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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
ミスト
41/70

「リコラス司祭と愉快な仲間たち」

「リコラス司祭と愉快な仲間たち」

 

 

 

 

 

 

 

 アスビーにも勝てない相手がいる。

 

 

 「確かに、俺はまだこちらにきて日が浅い。

 総合的に、主にビジュアル面を考慮するとアスビーが1番だと思うが、世界は広しとは言うものだ。」

 

 何の気なしにアスビーに問いかけたことがある。

 積み重ねた書類の束を片付け、いつもより機嫌よく杯を重ねていた主に付き合いながら。

 

 「うむ? まぁそうだな。少くとも私と同学生の女でなら 3人いるな。」 

 

 「マジか。」

 

 「力比べなら、全員五分だろうな。各々得意分野はあるが、

 うむ、ビジュアル面を考慮しても私の一人勝ちとはいかないな、好みもあろう。四天王と呼ばれていたし、各人に追っかけもいたな。ちなみに人気者投票でも、魔法実技でも私が1位だったがな。」

 

 鼻を鳴らし、昔を懐かしがるように胸を張るアスビー。

 

 「どんな学校に通ってたんだよ。」

 

 俺の想像するアスビーの学生生活は、青春異能力バトル漫画みたいだったのだろうか。

 俺と比べて随分刺激的な青春を送っていたようだ。

 ちなみに俺はクラスの女子の話を盗み聞きし、男子で誰が1番カッコいいかと・・・むなしくなるから思い出すのは止めよう。

 学力も体力も並みだった。

 以上、安楽島琥太郎の青春。

 

 「グラセニアでは普通の貴族が通う学校だ。」

 

 「貴族が通うは普通じゃないぞ。」

 

 「うむ、それもそうか。しかして、何だったか、琥太郎。

 私にも勝てない相手がいるか? だったか。」

 

 「うん、俺はここライクニックはおろか、グラセニア国内にも認識が深くないのだが。一太刀で城壁を紙切れの如く切断する達人がいるとか、素手で地面を殴って地震を止めるとかそんな奴もいるんだろうな。」

 

 「そんな奴いるわけなかろう。いても私は剣の当たらぬ遠くから雷撃を与え続けて完封するがな・・・

 少しお前には難しい話かもしれぬが、力持つべき者だからこそ勝てない相手がいる。」

 

 「可憐な1輪の薔薇のように、アスビーのことだな。」

 

 「そんなに褒めても私はなびかぬぞ。」

 

 顔を朱に染め、照れくさく笑うアスビー。

 勘違いしてはいけないが、100%アルコールの影響だ。

 勘違いでもそういった表情を拝めるならば儲けものだ。

 

 「私は貴族だ。だから当然に民には力を振るわん。

 民を傷つけることも彼等を虐げることもしてはならぬ。」

 

 「そういう意味か。それは納得だ。」

 

 恐らくそんな高尚な理念を持たない奴等もいるだろう。

 力持つべき者だからこそか。

 

 「そんな事をする畜生は貴族はおろか同じ人間とも呼びたくはない。

 お前も年端もいかぬ少女を力ずくで襲いかかったりなどと・・・本当にしてないだろうな?」

 

 「するわけないだろう。何だその目は。俺は全うにアスビーやキャトルのような成人女性しか襲わんぞ。」

 

 「そこまで胸を張られると潔くて責める気も起きんな・・・。しかしだ琥太郎。これは意地の悪い問いかけだが、私もキャトルも、そしてお前にも。決して闘えず、勝てない相手が存在する。

 いかにそれが絶対的な悪であろうと、巧みを持つ不埒な者であろうと。」

 

 アスビーはこう続けた。

 

 「戦う意思のない者にどうやって勝てる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「安心してくださーい。私は貴方たちと争う気など毛頭ありませんよー。」

 

 そう頬笑む少女に、俺もキャトルも何も出来なかった。

 何も持たず、殺気も魔力も立てず。

 怪奇教の司祭と名乗った少女は備え付けの椅子に腰かけた。

 それに釣られて俺たちも対面に腰かける。

 勿論油断なく。

 

 「くしゅん! すいません。突然の訪問で気を悪くしてるのは重々承知ですがー・・・濃霧の夜分に歩いてきたので身体がひえきってしまってー・・・すいませんがサイちゃん。暖かいコーヒーでも1杯貰えませんかー?」

 

 「は、はい・・・。」

 

 身を萎めて身体を震わすリコラスに俺たちはその振る舞いを見守ることしかできず。

 

 「あの・・・リコラスさん?」

 

 「なんでしょー、綺麗なエルフさん。」

 

 にこやかに応える少女は本当に聖職者のようで、キャトルが言葉を呑み込む。

 

 「いや、うん・・・そのね・・・。」

 

 あの親あってこの娘だ。

 腕白に健全に育ったキャトルであるから、こういった相手に対して何とことばを繋いでいいのかわからないようで、俺の方をチラチラと見る。

 

 「リコラスさん。」

 

 「はい、何でしょうー、騎士・・・ではなさそうですねー、えっと・・・。」

 

 「琥太郎だ。数日前、若く美しいグラセニア才女にして最強の魔術師アスビー・フォン・ライクニックと共に七怪奇の吉美を退けた。その従者、安楽島琥太郎だ。」

 

 「あんた、その文句気に入ってるのね・・・。」

 

 気に入ってのもそうだが、俺は意趣返ししたんだ。

 怪奇教の司祭だと名乗る少女に。

 果たしてどんな反応を。

 俺は銃に手をかけリコラスの出方を見る。

 

 「ええー! 吉美さん、やられちゃったんですかー!?

 いや、それは良かった。って言ったら怒られちゃうかもですけどー。私、昔からあの人嫌いそうなんですよねー。何かと苛めてくるし、陰湿だし陰険だし。それでいて滅法強いじゃないですかー。いやー、それならなおのこと戦う気なんてしませんよー。

 私はあの人みたく不死身じゃないですし、死ぬのは嫌ですし怖いですよー。凄いですね、琥太郎さん。それにアスビーさん。

 いやぁ、只者ではないと思っていたんですよー。私でもこの霧の中あんな竜が潜んでる霧の中外に出様なんて思いませんよー。」

 

 肩すかし。

 

 「いや、うん。何だろう・・・それでいいのか? お前たちは?」

 

 仮にも仲間を倒したんだが。

 

 「私には別の師がいますからねー。最も吉美さんの信者なんて居ませんよー。性格悪いですからねー。」

 

 「いい性格なのは、君もそうだと思うがな。」

 

 「良く言われます。そんな君だなんて・・・私こう見えて結構な年齢なんですよ、口説かないでください琥太郎さん。」

 

 頬を染めて、手を添え恥ずかしがるリコラス。

 

 「琥太郎・・・。」

 

 「そんな目で見るな、キャトル。俺には、お前とアスビーだけだよ。」

 

 「いや、全然嬉しくない。むしろウザい。」

 

 辛辣だなぁ、協力しろよ。

 色々気にかかることを引き出してるんだろう。

 

 「あれ? そちらのエルフさんが、その凄い魔術師アスビーさんじゃないですかー?」

 

 「ああ、はい。あたしはキャトル。アスビーの騎士だよ。」

 

 「そうですかー。キャトルさん。じゃあ騎士さんと従者さんでここに来たって事なんですねー。優秀な主の元には優秀な者が揃うというわけですかー。いやー、羨ましい限りです。うちは評判が悪くて、存外に人気がないので若者不足が進んでまして・・・どうですか、二人ともうちに入りませんか? 」

 

 「それは出来ないよ、リコラスさん。」

 

 キャトルが意を固めたように立ち上がる。

 

 「琥太郎も言ったけど、あたしたちは貴方たち怪奇教と敵対関係にあるの。それに私たち二人じゃない。アスビーは貴方の操る竜と霧のせいで行方がしれない。

 のんびりと会話するわけにはいかないのよ。」

 

 耳をたて弓を取り、キャトルはリコラスに啖呵を切る。

 リコラスはそれに何の反応も示さず、うんうんと首をかしげる。

 

 「そうですか・・・いや、確かに"ミスティック"ちゃんは私が連れてきた竜ですけどー・・・。あれ? そうですね、あの娘は霧を操る竜ですから、こうなるわけですよね?」


 釈然とせずと、リコラスはこちらの疑問に対して疑問を重ねる。

  

 「何を言ってるの! あの竜を貴方が操るというなら、早く止めなさいよ!」

 

 体育会系でわりと気の短いキャトルは声を荒らげる。

 俺も同じ気持ちだ。

 早くアスビーと会いたい。

 俺が手放してしまった手を。

 手遅れになる前に、手を掴まなければ。

 そう気をあせられれるが、俺はどうも違うと直感するのだ。

 このリコラスという少女の目的がまったく見えてこない。

 いや、聴いた話だと、こいつが竜を操り。

 竜を操るといま断言したし、

 それでも。敵対するつもりはない?

 それも俺達の気をそらす方便かもしれないが、

 

 何かおかしいよな。

 矛盾してるし、何より当の本人が釈然としていないように見える。

 

 「・・・琥太郎?」

 

 気づくと俺はキャトルの前へ出て彼女を制していた。

 

 「あんた、なに考えて・・・!」

 

 「なぁリコラス。幾つか聞いていいか?」

 

 「はいー。そーですね。私も何か、貴方たちと同じく、いや違う意味で見えてこないんですよねー。」

 

 「はぁ?」

 

 「キャトルとりあえず、ちょっと待ってくれ、それは最終的にでいい。」

 

 「琥太郎、本当になに考えてるわけ? アスビーを早く見つけないと!」

 

 「だからだよ、キャトル。恐らくアスビーがいたらもっとスマートに真相究明してる訳だが、ここは俺たち二人。お前にはもし、リコラスが何かしようとしたら、その時の手段を任せる。

 その前に俺の手段を取らせてほしい。この状況、変だろう?」

 

 そうリコラスに投げ掛ける。

 

 「はい、そうですね。こんなときに嘘をつく気はありませんよー。私も琥太郎さんも同じく今この状況をハッキリさせたい訳ですからね。1つ言うと私は確かに竜を操れます。

 そして、付け加えるとそれは別に意のままに操れるということではありません。だからいま、私はこうして身を隠し魔力を隠しながら、ミスティックちゃんから姿をくらませているんですー。」

 

 「そうだろうな。それが出来ていれば別に俺たちを怖れる必要もないわけだ。それにわざわざ寒い思いまでして、夜分に霧の中を歩いてくる必要もない。」

 

 「いや、だからさ、それもこれも全部コイツの演技なんじゃないの? 私たちを油断させて、アスビーと合流させないで、力を分散させて仕留めようとするさ。」

 

 確かにキャトルの言うとおり、そういう線はあるだろう。

 

 「それをハッキリさせたいんだよキャトル。そういう時のためのお前の最終手段だ。

 脅すようで悪いが、リコラス。」

 

 「ええ、それは。それにしても、琥太郎さん。

 貴方も随分なやり手ですねー。そのアスビーさんや、キャトルさんが腕の立つのはわかりますが、貴方は随分口が立ちそうですね。

 筆は剣より強しとは言いますが、それよりも強いのは達者な言葉ですよー。

 本当に二人とも仲間になってほしいですね。」

 

 そういい少し目を伏せるように言葉尻をすぼめるリコラス。

 

 「仲間はいないのか?」

 

 「ええ、ここには私とミスティックちゃんの二人で暮らしていましたから。世間的には怪奇を操り世を転覆させる邪教なんて呼ばれていたりするわけですが私たち。

 私たちは怪奇教とは言わないんですよ。呼び方も定まっていませんし、私はただ同じ様な仲間たちで、世の中には溶け込めない私たちが身を守るためにそうしているだけですから。」

 

 それは初耳だ。

 これは貴重なことを聞けるかもしれない。

 

 「それだけで、邪教だのと呼ばれるのはあまり、気持ちのいいことではないだろうな。」

 

 「仕方がないですよー。実際、世の中への不平とか不満とか、あとは自己満足と破壊衝動とか。そういう鬱憤の発散のために暴れてる人も多く居るわけですからね。」

 

 「君は違うんだな。」

 

 「ちょっと違うくらいですよ。私も等しく、貴方たちからしたら悪い人間ですから。」

 

 情にほだされる訳にもいかないが、

 そう紡ぐリコラスを可哀想に、友達になってあげたいとも思わせられるが、

 そういう馴れ合いをしたいわけではない。俺もリコラスも。

 

 「ここにはリコラス。君しか人間は住んでいないんだな?」

 

 「ええ、そうです。」

 

 「じゃあ、この家は何なんだ?」

 

 俺も目覚めたばかりだし、周りの民家を訪れた訳でもないが、

 人がほんの数日前まで暮らしていた形跡はある。

 

 「わかりません、私は本来地下で身を休めていますから、

 こうして地上に出てきたのも貴方たちが昨夜ミスティックちゃんと大立ち回りしたのをきっかけに、気になって恐る恐る出てきたんですけど。霧が濃くてわかりづらかったんですけど、確かに誰かが数日前まで住んでいたようですね。」

 

 なに? 昨夜?

 

 「昨夜? なに言ってんの。あたしたちが此処に来たのは2日前だよ。」

 

 「あれ? いや、2日前だと私はまだ、地下でオジさんと遊んでいたので、それは違うんじゃ・・・。」

 

 言葉尻を濁し、リコラスは立ち上がる。

 一瞬身構える俺たちだが、リコラスは何の気なしに近くの窓へ、そして窓を開けて空をのぞく。

 

 「今って夜ですよね?」

 

 「それは・・・。」

 

 「うん・・・? 夜だっけ? 琥太郎、あんたが日なたぼっこに外に飛び出したとき昼じゃなかった?」

 

 「お前、事実を歪めやがったな。ああ、そうだった・・・と思うが、あれからそんなに時間は立ってないよな?」

 

 そう言い俺は、リコラスを気に留めながらドアを開く。

 相変わらずの濃霧で分かりづらいが、霧が明かりの街の黒に浮かび上がっている。

 

 「何でだ・・・?」

 

 そう言い切ると同時に俺の掴んでいたドアノブが崩れ落ちる。

 開ける前までは普通のドアノブだったが、

 次の瞬間には、数十年は放置されたかのように朽ち果てた姿になっていた。

 それだけじゃない、俺たちが今座っていた椅子も、霧を遮っていた窓も、壁も屋根も。

 同様に朽ち果てた姿に。

 

 「え! え!? え!?」

 

 キャトルが軽くパニックを起こす。

 俺もそうなりそうになるが、それでもキャトルのそばにより肩を抱いてやる。

 

 「キャトル、落ち着け。いや、俺も落ち着く、だから落ち着こう。」

 

 何を言っているのか自分でもわからないが、そう言い聞かせる。

 

 「いや、それは難しいですよー琥太郎さん。

 というか、落ち着いちゃダメですよ。現実を受け止めないと、目をそらしたら思うツボです。相手はそういう私たちの心に溶け込んで・・・くしゅん!」

 

 可愛らしいくしゃみと共にまた身を震わせるリコラス。

 そうしながら、俺の所に寄ってきてキャトルとは反対側に周り身を寄せてくる。

 図らずも両手に花という状況になったわけだが。

 現実は冷たく鋭利な刃物の様に身を傷つける。

 

 ぐぉぉおぉおー・・・。

 聞きたくない咆哮が俺たちに追討ちをかける。

 

 「・・・ねぇ、琥太郎。それとリコラスさん。これはもう話すとかいう話ではないんじゃないかな?」

 

 「奇遇ですねー。キャトルさん私もそう思いますー。

 でも、これでハッキリしましたねー。」

 

 「なにをだ?」

 

 3人で寒さと恐怖に身を震わせながら、

 リコラスは台所があったであろう、朽ち果てたそこを見る。

 それに、俺も。そして数瞬遅れてキャトルも。

 事の発端と、誰が騙して、誰が騙されていたのか理解するのだ。

 

 「いつまで、コーヒーを淹れているんですかね?」

 

 そんなリコラスの呟きをかき消すように、

 咆哮が空気を震わせた。

 

 

 

 

 

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