあたしたちが、披露するところでしょう。どんだけ前向きなのよ、琥太郎。大好きか。」
「ああ、大好きだ。
安心しろキャトル、君の寝顔も魅力的だよ。」
「整形魔法受けてから出直してきなさい。」
「そんな、魔法あるのか?」
「うん、私も出来るよ。してあげるよ。まず、小刀を持ちます。」
「いい。落ちが読めた。遠慮します。」
何だその古典療法。
そこまでして、美を追求したくない。
「じゃあ、1発殴らせろ。」
「結局、痛めつけたいだけじゃないか、お転婆だなぁ。
さあ雑談も止めて、これからの話をしようじゃないか。」
「アンタが始めたんでしょうが・・・ていうか真面目な話。どうにも動きようがないよ・・・少し辺りを散策するのは平気だとしても・・・。」
ぐぉぉおおおぉ・・・。
いくら、楽しい会話で気を逸らしても、現実は逃れようもない。
「ほんとに、羨ましい・・・。」
遠くに聴こえた咆哮に俺とキャトルが身を震わせて、またしても逃れ逃れのやり取りをしていたからだ。
リコラスの呟きに、彼女の瞳に、彼女の過去に、禍根に、気がつき、拾い上げることは出来なかった。
いや触れたくないと心の何処かで、そう思っていたのもあるが、
続けて起きる現象にすべてを持っていかれた。
「ぐぉぉおおおぉ!!!」
「「「!!」」」
空気が振動する。
大地が揺れる。
咆哮というより、悲鳴というより、慟哭とでも言おうか。
何が起きた。
あの巨大な竜は何をしている?
こう考えて、身を寄せ合っていた俺たちは、とにかく、見えない恐怖にとらわれていたのだ。
結局のところ「サイ」はどこへ行ったのか?
アスビーはどこへ消えたのか?
リコラスは何をしにきたのか?
そんな、平常ならば考えられる疑問符も、
全て霧の中から、聴こえる音だけに。
今、感じらとれる身を寄せ会う熱と、聴こえる音と。
その2つの確かな感覚だけが容量を占めていたのだ。
何とも弱い生き物だなぁ、人間は。
ズル、ズル、ズル、ズル、ズル、ズル、ズル・・・。
近寄る音にだけ身を固める。
「小さい、小さい、小さい気配を感じるとは、思ったんだがねぇ。なぁ、司祭?」
大きなというよりは、こちらに向けて放ったのであろう言葉。
俺とキャトルは、誰か来る・・・ と、期待と恐怖に身を固めたのだが、
リコラスは違ったらしい。
いや、正確には。
その時は俺たちと同じく、濃霧の奥から、明確にこちらに飛ばされた声に恐怖したのだ。
「ああ、じゃかしい霧だ。」
この言葉はこちらに向けたというよりは、ただ悪態をついただけであろう。
まあ、予告されたところで驚いたんだろうが。
地響き、突風。
俺たちの周りを心もとなく囲っていた朽ちた屋根も、壁も、草木と、そして、霧をも吹き飛ばした。
突然に晴れた霧と、その衝撃に。
数日前に受けた竜の息を思い起こされるが、
それは100%有り得ないことがわかった。
霧が晴れた直後に眼が合ったのだ。
いや。もうデカ過ぎてそれを、眼だと認識出来たのは少し後なのだが。
色々、困惑と動揺もあるので、
簡単に言うと。
身を寄せ会う俺達3人の前に巨大な切り落とされた竜の首が投げ捨てられたのだった。
有り得ないが、現実だった。